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風の葬送
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ルネが死んだ。
まだ、ほんの小さな子共だったのに。
俺がルネと出会ったのは、一年半前。蔦這う村へ鍛冶師を届けたとき、風が村には不似合いな獣のにおいを運んできた。泥臭さの中に血の気配を感じた。
手負いの獣でも逃げ込んできたんだろうか?
そう思い、においの元を辿った。そうして槍蔦の中にいる小さな子をみつけた。泥で染まったボロ布をまとい、剥き出しの肌に無数の傷をつくった小さな子。鋭く尖った棘から身を守るように縮こまり、座っていた。
けれど、不思議なほど表情は穏やかで、夕焼けを思わせる朱色の瞳で槍蔦の咲かせた小さな白い花を見つめていた。
風を頼りに、どこから来たのか遡った。数日前に嵐が通り過ぎたせいで、蔦這う村から五日ほど離れた町までしか辿れなかった。けれど、そこで行商の連れていた子だということが分かった。
行商は親ではなかった。子供を商う人間だった。
それ以上、知る必要はないと思い遡るのはやめた。
ルネは王都の養護院に預けた。手当と食事と新しい服が与えられた。世話をされたルネは、すぐ元気になり、俺が行くと笑って出迎えるようになった。走り回って遊び、子供らしからぬ、しゃがれた声でたくさん話もした。
友達と遊んだこと、養護女にしてもらったこと、庭で育つ植物の世話をしたこと、書架鳥と空の鳥の違いのこと、朝の太陽のこと、昼の雲のこと、夜の星のこと、王城のこと、大人になったときのこと。
春の暖かな風に抱かれながら、夏の湿った暑い風に汗ばみながら、秋の心地よい風に揺れる紅葉を見ながら、冬の冴え冴えとした風に舞う雪と踊りながら、話した。
女王の国から帰ったら、また来るよ。
そう言って、別れた。
二か月後、帰ってきたらルネは死んでいた。
理由は分からない。養護院も医術士を呼んで必死に看病したと言う。貴族にも信頼されている医術士。それでも日に日に衰弱し、十日で死んだ。そう言われた。
ルネの顔は穏やかだった。頬はこけ、青白い肌をしていたが面持ちは、本当に穏やかだった。初めて出会った、あの日のように。
俺はルネを抱き上げて、空へと昇った。広い広い王都中が見渡せる高みまで連れて行った。
「どこまでも行きたい」
ルネを王都へ連れて行くとき、この高みからの光景を見てルネは言った。
「願いを叶えるよ。ルネ」
そう小さな耳元で囁くと、俺は空の上で抱き抱えてきたルネの体を掲げた。
冷たく固くなった体を春の風を呼んで優しく包む。綺麗に梳かれた夜空の色をした髪が乱れ、飾り気のない白いドレスがはためいた。
ルネを包む春の風に、乾いた砂漠の風を混ぜていく。パチパチと風の中で光が弾け、ルネの体が徐々に風化していく。崩れゆく肉体から解放された魂が、軽やかな風となって春と砂漠の風と混ざり溶け合う。
「さあ、お行き。どこまでも自由に、行きたい場所へ」
風となったルネが、ふわりと俺の肌を撫でた。小さく柔らかな手で、いつも俺の顔を摘まんでいたように。春風の温もりが肌に広がる。
耳元で、子供らしからぬ、しゃがれた声が響いた。明るく楽しそうな笑い声。
空を旅する風がルネを誘った。俺の周りをくるりと一巡りし、笑い声が遠ざかる。
伸ばしかけた手を留め、呟いた。
「さようなら、ルネ」
まだ、ほんの小さな子共だったのに。
俺がルネと出会ったのは、一年半前。蔦這う村へ鍛冶師を届けたとき、風が村には不似合いな獣のにおいを運んできた。泥臭さの中に血の気配を感じた。
手負いの獣でも逃げ込んできたんだろうか?
そう思い、においの元を辿った。そうして槍蔦の中にいる小さな子をみつけた。泥で染まったボロ布をまとい、剥き出しの肌に無数の傷をつくった小さな子。鋭く尖った棘から身を守るように縮こまり、座っていた。
けれど、不思議なほど表情は穏やかで、夕焼けを思わせる朱色の瞳で槍蔦の咲かせた小さな白い花を見つめていた。
風を頼りに、どこから来たのか遡った。数日前に嵐が通り過ぎたせいで、蔦這う村から五日ほど離れた町までしか辿れなかった。けれど、そこで行商の連れていた子だということが分かった。
行商は親ではなかった。子供を商う人間だった。
それ以上、知る必要はないと思い遡るのはやめた。
ルネは王都の養護院に預けた。手当と食事と新しい服が与えられた。世話をされたルネは、すぐ元気になり、俺が行くと笑って出迎えるようになった。走り回って遊び、子供らしからぬ、しゃがれた声でたくさん話もした。
友達と遊んだこと、養護女にしてもらったこと、庭で育つ植物の世話をしたこと、書架鳥と空の鳥の違いのこと、朝の太陽のこと、昼の雲のこと、夜の星のこと、王城のこと、大人になったときのこと。
春の暖かな風に抱かれながら、夏の湿った暑い風に汗ばみながら、秋の心地よい風に揺れる紅葉を見ながら、冬の冴え冴えとした風に舞う雪と踊りながら、話した。
女王の国から帰ったら、また来るよ。
そう言って、別れた。
二か月後、帰ってきたらルネは死んでいた。
理由は分からない。養護院も医術士を呼んで必死に看病したと言う。貴族にも信頼されている医術士。それでも日に日に衰弱し、十日で死んだ。そう言われた。
ルネの顔は穏やかだった。頬はこけ、青白い肌をしていたが面持ちは、本当に穏やかだった。初めて出会った、あの日のように。
俺はルネを抱き上げて、空へと昇った。広い広い王都中が見渡せる高みまで連れて行った。
「どこまでも行きたい」
ルネを王都へ連れて行くとき、この高みからの光景を見てルネは言った。
「願いを叶えるよ。ルネ」
そう小さな耳元で囁くと、俺は空の上で抱き抱えてきたルネの体を掲げた。
冷たく固くなった体を春の風を呼んで優しく包む。綺麗に梳かれた夜空の色をした髪が乱れ、飾り気のない白いドレスがはためいた。
ルネを包む春の風に、乾いた砂漠の風を混ぜていく。パチパチと風の中で光が弾け、ルネの体が徐々に風化していく。崩れゆく肉体から解放された魂が、軽やかな風となって春と砂漠の風と混ざり溶け合う。
「さあ、お行き。どこまでも自由に、行きたい場所へ」
風となったルネが、ふわりと俺の肌を撫でた。小さく柔らかな手で、いつも俺の顔を摘まんでいたように。春風の温もりが肌に広がる。
耳元で、子供らしからぬ、しゃがれた声が響いた。明るく楽しそうな笑い声。
空を旅する風がルネを誘った。俺の周りをくるりと一巡りし、笑い声が遠ざかる。
伸ばしかけた手を留め、呟いた。
「さようなら、ルネ」
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