風の葬送

ゆつらし

文字の大きさ
1 / 1

風の葬送

しおりを挟む
 ルネが死んだ。
 まだ、ほんの小さな子共だったのに。

 俺がルネと出会ったのは、一年半前。蔦這う村へ鍛冶師を届けたとき、風が村には不似合いな獣のにおいを運んできた。泥臭さの中に血の気配を感じた。

 手負いの獣でも逃げ込んできたんだろうか?

 そう思い、においの元を辿った。そうして槍蔦の中にいる小さな子をみつけた。泥で染まったボロ布をまとい、剥き出しの肌に無数の傷をつくった小さな子。鋭く尖った棘から身を守るように縮こまり、座っていた。
 けれど、不思議なほど表情は穏やかで、夕焼けを思わせる朱色の瞳で槍蔦の咲かせた小さな白い花を見つめていた。

 風を頼りに、どこから来たのか遡った。数日前に嵐が通り過ぎたせいで、蔦這う村から五日ほど離れた町までしか辿れなかった。けれど、そこで行商の連れていた子だということが分かった。
 行商は親ではなかった。子供を商う人間だった。
 それ以上、知る必要はないと思い遡るのはやめた。

 ルネは王都の養護院に預けた。手当と食事と新しい服が与えられた。世話をされたルネは、すぐ元気になり、俺が行くと笑って出迎えるようになった。走り回って遊び、子供らしからぬ、しゃがれた声でたくさん話もした。

 友達と遊んだこと、養護女にしてもらったこと、庭で育つ植物の世話をしたこと、書架鳥と空の鳥の違いのこと、朝の太陽のこと、昼の雲のこと、夜の星のこと、王城のこと、大人になったときのこと。
 春の暖かな風に抱かれながら、夏の湿った暑い風に汗ばみながら、秋の心地よい風に揺れる紅葉を見ながら、冬の冴え冴えとした風に舞う雪と踊りながら、話した。

 女王の国から帰ったら、また来るよ。

 そう言って、別れた。

 二か月後、帰ってきたらルネは死んでいた。
 理由は分からない。養護院も医術士を呼んで必死に看病したと言う。貴族にも信頼されている医術士。それでも日に日に衰弱し、十日で死んだ。そう言われた。

 ルネの顔は穏やかだった。頬はこけ、青白い肌をしていたが面持ちは、本当に穏やかだった。初めて出会った、あの日のように。

 俺はルネを抱き上げて、空へと昇った。広い広い王都中が見渡せる高みまで連れて行った。

「どこまでも行きたい」

 ルネを王都へ連れて行くとき、この高みからの光景を見てルネは言った。

「願いを叶えるよ。ルネ」

 そう小さな耳元で囁くと、俺は空の上で抱き抱えてきたルネの体を掲げた。

 冷たく固くなった体を春の風を呼んで優しく包む。綺麗に梳かれた夜空の色をした髪が乱れ、飾り気のない白いドレスがはためいた。
 ルネを包む春の風に、乾いた砂漠の風を混ぜていく。パチパチと風の中で光が弾け、ルネの体が徐々に風化していく。崩れゆく肉体から解放された魂が、軽やかな風となって春と砂漠の風と混ざり溶け合う。

「さあ、お行き。どこまでも自由に、行きたい場所へ」

 風となったルネが、ふわりと俺の肌を撫でた。小さく柔らかな手で、いつも俺の顔を摘まんでいたように。春風の温もりが肌に広がる。
 耳元で、子供らしからぬ、しゃがれた声が響いた。明るく楽しそうな笑い声。

 空を旅する風がルネを誘った。俺の周りをくるりと一巡りし、笑い声が遠ざかる。

 伸ばしかけた手を留め、呟いた。

「さようなら、ルネ」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

可愛らしい人

はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」 「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」 「それにあいつはひとりで生きていけるから」 女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。 けれど、 「エレナ嬢」 「なんでしょうか?」 「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」  その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。 「……いいえ」  当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。 「よければ僕と一緒に行きませんか?」

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...