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#173 後ろ向きの写真
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祖母が亡くなった日、母と私は遺品整理で慌ただしくしていた。祖母の家は古くからある日本家屋で敷地はとても広い。一日では片付かないため数日間の泊まりがけだ。学校は春休みなので、田舎の空気を吸いに行くくらいの軽い気持ちで同道した。
その日、私は一人で祖母の部屋を片付けていた。かすかな線香の香りが漂う中、小さな木箱を手に取る。
蓋を開けると、中には古い写真が一枚だけ入っていた。色褪せ、端が破れかけている。その写真に奇妙な違和感を覚えた。
家族らしき数人が並んで写っている。だが全員、こちらに背を向けているのだ。背景はどこかの庭先のようだが、彼らが誰であるか、表情はもちろん、その顔すら分からない。ちょうど家族写真を撮っている人たちを後ろから撮影したらこんな写真になるだろう。
「なにこれ……?」
不意に背後から母の声がした。
「あら、やだ。まだあったのね。それ」
母は私の手から写真を取ると「どうしましょう。お寺さんに電話しないと」と、小声で呟いた。
「絶対に処分しちゃダメって、おばあちゃんがよく言っていたの。この中の一人、こっちを見たら死ぬから、って」
「なにそれ、怖すぎるんだけど……冗談でしょ?」
母は真顔で首を横に振った。
「本当らしいのよ。捨てたり焼いたりしたらもっとよくないことがあるって」
「それ、呪いみたいなこと?」
「ここの土地、今はおばあちゃんち一軒しかないけど、昔は小さな集落だったのよ。それで、まぁ、いろいろとその土地特有の因習みたいなものがあるみたいね」
母は少し言葉を濁した。
「でも写真ってそんな大昔からある技術じゃないでしょ」
古くからの因習というのが、写真に宿っているというのは少し不自然さを感じた。
「時代に合わせて形を変えていくんじゃないのかしら。ほら、やることがまだいっぱいあるんだし、箱にしまってもう見ないほうがいいわ。私たちはこの土地の人間じゃないんだし。関係ないわよ」
そういうと母はあわただしく部屋を出ていった。
その夜、なぜかどうしても写真が気になってしまい、もう一度祖母の部屋を訪れた。母が起きないように、スマホの明かりだけで、木箱を探す。私はそっと写真を取り出し、じっと目を凝らした。
なぜ後ろ向きなんだろう?
ふと、異変に気づいた。
「ん?」
昼間見たときには気づかなかったが、一番右端に写る女性の頭が、わずかにこちら側を向きかけているように見えた。
気のせいだろうか?
目を凝らしてよく見ると、やはり少しだけ首の角度が変わっている気がする。顔は見えないが、間違いなく昼間見たときとは違う。
背筋がぞっと冷たくなり、慌てて写真を木箱に戻した。
翌日から、私は異常な眠気と疲れに襲われるようになった。毎晩、夢の中であの写真の中の女性が、ゆっくりこちらを振り返ろうとしているのだ。顔が見える直前にいつも目が覚める。日に日にやつれていく私を心配した母が訊ねた。
「――まさか、あの写真をまた見たの?」
「うん……あの後、ちょっとだけ。ねえ、あれ一体なんなの?」
母は眉根を寄せる。
「あれはね、見る人の死を告げる写真。おばあちゃんのお兄さん、写真の中でこっちを向いた人物の顔を見て、亡くなったって言われているの。話でしか聞いたことないけど、今のあなたみたいに少しずつやつれていくって……」
「そ、それじゃ、私は?」
なぜか震えが止まらない。
「まだ顔を見てないなら、大丈夫なはず。今から一緒にお寺さんに行くわよ」
母はあわてた様子でスマホを取り出し電話をかける。しかしその顔が少しずつくもっていった。
「――そうですか。お戻りは? ええ、ええ。わかりました。明日、すぐにうかがいます」
住職が明日にならないとお寺に戻らないらしい。
その夜、私は自分で対処することに決めた。写真を燃やしてしまおうと、夜更けにこっそり祖母の部屋に入る。箱を開けずにそのまま燃やしてしまえばいいのだ。
しかし木箱を取り上げた瞬間、なぜかその写真がはらりと床に落ちた。
思わずそちらを見てしまう――。
写真の中でこちらを向いた人物と、目が合ってしまった。ああ、その顔は紛れもなく私だった。
その日、私は一人で祖母の部屋を片付けていた。かすかな線香の香りが漂う中、小さな木箱を手に取る。
蓋を開けると、中には古い写真が一枚だけ入っていた。色褪せ、端が破れかけている。その写真に奇妙な違和感を覚えた。
家族らしき数人が並んで写っている。だが全員、こちらに背を向けているのだ。背景はどこかの庭先のようだが、彼らが誰であるか、表情はもちろん、その顔すら分からない。ちょうど家族写真を撮っている人たちを後ろから撮影したらこんな写真になるだろう。
「なにこれ……?」
不意に背後から母の声がした。
「あら、やだ。まだあったのね。それ」
母は私の手から写真を取ると「どうしましょう。お寺さんに電話しないと」と、小声で呟いた。
「絶対に処分しちゃダメって、おばあちゃんがよく言っていたの。この中の一人、こっちを見たら死ぬから、って」
「なにそれ、怖すぎるんだけど……冗談でしょ?」
母は真顔で首を横に振った。
「本当らしいのよ。捨てたり焼いたりしたらもっとよくないことがあるって」
「それ、呪いみたいなこと?」
「ここの土地、今はおばあちゃんち一軒しかないけど、昔は小さな集落だったのよ。それで、まぁ、いろいろとその土地特有の因習みたいなものがあるみたいね」
母は少し言葉を濁した。
「でも写真ってそんな大昔からある技術じゃないでしょ」
古くからの因習というのが、写真に宿っているというのは少し不自然さを感じた。
「時代に合わせて形を変えていくんじゃないのかしら。ほら、やることがまだいっぱいあるんだし、箱にしまってもう見ないほうがいいわ。私たちはこの土地の人間じゃないんだし。関係ないわよ」
そういうと母はあわただしく部屋を出ていった。
その夜、なぜかどうしても写真が気になってしまい、もう一度祖母の部屋を訪れた。母が起きないように、スマホの明かりだけで、木箱を探す。私はそっと写真を取り出し、じっと目を凝らした。
なぜ後ろ向きなんだろう?
ふと、異変に気づいた。
「ん?」
昼間見たときには気づかなかったが、一番右端に写る女性の頭が、わずかにこちら側を向きかけているように見えた。
気のせいだろうか?
目を凝らしてよく見ると、やはり少しだけ首の角度が変わっている気がする。顔は見えないが、間違いなく昼間見たときとは違う。
背筋がぞっと冷たくなり、慌てて写真を木箱に戻した。
翌日から、私は異常な眠気と疲れに襲われるようになった。毎晩、夢の中であの写真の中の女性が、ゆっくりこちらを振り返ろうとしているのだ。顔が見える直前にいつも目が覚める。日に日にやつれていく私を心配した母が訊ねた。
「――まさか、あの写真をまた見たの?」
「うん……あの後、ちょっとだけ。ねえ、あれ一体なんなの?」
母は眉根を寄せる。
「あれはね、見る人の死を告げる写真。おばあちゃんのお兄さん、写真の中でこっちを向いた人物の顔を見て、亡くなったって言われているの。話でしか聞いたことないけど、今のあなたみたいに少しずつやつれていくって……」
「そ、それじゃ、私は?」
なぜか震えが止まらない。
「まだ顔を見てないなら、大丈夫なはず。今から一緒にお寺さんに行くわよ」
母はあわてた様子でスマホを取り出し電話をかける。しかしその顔が少しずつくもっていった。
「――そうですか。お戻りは? ええ、ええ。わかりました。明日、すぐにうかがいます」
住職が明日にならないとお寺に戻らないらしい。
その夜、私は自分で対処することに決めた。写真を燃やしてしまおうと、夜更けにこっそり祖母の部屋に入る。箱を開けずにそのまま燃やしてしまえばいいのだ。
しかし木箱を取り上げた瞬間、なぜかその写真がはらりと床に落ちた。
思わずそちらを見てしまう――。
写真の中でこちらを向いた人物と、目が合ってしまった。ああ、その顔は紛れもなく私だった。
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