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#092 言い訳の数
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「被告人、あなたは万引きの罪で起訴されていますね?」
裁判官の問いに、被告の男は堂々と答えた。
「いえ、あれは不可抗力でした。」
「不可抗力?」
「そうです。ちょうどその日、私のズボンのゴムが緩んでましてね。歩いていたらスルスルっと下がってきたんですよ。たまたまパンツもはいていなくて」
「たまたま?」
「――で、ちょうどそこに商品棚がありまして、私は、羞恥心のあまり咄嗟に手に取った商品で前を隠したんです。」
「それが……高級ステーキ肉だったと?」
「はい、すべすべしていて……手触りが良かったんです。」
場がざわついた。裁判官は深いため息をつく。
「では、あなたが走って店を出たのは?」
「それは当然です。あんな姿、見られたくないじゃないですか。でも店員が追ってくるもんだから、逃げるしかなくて……。」
「しかしその際、あなたは店のマスコットキャラの牛の着ぐるみを奪い、それを着て逃走しましたね?」
「ええ、あの時、運良く目の前に着ぐるみがありまして。人間、切羽詰まると本能的に身を守ろうと何かをまといたくなるんです。」
「……では、捕まった際に着ぐるみの中から商品が20点以上出てきたのは?」
「そ、それは……着ぐるみだけでは心もとなくて。ほら、パンツもはいていなかったでしょう。中に何か入れておけば、いくぶん安心です」
「どういう理屈ですか!」裁判官が机を叩いた。
検察官が咳払いをして口を開く。
「そして問題は、あなたが逃走する際に『俺はただの牛だ! 牛に罪はない!』と叫んでいたことです。」
「そうです。私はその瞬間、牛でした。人は何かを着ると、そのものになったように感じるものです。」
「しかし、あなたはその直後、近くの焼肉店に駆け込み、『焼かれる前に自分で食う!』と叫びながら高級ステーキ肉を焼き始めたとか。」
「……だって、お腹空いてたんです。」
裁判官は疲れたように頭を振って、眉根をつまんだ。
「では次に、あなたが逃走の途中、警察官に向かって『俺は風! 捕まえられるものなら捕まえてみろ!』と言って川に飛び込んだ件について――」
「それも……まあ、勢いってやつです。腹が膨れたんで、開放的な気分になりました。そう、風のように」
「そして川に落ちた瞬間、『俺は魚だ!』と叫びながらバタ足で逃げようとしたと……。」
「状況が変われば生き方も変わるものです。あのとき、俺は魚でした」
辺りが静まり返った。裁判官は最後にこう告げた。
「言い訳が苦しすぎて呼吸困難になりそうです」
反省がまったく見られないと、男には賠償に加え多額の罰金刑が課された。
裁判官の問いに、被告の男は堂々と答えた。
「いえ、あれは不可抗力でした。」
「不可抗力?」
「そうです。ちょうどその日、私のズボンのゴムが緩んでましてね。歩いていたらスルスルっと下がってきたんですよ。たまたまパンツもはいていなくて」
「たまたま?」
「――で、ちょうどそこに商品棚がありまして、私は、羞恥心のあまり咄嗟に手に取った商品で前を隠したんです。」
「それが……高級ステーキ肉だったと?」
「はい、すべすべしていて……手触りが良かったんです。」
場がざわついた。裁判官は深いため息をつく。
「では、あなたが走って店を出たのは?」
「それは当然です。あんな姿、見られたくないじゃないですか。でも店員が追ってくるもんだから、逃げるしかなくて……。」
「しかしその際、あなたは店のマスコットキャラの牛の着ぐるみを奪い、それを着て逃走しましたね?」
「ええ、あの時、運良く目の前に着ぐるみがありまして。人間、切羽詰まると本能的に身を守ろうと何かをまといたくなるんです。」
「……では、捕まった際に着ぐるみの中から商品が20点以上出てきたのは?」
「そ、それは……着ぐるみだけでは心もとなくて。ほら、パンツもはいていなかったでしょう。中に何か入れておけば、いくぶん安心です」
「どういう理屈ですか!」裁判官が机を叩いた。
検察官が咳払いをして口を開く。
「そして問題は、あなたが逃走する際に『俺はただの牛だ! 牛に罪はない!』と叫んでいたことです。」
「そうです。私はその瞬間、牛でした。人は何かを着ると、そのものになったように感じるものです。」
「しかし、あなたはその直後、近くの焼肉店に駆け込み、『焼かれる前に自分で食う!』と叫びながら高級ステーキ肉を焼き始めたとか。」
「……だって、お腹空いてたんです。」
裁判官は疲れたように頭を振って、眉根をつまんだ。
「では次に、あなたが逃走の途中、警察官に向かって『俺は風! 捕まえられるものなら捕まえてみろ!』と言って川に飛び込んだ件について――」
「それも……まあ、勢いってやつです。腹が膨れたんで、開放的な気分になりました。そう、風のように」
「そして川に落ちた瞬間、『俺は魚だ!』と叫びながらバタ足で逃げようとしたと……。」
「状況が変われば生き方も変わるものです。あのとき、俺は魚でした」
辺りが静まり返った。裁判官は最後にこう告げた。
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