129 / 526
#128 手厚い葬儀屋
しおりを挟む
「あそこの葬儀屋、サポートが異常に厚いらしい」
そんな噂を耳にしたのは、病院の帰りの居酒屋だった。退院してから、ここぞとばかりにいろんな知人に連絡をとって遊びまわっている。その知人の一人が酒を片手に話し始めた。
「遺族への対応が丁寧なのはもちろん、故人本人まで満足してるらしいぜ」
「故人が満足? そんなんどうやって確認するんだよ?」
冗談かと思って笑った俺に、知人は内緒話でもするように声をひそめた。
「実際に葬儀を頼んだ人の話なんだけどさ」
俺もつられて身を乗り出す。
「普通の葬儀屋なら、遺族のケアがメインだろ? でも、そこは違うんだ。なんていうか……死んだ本人にも気を遣ってる感じがするんだよ」
「どう気遣うんだ? ってか、死者を丁重に扱ってもらえるのを見て満足するのは遺族の方だろ?」
「最後まで聞けって。亡くなった人が迷わないようにサポートがつくらしい」
「迷わないように?」
「ちゃんとあの世へ行けるようにな」
俺は思わず笑った。
「それ、坊さんが読経して導くって話じゃなくて?」
「いや、坊さんとは違う。あそこにはお見送り専門の社員がいるんだよ」
いまいちよくわからない。しかし、その葬儀屋のことは妙に気になった。数日後、仕事で取引きがあった葬儀屋に行って挨拶ついでに、噂のの葬儀屋についてきいてみた。
「……ああ、あそこはちょっと変わってるね。うちもそこまでできたらいいけど、人材がなぁ」
それは知人の言っていた見送り専門の社員のことだろうか。詳細を聞くと、社長は少し言葉を選びながら答えた。
「本当に見送りまでやるらしいよ」
「あのー、見送りっていうと……」
「亡くなった方が、迷わず旅立てるように、だ」
ますますわからない。調べてみると、その葬儀屋は特に評判がよく、「故人が安心して旅立てる」との口コミが多数あった。ただの言葉の綾かもしれないが、気になった俺は、知人を通じて実際に葬儀を頼んだ人を紹介してもらった。
その人――佐々木さんは、数ヶ月前に祖父を亡くしたばかりだった。
「ええ、すごく丁寧な対応でしたよ。遺族としてもありがたかったです」
「それは……どの葬儀屋でもそうでしょう?」
「いえ、それだけじゃなくて……」
佐々木さんは少し言葉を濁したあと、こう続けた。
「祖父がね、亡くなる前に迎えが来たって言ったんです。さっき黒いスーツの男が枕元に立っていたって」
「……葬儀屋の人じゃなく?」
「亡くなる直前の話です。祖父自身がその葬儀屋に生前契約してたみたいで、そのプランに『お迎え』が含まれていましたね」
ぞくりとした。死ぬ直前に迎えに来る?
「それで、葬儀の最中、祖父の棺のそばにずっと立っている男がいたんです。きちんとスーツを着てたんで葬儀屋のスタッフさんかなって思ってたんですけど、ちょっと聞きたいことがあって探すと、これが見つからない。それにそんな人いなかったっていう人もいて……おかしいなって思って写真やビデオを確認したんですけど、その人、どこにも映ってなかった」
俺は言葉を失った。いわゆる怪談によくある話ではないか。
佐々木さんは続ける。
「これは話半分で聞いて欲しいんですけど、後日、祖父の夢をみたんです。祖父は『あの葬儀屋さんのおかげで、死ぬのが初めてでも全然迷いなくしかるべき場所にたどりついた。お前もあそこの世話になりなさい』って。こんなのちょっと笑い話みたいですよね」
俺は、ふと気づいた。
この葬儀屋に幽霊の社員がいるのなら、それは単なる怪談ではなく、本当の意味でのお迎えと見送りが可能なのではないか、と。
それならば、他の葬儀屋が「人材がいなくてできない」といった理由もわかる。幽霊の社員なんてどう雇用すればいいのかわからないし、ちゃんと業務してくれているのか、どうやって確認するんだ? それに給与はどう支払う?
次から次へと疑問符が浮かぶ。――それなら実際にその幽霊社員に聞いてみればいいのか。
先日、緩和ケア病棟のある病院から退院して、自宅での死を選んだ。葬儀屋も動けるうちに自分で決めたておきたい。気持ちが決まると、俺は噂の葬儀屋へ電話をかけていた。
そんな噂を耳にしたのは、病院の帰りの居酒屋だった。退院してから、ここぞとばかりにいろんな知人に連絡をとって遊びまわっている。その知人の一人が酒を片手に話し始めた。
「遺族への対応が丁寧なのはもちろん、故人本人まで満足してるらしいぜ」
「故人が満足? そんなんどうやって確認するんだよ?」
冗談かと思って笑った俺に、知人は内緒話でもするように声をひそめた。
「実際に葬儀を頼んだ人の話なんだけどさ」
俺もつられて身を乗り出す。
「普通の葬儀屋なら、遺族のケアがメインだろ? でも、そこは違うんだ。なんていうか……死んだ本人にも気を遣ってる感じがするんだよ」
「どう気遣うんだ? ってか、死者を丁重に扱ってもらえるのを見て満足するのは遺族の方だろ?」
「最後まで聞けって。亡くなった人が迷わないようにサポートがつくらしい」
「迷わないように?」
「ちゃんとあの世へ行けるようにな」
俺は思わず笑った。
「それ、坊さんが読経して導くって話じゃなくて?」
「いや、坊さんとは違う。あそこにはお見送り専門の社員がいるんだよ」
いまいちよくわからない。しかし、その葬儀屋のことは妙に気になった。数日後、仕事で取引きがあった葬儀屋に行って挨拶ついでに、噂のの葬儀屋についてきいてみた。
「……ああ、あそこはちょっと変わってるね。うちもそこまでできたらいいけど、人材がなぁ」
それは知人の言っていた見送り専門の社員のことだろうか。詳細を聞くと、社長は少し言葉を選びながら答えた。
「本当に見送りまでやるらしいよ」
「あのー、見送りっていうと……」
「亡くなった方が、迷わず旅立てるように、だ」
ますますわからない。調べてみると、その葬儀屋は特に評判がよく、「故人が安心して旅立てる」との口コミが多数あった。ただの言葉の綾かもしれないが、気になった俺は、知人を通じて実際に葬儀を頼んだ人を紹介してもらった。
その人――佐々木さんは、数ヶ月前に祖父を亡くしたばかりだった。
「ええ、すごく丁寧な対応でしたよ。遺族としてもありがたかったです」
「それは……どの葬儀屋でもそうでしょう?」
「いえ、それだけじゃなくて……」
佐々木さんは少し言葉を濁したあと、こう続けた。
「祖父がね、亡くなる前に迎えが来たって言ったんです。さっき黒いスーツの男が枕元に立っていたって」
「……葬儀屋の人じゃなく?」
「亡くなる直前の話です。祖父自身がその葬儀屋に生前契約してたみたいで、そのプランに『お迎え』が含まれていましたね」
ぞくりとした。死ぬ直前に迎えに来る?
「それで、葬儀の最中、祖父の棺のそばにずっと立っている男がいたんです。きちんとスーツを着てたんで葬儀屋のスタッフさんかなって思ってたんですけど、ちょっと聞きたいことがあって探すと、これが見つからない。それにそんな人いなかったっていう人もいて……おかしいなって思って写真やビデオを確認したんですけど、その人、どこにも映ってなかった」
俺は言葉を失った。いわゆる怪談によくある話ではないか。
佐々木さんは続ける。
「これは話半分で聞いて欲しいんですけど、後日、祖父の夢をみたんです。祖父は『あの葬儀屋さんのおかげで、死ぬのが初めてでも全然迷いなくしかるべき場所にたどりついた。お前もあそこの世話になりなさい』って。こんなのちょっと笑い話みたいですよね」
俺は、ふと気づいた。
この葬儀屋に幽霊の社員がいるのなら、それは単なる怪談ではなく、本当の意味でのお迎えと見送りが可能なのではないか、と。
それならば、他の葬儀屋が「人材がいなくてできない」といった理由もわかる。幽霊の社員なんてどう雇用すればいいのかわからないし、ちゃんと業務してくれているのか、どうやって確認するんだ? それに給与はどう支払う?
次から次へと疑問符が浮かぶ。――それなら実際にその幽霊社員に聞いてみればいいのか。
先日、緩和ケア病棟のある病院から退院して、自宅での死を選んだ。葬儀屋も動けるうちに自分で決めたておきたい。気持ちが決まると、俺は噂の葬儀屋へ電話をかけていた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
麗しき未亡人
石田空
現代文学
地方都市の市議の秘書の仕事は慌ただしい。市議の秘書を務めている康隆は、市民の冠婚葬祭をチェックしてはいつも市議代行として出かけている。
そんな中、葬式に参加していて光恵と毎回出会うことに気付く……。
他サイトにも掲載しております。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる