悪魔祓い聖アイルカの沈黙― 黒衣の皇軍 ―

加茂茶 芽衣

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8 悪魔の正体

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 動物を解体するための道具が揃い、鋭利な刃物で内臓を抜き取る作業を行うには、あそこほど打ってつけの場所はない。ただ、今は三日後の感謝祭に向け、厨房は戦場のような忙しさだった。

 ​料理長のガロンは、調査に来た私たちに対し、「この忙しい時に!」と露骨な嫌味をぶつけてきた。

 家畜がここで処理された可能性は高い。だが、それでもまだ「何かが足りない」とコネリは呟いていた。

 ​「おーい、イリス! こっちだ!」

 ​不意に声をかけてきたのは、厨房担当の友人、ラザルだった。

「こんなてんてこ舞いの時期に来るお前らが悪いんだぜ。」

「分かっているよ。でも、師匠が行くなら今しかないって言うんだ。」

「まあ、一週間前なら余裕で案内できたんだけどな。今は猫の手も借りたいくらいさ。」

 ​厨房には、普段は見かけない修練士たちの姿もあり、熱気と怒号が飛び交っていた。

 ​「ラザル! 喋っている暇があるなら、奥の倉庫から小麦を持ってこい! 感謝祭用の、今年の一番いいやつだぞ!」

「はいはい、了解です、料理長!」

 ​ラザルは元気に返事をすると、「またな」と小さく手を振って奥へと消えていった。

 ​「イリス、それじゃあ、私たちもそろそろ行くとしようか。」

 ​コネリの声には、確かな確信が込もっていた。

 彼はラザルの後を追うように、外へと歩き出す。
 ​厨房から少し離れた場所には、人の出入りが途絶えた古い倉庫群が点在している。

 その中に、まるで忘れ去られた廃墟のように佇み、一際異彩を放っている倉庫があった。 

「まさか、ここに入るんですか?」

「もちろん、そうだよ……」

 一番奥の使われたことのないような古びた倉庫。囲いの西側に建てられたそこは、日中も日に当たることはなく、かび臭かった。

「ゲホッ、暗くてよく見えないですね。」

 鼻と口を袖口で隠し、前に進む。

 幾らか進むと、目が慣れ周りを見渡せるようになる。人間とはよく作られたものだ。見たくないものは見えず、見たいものだけをその目に映す。

 だが、ここはそうもさせてくれなかった。

「これは、イナゴの死骸ですね。若干黒ずんでますね。」

 タール状の床は、イナゴの死骸だらけ。腐ってきているのだろうか。このカビ臭い匂いは、このせいだったのかもしれない。

「そうだな……」

「師匠、何を探しているんですか?」

「うーん、あった。あった。」

 その倉庫には、入り口の向こうに、また、入り口があった。

 カチャカチャ

 入り口に掛けてある蝶番が、緩くなっている。

 振ると簡単に外れてしまった。


 ギー


 長らく使われていない硬い扉が、耳障りな音を立てた。

 奥には小さな1室。まるで誰かを閉じ込めるための部屋のようにも見えた。


 背の届かない高い位置に空調のような穴と、目出し窓のような窓が見える。

 ここは一体何のための部屋なのだろうか。

「ここが噂の部屋か……」

「師匠は何か聞いていたんですか?」

「なに、総院長に会ったときにな……ここは歴史が古いからな……まあ、こんな辺鄙な場所は、いまさら誰も立ち入らないと思うが……」

 ブラザー・コネリは、言葉を濁す。

「……まあ、聞くほどのものではないよ……」

 入ると生臭い匂いがした。なんだろう。この臭いは。地の底から湧き立つような腐敗臭だった。

「入り込んだ動物でも、腐っているのでしょうか?」

「そうかもしれんな……」

 だが、そこには、これといった目ぼしい物は、存在していなかった。



 ​"言葉もなく、語ることもなく、その声も聞こえない。しかし、その響きは全地にわたり、その言葉は世界の果てにまで及ぶ"

               (詩編 19:3-4)


『何も聞こえない、何も見えないのに、その影響力が世界を侵食し、逃げ場をなくしていく』

 沈黙の恐怖が、そこには確実にあった。


 倉庫から外へと出ると、眩しいほどの日差しを浴び、息をついた。

 もし、あの狭い日も当たらない一室で、一生を暮らすとは、どんなことだろう。どんなに苦しいことだろう。どんな罪を犯すとそうなるのだろうか、とイリスは考えると頑是無い。

「イリス?」

「あれっ、ラザル?」

「どうしてこんなところにいるんだ?料理長に見つかると、ただ事では済まないぞ。」

「ごめん、ちょっと道に迷ったんだ。」

 コネリは、すでにそこにはいなかった。辺りを見ると、倉庫の裏に隠れ、イリスに向かって小さくウインクする。

 ──全くしょうがない、時間稼ぎか……

「師匠と途中ではぐれちゃって…広すぎて、場所が、分からないや……」

 ──ラザルは、いい奴だ。ごめん、こうしないと、僕が怒られるんだ。

「ああ、……だから、言わんこっちゃない……出口まで案内するよ。はやく、こっちだ……」




 イリスを出口まで案内したラザルは、厨房へと急いで戻る。

「まったく、忙しいというのに、骨が折れるわ……」

 みんなが、汗水を垂れ流し、大きな鍋の中の野菜を大きなシャモジで突いている。

 夕食は、野菜クズのスープ煮込みとハッシュドポテトだった。野菜煮込みは今煮込んでいる最中で、その隣はジャガイモの蒸した匂いが立ちこめていた。


「塩はどこだ?コショウは?」

「揚げ油の用意は?」

 まさに時間との戦い。次の刻限の合図(鐘が鳴る)には、配膳をして歩かなければならない。


 清貧・貞潔・服従の誓い。この修道院は、神の合図とともに、ゆったりとした時間が流れ、その身を任せる。それは時として、とても厳格なほどだった。


 コツコツコツ

 無数の足音が硬い床を鳴らす。

 しかし、ラザルはそれには、いっさい目もくれず、スルスルとその合間を抜け、奥へと目指す。

 扉を開けると、そこには、一人分の机と領収書の束。他に人影はなく、ガロンのみがいた。

「どうだった?」

「何かを探っているようでした。イリスだけがウロウロしていて……」

「中を見られたか?」

「分かりません。でも、ブラザー・コネリがまだ内部にいるかも知れません。」

「それは、かえって好都合だよ……」

 ガロンの眼差しがキラリと不気味に光る。

「ラザル、ちょっと頼みがある。」



 つづく


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