ちいさな物語屋

うらたきよひこ

文字の大きさ
197 / 526

#196 理想の職場

しおりを挟む
「ここが、『理想の職場』だよ」

そう言われてドアを開けた瞬間、僕は思った。

……臭う。いや、においではない、雰囲気が臭う。なんだこれは。

「ようこそ新入り!」

金髪リーゼントでガムをクチャクチャしながら近寄ってきたのは、田中課長だ。初対面で肩パンされた。痛い。噂通りの滑り出しだ。

「コピー? あ、まだ使い方とかわかんないよな。オレがやっとくわー」

そう言って書類を引ったくったのは山岡主任。そのままトイレに消えた。30分後、コピーはされず、原紙は湿気て戻ってきた。何をやっていたんだ?

「この会話、すべて録音してるわよ」

向かいの席の進藤さんが目に涙を浮かべながら言った。どうしてまだ何も話してないのに録音されてるんだ。

「そのアイデア、素敵ですね! 僕も今、ちょうど同じこと考えてました!」

……彼は「部下の手柄は俺のもの、部下のミスは部下のミス」の橋山係長。

「ちなみにそれ、以前やりましたよね? なんでまた失敗するとわかってて? おもしろいよねー、きみ」

満面の笑顔で周囲の人の精神を破壊しているのは、原口副部長。

「で? お前、産業スパイじゃないよな?」

お茶を淹れてる僕にそう囁き、チワワのように震えているのは篠原部長。目はガンギマリ。こちらも思わず震えて、お茶がこぼれた。

「ちょっと言いづらいけど……この部署、潰れるって噂、知ってる?」

耳打ちしてきたゴシップメーカーの同僚佐野は、5分後には別の同期に「新人くんが君のこと悪く言ってた」と広めていた。

完璧主義者、ブラック上司、各種ハラスメントのトップ選手……残りのメンバーも粒ぞろいだ。

「みんな、才能があるんだ。ちょっと変わってるだけさ!」

と無邪気に笑うのは、我らが社長。笑顔が完全にサイコホラー。

僕は3日で辞表を出した。これは当初の予定通り。辞めると伝えたその日、社長が言った。

「残念だなあ。せっかく15人のワケアリ社員を1カ所に集めて、観察してたのに」

それを承知で見にきたんだよ、こっちは。

「一人で会社を潰せる実力を持つメンツだが、どうだ? 15人の力が拮抗して、我が社はすでに10年目を迎える」

やはり笑顔がサイコホラー。

「ええ、とても楽しい3日間でした。世の中は今、非常識なふるまいをすると、周りから総叩きにされて、社会的に消されるのが常です。こんなに自由にハラスメントを楽しんでいる人たちには、そうそう出会えませんからね」

社長は一瞬、ぐっと黙った。

「――いつの間にやら、世間はそこまでになっていたのか。では、きみは?」

「ええ、申し訳ないですが『観光目的』で入社しました」

怒られるかと思ったが、社長は盛大に笑い出す。

「なるほど。合点がいった。最近きみのように、入社して数日で辞めていく若者が多くてな。しかも、ボロボロになって辞めていくというより、遊園地の帰り道みたいな顔をして辞めていくんだ。これは盲点だった」

社長はひとしきり笑うと、またサイコパスめいた真顔に戻る。

「――また、いらっしゃい」

僕は少しぞっとして、会社を後にした。間違いなくこの会社で一番ヤバいのは社長だろう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

麗しき未亡人

石田空
現代文学
地方都市の市議の秘書の仕事は慌ただしい。市議の秘書を務めている康隆は、市民の冠婚葬祭をチェックしてはいつも市議代行として出かけている。 そんな中、葬式に参加していて光恵と毎回出会うことに気付く……。 他サイトにも掲載しております。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...