ちいさな物語屋

うらたきよひこ

文字の大きさ
401 / 526

#400 罰ゲームで魔法少女になるオッサン

しおりを挟む
商店街の組合の飲み会で軽率なことを言ったのが、そもそもの間違いだった。

「おしっ、負けたやつ、コスプレして販促な!」

「いいですねっ! 商店街の売上もアップするかもです!」

冗談で言ったはずのその言葉に若手連中もノリノリだ。そして始まる謎の賭け麻雀。

その日に限ってボロ負けした俺は罰ゲームとして翌週の夏祭りで「魔法少女のコスプレ」をしてステージに立つことになった。

四十を過ぎたオッサンにフリフリの衣装は地獄そのものだったが、約束は約束だ。仕方がない。

笑いを取って場を収める、それだけのつもりだった。

――だが、ステージに上がった瞬間、俺の足元に光の魔法陣が浮かび上がったのだ。

「は?」

客席がざわつく。

「演出、すげーな」

「才能の無駄遣い系?」

裏方スタッフの悪ふざけかと思ったが、魔法陣から立ち上る光の仕掛けはまったくわからない。光源はどこだ?

次の瞬間、頭の中に声が響いた。

『選ばれし戦士よ。世界を救う使命を負え』

いや、この衣装を選んだのは罰ゲーム係の後輩だ。

逃げようとしたが、杖のようなものが空から降ってきて、俺の手に吸い付くように収まった。

観客は爆笑している。俺一人が、笑えなかった。

「マジですげー舞台演出だな」

「商店街の本気」

おい、待て。これ、ガチだぞ?

突如、真っ白な空間に閉じ込められる。周りには星やらハートやらが光りながらくるくる回っていた。そして白い猫のような生物がぴょんと現れる。

「契約成立だね。めずらしいタイプだけど、魔法少女は魔法少女さ」

「いやいやいや、少女は無理だろ! 俺は明日も朝から八百屋の仕入れがあるんだぞ!」

「でも悪い魔物は待ってくれないよ。一緒に世界の平和を守るんだ」

「守るんだ、じゃねーよ。八百屋をなめんなよ」

翌日、本当にその「悪いやつ」が現れた。

商店街のシャッターがひとりでに開き、黒いもやのような怪物が這い出してきたのだ。

誰も信じてくれないだろうが、それは確かにこの目で見た。

「大変! 早く魔法少女に変身だ!」

白猫が肩に乗ってくる。

「畜生が命令すんなよ」

しかし体が勝手に杖を構え、くるくるとステップを踏む。

「マジかよ。最悪だ」

なぜか昨日と同じ衣装になってしまう。ブワッとフリルのスカートが広がった瞬間、星がキラキラと散った。

そして杖からピンク色の光が迸り、怪物は跡形もなく消える。

呆然と立ち尽くす俺に、通りすがりの子供が拍手を送った。

「おじさん、すごーい! 本物の魔法少女だ!」

……おじさん、って言うな。

だが、その日から俺は、商店街を守る「魔法少女」として活動する羽目になった。

「もう、販促やめてもいいんですよ?」

後輩たちは少し気味悪そうにして遠巻きに見ている。完全に目覚めちゃったおじさん扱いだ。ちくしょー。

こちらの都合はお構いなしに怪物が現れ、俺は仕入れ帰りのトラックから飛び降り、フリフリの衣装に変身する。

最初は通報されかけた。

だが次第に人々は慣れ、「商店街の守り神」とまで言われるようになった。

妻は呆れ顔だ。

「お父さん、帰りが遅いと思ったら、また魔法少女やってたの?」

子供たちには秘密にしていたが、バレるのは時間の問題だろう。何しろ商店街中の噂になっている。

そんなある夜、巨大な怪物が現れた。

商店街どころか、町全体を飲み込むほどの影。

俺は杖を握りしめた。猫のような使い魔がぴょんと肩に乗って囁いた。

「君が選ばれた理由、気になる?」

「そりゃ気になるさ。俺より若くて元気な奴なんていくらでもいるだろ」

「でもね、彼らは逃げるよ。罰ゲームでも、君は最後まで受け入れた。だから君なんだ」

「ふーん。後からなら、なんとでも言えりゃあ」

罰ゲームが、世界を救う理由になるなんて。気づけば俺は、杖を振り上げていた。光が町を包み、怪物は霧散した。

商店街は静けさを取り戻し、人々は夢でも見ていたかのように普段の生活に戻っていった。

ただ一人、俺だけが知っている。

フリフリ衣装の下で汗だくになりながら、戦い続けていることを。そして今日も、また怪物が来る。

「頼むから、せめて普通の休日をくれ」

そう呟きながら、俺は再び魔法陣の光に包まれる。

世界の命運なんて背負いたくない。だが、罰ゲームはまだ終わらないのだ。

――俺の人生最大の罰ゲーム。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

麗しき未亡人

石田空
現代文学
地方都市の市議の秘書の仕事は慌ただしい。市議の秘書を務めている康隆は、市民の冠婚葬祭をチェックしてはいつも市議代行として出かけている。 そんな中、葬式に参加していて光恵と毎回出会うことに気付く……。 他サイトにも掲載しております。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...