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7 継がれる名
しおりを挟む翌朝、早めに起きた光琉は、露天へと向かう。
朝早く温泉に入るのは、ここに来てからは初めてだった。白くなり行く山際には、暗くなってからは見えない海原が、遠くに少し見えていた。この海からの潮風がここにまで届いているのだろうか。朝焼けに照らされた山肌を、太陽が少しずつ舐めながら登っていく。なんという贅沢か。七色の後光を独り顔に受けて、恍惚となった。
手のひらに光を浴びて、今日一日分と思われる力を体内に蓄積させる。特別、誰かから聞いたとかではない。何となく、そうしたかったからだ。
入浴後の朝食は、さして食欲が湧かなかったが、しっかりと平らげた。因みに、これは入浴後のせいではない。光琉はいつも朝は食欲がない。母親にいつも、「朝ご飯はしっかり食べなさい」と叱られていたから、生まれつきの体質だと思う。
じっくり朝ごはんビュッフェのラインナップを見て回る。手に持つお盆には、粥に、ふのりのみそ汁、ハムと玉子焼き、何となくゆで野菜の気分だったので、切り干し大根の煮物を載せていた。因みに昨日は、コーヒーとヨーグルトだけ。いつも、自宅ではこんな感じなので、今日だけが特別だった。
朝一のバスに乗る。昨日も見た林の間をゆっくりとバスは進んでいく。車内には誰もおらず、乗っているのは光琉ひとりだけだった。
もしかしたら、逆方向の乗り合いバスなら学生さんや通勤客で混んでいるかもしれない。そんなことをぼんやりと考えながら、見慣れた林を眺め、クスリを口の中に放り込みミネラルウォーターを満たした。
じきに頭の中身がよりハッキリとクリアなものになる。大気に漂う潮臭い湿気と林の間を駆けて抜けていく森林の香り。肌を掠める風の音さえ、はっきりと聞こえていた。
バス停を降りた後に更に歩いて到着したのは、まだ8時前だった。
息を吐く。懐の手帳を握りしめ、チャイムに手を伸ばそうとした瞬間だった。
――玄関がガラッと開いた。
玄関で出迎えたのは、圭太だった。
「早かったな……」
言われるまま、奥の間に通される。床の間に飾られた蛙の掛け軸が、鮮明にみえた。これは、水墨画というのだろうか。ここは、今では珍しい昔ながらの家屋だった。
暫くしてやってきたのは、圭太によく似た男だった。
「ここまで来てもらって申し訳ないが、島の史跡館に展示されていることぐらいしか、私はよく知らんのですよ。」
お茶を一口飲み、そう切り出した男は初めに、「私がこの島の所有者の桂木章房です」、と名乗った。「この島は、代々見浪家の持ち物でね。その見浪家から遠縁にあたるうちの父が相続したんですが……、今では見浪家はこの島にはいないし……」そう語りだした彼の目には、長年の責任と孤独が刻まれていた。
先代の父親から島を継承したのは、今から約20年前とのこと。
「父は現在、病で伏せてましてね……」
光琉は、行方不明の祖父の手掛かりにと、少し期待する気持ちもあったが、もうそれも、かなり昔の話。懐から手帳を取り出し、諦め半分で手紙と何枚かの写真をテーブルの上に並べて置いた。
「これは?」
すると、桂木章房は掛けていた眼鏡をはずし、老眼用の眼鏡を取り出した。顔に掛けると、その写真に引かれるように、ある一枚を手に取った。
「うわっ、これはよく撮れている……」
それは四人が仲良く並んで神社を背景に撮った写真だった。中央に並んで肩を組む二人の片方が祖父の志野和樹だった。
「この一番右が、うちの父、昌幸ですね……、それに、この左端は、岩城旅館の現オーナーです……。桂木家は、代々、島の支配者である見浪家を補佐する役目を担ってきたんですが、それにしても……」
章房は、珍しい写真に興奮気味だった。まじまじと見続ける。
「うわっ――、父が岩城さんとは、ここまで親しい間柄とは知りませんでしたよ。島を継いで以来、岩城家とは、父は距離を取っていましたから。あっ、もちろん公平公正の観点からですよ。何せ、岩城といったら島では唯一無二の歴史ある老舗旅館ですかね。あの、つかぬことをお聞きしますが、この一帯写真はどこで?」
「この右側が、僕の祖父の志野和樹です。」
「しのかずき?どこかで、聞いたことがあるような、ないような……、」
章房は、眼鏡を掛けなおし、唸りながら、何度も頭を捻っていた。
「……僕の祖父は11月11日、ここで失踪したと祖母から聞いています。この手紙は、その翌日に祖母の下に届いた手紙です。」
光琉は、大事に折りたたんでいた一枚の手紙を取り出した。
”『十一月十一日 選ばれた者は選び直すことは出来ない。逆もまたしかり。』
黒鳥島にて、どうしても確かめたいことがあるんだ。君に話したいことも、たくさんある。 11月10日 志野和樹 ”
「……そして、これが、偶然、宿泊している岩城旅館で見つけた手紙ですが……」
”角田美枝子さま
君がこの名前を忘れていても、島は忘れていない。 三十年ぶりに、祭りが始まる。 外の者は歓迎されない。けれど、………… 見浪彰人”
「……この角田とは、曾祖母の旧姓なんです。」
光琉は掌を強く握りしめた。
こんな手紙を残して失踪した祖父に怒りさえ感じられていた。祖母はまだ、あの頃を忘れられずにいるのだ。
「……角田か、……なるほどね、」
章房の腹の底から湧き上がる諦念の声が光琉の耳に届いた。今までとは打って変わって、底冷えがするような声。観念するというより、何かを思念するような声だった。
「……志野さんの旧姓が角田……、ということは、沖野光琉さんは……あの角田の家系に連なるもの……なのか。」
「それは、どういう……」
つづく
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