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#071 頭の上に
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最初に気づいたのは、コンビニの店員の態度だった。
「お弁当、温めますか?」
俺の顔を見て普通に聞いてきたのに、次の瞬間、スッと視線が上に動く。そして、何事もなかったようにまた俺の目を見て微笑む。
ほんの一瞬のことだ。そんなことはその直後に忘れて二度と思い出さないようなことだ。でも、それが一度ではなく、何度も続くとさすがに違和感が生じる。
仕事先の同僚、エレベーターで乗り合わせた知らない人、電車の向かいに座った女子高生——みんな、俺の頭の上をちらっと見てから、何事もなかったように視線を戻す。
「……なんかついてる?」
気になって、トイレの鏡で自分の頭をチェックしてみた。寝癖もないし、ゴミも乗ってない。何もおかしなところはない。
でも、確かに彼らは見ていた。
——俺の頭の上を。
「ねえ、俺の頭の上、なんかある?」
家に帰って、妹に聞いてみた。
「は?」
妹は不思議そうな顔をして、じろじろと俺の頭を眺める。
「……別に。普通じゃん?」
「ほんとに?」
「うん。……なんかあったら嫌だから言ってるんだけど?」
「なんかって何? 何もないよ?」
妹は首を傾げながら言った。それからすっと俺の頭の上を見た。
「今! 一瞬ここ見たよな?」
「え?」
妹の顔が強張った。
「……え、え? なんで?」
「やっぱり見たじゃねえか!」
俺は思わず叫んだ。でも妹は、さっきよりもっと不安そうな顔になって、小さくつぶやいた。
「……え、でも、お兄ちゃん……」
「何?」
「だって、私、自分では見たつもりなかった……」
「は?」
「意識してなかったのに、気づいたら目がそっち向いてただけで……ただの偶然? 意味はないと思うけど」
それから気味の悪いことが続いた。
俺と話す人は、ほぼ全員、ほんの一瞬だけ、頭の上に視線を向ける。でも、それを指摘すると「そんなことしてない」「気のせいだろう」と否定する。いや、明らかにしてるのに。
そして、一番最悪だったのは——
「頭の上、なんかあるんですか?」
直接聞いてきた奴がいたことだ。
それは、新しく異動してきた社員だった。
「え?」
俺は思わず聞き返した。
「いや、何かあるんじゃないかって……えっと……すみません、なんかまずいこと聞きました?」
「お前、見えてるのか?」
俺が詰め寄ると、彼は顔を引きつらせた。
「いや……なんというか、気になるんですよ……なんか、こう、うまく言えないんですけど……あれ? でも、何もない?」
彼は首を傾げた。
「……あれ?」
そして、次の瞬間。
「うわっ!」
彼は悲鳴を上げて、後ずさった。
「お、お前……っ」
「どうした!?」
「い、いや……なんか今、見えた気がして……っ」
「何が!? 何が見えた!?」
彼は震えながら、俺の頭の上を指さした。でも、何か言おうとした瞬間——
プツッ
何かが切れたように、彼はポカンとした顔になった。
「えっと……?」
そして、俺の顔をまじまじと見てから、困惑したように言った。
「すみません、なんか……俺、今なにか変なこと言いましたか?」
「…………」
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
——分かった。
もう、分かったんだ。
俺の頭の上には、何かがいる。
でもそれは普通の人間には見えない。見えなくても感じる。だからみんなそこへ視線をやる。
ごく稀にそれを見ることができる人間がいるが、そいつはすぐに「忘れる」。いや、強制的に「忘れさせられる」。
俺の頭の上を見たことも、何かを感じたことも、全部。
「なんなんだよ……」
俺は、再び鏡を見た。
——やっぱり、何も見えない。
それが何なのか、俺も周りの人間も決して知ることができないんだ。
「なんなんだよ……」
俺はもう一度つぶやいた。
「お弁当、温めますか?」
俺の顔を見て普通に聞いてきたのに、次の瞬間、スッと視線が上に動く。そして、何事もなかったようにまた俺の目を見て微笑む。
ほんの一瞬のことだ。そんなことはその直後に忘れて二度と思い出さないようなことだ。でも、それが一度ではなく、何度も続くとさすがに違和感が生じる。
仕事先の同僚、エレベーターで乗り合わせた知らない人、電車の向かいに座った女子高生——みんな、俺の頭の上をちらっと見てから、何事もなかったように視線を戻す。
「……なんかついてる?」
気になって、トイレの鏡で自分の頭をチェックしてみた。寝癖もないし、ゴミも乗ってない。何もおかしなところはない。
でも、確かに彼らは見ていた。
——俺の頭の上を。
「ねえ、俺の頭の上、なんかある?」
家に帰って、妹に聞いてみた。
「は?」
妹は不思議そうな顔をして、じろじろと俺の頭を眺める。
「……別に。普通じゃん?」
「ほんとに?」
「うん。……なんかあったら嫌だから言ってるんだけど?」
「なんかって何? 何もないよ?」
妹は首を傾げながら言った。それからすっと俺の頭の上を見た。
「今! 一瞬ここ見たよな?」
「え?」
妹の顔が強張った。
「……え、え? なんで?」
「やっぱり見たじゃねえか!」
俺は思わず叫んだ。でも妹は、さっきよりもっと不安そうな顔になって、小さくつぶやいた。
「……え、でも、お兄ちゃん……」
「何?」
「だって、私、自分では見たつもりなかった……」
「は?」
「意識してなかったのに、気づいたら目がそっち向いてただけで……ただの偶然? 意味はないと思うけど」
それから気味の悪いことが続いた。
俺と話す人は、ほぼ全員、ほんの一瞬だけ、頭の上に視線を向ける。でも、それを指摘すると「そんなことしてない」「気のせいだろう」と否定する。いや、明らかにしてるのに。
そして、一番最悪だったのは——
「頭の上、なんかあるんですか?」
直接聞いてきた奴がいたことだ。
それは、新しく異動してきた社員だった。
「え?」
俺は思わず聞き返した。
「いや、何かあるんじゃないかって……えっと……すみません、なんかまずいこと聞きました?」
「お前、見えてるのか?」
俺が詰め寄ると、彼は顔を引きつらせた。
「いや……なんというか、気になるんですよ……なんか、こう、うまく言えないんですけど……あれ? でも、何もない?」
彼は首を傾げた。
「……あれ?」
そして、次の瞬間。
「うわっ!」
彼は悲鳴を上げて、後ずさった。
「お、お前……っ」
「どうした!?」
「い、いや……なんか今、見えた気がして……っ」
「何が!? 何が見えた!?」
彼は震えながら、俺の頭の上を指さした。でも、何か言おうとした瞬間——
プツッ
何かが切れたように、彼はポカンとした顔になった。
「えっと……?」
そして、俺の顔をまじまじと見てから、困惑したように言った。
「すみません、なんか……俺、今なにか変なこと言いましたか?」
「…………」
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
——分かった。
もう、分かったんだ。
俺の頭の上には、何かがいる。
でもそれは普通の人間には見えない。見えなくても感じる。だからみんなそこへ視線をやる。
ごく稀にそれを見ることができる人間がいるが、そいつはすぐに「忘れる」。いや、強制的に「忘れさせられる」。
俺の頭の上を見たことも、何かを感じたことも、全部。
「なんなんだよ……」
俺は、再び鏡を見た。
——やっぱり、何も見えない。
それが何なのか、俺も周りの人間も決して知ることができないんだ。
「なんなんだよ……」
俺はもう一度つぶやいた。
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