21 / 24
20 ホーホー
しおりを挟む
ビクターが、シモンに絡みつこうと伸ばす触手を、手で払いながら追いかけ、掻き分けて、ようやくたどり着いた先は、不思議な静けさのある開けた一角だった。
ホーホーという鳴き声が、どこからか遠くに聞こえる。これは、フクロウだろうか、ミミズクだろうか。
そして、懐かしい匂いがした。これは、ビクターの大好物のチーズとニンニクがたっぷり入ったシュクメルリ。
四方を木々に囲まれた暗闇のなかモクモクと煙の立つ一軒家の煙突が少し向こうに見えた。明るい火の灯りが窓から漏れていた。
「シモン、大丈夫か?」
大きな樫の木の下で見つけたシモンを助け起こす。
樫の木は、二人には気づかず、大きなイビキをかいて眠っていた。
グー…グー…
「……ええ、大丈夫です。ここは、どこですか?」
シモンは辺りを見渡して、怪訝な顔をしていた。
よく耳にする樹海とは異なる様相を呈していた。樫の木のそばには、よく耕された畑があり、多種多様な植物が仲良く小さな花を咲かせていた。
「しー、あまり刺激するなよ。夜も更けて、皆眠っているから静かだけど、目を覚ますとこの手の花は厄介なんだ。」
「……とても、そうは見えませんけど……、どの花も慎ましく可憐に見えますよ。」
「それは日が落ちているからだよ。ここの花たちは、日照りとともに本領を発揮するんだから。」
ビクターは、シモンの右腕を取り、抱えて明かりの見える方向に歩いていく。
「合言葉が変わっていなければいいが……」
一軒家の玄関扉の前にたつと、自動でその扉は空いた。まるで、二人を奥へと誘っているようで、手に汗を感じる。
「ばあさん、生きてるか?」
腰を屈めると、衝立のすき間から部屋の様子がちらりとみえた。
「良かった。変わってなかったみたいだ。」
「疲れたから、ちょっと、飯食わせてくれ。ちょっと、失礼するよ。ばあさん。」
重苦しい空気が奥から漂うなか、そういうなりビクターは、脇目も振らず、ズカズカと中に入っていった。
衝立に手をかけ、横にずらす。
その向こうには、台所に立つ一人の女性が見えた。
黒い裾の広いワンピース姿にピンクのエプロンを纏った白髪の老婆であった。いま時は珍しい、よく絵本に出てくる魔法使いを模した姿であり、シモンがスマホを持ってきていたら、インスタに挙げたくなるほどの完璧な姿だった。
そのお婆さんは、さっきまでスープをかき混ぜていたお玉を持ち挙げながら、ニコニコとして振り向いた。
「ビクター、よくこの合言葉を覚えていたね。」
その瞬間、ひとりでに衝立は元通りの位置に帰り、入り口の重そうな木製の扉はパタンと閉まった。
「元気でしたか?ゼロッテおばあさん。もう、いい加減この合言葉は止めたらどうですか。生きているかなんて、縁起でもないですよ。」
「だからいいんじゃない。誰も、この言葉が合言葉なんて思わないもの……、それにしても……」
ガタン、バタン、ドタン……
「何やら外が騒がしいわね……」
『ギャーー、やめろ、助けてくれ……』ドンドン
窓に首を伸ばしてみると、アンバーとエリーザが花壇の上で尻もちをつき、大きな何者かに襲われそうになっている最中だった。逃げようにも、すでに四方を囲まれていて、魔法の杖を駆使しても難儀な様子だった。杖の先から見える小さな閃光が二人の無事を辛うじて知らせていた。
「これは随分と私の花壇を荒らしてくれているわね……」
閃光が花壇の花々に当たるたびに花が開き、大きな姿に早変わりする。花たちは意思を持ったかのように、二人の姿を捉えるや身震いして大きな花びらを揺らしていた。一輪の青い花びらが、エリーザが放った光に反応してパタパタと揺れているのが見えた。
「ビクター、二人はあなたの連れかしら?」
「たぶん……」
「助けに行った方がいいわよ、今ちょうど魔ンドラゴラが花咲き盛りなのよ。」
「では、もうちょっと、様子を見てから、……」
ビクターは二人から熱湯を頭から掛けられた恨みがあったのも確かだ。だが、純粋に高度魔法師がどうやって対処するのか、この目で見たいという思惑もあった。
「二人は、学園の教授なので、なんとか対処できると思いますが……、あっ、アブナイ…」
赤い魔ンドラゴが、アンバーに向かって突進してるのが見えた。ビクターは目を伏せる。どろどろとした果肉汁を垂らして覆いかぶさる姿を想像して、気の毒に思っていた。
「それは、そうかもしれないけど、うちのは野生の放し飼いよ。良く調教されている学園とは違うのよ、ああ、危なっかしいわね、命までは取られないと、思うけど……」
「あの、命までは取られないんですよね。では、僕が、助けに行ってきます。」
「シモン、待って……、お前に叶う相手じゃ……」
「ああ、いっちゃった……。最後まで話を聞かないのは、お前にそっくりねえ……。トラウマにならなきゃいいんだけど……」
「……そんなことはないでしょ。俺はもう少し可愛げがありますよ。」
つづく
ホーホーという鳴き声が、どこからか遠くに聞こえる。これは、フクロウだろうか、ミミズクだろうか。
そして、懐かしい匂いがした。これは、ビクターの大好物のチーズとニンニクがたっぷり入ったシュクメルリ。
四方を木々に囲まれた暗闇のなかモクモクと煙の立つ一軒家の煙突が少し向こうに見えた。明るい火の灯りが窓から漏れていた。
「シモン、大丈夫か?」
大きな樫の木の下で見つけたシモンを助け起こす。
樫の木は、二人には気づかず、大きなイビキをかいて眠っていた。
グー…グー…
「……ええ、大丈夫です。ここは、どこですか?」
シモンは辺りを見渡して、怪訝な顔をしていた。
よく耳にする樹海とは異なる様相を呈していた。樫の木のそばには、よく耕された畑があり、多種多様な植物が仲良く小さな花を咲かせていた。
「しー、あまり刺激するなよ。夜も更けて、皆眠っているから静かだけど、目を覚ますとこの手の花は厄介なんだ。」
「……とても、そうは見えませんけど……、どの花も慎ましく可憐に見えますよ。」
「それは日が落ちているからだよ。ここの花たちは、日照りとともに本領を発揮するんだから。」
ビクターは、シモンの右腕を取り、抱えて明かりの見える方向に歩いていく。
「合言葉が変わっていなければいいが……」
一軒家の玄関扉の前にたつと、自動でその扉は空いた。まるで、二人を奥へと誘っているようで、手に汗を感じる。
「ばあさん、生きてるか?」
腰を屈めると、衝立のすき間から部屋の様子がちらりとみえた。
「良かった。変わってなかったみたいだ。」
「疲れたから、ちょっと、飯食わせてくれ。ちょっと、失礼するよ。ばあさん。」
重苦しい空気が奥から漂うなか、そういうなりビクターは、脇目も振らず、ズカズカと中に入っていった。
衝立に手をかけ、横にずらす。
その向こうには、台所に立つ一人の女性が見えた。
黒い裾の広いワンピース姿にピンクのエプロンを纏った白髪の老婆であった。いま時は珍しい、よく絵本に出てくる魔法使いを模した姿であり、シモンがスマホを持ってきていたら、インスタに挙げたくなるほどの完璧な姿だった。
そのお婆さんは、さっきまでスープをかき混ぜていたお玉を持ち挙げながら、ニコニコとして振り向いた。
「ビクター、よくこの合言葉を覚えていたね。」
その瞬間、ひとりでに衝立は元通りの位置に帰り、入り口の重そうな木製の扉はパタンと閉まった。
「元気でしたか?ゼロッテおばあさん。もう、いい加減この合言葉は止めたらどうですか。生きているかなんて、縁起でもないですよ。」
「だからいいんじゃない。誰も、この言葉が合言葉なんて思わないもの……、それにしても……」
ガタン、バタン、ドタン……
「何やら外が騒がしいわね……」
『ギャーー、やめろ、助けてくれ……』ドンドン
窓に首を伸ばしてみると、アンバーとエリーザが花壇の上で尻もちをつき、大きな何者かに襲われそうになっている最中だった。逃げようにも、すでに四方を囲まれていて、魔法の杖を駆使しても難儀な様子だった。杖の先から見える小さな閃光が二人の無事を辛うじて知らせていた。
「これは随分と私の花壇を荒らしてくれているわね……」
閃光が花壇の花々に当たるたびに花が開き、大きな姿に早変わりする。花たちは意思を持ったかのように、二人の姿を捉えるや身震いして大きな花びらを揺らしていた。一輪の青い花びらが、エリーザが放った光に反応してパタパタと揺れているのが見えた。
「ビクター、二人はあなたの連れかしら?」
「たぶん……」
「助けに行った方がいいわよ、今ちょうど魔ンドラゴラが花咲き盛りなのよ。」
「では、もうちょっと、様子を見てから、……」
ビクターは二人から熱湯を頭から掛けられた恨みがあったのも確かだ。だが、純粋に高度魔法師がどうやって対処するのか、この目で見たいという思惑もあった。
「二人は、学園の教授なので、なんとか対処できると思いますが……、あっ、アブナイ…」
赤い魔ンドラゴが、アンバーに向かって突進してるのが見えた。ビクターは目を伏せる。どろどろとした果肉汁を垂らして覆いかぶさる姿を想像して、気の毒に思っていた。
「それは、そうかもしれないけど、うちのは野生の放し飼いよ。良く調教されている学園とは違うのよ、ああ、危なっかしいわね、命までは取られないと、思うけど……」
「あの、命までは取られないんですよね。では、僕が、助けに行ってきます。」
「シモン、待って……、お前に叶う相手じゃ……」
「ああ、いっちゃった……。最後まで話を聞かないのは、お前にそっくりねえ……。トラウマにならなきゃいいんだけど……」
「……そんなことはないでしょ。俺はもう少し可愛げがありますよ。」
つづく
0
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
「やはり鍛えることは、大切だな」
イチイ アキラ
恋愛
「こんなブスと結婚なんていやだ!」
その日、一つのお見合いがあった。
ヤロール伯爵家の三男、ライアンと。
クラレンス辺境伯家の跡取り娘、リューゼットの。
そして互いに挨拶を交わすその場にて。
ライアンが開幕早々、ぶちかましたのであった。
けれども……――。
「そうか。私も貴様のような生っ白くてか弱そうな、女みたいな顔の屑はごめんだ。気が合うな」
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~
南野海風
恋愛
聖国フロンサードの第四王子レインティエ・クスノ・フロンサード。十七歳。
とある理由から国に居づらくなった彼は、西に広がる霊海の森の先に住む|白蛇《エ・ラジャ》族の女族長に婿入りすることを決意する。
一方、森を隔てた向こうの|白蛇《エ・ラジャ》族。
女族長アーレ・エ・ラジャは、一年前に「我が夫にするための最高の男」を所望したことを思い出し、婿を迎えに行くべく動き出す。
こうして、本来なら出会うことのない、生まれも育ちもまったく違う一組の男女が出会う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる