ちいさな物語屋

うらたきよひこ

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#076 雪山で待つ者

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山頂を目指していた私は、突如として吹雪に巻き込まれた。冬山では天候の急変が命取りになることを知っていたが、ここまでひどいとは。油断したと認めざるを得ない。視界は数メートル先も見えず、足を踏み出すたびに雪に沈む。体温が奪われ、指の感覚がなくなっていく。

遭難の二文字が頭をよぎり、焦燥に駆られながらも必死に進んでいると、ぼんやりとした灯りが見えた。小屋だ。こんな天候の中、山小屋を見つけるなど奇跡に等しい。私はほとんど転がるように戸口にたどり着き、手をこわばらせながら戸を叩いた。

「……お主も遭難者か?」

内側からしわがれた声がした。戸がゆっくり開くと、中にはひとりの老人がいた。痩せ細った体に毛布をまとい、白い髭を生やしている。薪の燃える匂いが漂い、かすかな暖気が顔を撫でた。

「すみません、吹雪に巻き込まれて……少し、休ませてください」

私が言うと、老人は「入れ」と短く促した。

中は質素な作りだったが、薪ストーブがあり温かい。私は凍えた手を火にかざし、やっと呼吸を整えた。

「お主も、か……」

老人がぽつりとつぶやく。

「ここには、昔から遭難した者が流れつく。そして、いつの間にか、ここにいる」

妙な言葉だった。

「いつの間にか?」

「そうよ。最初はみな、疲れ果てて休んでいるうちに、帰る機会を失う。そして気づけば、次にやってくる者を迎える側になっている」

私はぎょっとして老人を見た。何を言っているのかわからない。

「あなたは……ここにどれくらいいるんですか?」

老人はゆっくりと首を振る。

「もう、分からんよ。ただ、確かなのは……ここで待っているうちに、お主のような者が時折やってくることだけじゃ」

不意に寒気がした。ここに留まってはいけない。そう本能が告げていた。

私はストーブで温まった手をこすり、立ち上がる。

「もう少し吹雪が弱まったら出ます」

「そうか……。お主はまだ――その方がいいだろうな」

老人はそれ以上、何も言わなかった。

しばらくすると風も雪も弱まった。何とか下山できそうだ。私は礼を言い、戸を開けて外へ出る。振り返ると、老人は戸口に立ち、ただ静かに私を見送っていた。

どうにか下山し命を取り留めた。救助隊に発見されたとき、私は震えながら「あの山小屋の老人に助けられた」と話した。

だが、隊員は顔を見合わせる。

「あの山小屋なら、ずいぶん昔に雪で潰れた。もうないはずだが……」

私の背筋に、再び凍えるような寒さが走った。やはりこの世の者ではなかったか。こういった怪異は山ではよく聞くが、まさか自分が体験するとは思わなかった。

あの老人はもしかしてまだ山をさまよっているのかもしれない。そして遭難し死に面した登山者を導いているのではないか。私は山小屋のあったと思われる辺りに向かい深々と一礼した。
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