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キジトラ
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葬式に行ってきた。
取引先の社長の……息子。会ったことはなかったが、社長からよく話を聞いてた。
俺と同い年。少しだけだらしなく、ワガママで、非常識。けど、努力家で家族思い。
そんな話を会う度に社長はしてきた。
「息子と同い年だから話しやすくて」
そう社長は楽しそうに言っていた。
あるとき、いま欲しいものを聞かれた。太っ腹にプレゼントしてくれるのかと内心、期待した。
息子への誕生日プレゼントの参考に聞かれただけだった。
そりゃ、そうだよな。ちょっとガッカリし、羞恥を覚えた。そして、少しの羨ましさ。
社長は息子を、本当に大切に思っていた。
俺の親とは大違いで。
俺と親父は、別に仲が悪いわけじゃない。
ただ馬が合わない。
俺の父親は広告業界に身を置いていて、普段から美術、アートも好んで見ていた。
子供の頃、連れて行ってもらったのは美術館や博物館ばかり。そんなものだと思っていたが、小学生になり友人たちからテーマパークやキャンプ、スポーツ観戦に連れて行ってもらった、と聞くようになって、ウチは少し変わっているのだと気が付いた。
俺も美術やアートに興味があればよかったんだろう。まったく、微塵も関心が湧かなかった。
色と素材の塊。描かれていること以外、読み取れない。読み取る意味が分からない。
「お前の感性は、僕には分からない」
中学生の頃、父親に言われた。
「それは俺のセリフだ!」
マンガのような言葉を吐いて、それから父親と出かけることはなくなった。
社長から、初めて息子の話を聞かされたとき、こんな"父親"もいるのか、と驚きを覚えた。友人たちも、なんだかんだ父親と仲がいいというのはいなかったから。
打ち解けた頃、そんな話をすると、社長は笑って言った。
「ウチも同じだったよ」
思春期は散々、ケンカした。なにを考えているのか、まったく分からずお互い憎むようにぶつかっていた。
それでも社会人となり、少しずつ距離が縮まっていった。話をして、打ち明けて、相談して、理解して。
いまでもケンカはするけれど、それも知るための行為だと思えるようになった。
社長は楽しそうに、嬉しそうに、誇らしそうに話した。
その息子が死んだ。
理由は語られなかった。
参列した人々は、社長や遺族にお悔やみを述べたのと同じ口で憶測を話していた。
息子が、どんな人だったか。周りが、どんな風に見ていたのか。そのとき、初めて知った。
表情を無くした仮面のような面持ちの社長を見ていられず、焼香をすませると葬儀場をあとにした。
帰り、夕食を買うため、スーパーに立ち寄った。
先を追い越して行った家族連れを目にして、なぜか中に入る気がしなくなった。ガラス越しに見る店内は明るく、俺には相応しくないように思えた。
バカバカしい。ただのスーパーに。
そう思っても足が動かず、店の外に置かれたベンチに腰かけた。
慌ただしくスーパーに駆け込む女性。店から出てくる、シニアカートに荷物を詰め込んだ高齢者。赤ん坊を連れた夫婦。スーツ姿の男性。若いカップル。
小中学生のきょうだい。
人が一人、この世からいなくなった。
なのに、世界は、そんなこと知らないように回っている。初めから、存在していなかったかのように。
彼のことを知らないのだから当然だ。俺だって、いま、この瞬間に死んだ人間がいても知りはしない。なにかを思うこともないだろう。
そして……俺だって、彼のことは、なにひとつ知らなかった。彼の人生も、思いも、人間関係も、なにひとつ。
俺が知っているのは、社長の目に映った息子だった。父親のフィルターを通した息子だった。
社長の目が息子を見ることは、もうない……。
そのことを不意に悟った。
頭でなく、心が理解した。
息が止まり、目頭が熱くなる。
話をするどころか、一度も会ったことはない人間の死に、どうして、こんなにも感情が乱されるのか。
嘲笑する自分がいた。飲み込もうとした。けれど、社長の色を失った顔を思い出すと、視界が滲んだ。
うつむき、感情が静まるのを待つ。気持ちが動いているのに、人に見られる羞恥は残っているのが笑えた。
目を閉じて、深く呼吸をする。
何度か繰り返したとき、ふと足に、なにか触れる感触があった。目を開くと、一匹の猫がベンチ下に寝そべっていた。
ペタリ、ペタリ。ゆったり、リズムを打つように尻尾を動かしている。
茶色の地に黒い縞模様の入ったキジトラ。
ふと、親父とのやり取りを思い出した。
どこかの美術館へ行って、藤田嗣治の自画像を見た。背後からニヤついた表情の猫が顔を出しているのを見て、俺は言った。
「化け猫が食おうとしてるみたいだな」
親父は呆れた顔で俺を見て、大きなため息をついた。
そして、言った。
「お前の感性は、僕には分からない」
やっと分かった。
俺は、親父と馬が合わないから距離を置いたんじゃない。理解しようとする姿勢すら見せてくれないことに背を向けたんだ。
俺が死んだら、親父は社長と同じように悲しんでくれるんだろうか?
親父が……死んだら、俺はなにを思うだろう。
ふわりと、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。
焼きたてのパン。
顔を上げると、紙袋を抱えた親子が楽し気に話をしながら歩いて行くところだった。
腹の虫が鳴る。
息を一つつき、立ち上がった。
店内に入り、スーパーの一角にあるベーカリーでパンを買った。
五つ選んで、ひとつは父親の好きな胡桃パンにした。
取引先の社長の……息子。会ったことはなかったが、社長からよく話を聞いてた。
俺と同い年。少しだけだらしなく、ワガママで、非常識。けど、努力家で家族思い。
そんな話を会う度に社長はしてきた。
「息子と同い年だから話しやすくて」
そう社長は楽しそうに言っていた。
あるとき、いま欲しいものを聞かれた。太っ腹にプレゼントしてくれるのかと内心、期待した。
息子への誕生日プレゼントの参考に聞かれただけだった。
そりゃ、そうだよな。ちょっとガッカリし、羞恥を覚えた。そして、少しの羨ましさ。
社長は息子を、本当に大切に思っていた。
俺の親とは大違いで。
俺と親父は、別に仲が悪いわけじゃない。
ただ馬が合わない。
俺の父親は広告業界に身を置いていて、普段から美術、アートも好んで見ていた。
子供の頃、連れて行ってもらったのは美術館や博物館ばかり。そんなものだと思っていたが、小学生になり友人たちからテーマパークやキャンプ、スポーツ観戦に連れて行ってもらった、と聞くようになって、ウチは少し変わっているのだと気が付いた。
俺も美術やアートに興味があればよかったんだろう。まったく、微塵も関心が湧かなかった。
色と素材の塊。描かれていること以外、読み取れない。読み取る意味が分からない。
「お前の感性は、僕には分からない」
中学生の頃、父親に言われた。
「それは俺のセリフだ!」
マンガのような言葉を吐いて、それから父親と出かけることはなくなった。
社長から、初めて息子の話を聞かされたとき、こんな"父親"もいるのか、と驚きを覚えた。友人たちも、なんだかんだ父親と仲がいいというのはいなかったから。
打ち解けた頃、そんな話をすると、社長は笑って言った。
「ウチも同じだったよ」
思春期は散々、ケンカした。なにを考えているのか、まったく分からずお互い憎むようにぶつかっていた。
それでも社会人となり、少しずつ距離が縮まっていった。話をして、打ち明けて、相談して、理解して。
いまでもケンカはするけれど、それも知るための行為だと思えるようになった。
社長は楽しそうに、嬉しそうに、誇らしそうに話した。
その息子が死んだ。
理由は語られなかった。
参列した人々は、社長や遺族にお悔やみを述べたのと同じ口で憶測を話していた。
息子が、どんな人だったか。周りが、どんな風に見ていたのか。そのとき、初めて知った。
表情を無くした仮面のような面持ちの社長を見ていられず、焼香をすませると葬儀場をあとにした。
帰り、夕食を買うため、スーパーに立ち寄った。
先を追い越して行った家族連れを目にして、なぜか中に入る気がしなくなった。ガラス越しに見る店内は明るく、俺には相応しくないように思えた。
バカバカしい。ただのスーパーに。
そう思っても足が動かず、店の外に置かれたベンチに腰かけた。
慌ただしくスーパーに駆け込む女性。店から出てくる、シニアカートに荷物を詰め込んだ高齢者。赤ん坊を連れた夫婦。スーツ姿の男性。若いカップル。
小中学生のきょうだい。
人が一人、この世からいなくなった。
なのに、世界は、そんなこと知らないように回っている。初めから、存在していなかったかのように。
彼のことを知らないのだから当然だ。俺だって、いま、この瞬間に死んだ人間がいても知りはしない。なにかを思うこともないだろう。
そして……俺だって、彼のことは、なにひとつ知らなかった。彼の人生も、思いも、人間関係も、なにひとつ。
俺が知っているのは、社長の目に映った息子だった。父親のフィルターを通した息子だった。
社長の目が息子を見ることは、もうない……。
そのことを不意に悟った。
頭でなく、心が理解した。
息が止まり、目頭が熱くなる。
話をするどころか、一度も会ったことはない人間の死に、どうして、こんなにも感情が乱されるのか。
嘲笑する自分がいた。飲み込もうとした。けれど、社長の色を失った顔を思い出すと、視界が滲んだ。
うつむき、感情が静まるのを待つ。気持ちが動いているのに、人に見られる羞恥は残っているのが笑えた。
目を閉じて、深く呼吸をする。
何度か繰り返したとき、ふと足に、なにか触れる感触があった。目を開くと、一匹の猫がベンチ下に寝そべっていた。
ペタリ、ペタリ。ゆったり、リズムを打つように尻尾を動かしている。
茶色の地に黒い縞模様の入ったキジトラ。
ふと、親父とのやり取りを思い出した。
どこかの美術館へ行って、藤田嗣治の自画像を見た。背後からニヤついた表情の猫が顔を出しているのを見て、俺は言った。
「化け猫が食おうとしてるみたいだな」
親父は呆れた顔で俺を見て、大きなため息をついた。
そして、言った。
「お前の感性は、僕には分からない」
やっと分かった。
俺は、親父と馬が合わないから距離を置いたんじゃない。理解しようとする姿勢すら見せてくれないことに背を向けたんだ。
俺が死んだら、親父は社長と同じように悲しんでくれるんだろうか?
親父が……死んだら、俺はなにを思うだろう。
ふわりと、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。
焼きたてのパン。
顔を上げると、紙袋を抱えた親子が楽し気に話をしながら歩いて行くところだった。
腹の虫が鳴る。
息を一つつき、立ち上がった。
店内に入り、スーパーの一角にあるベーカリーでパンを買った。
五つ選んで、ひとつは父親の好きな胡桃パンにした。
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