会社員の女装と緊縛

なな

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第3章:触れられた欲望

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それから数日、陽介は不思議な浮遊感の中で過ごしていた。

市川と二人でランチをするのが日課のようになり、何でもない会話の中で、彼女はときどき不意に核心を突くような言葉を口にした。

「人ってさ、自分だけの快楽とか、秘密って、あるよね?」

「私はさ、誰にも見せないノート持ってるんだ。自分の"好き"とか"興奮"を全部、書いてある」

陽介は、その言葉を聞くたびに、心の奥を揺さぶられるような気持ちになった。まるで、自分の中にあるものを、彼女だけが知っているような錯覚。

ある金曜の夜。仕事が早く終わり、週末の開放感に包まれながら陽介は帰宅した。スーツを脱ぎ、シャワーを浴び、そしてタンスの奥から自分の"本当の衣装"を取り出す。

ベビーピンクのシフォンブラウス。タイトな黒のスカート。胸元を柔らかく包むCカップのパッド入りブラジャー。そして、今日の彼女——陽菜を完成させる、ナチュラルなメイク。

鏡の中に映る女の子は、決して美人ではない。でも、誰よりも“安心できる顔”だった。

そして——彼女は縄を手に取った。

腰に巻きつけた縄をきゅっと締め、体の中心に通してから、太ももを縛る。自分で縛るには限界があるが、それでも、腕を背中に回し、時間をかけて手首を絡める。

緊縛は、痛みではなく"感触"だった。

体の自由を奪うのではなく、むしろ存在の輪郭を確かめるための儀式。動けないことに安らぎを覚え、縛られた自分を受け入れることでしか、陽介は「陽菜」になれなかった。

呼吸が浅くなっていく。頬が紅潮する。レースの下着の中で、男の部分が自己主張し始める。——けれど、それを責める気にはなれなかった。

それもまた、彼女の一部だったから。

そのとき、机の上に置いていたスマートフォンが震えた。

画面には、「市川麻衣」の名前。メッセージが1件。

 「ねえ、今日さ、帰り際に西山さんの指、縄の跡ついてたよ」

陽介の呼吸が止まった。

 「安心して。誰にも言わない。……でも、もし話してくれるなら、私、ちゃんと聞けるよ」

震える指でスマホを握りしめ、陽介——いや、陽菜は、裸足のままベッドに身を沈めた。

その夜、彼女は初めて、自分の"快楽"と"秘密"が誰かに届いてしまった現実に、震えながらも涙を流した。

それは、恐怖と安堵が入り混じった、ねじれた快感だった。
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