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#349 恋愛マスターの真実
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「恋愛ってのはさ、駆け引きがすべてなんだよ」
また始まった。
友人同士で恋愛話に花を咲かせていると、必ずどこからともなく割り込んでくる男、篠原。自称・恋愛マスターの彼は、毎度のごとく偉そうな口調で恋愛を語り出すのだが、友人の誰もまともに耳を傾けない。
「いいか? お前らは基本が分かってないんだよ。恋愛ってのは相手を手のひらの上で転がすことだから」
彼は得意げにそう語るが、誰も篠原が実際に女性と話しているところを見たことがない。いつも口を開けばドラマや漫画で聞きかじったような理論ばかり。正直、彼の虚言癖には全員が辟易していた。
そんなある日のことだった。俺たちの仲間内の一人、ミカが唐突に声を上げた。
「じゃあ篠原さ、実際にデートしてるところ見せてよ」
その一言に、その場の空気が凍った。皆が思っていても口にしなかったことを、ミカがズバリ言ったのだ。だが篠原は表情一つ変えずに微笑んだ。
「いいよ。見せてやるさ。俺のテクニックを」
そして篠原は、『次の日曜日に駅前のカフェでデートする』と宣言した。相手は誰かと尋ねると、「お楽しみだよ」とだけ答えた。
日曜日、俺たちは半信半疑で駅前のカフェに集合した。すると、本当に篠原が店の奥の席に座っているのが見えた。彼は自信満々にスマホをいじりながら待っている。
「誰も来ないんじゃないの?」
「どうせまた嘘でしょ」
そんな囁きが交わされる中、店のドアが開いた。
少しばかり年下のかわいらしい女性だ。俺たちはハッとしてその女性を見守る。女性はまっすぐに篠原のいる席に座った。
「待てよ。あの子、篠原の妹のサヤちゃんだ。一度だけ写真で見せてもらったことある」
実家が客商売だとかで、やたらと人の顔を覚えるのが得意なシンヤが声をひそめた。
なんだ、妹か。俺たちは一気に脱力した。
俺たちが気づいていることも知らずに、篠原は得意げにサヤを手招きし、余裕の笑顔を浮かべている。サヤは困惑気味に篠原の前に座った。
その様子にミカがため息をついた。
「自作自演にも程がある」
だが、その時サヤが大きな声で兄に問いかけた。
「お兄ちゃん、なんで今日は彼女さん来ないの?」
その一言で場が凍りついた。篠原の表情も一瞬で強張った。
「か、彼女って何だよ、サヤ」
篠原が慌てて言うが、サヤは不思議そうに続けた。
「だっていつもお兄ちゃん、『今日は彼女とデートだから』ってお母さんに言って家を出るじゃん」
サヤの言葉に、篠原の顔が真っ赤になる。一方で俺たちも真相を悟り始めていた。篠原は、俺たちだけじゃなく、家族にまでずっと嘘をついて家を出ていたのだ。
「それでね、お母さんに『本当に彼女いるの?』って聞いたら、『そんなわけないじゃない』って」
サヤが無邪気に言い切ると、篠原は顔を覆ってうなだれた。
もう見ていられない。俺たちは篠原のいる席へと向かった。沈黙の後、篠原がぽつりとつぶやいた。
「俺、本当は誰とも付き合ったことないんだよ……」
篠原は観念したようにうなだれる。
「じゃあなんであんなに偉そうに恋愛マスターとか言ってたんだよ?」
俺が聞くと、篠原は弱々しく笑ってみせた。
「だって、みんな楽しそうに恋愛話するからさ。俺も参加したかったんだよ。でも何も経験ないから、せめてそれっぽく演じるしかなくてさ。一度言っちゃうと、もう訂正できなくなって……」
場はしんと静まり返った。
これまで彼をうっとうしく思っていた俺たちだったが、篠原が虚言を重ねてまで仲間になろうとしていた姿が切なく感じられた。
ミカがゆっくりと口を開いた。
「篠原さ、そんな無理しなくてもよかったんだよ。恋愛の経験がなくても、普通に参加すればいいじゃん」
すると篠原は意外そうに顔を上げ、戸惑いながら呟いた。
「そんなこと言ったら、バカにされると思ってた」
みんなが同時に笑った。
「誰もバカになんてしないよ。むしろ、そう言ってくれた方が話しやすいし、楽しいじゃん」
その日以来、篠原は恋愛マスターとして偉そうに話すことをやめた。かわりに、恋愛話に参加するときは、「よくわからないけど」とか「それ、詳しく教えてよ」と、素直に前置きするようになった。
彼のそんな素直な言葉が、むしろ周囲を和ませ、仲間たちとの距離を縮めていった。
それから数ヶ月後のことだった。篠原が突然真剣な顔で俺たちに言った。
「実はさ、彼女ができたんだ」
俺たちは一瞬また彼の虚言がはじまったのかと思ったが、今度は違った。
篠原の隣には照れくさそうに微笑む女性が立っているのだ。
ミカが嬉しそうに彼女に尋ねる。
「ええっ。篠原の彼女さん? 篠原のどこが好きになったの?」
彼女は恥ずかしそうに微笑んだ。
「最初に会ったとき、『僕、恋愛経験ゼロなんです』ってすごく正直に言われて。その素直さがいいなって」
俺たちは笑いながら篠原の肩を叩いた。
「おい、恋愛マスター、やったじゃん!」
篠原は照れくさそうに頭を掻きながら笑っていた。
また始まった。
友人同士で恋愛話に花を咲かせていると、必ずどこからともなく割り込んでくる男、篠原。自称・恋愛マスターの彼は、毎度のごとく偉そうな口調で恋愛を語り出すのだが、友人の誰もまともに耳を傾けない。
「いいか? お前らは基本が分かってないんだよ。恋愛ってのは相手を手のひらの上で転がすことだから」
彼は得意げにそう語るが、誰も篠原が実際に女性と話しているところを見たことがない。いつも口を開けばドラマや漫画で聞きかじったような理論ばかり。正直、彼の虚言癖には全員が辟易していた。
そんなある日のことだった。俺たちの仲間内の一人、ミカが唐突に声を上げた。
「じゃあ篠原さ、実際にデートしてるところ見せてよ」
その一言に、その場の空気が凍った。皆が思っていても口にしなかったことを、ミカがズバリ言ったのだ。だが篠原は表情一つ変えずに微笑んだ。
「いいよ。見せてやるさ。俺のテクニックを」
そして篠原は、『次の日曜日に駅前のカフェでデートする』と宣言した。相手は誰かと尋ねると、「お楽しみだよ」とだけ答えた。
日曜日、俺たちは半信半疑で駅前のカフェに集合した。すると、本当に篠原が店の奥の席に座っているのが見えた。彼は自信満々にスマホをいじりながら待っている。
「誰も来ないんじゃないの?」
「どうせまた嘘でしょ」
そんな囁きが交わされる中、店のドアが開いた。
少しばかり年下のかわいらしい女性だ。俺たちはハッとしてその女性を見守る。女性はまっすぐに篠原のいる席に座った。
「待てよ。あの子、篠原の妹のサヤちゃんだ。一度だけ写真で見せてもらったことある」
実家が客商売だとかで、やたらと人の顔を覚えるのが得意なシンヤが声をひそめた。
なんだ、妹か。俺たちは一気に脱力した。
俺たちが気づいていることも知らずに、篠原は得意げにサヤを手招きし、余裕の笑顔を浮かべている。サヤは困惑気味に篠原の前に座った。
その様子にミカがため息をついた。
「自作自演にも程がある」
だが、その時サヤが大きな声で兄に問いかけた。
「お兄ちゃん、なんで今日は彼女さん来ないの?」
その一言で場が凍りついた。篠原の表情も一瞬で強張った。
「か、彼女って何だよ、サヤ」
篠原が慌てて言うが、サヤは不思議そうに続けた。
「だっていつもお兄ちゃん、『今日は彼女とデートだから』ってお母さんに言って家を出るじゃん」
サヤの言葉に、篠原の顔が真っ赤になる。一方で俺たちも真相を悟り始めていた。篠原は、俺たちだけじゃなく、家族にまでずっと嘘をついて家を出ていたのだ。
「それでね、お母さんに『本当に彼女いるの?』って聞いたら、『そんなわけないじゃない』って」
サヤが無邪気に言い切ると、篠原は顔を覆ってうなだれた。
もう見ていられない。俺たちは篠原のいる席へと向かった。沈黙の後、篠原がぽつりとつぶやいた。
「俺、本当は誰とも付き合ったことないんだよ……」
篠原は観念したようにうなだれる。
「じゃあなんであんなに偉そうに恋愛マスターとか言ってたんだよ?」
俺が聞くと、篠原は弱々しく笑ってみせた。
「だって、みんな楽しそうに恋愛話するからさ。俺も参加したかったんだよ。でも何も経験ないから、せめてそれっぽく演じるしかなくてさ。一度言っちゃうと、もう訂正できなくなって……」
場はしんと静まり返った。
これまで彼をうっとうしく思っていた俺たちだったが、篠原が虚言を重ねてまで仲間になろうとしていた姿が切なく感じられた。
ミカがゆっくりと口を開いた。
「篠原さ、そんな無理しなくてもよかったんだよ。恋愛の経験がなくても、普通に参加すればいいじゃん」
すると篠原は意外そうに顔を上げ、戸惑いながら呟いた。
「そんなこと言ったら、バカにされると思ってた」
みんなが同時に笑った。
「誰もバカになんてしないよ。むしろ、そう言ってくれた方が話しやすいし、楽しいじゃん」
その日以来、篠原は恋愛マスターとして偉そうに話すことをやめた。かわりに、恋愛話に参加するときは、「よくわからないけど」とか「それ、詳しく教えてよ」と、素直に前置きするようになった。
彼のそんな素直な言葉が、むしろ周囲を和ませ、仲間たちとの距離を縮めていった。
それから数ヶ月後のことだった。篠原が突然真剣な顔で俺たちに言った。
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俺たちは一瞬また彼の虚言がはじまったのかと思ったが、今度は違った。
篠原の隣には照れくさそうに微笑む女性が立っているのだ。
ミカが嬉しそうに彼女に尋ねる。
「ええっ。篠原の彼女さん? 篠原のどこが好きになったの?」
彼女は恥ずかしそうに微笑んだ。
「最初に会ったとき、『僕、恋愛経験ゼロなんです』ってすごく正直に言われて。その素直さがいいなって」
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