17 / 17
17 雪の足跡と栞の行く方
しおりを挟む
いつもの喫茶店。
目前には、注文したばかりのコーヒーとチーズケーキがあった。まわりは、茶色い壁と『海底二万マイル』と見覚えのある栞に、コースターと馴染みの物ばかりで、心地良い音楽が流れていた。
佐々木部長は、先週出張から帰ってきたばかりで、喜多山沙耶は、それよりも2日前には会社に出勤していた。
オフィスは、相変わらず噂話で忙しい。人の噂も七十五日というから、そのうち収まるだろう。イチイチ相手をするのも精神的に面倒で疲れる。誰かが燃料を投下しなければ収まらないと思っていた。
佐々木部長とは、会えない日にも電話で話しているし。
あの幼い頃の思い出の部長と今の大人になった彼を思い浮かべながら、ケーキを食べる。
ほっぺたが落ちそうなくらい甘く美味しく感じた。
そこへ、見覚えのある人物が、見覚えのある人物を伴って現れた。
「あれ、沙耶?えっ?うそでしょ?どうして?」
隣で、エスコートをしながら喫茶店の扉を潜って現れたのは、黒いロングコートを羽織った佐々木部長だった。手元の黒毛糸の手袋と脱いだばかりの茶系5色のマフラーが外の寒さを周囲に伝える。
私は、信じられない思いで一杯だった。
だって、昨日の夜も電話越しに「好きだ」って言ってくれたじゃない。
沙耶は、冬だというのに、丈の短いスカートを穿いている。こんな雪の吹雪く最中に、よくそんなものが穿けるものだと、逆に感心してしまう。私なら、この時期にこんな洋服の選択肢はないもの。足首だけのブーツがキラリと光り、まるで私を威嚇しているみたいだった。
──どうして……
胸がキリキリと痛む。
佐々木部長は、私など全く目に入らないとでもいうように、私の座るテーブルの脇を抜け、するすると奥へと進んでいった。
マスターが、親密そうに2人で話し合うテーブルへと、注文を受けに回り込む。メニューを見ながら、向かい合う2人は微笑んでいた。
「何にいたしましょうか?」
「私は、アイスコーヒーとチーズケーキセットで。」
「俺は、コーヒーで。」
微かに、私のいるテーブルまで2人の話す声が聞こえていた。
寒い中に、なんら迷いもなくアイスコーヒーを頼む感覚が、私には分からない。まだ20代前半の独特な感性なのか、若さゆえの性なのか。そんなに身も心もクールになりたいのか。
沙耶の声がした。
「私、喉がすごく渇いていたんですよね。部長、今日は、買い物に付き合って頂いて、ありがとうございました。私、このお店、知りませんでした。」
「いや、それくらい別に、沙耶のためだからね。」
私は、聞いている内に、心臓がドキドキし、胃のあたりがムカムカしてきた。そう言われた沙耶の嬉しそうな顔が見えた。
「部長が選んだネックレス、すごくセンスいいです。」
「そんな事言われると、うれしいな。」
我慢ならない。目前の『海底二万マイル』を手に取り、椅子から立ち上がる。
『沙耶のためとは、一体どういうこと?
昨日、電話した時に、明日は大事な用事があると言ったのは、このためだったの?』
私の頭の中は、いろんな感情でごった返しになっていた。
ツカツカとテーブル席に詰め寄り、『海底二万マイル』を彼の目の前に差し出す。
「今日が、沙耶さんとデートの日なんて知りませんでした。この本は、お返しします。」
何が起きているのか分からないとでもいうように、呆然としている彼に本を叩きつけ、私は喫茶店を後にした。
「コーヒーとチーズケーキ食べ損ねたわ。今日も凄く美味しそうだったのに。あの2人のせいよ。」
足を進める度に、涙が溢れてきたが、そんなことを気にしている余裕はなかった。早く、この場から立ち去ってしまいたかった。
雪で白くなった小道を進んで行く。そこは、まだ誰も通ったことない雪道だった、ブーツ底の白い足跡が通った道伝いについていた。
「私ってなんて馬鹿なんだろう。これじゃ、本当に私がおじゃま虫じゃないか。」
つづく
目前には、注文したばかりのコーヒーとチーズケーキがあった。まわりは、茶色い壁と『海底二万マイル』と見覚えのある栞に、コースターと馴染みの物ばかりで、心地良い音楽が流れていた。
佐々木部長は、先週出張から帰ってきたばかりで、喜多山沙耶は、それよりも2日前には会社に出勤していた。
オフィスは、相変わらず噂話で忙しい。人の噂も七十五日というから、そのうち収まるだろう。イチイチ相手をするのも精神的に面倒で疲れる。誰かが燃料を投下しなければ収まらないと思っていた。
佐々木部長とは、会えない日にも電話で話しているし。
あの幼い頃の思い出の部長と今の大人になった彼を思い浮かべながら、ケーキを食べる。
ほっぺたが落ちそうなくらい甘く美味しく感じた。
そこへ、見覚えのある人物が、見覚えのある人物を伴って現れた。
「あれ、沙耶?えっ?うそでしょ?どうして?」
隣で、エスコートをしながら喫茶店の扉を潜って現れたのは、黒いロングコートを羽織った佐々木部長だった。手元の黒毛糸の手袋と脱いだばかりの茶系5色のマフラーが外の寒さを周囲に伝える。
私は、信じられない思いで一杯だった。
だって、昨日の夜も電話越しに「好きだ」って言ってくれたじゃない。
沙耶は、冬だというのに、丈の短いスカートを穿いている。こんな雪の吹雪く最中に、よくそんなものが穿けるものだと、逆に感心してしまう。私なら、この時期にこんな洋服の選択肢はないもの。足首だけのブーツがキラリと光り、まるで私を威嚇しているみたいだった。
──どうして……
胸がキリキリと痛む。
佐々木部長は、私など全く目に入らないとでもいうように、私の座るテーブルの脇を抜け、するすると奥へと進んでいった。
マスターが、親密そうに2人で話し合うテーブルへと、注文を受けに回り込む。メニューを見ながら、向かい合う2人は微笑んでいた。
「何にいたしましょうか?」
「私は、アイスコーヒーとチーズケーキセットで。」
「俺は、コーヒーで。」
微かに、私のいるテーブルまで2人の話す声が聞こえていた。
寒い中に、なんら迷いもなくアイスコーヒーを頼む感覚が、私には分からない。まだ20代前半の独特な感性なのか、若さゆえの性なのか。そんなに身も心もクールになりたいのか。
沙耶の声がした。
「私、喉がすごく渇いていたんですよね。部長、今日は、買い物に付き合って頂いて、ありがとうございました。私、このお店、知りませんでした。」
「いや、それくらい別に、沙耶のためだからね。」
私は、聞いている内に、心臓がドキドキし、胃のあたりがムカムカしてきた。そう言われた沙耶の嬉しそうな顔が見えた。
「部長が選んだネックレス、すごくセンスいいです。」
「そんな事言われると、うれしいな。」
我慢ならない。目前の『海底二万マイル』を手に取り、椅子から立ち上がる。
『沙耶のためとは、一体どういうこと?
昨日、電話した時に、明日は大事な用事があると言ったのは、このためだったの?』
私の頭の中は、いろんな感情でごった返しになっていた。
ツカツカとテーブル席に詰め寄り、『海底二万マイル』を彼の目の前に差し出す。
「今日が、沙耶さんとデートの日なんて知りませんでした。この本は、お返しします。」
何が起きているのか分からないとでもいうように、呆然としている彼に本を叩きつけ、私は喫茶店を後にした。
「コーヒーとチーズケーキ食べ損ねたわ。今日も凄く美味しそうだったのに。あの2人のせいよ。」
足を進める度に、涙が溢れてきたが、そんなことを気にしている余裕はなかった。早く、この場から立ち去ってしまいたかった。
雪で白くなった小道を進んで行く。そこは、まだ誰も通ったことない雪道だった、ブーツ底の白い足跡が通った道伝いについていた。
「私ってなんて馬鹿なんだろう。これじゃ、本当に私がおじゃま虫じゃないか。」
つづく
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
虚弱姫はコワモテ将軍の筋肉に触りたい
隙間ちほ
恋愛
無骨な英雄×病弱な筋肉フェチ姫
辺境伯の末娘エルナは、領軍の英雄マテウスとの結婚が決まった。政略結婚――のはずが、実は姫は将軍の熱烈なファン。ノリノリで嫁ぐ一方、当のマテウスは「か弱い姫君に嫌われている」と思い込み、距離を取ってしまう……。
筋肉と鼻血とすれ違いラブコメ。
超高速展開、サクッと読めます。
貧乏子爵令嬢ですが、愛人にならないなら家を潰すと脅されました。それは困る!
よーこ
恋愛
図書室での読書が大好きな子爵令嬢。
ところが最近、図書室で騒ぐ令嬢が現れた。
その令嬢の目的は一人の見目の良い伯爵令息で……。
短編です。
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
地味令嬢の私が婚約破棄された結果、なぜか最強王子に溺愛されてます
白米
恋愛
侯爵家の三女・ミレイアは、控えめで目立たない“地味令嬢”。
特に取り柄もなく、華やかな社交界ではいつも壁の花。だが幼いころに交わされた約束で、彼女は王弟・レオンハルト殿下との婚約者となっていた。
だがある日、突然の婚約破棄通告――。
「やはり君とは釣り合わない」
そう言い放ったのは、表向きには完璧な王弟殿下。そしてその横には、社交界の華と呼ばれる公爵令嬢の姿が。
悲しみも怒りも感じる間もなく、あっさりと手放されたミレイア。
しかしその瞬間を見ていたのが、王家随一の武闘派にして“最強”と噂される第一王子・ユリウスだった。
「……くだらん。お前を手放すなんて、あいつは見る目がないな」
「よければ、俺が貰ってやろうか?」
冗談かと思いきや、なぜか本気のご様子!?
次の日には「俺の婚約者として紹介する」と言われ、さらには
「笑った顔が見たい」「他の男の前で泣くな」
――溺愛モードが止まらない!
看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎
倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。
栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。
「責任、取って?」
噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。
手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。
けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。
看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。
それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。
『壁の花』の地味令嬢、『耳が良すぎる』王子殿下に求婚されています〜《本業》に差し支えるのでご遠慮願えますか?〜
水都 ミナト
恋愛
マリリン・モントワール伯爵令嬢。
実家が運営するモントワール商会は王国随一の大商会で、優秀な兄が二人に、姉が一人いる末っ子令嬢。
地味な外観でパーティには来るものの、いつも壁側で1人静かに佇んでいる。そのため他の令嬢たちからは『地味な壁の花』と小馬鹿にされているのだが、そんな嘲笑をものととせず彼女が壁の花に甘んじているのには理由があった。
「商売において重要なのは『信頼』と『情報』ですから」
※設定はゆるめ。そこまで腹立たしいキャラも出てきませんのでお気軽にお楽しみください。2万字程の作品です。
※カクヨム様、なろう様でも公開しています。
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる