婚約破棄された令嬢ですが、帝国皇帝にスカウトされました ――王の隣ではなく、世界を動かす場所へ――

こもど

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第三十九話 私は、戻らない

第三十九話 私は、戻らない

 帝都に、静かな使者が到着したのは、朝の執務が始まる直前だった。

 正式な使節。
 身分も整い、書簡も正規の封印が施されている。

 差出人は――
 プリケアリアス王国、新国王キャルキュ・レイティング。

 宛先は、
 次席秘書官ゼクレテァ。

 それだけで、この書簡が「私的」ではないことは明らかだった。

 ゼクレテァは、書簡を受け取り、即座に封を切る。

 内容は簡潔だった。

 王国の再編が一定の段階に到達したこと。
 旧体制の影響がほぼ排除されたこと。
 統治機構が安定に向かっていること。

 そして――
 最後に、こう記されていた。

「かつて王国を支えた者として、
 ゼクレテァ殿に帰還を願いたい」

「正式な地位と、
 望む待遇を保証する」

 文面に、感情はない。
 懇願でも、命令でもない。

 合理的な要請だった。

 ゼクレテァは、
 しばらくその文を眺めてから、
 静かに紙を伏せた。

 ノック。

「……入れ」

 オッド・ペキュリア侯爵が顔を出す。

「噂は早いね」

「帝都は、そういう場所です」

 彼は、書簡を一瞥する。

「ああ、帰還要請か」

 口調は軽いが、
 視線は真剣だった。

「条件は、悪くないだろう?」

「ええ」

 ゼクレテァは、淡々と答える。

「立場も、権限も、
 王国では最大級でしょう」

「それでも?」

「それでも、戻りません」

 迷いは、なかった。

 オッドは、少しだけ驚いたように目を細める。

「理由を聞いても?」

「必要がありません」

 彼女は、そう言ってから、
 一拍置く。

「……ですが、言葉にするなら」

 ゼクレテァは、ゆっくりと続けた。

「王国では、
 私は常に“誰かのため”に判断していました」

「王太子のため。
 国王のため。
 体裁のため」

「帝国では?」

「帝国では、
 私は“機能”として判断しています」

 オッドは、
 静かに頷く。

「王の隣に立つ者は、
 王の視界に縛られる」

「判断を誤らせない位置にいる者は、
 全体を見ることができる」

 それは、
 ゼクレテァ自身が辿り着いた結論だった。

 彼女は、机に向かい、
 返書を書き始める。

 文面は短い。

「ご配慮に感謝します」

「しかし、
 私は帝国にて職務を全うします」

「帰還の意思はありません」

 それだけ。

 署名を終え、封をする。

 オッドは、
 その様子を黙って見ていた。

「後悔しないかい」

「しません」

 即答だった。

「私は、
 もう“戻る場所”を探していません」

 使者が退出する。

 扉が閉まり、
 室内には静寂が戻る。

 ゼクレテァは、
 窓の外を見た。

 帝都は今日も、
 変わらず動いている。

 秩序があり、
 役割があり、
 感情よりも結果が優先される場所。

 彼女は、
 その流れの中に立っている。

 王国は、
 彼女がいなくても回る。

 帝国も、
 彼女一人で回っているわけではない。

 それでいい。

 大切なのは、
 どこに立つかではなく、
 何を誤らせないか。

 ゼクレテァは、
 静かに次の書類へ手を伸ばした。

 それが、
 彼女の選んだ答えだった。

 私は、戻らない。

 その決意は、
 もう、確認する必要すらなかった。
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