ちいさな物語屋

うらたきよひこ

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#157 風の境界線

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小学生の彩奈は、母が誕生日に買ってくれたリボンをとても気に入っていた。

その日、彼女は近くの丘で一人遊びをしていたが、突然吹き抜けた風がそのリボンをさらい、空高く持ち去っていった。

「あっ、待って!」

彩奈はリボンを追って駆け出した。風に流されるように、リボンは丘の頂上に向かっていく。そこに大きな木が一本だけ立っており、その周りを渦巻く風が不思議な音を立てていた。

木の根元にたどり着き、辺りを見渡すと、そこにリボンが落ちている。だが、彼女が手を伸ばした瞬間、視界がぐるりと回り、足元が崩れるような感じがした。

転んで少し気を失っていたようだ。しかし、目を開けると、そこは見知らぬ場所だった。

草の色は鮮やかな青。一方、空は浅い緑色で、二つの太陽が浮かんでいる。風は透明な糸のように見え、触れると優しく手を引く感触があった。彩奈は、その風の糸に導かれるまま歩き出す。

「ここはどこ……?」

風が耳元で囁くような音を立てた。何を言っているのか意味がわかりそうでわからない、不思議な音だった。風の導く先には、リボンを手にした少年が立っている。

「このリボン、きれいだね。あ、ダメだよ。そこから動かないで。こっちの世界に来てしまっては帰れなくなるよ」

少年の声は穏やかで大人びている。しかし、なんとなく不吉だった。彩奈はリボンを返してほしいと頼んだが、少年は静かに首を横に振り、「代わりのものを置いていくしかない。境界をこえているから」と言った。

「きょうかい? 代わりって?」

少年が「たとえば……」と、指さす先を見ると、自分の影が地面に揺れていた。

彩奈は意味がよくわからないまま、かすかにうなずく。その瞬間、風が吹き、透明な糸になでられた影は徐々に薄れていった。

「影を置いていけば、リボンを返してあげられる。でも、きみは半分だけ境界をこえていることになるよ。それを忘れないで」

それはどういうことなのか。彩奈にはよくわからない。でも、幼い彩奈にとってリボンを取り戻したい気持ちは不安以上に強かった。迷いながらも再び頷くと、風が渦巻き、透明な糸にからめられたリボンが手元に戻ってきた。

風の糸が手から完全に消えた次の瞬間、彼女は元の丘の木の下にひとりで立っていた。だが、自分の影だけがどこにもない。あれは夢ではなかったのか。

それ以来、彩奈は風が吹くたびに透明な糸で体が縛られるような奇妙な感覚がするようになった。そして、すぐ近くにあの少年の気配がする。
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