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10 佐々木部長の憂鬱その3
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「ニャー……」
翌朝、猫の鳴き声で目覚めた俺は、深いグレー色の遮光カーテンを開ける。すると、外も部屋の中と同じ深いグレー色の世界だった。
ザーザーと降り続ける雨が、俺の心を体現しているように見え、再びカーテンをして、ベッドに寝転んだ。愛猫のモモンガさんは、俺の気持ちを分かっているように、ベッドで横になった俺の肘元にピッタリと寄りそう。愛猫を撫でながら思う。
今日は筋トレは止めておこうか。第一、そんな気分ではないし。
「……23,24,25,……」
とは思ったものの、太りやすい体質の俺は、今朝も朝の日課となっている腕立て伏せとスクワット、バービーを自分の部屋でこなす。雨さえ降ってなければジョギングもしていただろう。
小中学生の頃には、戻りたくないからね。
目線を上に戻すと、かなり太っていた頃の俺を写した家族写真がその卓上に見えた。
「ニャー……」
「ごめん、ごめん。邪魔しちゃたかな。」
足元に擦り付くモモンガさんの皿の上に猫ごはんを袋から掬って置いてから、シャワーを浴びにいく。
そして、風呂上りに、髪を乾かしながら、プロテインを飲む。ちなみに朝食は、これだけだ。ちなみに、モモンガさんは、風呂から上がるとすでに皿は空になっていた。
グレーのスーツに着替え、深いため息をつく。モモンガさんに「行ってきます」の儀式をしてから、オフィスに到着すると、秘書の喜多山さんが、珍しく先に待機していた。喜多山さんからは、ほんのりではなく、むせるほどの香しい柑橘系の香りがしていた。
「ゴホッ……」
どうしてだろうか。アキちゃんから漂う香りは爽やかな気持ちのいい自然な香りなのに、喜多山さんからはケバケバしいほどの派手な印象の香りがするのだ。
「コーヒーをお持ちしました。」
「ありがとう。」
「……もしかして、佐々木部長、……香水替えましたか?とてもいい香りですね。」
「えっ、……ああ、ちょっと……気分転換にね。」
喜多山さんは、ゆっくりと呼吸を整えてから口を開いた。
いつもは夜につけている香水なのだが、今日は少し付け過ぎたかもしれない。何しろ、二度寝をして急いでいたものだから。それに、なぜか喜多山さんの目つきが、いつもと違う気がする。
「……あの、私、……前のシトラス系の香りより今の方が好きです。」
「……そうか。……落ち着きたいときは、大体この香りにするんだけど、……沙耶さんはこういう香りが好みなのか?」
焦点の合っていないウルウルした目で、こちらを見ていた。
「好みというか、女性は大抵この香り好きだと思いますよ。……リラックス系の香りって、とても……。」
「えっ、なに……?」
喜多山さんが、うっとりしたように俺に一歩近づいた時だった。
コンコン……、ガチャ
突然開いた扉に驚き、俺と喜多山さんはお互いを見つめ合う形になっていた。
「キャッ……」
「だれだ、……開ける前には、分かるように、きちんとノックをしろよ。」
俺は、思わずバランスを崩した喜多山さんの腰に手を添え、扉の向こう側へ向けて怒鳴っていた。
「アキちゃ……」
「すみません。急ぎの用事でしたので、邪魔をして申し訳ありません。」
扉の入り口に佇んでいたアキちゃんは、そう言うと、俺に向かって頭を下げ、慌てて扉を閉めた。
「しまった……。これから、どうすればいい……」
俺は、急いで喜多山さんを引き離し、アキちゃんを追いかけるが、もうすでに、アキちゃんの姿はそこにはなかった。
「部長……、もう積極的なんだから……」
意味の分からない喜多山さんの言葉が、後ろから聞こえた。高すぎるヒールに、短すぎるスカート。いまのもみ合いで少し乱れた服装が、単なる噂をさらに格段と本当のことのようにエスカレートさせる結果となっていた。
「流石、佐々木部長ですね、手を出すのが早い。」
「えっ、うそ、喜多山さんとはただの噂だと思っていたのに……ショック……」
「今度は、だれと浮名を流すのかと思っていたら、所属の秘書ですか。これで、何人目の秘書だろうか。」
「今度こそ、年貢の納め時じゃないか?だって、喜多山さんって……」
当の喜多山さんは、このオフィスには不釣り合いなほどの高いヒールの靴とピンクの派手なスカートで、部長室に佇んでいた。なにやら怪しい笑みを浮かべて。
「高いヒールに、短いスカートはやっぱり禁止にするべきだ。そんなわがままが許されるのは、コネ入社の令嬢だからだよ。」
「沼田さん、今走っていたとき泣いていなかった?」
「えっ、うそ?なんで?」
「もしかして、沼田さんにも何かしたのか?三角関係?」
「私、実は見たのよ。あの残業のあった日。忘れ物を取りにオフィスに寄ったんだけどね……二人とも、いい感じだったわよ。」
つづく
翌朝、猫の鳴き声で目覚めた俺は、深いグレー色の遮光カーテンを開ける。すると、外も部屋の中と同じ深いグレー色の世界だった。
ザーザーと降り続ける雨が、俺の心を体現しているように見え、再びカーテンをして、ベッドに寝転んだ。愛猫のモモンガさんは、俺の気持ちを分かっているように、ベッドで横になった俺の肘元にピッタリと寄りそう。愛猫を撫でながら思う。
今日は筋トレは止めておこうか。第一、そんな気分ではないし。
「……23,24,25,……」
とは思ったものの、太りやすい体質の俺は、今朝も朝の日課となっている腕立て伏せとスクワット、バービーを自分の部屋でこなす。雨さえ降ってなければジョギングもしていただろう。
小中学生の頃には、戻りたくないからね。
目線を上に戻すと、かなり太っていた頃の俺を写した家族写真がその卓上に見えた。
「ニャー……」
「ごめん、ごめん。邪魔しちゃたかな。」
足元に擦り付くモモンガさんの皿の上に猫ごはんを袋から掬って置いてから、シャワーを浴びにいく。
そして、風呂上りに、髪を乾かしながら、プロテインを飲む。ちなみに朝食は、これだけだ。ちなみに、モモンガさんは、風呂から上がるとすでに皿は空になっていた。
グレーのスーツに着替え、深いため息をつく。モモンガさんに「行ってきます」の儀式をしてから、オフィスに到着すると、秘書の喜多山さんが、珍しく先に待機していた。喜多山さんからは、ほんのりではなく、むせるほどの香しい柑橘系の香りがしていた。
「ゴホッ……」
どうしてだろうか。アキちゃんから漂う香りは爽やかな気持ちのいい自然な香りなのに、喜多山さんからはケバケバしいほどの派手な印象の香りがするのだ。
「コーヒーをお持ちしました。」
「ありがとう。」
「……もしかして、佐々木部長、……香水替えましたか?とてもいい香りですね。」
「えっ、……ああ、ちょっと……気分転換にね。」
喜多山さんは、ゆっくりと呼吸を整えてから口を開いた。
いつもは夜につけている香水なのだが、今日は少し付け過ぎたかもしれない。何しろ、二度寝をして急いでいたものだから。それに、なぜか喜多山さんの目つきが、いつもと違う気がする。
「……あの、私、……前のシトラス系の香りより今の方が好きです。」
「……そうか。……落ち着きたいときは、大体この香りにするんだけど、……沙耶さんはこういう香りが好みなのか?」
焦点の合っていないウルウルした目で、こちらを見ていた。
「好みというか、女性は大抵この香り好きだと思いますよ。……リラックス系の香りって、とても……。」
「えっ、なに……?」
喜多山さんが、うっとりしたように俺に一歩近づいた時だった。
コンコン……、ガチャ
突然開いた扉に驚き、俺と喜多山さんはお互いを見つめ合う形になっていた。
「キャッ……」
「だれだ、……開ける前には、分かるように、きちんとノックをしろよ。」
俺は、思わずバランスを崩した喜多山さんの腰に手を添え、扉の向こう側へ向けて怒鳴っていた。
「アキちゃ……」
「すみません。急ぎの用事でしたので、邪魔をして申し訳ありません。」
扉の入り口に佇んでいたアキちゃんは、そう言うと、俺に向かって頭を下げ、慌てて扉を閉めた。
「しまった……。これから、どうすればいい……」
俺は、急いで喜多山さんを引き離し、アキちゃんを追いかけるが、もうすでに、アキちゃんの姿はそこにはなかった。
「部長……、もう積極的なんだから……」
意味の分からない喜多山さんの言葉が、後ろから聞こえた。高すぎるヒールに、短すぎるスカート。いまのもみ合いで少し乱れた服装が、単なる噂をさらに格段と本当のことのようにエスカレートさせる結果となっていた。
「流石、佐々木部長ですね、手を出すのが早い。」
「えっ、うそ、喜多山さんとはただの噂だと思っていたのに……ショック……」
「今度は、だれと浮名を流すのかと思っていたら、所属の秘書ですか。これで、何人目の秘書だろうか。」
「今度こそ、年貢の納め時じゃないか?だって、喜多山さんって……」
当の喜多山さんは、このオフィスには不釣り合いなほどの高いヒールの靴とピンクの派手なスカートで、部長室に佇んでいた。なにやら怪しい笑みを浮かべて。
「高いヒールに、短いスカートはやっぱり禁止にするべきだ。そんなわがままが許されるのは、コネ入社の令嬢だからだよ。」
「沼田さん、今走っていたとき泣いていなかった?」
「えっ、うそ?なんで?」
「もしかして、沼田さんにも何かしたのか?三角関係?」
「私、実は見たのよ。あの残業のあった日。忘れ物を取りにオフィスに寄ったんだけどね……二人とも、いい感じだったわよ。」
つづく
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