ちいさな物語屋

うらたきよひこ

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#163 そこにある道

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引っ越したばかりのアパートは、静かでとても居心地が良かった。ただ一つ、部屋の真ん中を通る妙な「通り道」があることを除いて。

最初に異変を感じたのは引っ越して数日後の深夜だった。寝付けずにぼんやり天井を眺めていると、ふと誰かが部屋の中を横切った気配がした。

驚いて飛び起きたが、誰もいない。鍵はちゃんと閉まっている。

翌日、隣の住人と挨拶を交わしたとき、私は軽い調子でそのことを話してみた。

「あの、夜中に誰かが歩いてる気がしたんですよね……」

すると隣人は顔色を変えずに言った。

「ああ、ここ霊道が通っているからね」

まるで天気の話をするような気軽さで、彼は続けた。

「この辺は昔からそう。気にしないほうがいいよ、向こうも気にしてないから」

私はぽかんとした。霊道って、そんなに気軽なものだっただろうか?

だがそれから毎晩、決まった時間に部屋を誰かが横切るようになった。姿は見えないが、空気が微かに動き、足音のようなものが聞こえる。

私は怖さよりも、だんだん不思議な親近感を覚えるようになった。

ある晩、どうせ通るのならと、道筋と思われるところを空けて家具を移動した。

その夜、気配はいつもより穏やかだった気がした。

そんな風にして、私はだんだん霊道に順応していった。ある種の「共存」といえるのかもしれない。

ある日、家を訪ねてきた友人が霊道の存在を信じずに、道筋にわざと椅子を置くという意地悪をした。私は通る誰かの邪魔になるからやめた方がいいと忠告したのだが、結局どかしてはくれなかった。

深夜、椅子は大きな音を立てて倒され、友人は真っ青になって飛び起きた。だから言ったのに。

それ以来、その友人は遊びに来なくなった。さらにその友人から噂が広まったらしく、私の部屋に遊びにくる人も減った。。

不思議なことに、友人が訪ねてこなくても孤独は感じない。私の実家は商売をしていたので、誰かが常にそばを通っているというのは、案外、気にならないし、逆に安心感すらあった。

数ヶ月後、隣人が引っ越してしまった。

「霊道が嫌になったんですか?」と尋ねると、彼は微笑んで首を振った。
「いや、霊道そのものは気にならないんだけど、最近通るやつが増えすぎて少し騒がしいから」

その夜、いつもより多くの気配が部屋を横切るのを感じた。確かに少し騒がしいが、私はすっかり慣れてしまって、さほど嫌な感じはしていなかった。

ある晩、ふと霊道に向かって話しかけてみた。

「ねえ、あなたたちはどこへ向かっているの?」

返事はもちろんない。だが、空気が微かに揺れて、返事をしようとでもしているような気配だけ感じた。

「ずっと歩き続けるの、大変じゃない?」

そう呟くと、部屋を通る気配がほんの一瞬だけ止まった気がした。やはり何か返事をしようとしてくれている気がする。

少し普通とは違うかもしれないけれど、私はこうやって自分の日常を続けている。
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