薄墨桜が染まるまで

茉莉花しろ

文字の大きさ
8 / 20
第二話『同じ穴のお嫁さん』

2-4

しおりを挟む
「桃ちゃんは? どうしてウスズミ様のお嫁さんになったの?」

「わ、私は、その、ずっと親がいなかったから、生贄として差し出されました」

「そうなんだ。大変だったね」

「そ、そんなことはないです。ウスズミ様は、いつだって優しくしてくれます。むしろ、私なんかで良かったのかなって、思ってて」

「私なんか、じゃないよ。桃ちゃんだから、ウスズミ様は喜んでいるんだよ」

握りっぱなしの彼女の手が、私の手を強く握った。先に歩いている華さんの顔が見えない。
大変、なのだろうか。村で暮らしていた時よりも、ずっといい暮らしをさせてもらっている。それに、罵詈雑言を投げられることもない。小枝のように細かった腕が人並みになったし、冷たい床の上で寝ることもない。加えて、優しい言葉で褒められているのだから、これ以上望んでしまったらバチが当たる。

「でも、私は……」

ウスズミ様を、殺さなければいけない。

そんな言葉が出そうになった。

「ま、お互い神様の嫁だからさ! 仲良くしよ!」

「……はい。ありがとうございます」

「もー! だから、堅苦しいって! あ、ここでお茶会するんだ!」

歩いていた足が止まり、大きな障子を指差した。真っ白な和紙が貼られているのを見て、手入れがされているんだろうなぁと彼女の努力に感心する。障子の紙を貼り替えるのにはそこそこ時間がかかる。張り替えの時にはいつもあっちこっちを走っていたような。年末はいつも以上に忙しかったような。

村での記憶を思い出していると、ガラッと開いた。顔をひょっこり覗かせたのは、クス様だった。

「ちょっと、遅いわよ。先にはじめてるからね」

「えー少しくらいいいじゃないですかー」

「文句言わないの。ほら、桃ちゃんも入って。お菓子、用意してあるから」

手招きしてくれるクス様に頭を下げ、華さんと一緒に中へ入った。
外見から見たら和室を想像していたのだが、見慣れない形をした机と椅子が置かれていた。村の中では見たことのない、洋室というものだろうか。すでにウスズミ様とクス様は座っており、机の上には急須らしきものとおしゃれな湯呑みが置かれている。

「桃ちゃん、こっちへおいで」

「はい」

「私はクス様の隣!」

「はいはい、大人しく座ってなさいよ」

指示通りに隣に座ると、ふわふわの布団に座っている感覚になる。予想外の柔らかさに「柔らかい」と独り言をこぼした。私の反応が嬉しいのか、「でしょー?」と自慢げに笑っている華さん。その隣では、「あなたじゃないわよ」と否定しているクス様。

二人の姿はまさに、理想の夫婦像だ。

「桃ちゃんは、紅茶は平気かしら?」

「紅茶?」

「すっごく美味しいんだよ! いい香りがしてね、ホッとするんだ!」

「そうなんですか。じゃあ、お願いします」

わかったわ、とて慣れた手つきで急須を持ち始めた。てっきり華さんが動くものだと思っていたのだが、私の湯呑みにトクトクと注がれていく。白い湯気が私の顔まで届き、良い香りが広がっていく。
これが、紅茶。いつも飲んでいる緑茶とは違い、褐色の飲み物。机の上にはたくさんのお菓子が置かれており、ふんだんに砂糖が使われているのだろう。膝の上に手を乗せてじっと待っていると、「どうぞ」とこちらへと差し出された。

「い、いただきます」

湯呑みの取手の部分を持ち、口につける。温かさが顔に伝わってきた。口の中に流れる液体。一口、体の中へ流し込む。

「お、美味しい……!」

「でしょ? お菓子と一緒に食べるとね、もっと美味しいよ!」

「お菓子と、一緒に」

食べて食べて、と私の前にこんもりと盛られたお菓子が来た。はしゃいでいる華さんをクス様が咎めているが、どこ吹く風。こんなにも喜んでもらえるなら、一つくらいは食べたほうがいいだろう。
どれにしようか悩んでいると、きつね色に焼かれた丸い生地の中に赤い宝石が見えた。

これは、なんだろうか。気になって手に取ってみると、「それはクッキーだね」と横からウスズミ様が説明してくれた。

クッキーとは、小麦とバター、砂糖を練って焼いたもの。甘くて、紅茶にはピッタリらしい。聞いたことないお菓子に心が躍る。じーっと見つめた後、小さく齧ってみた。サク、サク。口の中でいい音がする。

「美味しい」

「良かった。口に合ったみたいで」

「もっとあるわよ。遠慮せずに食べて」

クス様も華さんと同様、私が美味しそうに食べているのを見て喜んでいる。大した反応はできないけれど、良かった。これはね、と次から次へと説明をしてくれる華さん。まるで、お姉さんのようだ。
私は勧められるがままにクッキーを食べ、紅茶を飲んだ。その間に神様同士で世間話をしているようで、私は華さんの話を頷きながら聞いていた。

「そういえば、今年の収穫祭はどうするのよ」

「そうだなぁ。できたら行きたいけど、桃ちゃんには無理させたくない」

「あーそっちの村人さんたち、ちょっとねぇ。無理に参加する必要ないんじゃない?」

「クスもそう思うかい? じゃあ、今年は不参加かな」

収穫祭。その言葉を聞いて、手が止まる。

確かに、年に一回この時期に収穫祭を行うのだが、一度も参加したことはない。下働きであちこち動いているだけで、祭りには顔を出すことを許されてこなかった。神様もいると聞いていたのだが、本当だったらしい。
お祭り、行ってみたいな。手に取った茶色いクッキーをかじる。でも、私が参加しても村の人たちは嫌な顔するだろうし。

家の人たちの顔を思い出す。それだけで、さっきまで動いていた手が自然と止まってしまった。

「クス様。来年の夏祭りはどう?」

「夏祭り? ああ、この村の?」

「そうそう! それなら、桃ちゃんも来れるかなって思うんだけど! ね、桃ちゃん。どうかな?」

「え? えっと、その」

突然話題を振られたことと、お祭りのお誘いに戸惑いを隠しきれない私。

どもりながら「でも、私」と口の中で言葉が止まる。行きたい気持ちはある。それ以上に、村の人に会ってしまったら、と考えると口が凍ったように動かなくなってしまうのだ。
どうしよう、どうしよう。お誘いを断るのは申し訳ないし。華さんと一緒に行けるなら。

「いいんじゃないか? その頃には桃ちゃんも慣れてくるだろうし」

「いいん、ですか」

「ああ、もちろんだよ。桃ちゃんがしたいこと、一つ一つ叶えたいからね」

「じゃあ、決まりね! あー楽しみすぎるー」

「気が早いわよ。まだ半年以上先だからね」

わかってるよ、と頬を膨らませていた。

私、お祭りに行ってもいいんだ。お祭りに行って、キラキラ輝いている中を歩いて、みんなと楽しむことができるんだ。嬉しい、嬉しいなあ。
当たり前のように私を誘ってくれる華さんも、それを受け入れてくれるクス様も、私と一緒に生きていこうとしてくれるウスズミ様も。みんな、私のことを考えてくれているんだ。私が、私なんかが、これ以上幸せを受け取ってしまってもいいのだろうか。

考えるだけで、全身が温かく、柔らかくなっていく。この空間にいるだけで、私に足りなかったものが満たされていく。

「幸せ、だなぁ」

「え? ちょ、桃ちゃん!? な、泣かないでー!」

「あれ、私、泣いてる?」

「あらあら。ほら、このハンカチ使ってちょうだい。あ、返さなくていいからね」

「すみません、すみません」

いつの間にか、ポロポロと涙かこぼれていたらしい。気付かぬ間に、机の上に雫がいくつも垂れていたようで濡れていた。

ウスズミ様は何も言わず、私の頭を撫でている。慌ただしくしている目の前のお姉さんは、「大丈夫だよー」と言いながら、私の腕をさすってくれていた。

「謝らなくていいんだよ。ありがとうって、言うんだよ」

「……はいっ ありがとう、ございます」

「あー華、また泣かせたー」

「ちょっと、私のせいなの? クス様酷い!」

べしべしと何度も叩いている華さん。それを笑いながら受け取り、「冗談よ、冗談」と言いながら笑い合っていた。
苦節十七年。自分のことを全て後回しにして生きてきた人生。苦しみ、もがき、どうにかして生きてきた私の人生。今までは意味のないものだと、これからもその人生は変わらないものだと思っていたけれど。
もしかしたら、少しだけ変わっているのかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...