魔法学園ピンクローブ事件簿〜ルンバでやって来た男、封印の謎に巻き込まれる~

加茂茶 芽衣

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1 ルンバでやってきた男

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 ここでは、そんなものは、役には立たない。

 いや、立たないというには、少し語弊ごへいがある。

 そういったたぐいのものは、ここの生徒たちには、必要がない、とでも言った方がいいだろうか。

 教室のチャイムが鳴り、ようやく授業も終わったとアンバーは、高校の化学室の出入り口の扉を開放かいほうした。

 一斉いっせいに、廊下の空気が、部屋の中に流れ込む。湿っぽい、草木のち落ちる腐葉土ふようどのような匂いだった。

 教室から見える窓には、雨がバラバラとあたり、こまかくはじけるような音が教室の中に響いていた。

「きょうは、ここまでだ。みんな気を付けて帰るように。」

 アンバー・キリグスは、この学校の勤続5年の化学教師だった。化学と言っても、いわゆる、熱化学ねつかがくやら化学反応式やらが出てくる化学ではない。

 なぜなら、ここは全寮制ぜんぜんりょうせいのエリート魔法学校。初等部しょとうぶから高等部こうとうぶまでの魔法使いの中でもごく少数の選びかれた将来のエリートたちが日夜にちや学問にはげんでいる。

 いま席を立ち始めた生徒の机の上には、分厚い丁寧な装丁そうていの本が並んでいる。アンバーが、生徒たちに教えているのは、毒草や毒物といったたぐいの取り扱い注意のモノ。化学反応式などは、すでに通り過ぎ、ここで教えているのは、普通学校の教科書にはっていない劇毒の調合ちょうごう方法だ。

 解放した途端、一気に扉の外へと流れていく生徒たちを見る。見えるのは男子生徒ばかり。この魔法学校では、初等部までは共学だが、中等部からは男女が別に分かれる。建物の構造自体が、別々に分かれていて、お互いに行き来は出来ないことになっていた。

 教室のある50階から一気に駆け上がっていく生徒たちを見送り、アンバーも自身の研究室に戻るべく教科書の類をカバンにしまう。そして、一歩、教室から扉の外へと出た時だった。

「はあ?」

 暗い廊下の窓の向こうに誰かがいたのだ。いや、正確には、窓に張り付く血走った誰かの目と合ったような気がした。

「ひっ、」

 初めは、学校を取り巻く樹海の森から飛んできた草木の類だろうと思っていた。磁場じばが狂うほどの深い森である。ここで、何万年も生き永らえたモノは、ときに霊気れいきを蓄え妖魔ようまと化すものもいる。

 アンバーは思った。

「妖魔に違いない」と。

 もう一度注意深く、目をらして窓の外を見る。だが、それは、予想を裏切る意外なものだった。

「いや、ありえないだろ。ここは50階だし、窓に張り付くなんて、ここは、魔法学校だぞ。」

 中に入りたいものは、瞬間移動でも、何でも手段を使ってやってくる。魔法のほうきなんて、今時そのような旧世代きゅうせだいのものを使っている人はいない。それは、大昔の話で、今のメジャーな移動手段は、ドローンを使っての瞬間移動だった。

 だから、アンバーは今まで、窓に張り付く人を見たことはなかった。

 声が聞こえた。

「……だけか、……助けて…くれ……、めん、めん…」

 あわてて、駆け付けて窓越しに外を見る。そこには、辛うじて見える窓枠に指を引っ掛け、片手で箒を持つ上下スウェット姿の男の人だった。

 今日は、今世紀最大と言われる嵐の来る日だ。

「何を、考えてる、こんな日に、箒を使って飛行するなんて、それこそ自殺行為だぞ。」

 アンバーは、この男はクラシック(箒)カー愛好家なのかと思った。魔法界では旧世代の箒をクラシックカーと読ぶ。

「おかしいな。明日のクラシックカー展示会はこの嵐のために中止と聞いたぞ……」

 黒いローブの中から黒くて細長い杖を取り出す。するとガラスが割れ、窓の男が廊下に投げ出された。

 無様に死んだゴキブリのように、うつ伏せで廊下に張り付く男に目を向ける。

「この男は、馬鹿なのか?」と。

 その時、警報単語けいほうの金切り声のようなけたたましいサイレンがなった。

「しまった……。つい慌てて、窓ガラスを壊してしまった。」



「すみませんでした。」
 ただいま、アンバーは最上階の校長室にいた。

「まさか、掃除箒に乗ってこの学校に来る人がいるとは思いませんでした。つい、窓ガラスを……。」

「俺は、まさか玄関が100階にあるとは思いませんでした。すみませんでした。」

 エリオット校長はアンバーと窓枠の男を交互に見やる。
 校長には白くて長い口髭はなかった。代わりに、白いチョビ髭があった。

「まさか、採用面接に遅れてくる人がいるとは思わなかったが、それにしても、よくその掃除箒で、ここまでたどり着いたね。きみ……」

 そして、エリオット校長は呆れたように言った。

「前代未聞だよ。お掃除ロボットルンバで、ここまで来た人は。」


 つづく


 
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