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#252 名探偵の背後で謎は解ける
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「犯人は……あなたです!」
探偵・篁涼真がその指を静かに向けたとき、取材陣のシャッター音が一斉に響いた。
事件はまたしても、名探偵の華麗な推理によって解決された――ことになっていた。
僕はその隣で拍手を送る。もちろん、控えめに。まるで「さすが涼真さん」とでも言いたげに。
けれど、本当のことを言えば、あの推理も、あの証拠も、そしてあの“犯人の嘘”を見抜いたのも、すべて僕だった。
僕の名前は山瀬晴人(やませはると)。名探偵・篁涼真の“助手”という名の裏方だ。
彼は確かに人目を引く存在だ。長身で美形、仕立てのいいスーツに物腰の柔らかさ。その上、どこか憂いを帯びた瞳ときたら、週刊誌が放っておくわけがない。
実際、テレビの特番では“奇跡の頭脳”だとか“生きる名作ミステリ”などともてはやされている。でも実態は違う。彼は、ほとんど何もしていない。むしろ、彼は推理が苦手だ。
事件現場に来ても「ふむ……」と眉間に皺を寄せ、僕を見て「どう思う?」と訊いてくる。そして僕が証拠を整理し、真相を見抜いたあと、彼はそれを人前で美しく語るのだ。あたかも自分が最初からすべてを見通していたように。
みんながそれを知ったら怒るかもしれないけれど、僕は正直、これこそが僕のもっとも望む形だと確信している。
僕は見た目も凡庸なら、声がいいわけでもない。当然、存在感もない。実際、何度も会った刑事さんに「あんた誰だ?」という顔をして見られている。そして最大のポイントは陰キャ……いわゆる人前で演説をしたり、証言を得るために話術を駆使して――みたいなことが大の苦手だった。
もし、一人で真実にたどり着いたとしても、僕はきっと、それを口にすることもできなかっただろう。
僕が解いた謎を、彼が“名探偵”として披露し、 人々の拍手を浴びる姿を見ると、僕はホッとする。事件が埋もれずに済んだ、と。
ある日、彼がポツリと漏らした言葉で、僕の気持ちは完全に固まった。
「晴人くんの推理はすばらしいよ。僕は、名探偵なんて器じゃないんだけど、きみを手伝うことはできるかもしれない。僕は人と話したり、説得したりするのは得意だからね」
彼は僕にだけ、素の顔を見せる。そして、いつも事件後にはこっそり僕に礼を言う。
「また君のおかげだ。ありがとう。犯人のためにも罪を暴いてあげる必要があるからね」
彼は誰にでもやさしかった。犯人にも事情がある。それは、復讐だったり、愛のためだったり、ときに勘違いだったり――
罪を憎んでも人を憎むことはほとんどなかった。
名探偵の影として生きる。いや、コインの裏表というのが正解なのかもしれない。とにかく、僕は篁涼真とともにあろうと決めたのだった。
ある事件があった。
それは、密室に見せかけた現場での“事故”を装った、非常にややこしい事件だった。
被害者は資産家で、容疑者も皆、ひと癖もふた癖もある人物ばかり。現場には複雑な細工が施され、真相にたどり着くには時間がかかると思われた。
けれど僕は、事件の鍵が“割れた花瓶の欠片”と“ドアの内側の微かな傷”にあると気づき、そこから犯人と動機、トリックの全容をわずか一晩で解き明かした。
いつも通り、涼真に耳打ちをし、彼は次の日、記者や警察の前で鮮やかに謎を解いた。終わったあと、彼が言った。
「きみがいてくれて本当に良かった」
その声は少し陰りを帯びていた。
「どうかしたのか?」
「なんでもない。ただ、きみが……いや、いいんだ」
涼真はめずらしく歯切れの悪い様子で首を振った。
ある日のこと。
事件が起こり馴染みの刑事から呼び出しがあったが、僕が体調を崩して現場に行けなかった。
涼真ひとりで現場に立ったその日、彼は短い調査のあと、しばらくは何も語らなかったそうだ。
そして、長い沈黙を破り、静かに犯人を言い当てた。
犯人は子供だった。
様々な偶然が重なり、子供の小さな悪戯が思いもかけない事故を巻き起こし、殺人現場のような様相となっていた、という痛ましい出来事だった。
被害者は重傷を負ったが、命はとりとめたらしい。これは不幸中の幸いだ。
この事件に、世間はざわめいた。
篁涼真が悪気のなかった子供を大勢の前で追い詰めたという批判的な意見、子供といえども自らの罪は公衆の面前にさらされるべきだという攻撃的な意見。その他、様々な意見が飛び交い、テレビや新聞、SNSをも巻き込んでの大騒ぎになった。
僕は僕で大ダメージを負っていた。
彼は、僕がいなければ何もできないと思っていたのに――。まさか篁涼真は、何もできないふりをして僕を嘲笑っていたのか。
事件の概要を追うと、その推理は簡単なものではなかったことがわかる。記事には時間がかかっていたように書かれていたが、おそらく篁涼真は推理を披露することで、子供がどうなってしまうのかという点で悩んでいたのだろう。
それは、彼の調査後の長い沈黙が物語っていた。犯人が推理できていないのであれば、調査を切り上げたりしない。考えながら動くのが僕たちのやり方だ。そして犯人のためにも事件の真相は必ず暴く。罪を背負い続けることがどれだけ辛いか。長くこの仕事をしている僕たちはよくわかっていた。これも僕たちの流儀だ。
そして、篁涼真はあれから一度も僕のもとに帰ってこない。新聞に新しい事件の話もないので、事件にかかりきりというわけでもないだろう。
そもそも呼ばれれば、必ず僕のところに来るはずだ。少なくとも今まではそうだった。
それから、1日経ち、2日経ち、3日目の深夜に涼真から電話がかかってきた。
「事件だ。呼ばれている」
「そうなのかい。僕がいなくてもいいんじゃないか」
そんなことを言いたいわけじゃないのに、つい口をついてしまう。
「いや、きみがいないと困る」
「何がだい?」
「僕はね、きみの一番近くで、きみの推理をずっと見ていたんだよ。何年もだ。先日、僕が犯人を言い当てたのは、全部きみの手法によるものだ。僕はずっと『きみならどうするか』と、考えて推理したからね。だから真実がわかった。――それはともかく、急ぐんだ。すぐに来てくれ、住所は――」
演説上手の彼にしては勢いまかせに支離滅裂なことを言う。3日間考えて、そんな言い訳しか思いつかなかったのか。篁涼真らしからぬ様子に僕は思わず笑ってしまった。何よりも彼の混乱がわかってしまう。僕が必要だという点においては嘘ではないようだ。
「まったくもって、こちらの質問に答えていないが――まぁ、とりあえず行くよ」
僕はいつものコートをさっと羽織った。名探偵助手らしいくたびれたコート、そして革靴という地味な出で立ち。
言い訳は現場できちんと聞かせてもらおう。
探偵・篁涼真がその指を静かに向けたとき、取材陣のシャッター音が一斉に響いた。
事件はまたしても、名探偵の華麗な推理によって解決された――ことになっていた。
僕はその隣で拍手を送る。もちろん、控えめに。まるで「さすが涼真さん」とでも言いたげに。
けれど、本当のことを言えば、あの推理も、あの証拠も、そしてあの“犯人の嘘”を見抜いたのも、すべて僕だった。
僕の名前は山瀬晴人(やませはると)。名探偵・篁涼真の“助手”という名の裏方だ。
彼は確かに人目を引く存在だ。長身で美形、仕立てのいいスーツに物腰の柔らかさ。その上、どこか憂いを帯びた瞳ときたら、週刊誌が放っておくわけがない。
実際、テレビの特番では“奇跡の頭脳”だとか“生きる名作ミステリ”などともてはやされている。でも実態は違う。彼は、ほとんど何もしていない。むしろ、彼は推理が苦手だ。
事件現場に来ても「ふむ……」と眉間に皺を寄せ、僕を見て「どう思う?」と訊いてくる。そして僕が証拠を整理し、真相を見抜いたあと、彼はそれを人前で美しく語るのだ。あたかも自分が最初からすべてを見通していたように。
みんながそれを知ったら怒るかもしれないけれど、僕は正直、これこそが僕のもっとも望む形だと確信している。
僕は見た目も凡庸なら、声がいいわけでもない。当然、存在感もない。実際、何度も会った刑事さんに「あんた誰だ?」という顔をして見られている。そして最大のポイントは陰キャ……いわゆる人前で演説をしたり、証言を得るために話術を駆使して――みたいなことが大の苦手だった。
もし、一人で真実にたどり着いたとしても、僕はきっと、それを口にすることもできなかっただろう。
僕が解いた謎を、彼が“名探偵”として披露し、 人々の拍手を浴びる姿を見ると、僕はホッとする。事件が埋もれずに済んだ、と。
ある日、彼がポツリと漏らした言葉で、僕の気持ちは完全に固まった。
「晴人くんの推理はすばらしいよ。僕は、名探偵なんて器じゃないんだけど、きみを手伝うことはできるかもしれない。僕は人と話したり、説得したりするのは得意だからね」
彼は僕にだけ、素の顔を見せる。そして、いつも事件後にはこっそり僕に礼を言う。
「また君のおかげだ。ありがとう。犯人のためにも罪を暴いてあげる必要があるからね」
彼は誰にでもやさしかった。犯人にも事情がある。それは、復讐だったり、愛のためだったり、ときに勘違いだったり――
罪を憎んでも人を憎むことはほとんどなかった。
名探偵の影として生きる。いや、コインの裏表というのが正解なのかもしれない。とにかく、僕は篁涼真とともにあろうと決めたのだった。
ある事件があった。
それは、密室に見せかけた現場での“事故”を装った、非常にややこしい事件だった。
被害者は資産家で、容疑者も皆、ひと癖もふた癖もある人物ばかり。現場には複雑な細工が施され、真相にたどり着くには時間がかかると思われた。
けれど僕は、事件の鍵が“割れた花瓶の欠片”と“ドアの内側の微かな傷”にあると気づき、そこから犯人と動機、トリックの全容をわずか一晩で解き明かした。
いつも通り、涼真に耳打ちをし、彼は次の日、記者や警察の前で鮮やかに謎を解いた。終わったあと、彼が言った。
「きみがいてくれて本当に良かった」
その声は少し陰りを帯びていた。
「どうかしたのか?」
「なんでもない。ただ、きみが……いや、いいんだ」
涼真はめずらしく歯切れの悪い様子で首を振った。
ある日のこと。
事件が起こり馴染みの刑事から呼び出しがあったが、僕が体調を崩して現場に行けなかった。
涼真ひとりで現場に立ったその日、彼は短い調査のあと、しばらくは何も語らなかったそうだ。
そして、長い沈黙を破り、静かに犯人を言い当てた。
犯人は子供だった。
様々な偶然が重なり、子供の小さな悪戯が思いもかけない事故を巻き起こし、殺人現場のような様相となっていた、という痛ましい出来事だった。
被害者は重傷を負ったが、命はとりとめたらしい。これは不幸中の幸いだ。
この事件に、世間はざわめいた。
篁涼真が悪気のなかった子供を大勢の前で追い詰めたという批判的な意見、子供といえども自らの罪は公衆の面前にさらされるべきだという攻撃的な意見。その他、様々な意見が飛び交い、テレビや新聞、SNSをも巻き込んでの大騒ぎになった。
僕は僕で大ダメージを負っていた。
彼は、僕がいなければ何もできないと思っていたのに――。まさか篁涼真は、何もできないふりをして僕を嘲笑っていたのか。
事件の概要を追うと、その推理は簡単なものではなかったことがわかる。記事には時間がかかっていたように書かれていたが、おそらく篁涼真は推理を披露することで、子供がどうなってしまうのかという点で悩んでいたのだろう。
それは、彼の調査後の長い沈黙が物語っていた。犯人が推理できていないのであれば、調査を切り上げたりしない。考えながら動くのが僕たちのやり方だ。そして犯人のためにも事件の真相は必ず暴く。罪を背負い続けることがどれだけ辛いか。長くこの仕事をしている僕たちはよくわかっていた。これも僕たちの流儀だ。
そして、篁涼真はあれから一度も僕のもとに帰ってこない。新聞に新しい事件の話もないので、事件にかかりきりというわけでもないだろう。
そもそも呼ばれれば、必ず僕のところに来るはずだ。少なくとも今まではそうだった。
それから、1日経ち、2日経ち、3日目の深夜に涼真から電話がかかってきた。
「事件だ。呼ばれている」
「そうなのかい。僕がいなくてもいいんじゃないか」
そんなことを言いたいわけじゃないのに、つい口をついてしまう。
「いや、きみがいないと困る」
「何がだい?」
「僕はね、きみの一番近くで、きみの推理をずっと見ていたんだよ。何年もだ。先日、僕が犯人を言い当てたのは、全部きみの手法によるものだ。僕はずっと『きみならどうするか』と、考えて推理したからね。だから真実がわかった。――それはともかく、急ぐんだ。すぐに来てくれ、住所は――」
演説上手の彼にしては勢いまかせに支離滅裂なことを言う。3日間考えて、そんな言い訳しか思いつかなかったのか。篁涼真らしからぬ様子に僕は思わず笑ってしまった。何よりも彼の混乱がわかってしまう。僕が必要だという点においては嘘ではないようだ。
「まったくもって、こちらの質問に答えていないが――まぁ、とりあえず行くよ」
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