176 / 526
#175 わかりやすいご利益のある神社
しおりを挟む
その神社は、いわゆる人ぞ知る存在だった。
山の中腹、朽ちかけた鳥居をくぐり、急な石段を上った先に、ぽつんとある。
観光案内所の地図にも載っていないし、グーグルマップでも「神社」としか出ない。神社マニアの僕だから存在に気づいたようなものだ。だが、調べてみると、その神社には奇妙な噂があった。
実際に訪れて、地元の人に聞いてみると、「あー、あそこ、ね」と苦笑いする。他にも「わかりやすいっちゃ、わかりやすい」「話が通じるし、手のかからん神さんじゃね」と、評判がいまいち謎である。手のかからない神様とは一体……。
好奇心には勝てず、僕はとうとうその神社を訪れてみた。
境内は静まり返っており、杉の葉のすれる音だけが響いていた。ただの小さい神社だ。拝殿の前に立つと、奇妙なものが目に入る。
立て看板――それはまるで、飲食店のメニュー表のようだった。
【ご利益一覧表】
10円:なんとなく良いことがあるかも
100円:風邪をひきにくくなります(今年中のみ有効)
500円:恋愛運ちょっと上がる(出会い保証なし)※出会い保証を付ける場合は別途オプション料金が発生します
1000円:就職活動うまくいく(個人の能力等、条件により内容は変動)
5000円:大事な場面で勝てる(週1回限定・内容は選べません)
10000円:奇跡、起こします(内容は選べません)
オプション:要相談
ふざけてるのか、真面目なのか、わからない。――というか、但し書き多くないか。確かにわかりやすいけど。
だが、書体は筆文字、達筆で妙な重みがある。
「え、えーっと、どれにしようかな……」
そう呟いた瞬間、背後から声がした。
「千円の方コースがお得だと思うよ。就活生なら、特にね。ってか、全体的に安いでしょ。よそじゃ、一万円つっこんでも何も起こらないとかザラだからね。まぁ、こういう言い方すると怒られるんだけど」
振り向くと、白い装束をまとった男が立っていた。神主にしては軽薄そうな雰囲気で、しかも手にコンビニの袋を提げていた。どうして僕が就活生だと知っているんだろう。
「あ、あの、ここの……神主さん、ですか?」
「いやいや。私がここの神様」
「……か、神様?」
「そう。自営業みたいなもんよ。神主さんとか別にいいよって、五十年くらい前に自治会に断っちゃった。神様といえども、気を遣っちゃうでしょ、ずっと面倒みてもらうの。私の場合、一人で気楽にやりたい派なんだよねぇ」
彼は拝殿の階段に腰を下ろすと、袋からおにぎりを取り出した。
ツナマヨ。
「でも学区の子供たちがお掃除とかしてくれる。かわいいんだよねー『神様ぁー』ってどんぐりとか持ってきてくれるの」
「あのー、本当に、ご利益あるんですか?」
胡散臭すぎる。人間にしか見えない。
「うん。あるよ。まあ、内容によってはちょっと――ってこともあるけど」
「内容によっては?」
「結局、頑張るのは本人なわけ。神様ってそういう存在よ。神様が目標の方向にちょっと運気を向けてあげる、その後やるのは本人。だから能力以上のことはいくらなんでも無理だね。たとえば、『今から月に行きたいですぅ』とか言われてもね。『あ、それ、無理よ』ってなるのね。まぁ、無駄金になっちゃうわな」
意外と話が面白い。神社マニアの僕にはその話がやけに本当っぽく聞こえた。もしかして本当にこの人、神様?
「例えば恋愛運アップとかっておもしろいよ。おもしろいけど、一番クレームも多い。そもそも恋愛運アップってのは、相性のよさそうな人との出会いをサポートしてあげるものなんだけどね。『こんなブサイクな人との出会いは望んでなかった』とか、言われんのよ。特に若い人ね。神様的に一番相性がよくて、幸福になれる選択肢をプレゼントしているのに。まぁ、人生経験が浅いのか、それに気付けないわけ。これも無駄金よ」
やけに「金」「金」いうな、この神様。しかし、言っていることは、本当にありそうな話だ。僕は思わず前のめりになる。
「あの、この一万円の『奇跡』って何ですか?」
「ああ、それは、まぁ、うん。わたしの気分とさじ加減、かな。ガチャだと思ってもらっていいよ。あ、でも絶対一万円の価値はあるからね。それは保証できる」
ガチャ?
「え、気分とさじ加減で決めてるんですか?」
「うん。だって神様って人間と一緒よ。暇な時もあるし、疲れてる時もある。あ、そうだ。今日は機嫌いいから、特別に無料でオプションつけたげるよ」
機嫌で動くっていうのは最高に神様っぽくないか。自称神様は僕の財布をちらりと見た。
「どうする? お賽銭、入れてく?」
「はい。あ、あの、集めたお金って何に使うんです?」
「え? これとか」
彼はさっとコンビニの袋を見せる。
「あんまり、人こないしね。あと、ちょっとずつ貯金してここの修繕とかかな」
わりと堅実に運営しているんだな。
結局、僕は1000円を賽銭箱に入れ、「就職活動うまくいく」コースをお願いした。
神様は「うん、まかせといて」とだけ言って、ツナマヨを頬張っている。神様、なんだよな? オプションを無料でつけてくれると言っていたが、内容は内緒と言われたので、期待と不安が入り交じる。
……数日後、奇跡のように第一志望の企業から内定が届いた。ずっと入りたかった会社だ。もちろん努力はしたが、周りからは「無理だろ」と言われていた。
神様、本当だったんだ。
ちなみにまだオプションの正体はわかっていない……。
山の中腹、朽ちかけた鳥居をくぐり、急な石段を上った先に、ぽつんとある。
観光案内所の地図にも載っていないし、グーグルマップでも「神社」としか出ない。神社マニアの僕だから存在に気づいたようなものだ。だが、調べてみると、その神社には奇妙な噂があった。
実際に訪れて、地元の人に聞いてみると、「あー、あそこ、ね」と苦笑いする。他にも「わかりやすいっちゃ、わかりやすい」「話が通じるし、手のかからん神さんじゃね」と、評判がいまいち謎である。手のかからない神様とは一体……。
好奇心には勝てず、僕はとうとうその神社を訪れてみた。
境内は静まり返っており、杉の葉のすれる音だけが響いていた。ただの小さい神社だ。拝殿の前に立つと、奇妙なものが目に入る。
立て看板――それはまるで、飲食店のメニュー表のようだった。
【ご利益一覧表】
10円:なんとなく良いことがあるかも
100円:風邪をひきにくくなります(今年中のみ有効)
500円:恋愛運ちょっと上がる(出会い保証なし)※出会い保証を付ける場合は別途オプション料金が発生します
1000円:就職活動うまくいく(個人の能力等、条件により内容は変動)
5000円:大事な場面で勝てる(週1回限定・内容は選べません)
10000円:奇跡、起こします(内容は選べません)
オプション:要相談
ふざけてるのか、真面目なのか、わからない。――というか、但し書き多くないか。確かにわかりやすいけど。
だが、書体は筆文字、達筆で妙な重みがある。
「え、えーっと、どれにしようかな……」
そう呟いた瞬間、背後から声がした。
「千円の方コースがお得だと思うよ。就活生なら、特にね。ってか、全体的に安いでしょ。よそじゃ、一万円つっこんでも何も起こらないとかザラだからね。まぁ、こういう言い方すると怒られるんだけど」
振り向くと、白い装束をまとった男が立っていた。神主にしては軽薄そうな雰囲気で、しかも手にコンビニの袋を提げていた。どうして僕が就活生だと知っているんだろう。
「あ、あの、ここの……神主さん、ですか?」
「いやいや。私がここの神様」
「……か、神様?」
「そう。自営業みたいなもんよ。神主さんとか別にいいよって、五十年くらい前に自治会に断っちゃった。神様といえども、気を遣っちゃうでしょ、ずっと面倒みてもらうの。私の場合、一人で気楽にやりたい派なんだよねぇ」
彼は拝殿の階段に腰を下ろすと、袋からおにぎりを取り出した。
ツナマヨ。
「でも学区の子供たちがお掃除とかしてくれる。かわいいんだよねー『神様ぁー』ってどんぐりとか持ってきてくれるの」
「あのー、本当に、ご利益あるんですか?」
胡散臭すぎる。人間にしか見えない。
「うん。あるよ。まあ、内容によってはちょっと――ってこともあるけど」
「内容によっては?」
「結局、頑張るのは本人なわけ。神様ってそういう存在よ。神様が目標の方向にちょっと運気を向けてあげる、その後やるのは本人。だから能力以上のことはいくらなんでも無理だね。たとえば、『今から月に行きたいですぅ』とか言われてもね。『あ、それ、無理よ』ってなるのね。まぁ、無駄金になっちゃうわな」
意外と話が面白い。神社マニアの僕にはその話がやけに本当っぽく聞こえた。もしかして本当にこの人、神様?
「例えば恋愛運アップとかっておもしろいよ。おもしろいけど、一番クレームも多い。そもそも恋愛運アップってのは、相性のよさそうな人との出会いをサポートしてあげるものなんだけどね。『こんなブサイクな人との出会いは望んでなかった』とか、言われんのよ。特に若い人ね。神様的に一番相性がよくて、幸福になれる選択肢をプレゼントしているのに。まぁ、人生経験が浅いのか、それに気付けないわけ。これも無駄金よ」
やけに「金」「金」いうな、この神様。しかし、言っていることは、本当にありそうな話だ。僕は思わず前のめりになる。
「あの、この一万円の『奇跡』って何ですか?」
「ああ、それは、まぁ、うん。わたしの気分とさじ加減、かな。ガチャだと思ってもらっていいよ。あ、でも絶対一万円の価値はあるからね。それは保証できる」
ガチャ?
「え、気分とさじ加減で決めてるんですか?」
「うん。だって神様って人間と一緒よ。暇な時もあるし、疲れてる時もある。あ、そうだ。今日は機嫌いいから、特別に無料でオプションつけたげるよ」
機嫌で動くっていうのは最高に神様っぽくないか。自称神様は僕の財布をちらりと見た。
「どうする? お賽銭、入れてく?」
「はい。あ、あの、集めたお金って何に使うんです?」
「え? これとか」
彼はさっとコンビニの袋を見せる。
「あんまり、人こないしね。あと、ちょっとずつ貯金してここの修繕とかかな」
わりと堅実に運営しているんだな。
結局、僕は1000円を賽銭箱に入れ、「就職活動うまくいく」コースをお願いした。
神様は「うん、まかせといて」とだけ言って、ツナマヨを頬張っている。神様、なんだよな? オプションを無料でつけてくれると言っていたが、内容は内緒と言われたので、期待と不安が入り交じる。
……数日後、奇跡のように第一志望の企業から内定が届いた。ずっと入りたかった会社だ。もちろん努力はしたが、周りからは「無理だろ」と言われていた。
神様、本当だったんだ。
ちなみにまだオプションの正体はわかっていない……。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
麗しき未亡人
石田空
現代文学
地方都市の市議の秘書の仕事は慌ただしい。市議の秘書を務めている康隆は、市民の冠婚葬祭をチェックしてはいつも市議代行として出かけている。
そんな中、葬式に参加していて光恵と毎回出会うことに気付く……。
他サイトにも掲載しております。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる