431 / 526
#429 後ろの行列
しおりを挟む
あれは、本当に妙な体験だったんですよ。
会社帰りにいつもの道を歩いていたら、後ろから足音が聞こえたんです。
最初は一人分の気配でした。まあ、夜道だし誰かが同じ方向に歩いているんだろうと気にしませんでした。
でも、その足音がぴたりと僕の歩調に合っている。息づかいまで重なっているように感じたんです。
嫌な気分になってそっと振り返ると、知らない男がいました。手に持っていたのは……靴べら。
靴べら?
凶器……とまではいかないが、何だか意味がわからなくて怖い。その男は無言で僕を見ていました。
ぞっとしましたが、目をそらして歩き続けました。
しばらくすると、もう一人分の足音が増えました。またそっと振り返ると今度は女性。手にはもやしの束を握っている。袋に入ってすらいない、そのままつかんでいる。
やがて三人目が現れました。中年のサラリーマン風で、なぜか墨汁の容器を握っている。
四人目は学生らしい若者で、おたまを振っていた。
五人目は……コモンマーモセットを抱いた老人。マーモセットはきょとんとした顔でこちらを見ている。
六人目は、道端からちぎったのか、ぺんぺん草を一束握りしめた少女。
気づけば僕の後ろには行列ができていました。十人、二十人……。誰もしゃべらない。ただ手に変なものを持って、僕と同じ歩調で歩いている。
振り返るたびに列は伸びていました。
「すみません、何か?」と声をかけても返事はない。ただにやにや笑う者もいれば、真顔の者もいる。
歩くたびにカツン、カツンと靴音が響く。もやしがポロポロ落ちる。墨汁の容器がちゃぷちゃぷ鳴る。おたまが風を切る。猿が小さく鳴く。ぺんぺん草の青臭さが漂う。
すべてが僕に追従していた。
やがて列は道を埋め尽くし、後ろは見渡す限り人だかり。数百人はいたはずです。
それでも、誰も僕を追い抜こうとしない。ただ黙ってついてくる。
胸が苦しくなり、走り出しました。
角を曲がり、細い路地に飛び込む。
でも振り返ると、全員が同じ速さで走ってきている。靴べらを振り上げ、もやしを抱え、墨汁をこぼし、おたまを鳴らし、猿を抱え、草を振り回しながら。
笑い声が混じり始めました。最初は一人、次に二人、そして全員が。
アハハ、アハハハハ……。
狂気じみた笑いが夜の街に響き渡る。
「やめろ!」と叫んでも、誰も止まらない。
恐怖で足がもつれ、僕は転びました。顔を上げると、細い路地から黒子の衣装を着た何者かが忍び寄ってくるところでした。
さっと鎖のようなものを手渡される。それからそいつはこう言ったんです。
「並んでください」
気づけば、僕の手には鎖――長く繋がれたクリップが握られていました。やけに手間がかかっている……。それは動くたびしゃらしゃらと鳴る。
前を見ると行列の先頭が別の誰かになっていた。それは帰宅中らしき中年の女性だ。
ちらりと振り返り、僕を見て、それからクリップを見る。怯えたような表情のまま前に向き直ってから、再度振り返ってまたクリップを見た。
その人物の後ろに、クリップを持った僕、靴べら、もやし、墨汁、おたま、猿、草――が続々と並ぶ。
女性は怯え切って駆け出し――転んだ。
なるほど。こういうルールになっていたのか。腑に落ちた――わけないよな。
……どうしてあの日、あの道を歩いてしまったんでしょうね。
気をつけた方がいいですよ。
あなたもいつの間にか、意味のわからないルールで、意味のわからない行列に加わっているかもしれないんですから。
会社帰りにいつもの道を歩いていたら、後ろから足音が聞こえたんです。
最初は一人分の気配でした。まあ、夜道だし誰かが同じ方向に歩いているんだろうと気にしませんでした。
でも、その足音がぴたりと僕の歩調に合っている。息づかいまで重なっているように感じたんです。
嫌な気分になってそっと振り返ると、知らない男がいました。手に持っていたのは……靴べら。
靴べら?
凶器……とまではいかないが、何だか意味がわからなくて怖い。その男は無言で僕を見ていました。
ぞっとしましたが、目をそらして歩き続けました。
しばらくすると、もう一人分の足音が増えました。またそっと振り返ると今度は女性。手にはもやしの束を握っている。袋に入ってすらいない、そのままつかんでいる。
やがて三人目が現れました。中年のサラリーマン風で、なぜか墨汁の容器を握っている。
四人目は学生らしい若者で、おたまを振っていた。
五人目は……コモンマーモセットを抱いた老人。マーモセットはきょとんとした顔でこちらを見ている。
六人目は、道端からちぎったのか、ぺんぺん草を一束握りしめた少女。
気づけば僕の後ろには行列ができていました。十人、二十人……。誰もしゃべらない。ただ手に変なものを持って、僕と同じ歩調で歩いている。
振り返るたびに列は伸びていました。
「すみません、何か?」と声をかけても返事はない。ただにやにや笑う者もいれば、真顔の者もいる。
歩くたびにカツン、カツンと靴音が響く。もやしがポロポロ落ちる。墨汁の容器がちゃぷちゃぷ鳴る。おたまが風を切る。猿が小さく鳴く。ぺんぺん草の青臭さが漂う。
すべてが僕に追従していた。
やがて列は道を埋め尽くし、後ろは見渡す限り人だかり。数百人はいたはずです。
それでも、誰も僕を追い抜こうとしない。ただ黙ってついてくる。
胸が苦しくなり、走り出しました。
角を曲がり、細い路地に飛び込む。
でも振り返ると、全員が同じ速さで走ってきている。靴べらを振り上げ、もやしを抱え、墨汁をこぼし、おたまを鳴らし、猿を抱え、草を振り回しながら。
笑い声が混じり始めました。最初は一人、次に二人、そして全員が。
アハハ、アハハハハ……。
狂気じみた笑いが夜の街に響き渡る。
「やめろ!」と叫んでも、誰も止まらない。
恐怖で足がもつれ、僕は転びました。顔を上げると、細い路地から黒子の衣装を着た何者かが忍び寄ってくるところでした。
さっと鎖のようなものを手渡される。それからそいつはこう言ったんです。
「並んでください」
気づけば、僕の手には鎖――長く繋がれたクリップが握られていました。やけに手間がかかっている……。それは動くたびしゃらしゃらと鳴る。
前を見ると行列の先頭が別の誰かになっていた。それは帰宅中らしき中年の女性だ。
ちらりと振り返り、僕を見て、それからクリップを見る。怯えたような表情のまま前に向き直ってから、再度振り返ってまたクリップを見た。
その人物の後ろに、クリップを持った僕、靴べら、もやし、墨汁、おたま、猿、草――が続々と並ぶ。
女性は怯え切って駆け出し――転んだ。
なるほど。こういうルールになっていたのか。腑に落ちた――わけないよな。
……どうしてあの日、あの道を歩いてしまったんでしょうね。
気をつけた方がいいですよ。
あなたもいつの間にか、意味のわからないルールで、意味のわからない行列に加わっているかもしれないんですから。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
麗しき未亡人
石田空
現代文学
地方都市の市議の秘書の仕事は慌ただしい。市議の秘書を務めている康隆は、市民の冠婚葬祭をチェックしてはいつも市議代行として出かけている。
そんな中、葬式に参加していて光恵と毎回出会うことに気付く……。
他サイトにも掲載しております。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる