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#449 懐かしい町
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「懐かしい町」の話を聞いたことがあるか?
地図にもSNSで検索しても出てこない。それなのに口伝で噂は広がっていて、誰かが必ず「ああ、聞いたことある」と頷く。けれど不思議なことに、詳しい情報は誰も語らないんだ。
実は俺も、あの町に迷い込んだひとりなんだよ。
あれは学生の頃、旅行の帰りに電車を乗り間違えたのがきっかけだった。引き返そうと思って、聞いたこともない駅で降りたんだ。でもちょっとお腹が空いたから、そのまま駅前で食事でもとろうと思って歩き出した。
町の入口には特に看板もなく、駅名すら思い出せない。ただ、最初に足を踏み入れた瞬間に、胸が締めつけられるような懐かしさを覚えたんだ。
古い商店街があって、駄菓子屋や古本屋が並んでいる。どれも歴史を扱ったテレビ番組の「昭和の風景」のようで、リアリティが曖昧な感じは子どもの頃に見た夢の断片みたいだった。
「ここ、知ってる」
そう呟いた瞬間、なぜか涙が出そうになった。もちろん初めて来た場所のはずなんだ。
町の人々はみな優しく、どこかゆったりしていて、「おかえり」と言うんだ。俺はここに来たのは初めてなのに、まるで実家に帰ったときの近所の人、いやそれ以上に温かい言葉をかけてくれる。
商店街の小さなパン屋でパンと牛乳を買って、公園のベンチで一休みしていると、隣に座ったおばあさんが笑いながらこう言った。
「不思議そうにしているね。ここは、誰でも懐かしいと思う町なんだよ」
その言葉に俺はようやくこの状況を理解してくれそうな人に会ったと思って、急いでパンを飲み込んだ。
しかし――、詳しく聞こうとそのおばあさんの方を見ると、すでにそこには誰もいなかった。
不思議なことに、町の中にある時計は動いていないようだった。昼ごはんを食べようと駅から歩いてきたのに、ずっと夕暮れの橙色の光に包まれている。
不気味に感じて帰ろうと思ったが、来た道を戻っているのに駅にたどり着かない。商店街を何度も歩き直しても、裏路地を曲がっても、何度も見た景色に出くわしてしまう。
疲れ果てて足が止まりかけたとき、今まで町中になかったトンネルのようなものが見つかった。もしかして町を出られるのかもと、そのトンネルに足を踏み入れた。もし間違っていたら戻ればいい。
そして、気づけば知らない郊外の駅前に立っていた。時計を見ると、14時。ちょうど遅いお昼を食べてそのまま町を出てきたくらいの時間だ。体感では3時間くらい歩き回っていたような気がしたが……。
慌てて振り返ると、トンネルそのものが消えてなくなっていた。
帰宅してから、ネットで検索したりしてみたが、地図にはどこにも載っていないし、SNSにも情報が出てこない。地図上の線路を注意深くたどってみたが、該当する駅すら見当たらなかった。
ただし、不思議なことがあるんだ。あの町のことを話すと、必ず誰かがこう言う。
「俺、その話どこかで聞いたことあるな。誰が言ってたんだっけ……」
「あ、似たようなことがあったって言ってた友達がいたよ。同じ町のことかな」
こういう人伝ての噂話ばかりだ。みんな証言が曖昧で、その町へ行ったという当人に会うことはなかった。
もしかしたらあの町は存在する場所がそもそも「ここではない」のではないだろうか。異次元なのか、あるいは幻なのか。ただ、その町へ行ったことがあるという噂話では必ずみんな「懐かしかった」と言っているという。
――今でも時折、夕暮れが訪れると無性にあの町に帰りたくなることがある。不可解な記憶だったにもかかわらず、あの町へ帰らなければならないような気がしてくる。
地図にもSNSで検索しても出てこない。それなのに口伝で噂は広がっていて、誰かが必ず「ああ、聞いたことある」と頷く。けれど不思議なことに、詳しい情報は誰も語らないんだ。
実は俺も、あの町に迷い込んだひとりなんだよ。
あれは学生の頃、旅行の帰りに電車を乗り間違えたのがきっかけだった。引き返そうと思って、聞いたこともない駅で降りたんだ。でもちょっとお腹が空いたから、そのまま駅前で食事でもとろうと思って歩き出した。
町の入口には特に看板もなく、駅名すら思い出せない。ただ、最初に足を踏み入れた瞬間に、胸が締めつけられるような懐かしさを覚えたんだ。
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「ここ、知ってる」
そう呟いた瞬間、なぜか涙が出そうになった。もちろん初めて来た場所のはずなんだ。
町の人々はみな優しく、どこかゆったりしていて、「おかえり」と言うんだ。俺はここに来たのは初めてなのに、まるで実家に帰ったときの近所の人、いやそれ以上に温かい言葉をかけてくれる。
商店街の小さなパン屋でパンと牛乳を買って、公園のベンチで一休みしていると、隣に座ったおばあさんが笑いながらこう言った。
「不思議そうにしているね。ここは、誰でも懐かしいと思う町なんだよ」
その言葉に俺はようやくこの状況を理解してくれそうな人に会ったと思って、急いでパンを飲み込んだ。
しかし――、詳しく聞こうとそのおばあさんの方を見ると、すでにそこには誰もいなかった。
不思議なことに、町の中にある時計は動いていないようだった。昼ごはんを食べようと駅から歩いてきたのに、ずっと夕暮れの橙色の光に包まれている。
不気味に感じて帰ろうと思ったが、来た道を戻っているのに駅にたどり着かない。商店街を何度も歩き直しても、裏路地を曲がっても、何度も見た景色に出くわしてしまう。
疲れ果てて足が止まりかけたとき、今まで町中になかったトンネルのようなものが見つかった。もしかして町を出られるのかもと、そのトンネルに足を踏み入れた。もし間違っていたら戻ればいい。
そして、気づけば知らない郊外の駅前に立っていた。時計を見ると、14時。ちょうど遅いお昼を食べてそのまま町を出てきたくらいの時間だ。体感では3時間くらい歩き回っていたような気がしたが……。
慌てて振り返ると、トンネルそのものが消えてなくなっていた。
帰宅してから、ネットで検索したりしてみたが、地図にはどこにも載っていないし、SNSにも情報が出てこない。地図上の線路を注意深くたどってみたが、該当する駅すら見当たらなかった。
ただし、不思議なことがあるんだ。あの町のことを話すと、必ず誰かがこう言う。
「俺、その話どこかで聞いたことあるな。誰が言ってたんだっけ……」
「あ、似たようなことがあったって言ってた友達がいたよ。同じ町のことかな」
こういう人伝ての噂話ばかりだ。みんな証言が曖昧で、その町へ行ったという当人に会うことはなかった。
もしかしたらあの町は存在する場所がそもそも「ここではない」のではないだろうか。異次元なのか、あるいは幻なのか。ただ、その町へ行ったことがあるという噂話では必ずみんな「懐かしかった」と言っているという。
――今でも時折、夕暮れが訪れると無性にあの町に帰りたくなることがある。不可解な記憶だったにもかかわらず、あの町へ帰らなければならないような気がしてくる。
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