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#494 しりとりの家
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町のはずれ、杉並木の奥に古い屋敷がある。窓はどこも板で打ちつけられていて、風が吹くたび、ぎいぎいと鳴っていた。
その屋敷は小学生のあいだで噂になっていた。
「中の間取り、しりとりになってるんだってさ」
「しりとり?」
「そう。変な名前の部屋がしりとりみたいに繋がってるんだって……」
「なんかミステリ小説の舞台みたいだな」
「雪とかで閉じ込められて、殺人事件が起こるんでしょ?」
「そんなのテレビだけの話だよ」
しかし誰も確かめたことはない。
ただ、屋敷に入ったら、その身に何かが起こるというもっぱらの噂だった。
――ある日の放課後、クラスの何人かは好奇心に負けて、大人たちには内緒でその屋敷に行ってみることにした。
鍵が壊れた勝手口からそっと中へ入る。
空気は冷たく、どこか湿っている。木の床が鳴り、埃が舞った。
「……ここが、リビング?」
壁に黒いプレートが打ちつけられていた。
《リビング》
本当に名前が書いてある。こんなふうに部屋の名前を書くなんて、やはり普通の家ではない。
中央には、壊れたソファと古いテレビ。リモコンを押すと、ノイズ混じりの画面が映り、文字のようなものが浮かんだ。何かの字幕だろうか。
「ここ、電気が通ってるんだ……」
誰かが怯えたようにつぶやく。
「でもテレビが映らないってことはアンテナとかダメになってるのかな」
《次の部屋は「ぐるぐる部屋」》
隣の扉を開けると、壁がぐるぐるの渦模様で塗られた部屋があった。目が回るほどの曲線。足を踏み出すたびに、床が波打つような錯覚にとらわれる。
「気持ち悪くなってきた。早く次に行こう」
「次は……『や』で始まるんだな」
すると、ぐるぐるの渦模様の中心に、小さい黒い扉があった。子供ならなんとか通れる大きさだ。
そこに白い字で小さく書かれていた。
《矢印の間》
入ると、床にも壁にも無数の矢印が描かれている。どれも違う方向を指している。中央の柱に、一つだけまっすぐ上を向く矢印。
そこを見上げると、天井に穴があった。そこから細いロープが垂れている。
「登れってことか……?」
幸いみんなアスレチックが得意だったので、なんとか登ることができた。天井の穴を抜けて、別の部屋に出る。
そこには赤い線で奇妙な図形が描かれていた。
《魔方陣の廊下》
「うわ、気味悪ぅ……」
どういう仕組みなのかわからないが、踏むたびに足跡が淡く光る。
「なんでこんな部屋があるんだろう……」
「なんか気持ち悪いね」
光る廊下を抜けると、次の部屋が見えた。
《紙の階段》
階段はすべて白い紙でできていた。足を乗せるとかさかさと音がする。一歩ごとに、足跡の形に紙がくしゃりとひしゃげたが、階段の形は保っている。
「これ、どうなってるの?」
「くしゃってなって下まで落ちないかな……」
「紙……『み』だから、次は……」
「『み』でいいのか?」
「だって、『階段』は『ん』で終わるから次がないことになるよ」
すると紙の階段の先に鏡張りの扉が現れた。
《ミラールーム》
「ほらね」
部屋の中は全面が鏡。どこを見ても自分たちが映る。けれど、ひとつだけ鏡の中の姿が違う動きをしていた。
「なあ……あれ、あそこの鏡に映ってる僕らだけ、こっち見て笑ってる」
みんな一歩後ずさる。鏡の中の俺たちが、同時に前に出た。
「やだっ」
「もう出よう」
次の扉を開けると、目の前にまたプレート。そしてさっと開放的な風が流れ込んできた。
《ムクロの庭》
空気が一気に冷えた。縮れた葉をつけた木々と石碑の並ぶ庭。足元には、たくさんの子供の靴。
「むくろって……死体って意味だよな……?」
息をのむ。プレートの下には、小さな落書きがあった。
『帰れるといいね』
全員が息をのんだ。
「ねぇ、これ以上行くのやめよう。早く戻ろうよ」
しかし振り返ると、扉はなくなっていた。
風が吹き、木々がざわめく。木々からはたくさんの縮れた落ち葉が舞い落ちていて、前がよく見えないほどだ。枝に吊るされた何かが揺れていた。
――小さなプレートだ。
《病葉の理》
「なにこれ。何て読むの?」
「『わくらばのことわり』。まだ続いてる……しりとりが……」
ふいに風が止まり落ち葉も止まった。そこで初めて地面に黒い穴が開いているのに気づく。
「行ってみよう。もうここしか行けるところがない」
穴の先は真っ暗な空間。ただ一枚のドアがぽつんと立っていた。
『リビング』
困惑した空気が流れる。
「本当にこの先がリビングなの?」
半信半疑でドアを開けると、確かにあの最初の部屋。だが壁のプレートにはこう刻まれていた。
《リビング②》
「数字、増えてる……」
「最初のリビングとは違うってこと?」
夕焼けだったはずの窓の外が、すでに真っ暗になっていた。
机の上に一枚のメモが置いてある。メモには回ってきた部屋の名前が一覧になっていた。
「リビング」
「ぐるぐる部屋」
「矢印の間」
「魔方陣の廊下」
「紙の階段」
「ミラールーム」
「ムクロの庭」
「病葉の理」
「リビング」
「◯ ◯ ◯ン」
「これってなぞなぞ?」
「リビングの次で、最後に『ン』がつけば、しりとりが終わるんだ」
「待って。4文字じゃなきゃいけないのかもしれない」
「間違えたらどうなるんだろう」
そのとき、誰かのお腹がぐぅと鳴った。もうずいぶん長くこの屋敷にいる。
「グラタン」
誰かがぼそりとつぶやいた。
『グラタンでいいの?』
小さな子供の声がした。
見るといつの間にかリビングの中に扉があり、その前に小学生低学年くらいの子が立っていた。
普通の子供ではない気配にみんな黙り込む。
間違いでなければ、その子が立っている扉はここへ来たときに入ってきた扉だ。
「いいわけないだろ」
誰かがあきれたような声をもらす。
『グラタンじゃないの? じゃあ、なあに?』
みんなで顔を見合わせる。
軍手、グループ、グランドピアノ、群馬県……「グ」がつく単語が頭を駆けめぐる。でも全部ダメだ。
「グラタン」
また誰かがつぶやいた。
「おいっ」
『もうだめ。時間切れだよ』
目の前がさっとまぶしく光り、思わず目をつぶった。
次に目を開けると、みんな町外れの杉並木に立っていた。
ほっとして家に帰ると、見慣れた自分の家の廊下に小さなプレートがついているのを見つけた。
近づいてよく見てみると――
《リビング③》
しりとりはまだ終わっていないらしい。
その屋敷は小学生のあいだで噂になっていた。
「中の間取り、しりとりになってるんだってさ」
「しりとり?」
「そう。変な名前の部屋がしりとりみたいに繋がってるんだって……」
「なんかミステリ小説の舞台みたいだな」
「雪とかで閉じ込められて、殺人事件が起こるんでしょ?」
「そんなのテレビだけの話だよ」
しかし誰も確かめたことはない。
ただ、屋敷に入ったら、その身に何かが起こるというもっぱらの噂だった。
――ある日の放課後、クラスの何人かは好奇心に負けて、大人たちには内緒でその屋敷に行ってみることにした。
鍵が壊れた勝手口からそっと中へ入る。
空気は冷たく、どこか湿っている。木の床が鳴り、埃が舞った。
「……ここが、リビング?」
壁に黒いプレートが打ちつけられていた。
《リビング》
本当に名前が書いてある。こんなふうに部屋の名前を書くなんて、やはり普通の家ではない。
中央には、壊れたソファと古いテレビ。リモコンを押すと、ノイズ混じりの画面が映り、文字のようなものが浮かんだ。何かの字幕だろうか。
「ここ、電気が通ってるんだ……」
誰かが怯えたようにつぶやく。
「でもテレビが映らないってことはアンテナとかダメになってるのかな」
《次の部屋は「ぐるぐる部屋」》
隣の扉を開けると、壁がぐるぐるの渦模様で塗られた部屋があった。目が回るほどの曲線。足を踏み出すたびに、床が波打つような錯覚にとらわれる。
「気持ち悪くなってきた。早く次に行こう」
「次は……『や』で始まるんだな」
すると、ぐるぐるの渦模様の中心に、小さい黒い扉があった。子供ならなんとか通れる大きさだ。
そこに白い字で小さく書かれていた。
《矢印の間》
入ると、床にも壁にも無数の矢印が描かれている。どれも違う方向を指している。中央の柱に、一つだけまっすぐ上を向く矢印。
そこを見上げると、天井に穴があった。そこから細いロープが垂れている。
「登れってことか……?」
幸いみんなアスレチックが得意だったので、なんとか登ることができた。天井の穴を抜けて、別の部屋に出る。
そこには赤い線で奇妙な図形が描かれていた。
《魔方陣の廊下》
「うわ、気味悪ぅ……」
どういう仕組みなのかわからないが、踏むたびに足跡が淡く光る。
「なんでこんな部屋があるんだろう……」
「なんか気持ち悪いね」
光る廊下を抜けると、次の部屋が見えた。
《紙の階段》
階段はすべて白い紙でできていた。足を乗せるとかさかさと音がする。一歩ごとに、足跡の形に紙がくしゃりとひしゃげたが、階段の形は保っている。
「これ、どうなってるの?」
「くしゃってなって下まで落ちないかな……」
「紙……『み』だから、次は……」
「『み』でいいのか?」
「だって、『階段』は『ん』で終わるから次がないことになるよ」
すると紙の階段の先に鏡張りの扉が現れた。
《ミラールーム》
「ほらね」
部屋の中は全面が鏡。どこを見ても自分たちが映る。けれど、ひとつだけ鏡の中の姿が違う動きをしていた。
「なあ……あれ、あそこの鏡に映ってる僕らだけ、こっち見て笑ってる」
みんな一歩後ずさる。鏡の中の俺たちが、同時に前に出た。
「やだっ」
「もう出よう」
次の扉を開けると、目の前にまたプレート。そしてさっと開放的な風が流れ込んできた。
《ムクロの庭》
空気が一気に冷えた。縮れた葉をつけた木々と石碑の並ぶ庭。足元には、たくさんの子供の靴。
「むくろって……死体って意味だよな……?」
息をのむ。プレートの下には、小さな落書きがあった。
『帰れるといいね』
全員が息をのんだ。
「ねぇ、これ以上行くのやめよう。早く戻ろうよ」
しかし振り返ると、扉はなくなっていた。
風が吹き、木々がざわめく。木々からはたくさんの縮れた落ち葉が舞い落ちていて、前がよく見えないほどだ。枝に吊るされた何かが揺れていた。
――小さなプレートだ。
《病葉の理》
「なにこれ。何て読むの?」
「『わくらばのことわり』。まだ続いてる……しりとりが……」
ふいに風が止まり落ち葉も止まった。そこで初めて地面に黒い穴が開いているのに気づく。
「行ってみよう。もうここしか行けるところがない」
穴の先は真っ暗な空間。ただ一枚のドアがぽつんと立っていた。
『リビング』
困惑した空気が流れる。
「本当にこの先がリビングなの?」
半信半疑でドアを開けると、確かにあの最初の部屋。だが壁のプレートにはこう刻まれていた。
《リビング②》
「数字、増えてる……」
「最初のリビングとは違うってこと?」
夕焼けだったはずの窓の外が、すでに真っ暗になっていた。
机の上に一枚のメモが置いてある。メモには回ってきた部屋の名前が一覧になっていた。
「リビング」
「ぐるぐる部屋」
「矢印の間」
「魔方陣の廊下」
「紙の階段」
「ミラールーム」
「ムクロの庭」
「病葉の理」
「リビング」
「◯ ◯ ◯ン」
「これってなぞなぞ?」
「リビングの次で、最後に『ン』がつけば、しりとりが終わるんだ」
「待って。4文字じゃなきゃいけないのかもしれない」
「間違えたらどうなるんだろう」
そのとき、誰かのお腹がぐぅと鳴った。もうずいぶん長くこの屋敷にいる。
「グラタン」
誰かがぼそりとつぶやいた。
『グラタンでいいの?』
小さな子供の声がした。
見るといつの間にかリビングの中に扉があり、その前に小学生低学年くらいの子が立っていた。
普通の子供ではない気配にみんな黙り込む。
間違いでなければ、その子が立っている扉はここへ来たときに入ってきた扉だ。
「いいわけないだろ」
誰かがあきれたような声をもらす。
『グラタンじゃないの? じゃあ、なあに?』
みんなで顔を見合わせる。
軍手、グループ、グランドピアノ、群馬県……「グ」がつく単語が頭を駆けめぐる。でも全部ダメだ。
「グラタン」
また誰かがつぶやいた。
「おいっ」
『もうだめ。時間切れだよ』
目の前がさっとまぶしく光り、思わず目をつぶった。
次に目を開けると、みんな町外れの杉並木に立っていた。
ほっとして家に帰ると、見慣れた自分の家の廊下に小さなプレートがついているのを見つけた。
近づいてよく見てみると――
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しりとりはまだ終わっていないらしい。
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