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一話 ガーネット・フェアリー
しおりを挟む目が覚めて初めて目にしたのは真っ白な天井だった。いや、天井というより空間…とでも言うのだろうか。
手を伸ばしても背伸びをしても届きそうにない。ただ、ただ、遠く続く白。
ここは一体?
「気がついたかい?ガーネット・フェアリー」
ガーネット・フェアリー?
口を開こうとしても何故か声に出せない。声に出そうとしても上手く口を開くことが出来ない。目も薄っすらと開けるのが精一杯だ。
目の前には浮遊するぬいぐるみ。熊のようにも見えるしハムスターのようにも見える。丸い耳に背中には天使の羽。宇宙の惑星のようなポシェットを掛け、こちらを見つめている。
「ガーネット・フェアリーついに覚醒したようだね、さあ、立てるかい?」
ぬいぐるみがこちらへ手を差し出してくる。小さな小さな手を掴むとその姿からは想像がつかないくらいの力で引っ張り上げられた。
「うわっ…と!」
「おや、失礼。声が出せるようになったようだね。では早速で悪いが君にはアイツを倒してもらいたい」
「えっ…急になに?」
そう言うとぬいぐるみはポシェットからピンク色をしたハート型の石を取り出し手に握らせた。訳が分からず見つめていると、突然白い空間を切り裂くように自分より遥かに大きい怪物が大きな鳴き声を発しながら出てきた。それはまるで蛹が蝶へ変わるときに殻を破って出てくるかのよう。
「"覚醒ガーネット・ジュエル"と唱えるのだ!さあ、早く!」
「ちょっ…ちょっと待ってよ!なんなの急に!」
ギャォォォオッ!
「うわっ…熱っ!」
毒々しい紫色をしたドラゴンのような怪物がいきなり炎を吹いた。その炎は右足をかすめた。これは夢ではないと思い知るには十分な熱さだ。このままでは…殺られてしまう!
でも、どうしたら?
訳が分からず混乱した。つい昨日まではごくごく普通の女子高生だったはずが、どうしていきなり変な空間に居て、怪物に襲われているのだろうか。理解出来ない。が、そんなことを言っている場合でもなかった。今の状況は悠長に考えている場合ではない。とりあえず手に渡された石を胸に当て、唱えた。
「覚醒!ガーネット・ジュエル!」
そう唱えた瞬間、自身の周りをピンク色の光が包み込んだ。あまりの眩い光にぎゅっと目を瞑る。何が起きているのか、これは一体何なのか、それも一瞬のことだった。
目を開けると驚いた。
身につけていた高校の制服が無くなり、代わりに身を包んでいる服は…メイド服!?
ピンク色をメインにしたメイド服。パニエはビビッドピンクになっとおりエプロンまで付いている。
「何これ!?」
ギャォォォオッ!
「うわっ……っと!」
再び発射された怪物の炎を軽く飛び越えてしまえる身体能力。人間のものではない。着地までお見事に決められたもので自分でも驚いた。一体この力は…。
「ガーネット・フェアリー!真心のお給仕で怪物を浄化させるんだ!」
「真心のお給仕ってなによ!…うわぁっ!」
怪物の炎を交わしながらぬいぐるみに訊ねる。真心もなにも話して分かるような相手ではないことは一目瞭然だ。そもそもコイツは人間ではない。どうやってお給仕しろと言うのだ。
「胸についてるチャームを使うんだ!ガーネット・フェアリーのチャームは相手の心を愛で満たす力を持っている!だからそれを使ってお給仕魔法を発動するんだ!」
「は、はぁ!?」
ギャォォォオッ!ギャァァアッ!
より一層勢いを増した炎に足場を取られそうになった。きっとこれは夢に違いない。目が覚めたらまたいつもと変わらない朝がやって来るに決まっている。これは悪い夢だ。だから…。
「てやぁぁあっ!」
やけくそだった。
胸のリボンの真ん中に大きく、強い光を放つチャームをもぎ取り怪物へ投げる。チャームが怪物に当たった瞬間、怪物を大きなハートが包み込んだ。チャンスは今しかない…!
「お給仕魔法!【愛情たっぷりハートフル・タイム】」
言葉が勝手に口から飛び出した。何かが自身の中に憑依しているかのように。
そう唱えると怪物を包み込んだハートが更に眩しく輝き出し、閉じ込められた怪物が気泡になってゆく姿が見える。これがぬいぐるみの言っていた浄化…なのだろうか?
ギャ……ギャァァア……
怪物の最後の声が聞こえ、完全に気泡となって消えた。ハートも同時に光となって消え、チャームがコロン、と音を立ててその場に落ちた。拾い上げるとまた、光が身体を包み込んだ。
眩しい光に目を閉じ、再び開くと今度は馴染みのある制服に戻っていた。自分でもこのたった数分間の間に何が起きたのか理解が出来なかった。ただ分かるのは疲労と眠気が極度に襲ってきたこと。
「まだ完璧な覚醒とまではいかなかったか、無理をさせてすまなかった。ガーネット・フェアリー……いや、鈴鳴愛華」
「なんで…私の…なま…え」
何かに頭を打ち付けたかのようなクラクラ感。高熱に浮かされたような感覚に次第に意識が遠のくのを感じる。
「君は選ばれたんだ、魔法少女として」
「魔法…少女…?」
夢…なのだろうか。妙に重たい空気を纏うぬいぐるみの言葉が引っかかる。
しかし魔法少女なんてこの世に存在するわけがないのだ。だから、これは夢で間違いないだろう。きっと。
ぼんやり遠のいていく意識の中、少し淋しげな表情を浮かべたぬいぐるみが視界に入った。
「すまない…巻き込んでしまって」
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