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#441 隣人たち
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不思議なことが起きたのは、僕がこのアパートに引っ越してきてからすぐのことでした。
隣の部屋の住人が、毎日違う人になっているんです。
初日は若いサラリーマン風の男でした。挨拶を交わしたときは感じのいい人で、「こちらこそよろしくお願いします」と笑っていた。
翌朝、廊下で出会ったのは見知らぬ女性。エプロン姿で「昨日いただいたお菓子、とてもおいしかったです」と言うんです。僕は何も渡していない。引っ越しの挨拶のお菓子は昨日あの若いサラリーマンに渡したはずだ。驚いて固まっていると、彼女は「どうかしました?」と首をかしげた。
その次の日は初老の男性。新聞を脇に抱え、「例の件、やっと片付いたよ」と意味深に微笑んだ。
毎日違う人が隣に住んでいるのに、彼らは皆、まるで「ずっと前からここにいた」とでも言うように振る舞っている。
僕が不審に思って他の住人に尋ねても、「ああ、お宅のお隣は山内さんだよ」と当然のように答える。ただ、その隣人の名前は日ごとに違っている。昨日は「佐山さん」、今日は「山田さん」。でも誰も違和感を持っていない。
気味が悪くなって、僕はある晩、隣のドアの前で待ち構えました。
やがてノブが回り、ドアが開いた。
出てきたのは、見知らぬ中年女性でした。
「こんばんは」と彼女は自然に挨拶してきた。
「あなた……昨日は誰でした?」と思わず口にすると、女性はにっこり笑ってこう答えたんです。
「やだぁ、なんの冗談です? あ、そうそう、明日はスーパーみどりの卵が安いみたいですよ」
行きつけのスーパーだ。そういえばお隣さんとは近隣スーパーの安売り情報を教え合う仲だったような気がしてきた……。いや、今日会ったばかりなのになんでこんな記憶があるんだ?
僕は混乱して眠れなくなりました。
翌朝、恐る恐る廊下に出ると、今度は大学生くらいの青年が立っていました。
「昨日の件、秘密にしてくれてありがとう」と肩を叩いてくる。
そういえば、昨日、恋愛相談に乗ってあげて、その後弟さんが来て何やらお兄さんの女性関係を探りに……。かなり複雑な状況の記憶が頭の中に次々と立ちのぼってくる。さっき会ったばかりなのに?
僕はもう耐えられず、管理人に詰め寄りました。
「あの、僕の隣の住人は一体誰なんですか?」
管理人は少し困った顔をして答えました。
「お隣にはもうずっと東堂さんが住んでいるじゃないですか。急にどうしたんです?」
「いや、毎日違う気がするんです。鈴木さんだったり、島田さんだったり、山上さんだったり……」
管理人の目がギロッと光った気がした。
「――隣だけじゃないよ、あんた」
「隣だけじゃない?」
「どういうわけか、お隣の住人のことについてだけ不具合が起きているみたいだね。あんたは毎日職場も違うし、逆隣も上下の住人も違うし、友達も家族も入れ替わっているよ。ただきちんと合理的な記憶ごと入れ替わっているから気づかないのが当たり前なんだ」
「そ、そんなことあるわけが……」
「あるよ。証明できるかい? 昨日の自分が今日の自分とまったくおんなじだって」
「え? いや、それは……。でもどうしてあなた、そんなこと……」
「“管理”人だからですよ」
その夜、寝ようと照明を落としたところ、暗闇から声がしました。
「ねえ、君。気づいてしまったんだね」
耳を澄ますと、声は低くも高くもなく、男とも女ともわからない。
「大丈夫、管理人から報告を受けているよ。すぐに修正するから心配しないで」
「なぜ僕だけが……?」
「君だけじゃないよ。世界にたくさんある事例だから。ほら、作業に入るから早く眠るんだ」
心臓がすっと冷たくなりました。作業って何だ?
翌朝、目を覚ますと体が軽くなっていました。何か心配ごとがあったような気がしたのですが、寝たら忘れてしまったようです。
「あ、おはようございます。近藤さん」
隣の部屋の若い男性に挨拶をすると、僕は歩調を早めました。近藤さんはここに越してきたときから少し苦手で、できれば同じエレベーターに乗りたくないなと思ったんです。
すぐに引っ越すんじゃないかという噂を聞いていたのに、近藤さんはもうずっと僕の隣に住んでいる。所詮、噂は噂なんだな。
隣の部屋の住人が、毎日違う人になっているんです。
初日は若いサラリーマン風の男でした。挨拶を交わしたときは感じのいい人で、「こちらこそよろしくお願いします」と笑っていた。
翌朝、廊下で出会ったのは見知らぬ女性。エプロン姿で「昨日いただいたお菓子、とてもおいしかったです」と言うんです。僕は何も渡していない。引っ越しの挨拶のお菓子は昨日あの若いサラリーマンに渡したはずだ。驚いて固まっていると、彼女は「どうかしました?」と首をかしげた。
その次の日は初老の男性。新聞を脇に抱え、「例の件、やっと片付いたよ」と意味深に微笑んだ。
毎日違う人が隣に住んでいるのに、彼らは皆、まるで「ずっと前からここにいた」とでも言うように振る舞っている。
僕が不審に思って他の住人に尋ねても、「ああ、お宅のお隣は山内さんだよ」と当然のように答える。ただ、その隣人の名前は日ごとに違っている。昨日は「佐山さん」、今日は「山田さん」。でも誰も違和感を持っていない。
気味が悪くなって、僕はある晩、隣のドアの前で待ち構えました。
やがてノブが回り、ドアが開いた。
出てきたのは、見知らぬ中年女性でした。
「こんばんは」と彼女は自然に挨拶してきた。
「あなた……昨日は誰でした?」と思わず口にすると、女性はにっこり笑ってこう答えたんです。
「やだぁ、なんの冗談です? あ、そうそう、明日はスーパーみどりの卵が安いみたいですよ」
行きつけのスーパーだ。そういえばお隣さんとは近隣スーパーの安売り情報を教え合う仲だったような気がしてきた……。いや、今日会ったばかりなのになんでこんな記憶があるんだ?
僕は混乱して眠れなくなりました。
翌朝、恐る恐る廊下に出ると、今度は大学生くらいの青年が立っていました。
「昨日の件、秘密にしてくれてありがとう」と肩を叩いてくる。
そういえば、昨日、恋愛相談に乗ってあげて、その後弟さんが来て何やらお兄さんの女性関係を探りに……。かなり複雑な状況の記憶が頭の中に次々と立ちのぼってくる。さっき会ったばかりなのに?
僕はもう耐えられず、管理人に詰め寄りました。
「あの、僕の隣の住人は一体誰なんですか?」
管理人は少し困った顔をして答えました。
「お隣にはもうずっと東堂さんが住んでいるじゃないですか。急にどうしたんです?」
「いや、毎日違う気がするんです。鈴木さんだったり、島田さんだったり、山上さんだったり……」
管理人の目がギロッと光った気がした。
「――隣だけじゃないよ、あんた」
「隣だけじゃない?」
「どういうわけか、お隣の住人のことについてだけ不具合が起きているみたいだね。あんたは毎日職場も違うし、逆隣も上下の住人も違うし、友達も家族も入れ替わっているよ。ただきちんと合理的な記憶ごと入れ替わっているから気づかないのが当たり前なんだ」
「そ、そんなことあるわけが……」
「あるよ。証明できるかい? 昨日の自分が今日の自分とまったくおんなじだって」
「え? いや、それは……。でもどうしてあなた、そんなこと……」
「“管理”人だからですよ」
その夜、寝ようと照明を落としたところ、暗闇から声がしました。
「ねえ、君。気づいてしまったんだね」
耳を澄ますと、声は低くも高くもなく、男とも女ともわからない。
「大丈夫、管理人から報告を受けているよ。すぐに修正するから心配しないで」
「なぜ僕だけが……?」
「君だけじゃないよ。世界にたくさんある事例だから。ほら、作業に入るから早く眠るんだ」
心臓がすっと冷たくなりました。作業って何だ?
翌朝、目を覚ますと体が軽くなっていました。何か心配ごとがあったような気がしたのですが、寝たら忘れてしまったようです。
「あ、おはようございます。近藤さん」
隣の部屋の若い男性に挨拶をすると、僕は歩調を早めました。近藤さんはここに越してきたときから少し苦手で、できれば同じエレベーターに乗りたくないなと思ったんです。
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