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犬と猿はまた、放課後にて
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町の景色が夕焼け色に染まる放課後の時間―――いつものように、“それ”はやってくる。
「優刃ぁあああっ!!!居んのは分かってんだぞ、出て来いやぁぁああっ!!!」
とある町のとある男子校、正門前にて。
腰まで伸びた金色の長髪をなびかせながら、一人の女子高生がガンガンと正門を蹴り飛ばした。何気なく歩いていた周りの男子高校生たちが、途端にビクッと体を震わせて彼女の方に目を向ける。彼女の凄まじい怒声は校舎のグラウンド内にも響いていたようで、活動中だった陸上部の面子が数人ほど驚いたように目を丸くしていた。
そんな周囲の視線を気にすることなく、執拗にガンガンと正門を蹴りあげる謎の女子高生。すると、ものの数分ほどで校舎の奥から誰かが走り出してきた。大きめのショルダーバッグを肩にかけたその男子高校生は、周りがザワザワとどよめく中で躊躇うことなく女子高生の元に駆け寄った。そして、分かりやすく不快感を露わにした表情を見せながら、こちらを睨む女子高生相手に声をかけた。
「神奈木……また性懲りも無く来やがって。んな猿みたいに叫ぶなっつってんだろ。」
「だぁれが猿だごらぁっ!!良いからツラ貸せよ、クソが!!今日こそ“決着”をつけてやるからよぉ!!」
女子高生―――神奈木歌は苛立たしげにそう言葉を返すと、間髪入れずに男子高校生―――優刃蓮治の足をゲシッと蹴り上げた。正門を蹴っていた時より力は軽いものの、弁慶の泣き所近くを蹴られたことで優刃が途端に眉をひそめる。
しかし、神奈木はすぐにクルッと体の向きを変えると、優刃に『来い』と手招きしながらスタスタと歩き始めた。そのまま優刃を置いていくかと思えば、数歩進む度に後ろを振り返って優刃が着いてきているかどうかを確認している。優刃と“決着”をつけたいという意思に変わりはないらしい。優刃は小さく息を吐くと、鞄を持ち直しながら大人しく神奈木の後を追いかけた。とはいえ、お互いの隣に並び合った瞬間から、二人の間で怒涛の如く口喧嘩が繰り広げられる。
「おいてめぇ、飼い犬みてぇに、普通に隣歩いてんじゃねぇよ!!てめぇの体、無駄にでけぇから邪魔なんだよ、退け!!」
「お前こそ声のボリュームを抑えろ。猿みたいにキーキー喚くな、周りに迷惑だ。」
「てめぇがあたしの隣を歩かなきゃ良いだけの話だろーが!!つーか、てめぇマジで汗くせぇんだよ!!においが移るだーが、気安く近づくんじゃねぇ!!」
「俺にとっては、お前の付けてる香水のにおいの方がずっときつい。」
「て、てめぇえ……!!!」
まさに売り言葉に買い言葉。両者の怒りと冷静さを孕んだ口喧嘩は、正門前からの距離がどれだけあいても全く終わる気配が無かった。流石に遠く離れたことで声量自体は収まったものの、たまたま両者を目撃していた男子高校生たちの多くは、何が起きたのか分からないまま呆然と立ち尽くしていたのだった。
そんな彼らの姿を遠目に見つめながら、のそのそと校舎の外に出た三人の男子高校生たちがヒソヒソと囁き合う。
「優刃の奴、まーた正門前であの人に待ち伏せされたんだな。声が聞こえた瞬間に、犬みたいに猛ダッシュで走り出してたぜ。」
「あの女、三丁目にある女子校に通ってる奴だろ?その女子校の中じゃ、一番有名な不良だって聞いたことがあるぜ。」
「あーなるほど。不良だからあんなに血気盛んなのか。優刃も、あんな荒々しい奴相手によく付き合えるよな。」
「だよなー……でも、あの二人いっつもどこに向かってるんだ?女の方から“決着つけようぜ”っていつも言われてるけど、それ言った瞬間にどっちもすぐ正門前から居なくなるんだよなぁ。」
「あれじゃね?不良漫画とかでよくある、人気のない路地裏とか。そこでぼっこぼこに殴り合って、誰にも止められない大喧嘩でも繰り広げてんだろ。」
「……その割には、二人ともそんなに怪我とかしてなくねぇか?」
当初は神奈木たちの口喧嘩により騒がしかった正門前も、しばらくすれば落ち着きを取り戻して、いつも通りの景色が広がるようになった。件の男子高校生たちの会話も次第に神奈木たちのことから外れて、いつしか記憶の中からも丸々すっぽ抜けてしまった。自分たちには無関係な、どうでもいい話題だと判断したからだろう。仮に肉体での喧嘩が本当だとしたら、無闇矢鱈に深入りしない方がずっとマシだった。
しかし、暗黙の了解でそういった判断をしてしまったからこそ、彼らはもちろん他の者たちも気づいていなかった。
まさに『犬猿の仲』と称されるほど仲が悪い優刃と神奈木。その二人がひそかに行っている“決着”とやらの真相を。
***
とある町のどこかにある、小さなアパート内一室―――
「……いつも、正門前であんまり大声を出すなって言ってるだろ。俺たちの関係がバレたら、どうするんだ?」
「やっ♡んっ♡だ、だって……だってぇ……あ、あぁあっ……!!」
六畳ほどの広さに棚やローテーブルなどが置かれた、ごく普通のアパートの部屋の中。
優刃と神奈木は、お互いに全裸になりながら、壁際にあるシングルベッドの上で激しく乱れていた。すでに両者共に何度か達しているらしく、ベッド近くの床の上には白濁で満たされたコンドームが何個か捨てられていた。ベッドのシーツも、体液や汗などですっかりぐちゃぐちゃになっていた。
優刃の極太な肉棒が、コンドーム越しに神奈木の蜜壷にねっとりと絡みつく。それを子宮の奥に勢いよく叩き込めば、それだけで神奈木の体はビクンッと跳ね上がり、蜜壷の隙間から無色透明の体液がプシュッと吹き出た。それでも優刃は腰の動きを止めず、本能のままに神奈木の腟内でゴム越しに熱を放つ。
「だって……何だって?ちゃんと口に出して言わないと、ここでおしまいにするぞ。」
「あ、うっ……!れ、レンに、あいたかったの……!レンに、はやく、おかされたくて……!!」
一度昂りを抜いてコンドームを外しながら、優刃が意地悪そうに微笑んで神奈木に尋ねる。途端に神奈木はモノ欲しげに目を潤ませながら、立ち上がりかけた優刃の手を引いて必死に言葉を返した。その口から紡がれた優刃の名も、今は下の『蓮治』が由来の愛称になっている。繰り返された絶頂のせいでかなりたどたどしかったものの、神奈木の素直な声を聞いた優刃はすかさず満足気にニヤリと微笑んだ。
「そうか。なら……お前の望み通りに、たくさん犯してやるよ。覚悟しとけよ、歌?」
「ぁ、あ……♡れ、ん……あっ!?あ、ん、ぁああっ!!」
神奈木の下の名を呟きながら、新しくコンドームをつけた優刃はすぐに神奈木の腟内へ肉棒を挿入した。愛液などで解されたそこは、未だに硬度を保っていた優刃のそれをスムーズに飲み込んだ。そのまま優刃が神奈木の手を掴み、彼女の逃げ場を封じながら激しく腰を揺する。神奈木の悲鳴とぐちゅぐちゅという卑猥な水音が、ある程度の家具で満たされた部屋の中で延々と響き渡っていたのだった。
***
男子校に通う優刃と、女子校に通う神奈木。
表では『犬猿の仲』として有名な二人だが、その実は―――若い頃より両想いだった、立派な恋人同士である。
二人が最初に出会ったのは小学生の頃だった。当時転校生だった神奈木が、優刃の所属する教室に配属されたのがきっかけだった。
幼かった上に転校生ということもあって、右も左も分からなかった神奈木を優刃が積極的に支えたのである。クラス委員だったからというのもあったが、これを機に二人は次第に交流を深めるようになった。そして、中学生になって間もないタイミングで、二人はついに立派な恋仲となったのだ。
神奈木は元々、こことは別の町で産まれて育った。だが、両親が共働きで毎日多忙だったがゆえに、若くして祖父母の元に引越しをしたのである。ちなみに現時点で祖父母はどちらも他界済みらしく、今は実質一人暮らしに近い生活を送っている。親からの仕送りはちゃんとあるので、あまり寂しい思いなどはしていないようだ。
対して優刃は、幼い頃からこの町で暮らしている、極道一家の息子だった。とはいえ今は長男が家を継いでおり、優刃自身は実家近くにあるアパートの一室で一人暮らしをしている。極道一家の息子ゆえか、特に小学生時代には周りの教師などからそこそこ優遇されていた。神奈木との出会いのきっかけになったクラス委員にも、教師たちからの熱烈な推薦で流れるように選ばれたのだ。しかし、逆にそれが原因で同級生たちからはしばしば距離を置かれていた。だからこそ、優刃は唯一の友となった神奈木に対して、歳を重ねる度に異性として意識しそして惚れていったのである。それは転校生ゆえに若干孤立していた神奈木の方でも同じだった。
だが、そんな彼らにも“思春期”というものはすべからく訪れる。
中学生になってお互いに告白して、ようやくちゃんとした恋仲にはなれた。だが、神奈木はそれが周りにバレてしまうことを恐れていた。バレるのが嫌だった、と言う方が正しいかもしれない。小学生からの付き合いとはいえ、周りの者に自分たちが恋仲だと知られたら、必ずからかわれたりすると神奈木は考えたのだ。その一方で優刃はあまり気にしていなかったものの、愛おしい恋人である神奈木の意思を蔑ろにする訳にはいかなかった。彼女がどうしても嫌だと言うならば、無理に周囲に『自分たちは恋仲だ』と主張する必要は無いと考え直したのだ。
恋人同士であると周りに知られるのは嫌。でも、これからもお互いに恋人としてもっと仲良くなりたい。周りの人にバレることなく二人の愛を深めるためには、一体どうしたらいいのだろう。
中学生ゆえの未熟な頭をフル回転させつつ、優刃と神奈木は毎日お互いに悶々と考え続けた。そしてある時―――ついに神奈木は思いついたのだ。
周りに向けて"わざと"仲の悪いアピールをすることで、自分たちが恋仲だと気づかれないようにすればいい、と。
元より血気盛んな性格の神奈木が思いついた、なんとも破天荒で、それでいてわりと合理的な提案だった。とはいえ、最初は流石の優刃も驚いて動揺した。お互いにこんなに愛し合っているのに、それを隠すためにわざわざ対立しなければならないのか、と考えたのである。
優刃は寡黙ながらも、根はとても優しい男だった。そのため、関係性を隠すための演技とはいえ、自分から神奈木相手にわざと喧嘩を売るような真似はしたくなかったのだ。もはや“出来なかった”という方が正しい気もした。極道一家の息子なので、優刃自身は喧嘩に慣れているし、実際に殴り合いの喧嘩をして負けたこともほとんどない。だが、神奈木が相手である限り、上辺だけであっても自分から喧嘩を売ることは出来なかった。神奈木を傷つけたくないという切実な思いが、優刃の心をひそかに苦しめていたのだった。
すると、神奈木は続けざまにこう提案した。
なら、あたしから喧嘩を売る、と。
自分から優刃相手に喧嘩を売って、優刃はそれを買うフリをすればいいだけだ、と。
要は、傍から見れば『寡黙な青年が一方的に短気な不良少女に絡まれる』としか思えない、そんな構図を神奈木自身が作ろうとしたのだ。たしかにそれならば優刃から嘘の喧嘩をふっかける必要は無いし、優刃側も神奈木の放つ言葉に淡々と応答するだけで済む。だが、神奈木はたしかに口こそ荒いものの、実際に喧嘩をした経験は皆無だ。元は普通の女の子なのだから、男相手に上手く喧嘩を売れるのかという不安が優刃の中で新たに過ぎったのだった。
しかし―――結論から言えば、優刃の心配は杞憂に終わった。
神奈木の圧に負けて、渋々件の提案を受け入れた、その日の翌日。
神奈木は宣言通り、学校で優刃と会うや否や、不良も顔負けの罵詈雑言を優刃に浴びせてきたのだ。
当時周りにいた生徒たちは、もちろんだが何事だと言わんばかりに驚いていた。ほんの少し前まで優刃と仲が良さそうだった神奈木が、彼に出会った瞬間いきなり暴言を吐いたのだから。
しかし、ちゃんと事情を知っていた優刃は動じることなく、神奈木が受け答えに困らぬよう言葉を選びながら上辺だけの口喧嘩を繰り広げた。神奈木は優刃と比べると頭があまり良くなく、こちらから下手に小難しい会話をすると、すぐに語彙力が不足して黙り込んでしまうのだ。そのため、優刃にとってある意味、神奈木との口喧嘩は高度な心理戦の一つでもあった。神奈木自身にそのつもりはもちろんなかったのだが。
そんなこんなで、表で会う度に大声で怒鳴るようになった神奈木と、冷静ながらも素早くそれに応答するようになった優刃。
二人の努力(?)もあってか、次第に周りの者は両者の関係性を『犬猿の仲』だと信じるようになった。神奈木の想定通り、優刃と恋仲であることを周りに勘づかれずに済んだのだ。
それから月日が経って高校生となった二人は、さらに仲が悪いことを示すために、わざと別々の高校に通うこととなった。優刃は男子校で神奈木は女子校と、ご丁寧にも絶対に同じ場所にならないようにしたのだ。
とはいえ、わざわざこうしたのにもちゃんと理由があった。
普通の男女共学の高校だと、神奈木も優刃もお互いに同じクラスになる可能性があった。同じクラスということは、それすなわち、同じ教室の中で毎日顔を合わせるということでもある。その度に喧嘩となれば二人の体力と気力がとことん枯れてしまうし、周りの者も流石に不快感を覚えてしまうと考えたのだ。ちなみにこれは優刃による提案で、通っていた場所が男女共学だった中学生時代、その時に感じた苦労を基に考えられたものだった。神奈木も優刃と同じく疲労感を覚えていたようで、彼の提案を二つ返事ですぐに了承したのだった。
こうして神奈木と優刃は、ちゃんとした恋人でありながら仲が極めて悪いという、矛盾に満ちたなんとも不思議な関係性を築き上げることとなった。
両者が隠している、本当の真実に気づいている者は、優刃の親族などを除けばほとんどいない。
多くの周りの者にとって二人の関係性は、どう足掻いても喧嘩の絶えない不仲でしかなかったのだから。
***
お互いに満足するまで行為をし続けた結果、すっかり夜も更けてしまったころ―――
「……じゃあ、そろそろ……また明日、放課後に。」
それまでとぼとぼと道を歩いていた神奈木が、道の途中で不意にそう呟きながらピタッと立ち止まる。すぐ隣を歩いていた優刃も足を止めて、神奈木の方をチラッと一瞥した。自身よりもずっと背が低い神奈木の金髪が、背後から来た風に乗ってふわっと舞い踊る。だが、煌々と照らされた街灯の下に見える彼女の顔は、どこか寂しそうに目を伏せて項垂れていたのだった。
ここは、ごく平凡な家々が建ち並ぶ住宅街の一角。今二人が立っているこの近くに、神奈木が住んでいる家があるのだ。二人による性行為自体は、ほぼ毎日夜まで絶え間なく続く。そのため一人で夜道は危険だと考えている優刃は、常に神奈木を家の近くまで送り届けているのである。
ただし、優刃が実際に神奈木の家の手前まで向かうことは決してない。そんなところを周りの人に見られてしまえば、優刃たちが本当は付き合っているのではないかと思われてしまうからだ。恋仲であることがバレるのを防ぐために、優刃はいつも神奈木の家から少し離れた場所で彼女と別れていたのだった。
とはいえ、神奈木も前述の危険性はちゃんと熟知していたものの、愛おしい優刃と離れ離れになるのはいつだって嫌だった。今この場でひどく寂しそうな表情を浮かべているのも、優刃と別れて行動することに深い悲しみを覚えていたからだった。
本当は昔のように、二人で一緒に仲良く過ごしたかった。でも、下手に二人で行動してしまえば、いつかは周りに恋人同士だということがバレてしまう。休日ならば優刃の暮らす部屋に一日だけ泊まれるのだが、あいにく明日は平日で学校も普通にある日だ。仮に泊まれたとしても、途中まで共に登下校をしている姿を見られる訳にはいかなかった。
自分たちで決めた掟とはいえ、ここに来てそれにこんなに苦しめられてしまうとは。
中学生の時は男女共学なのもあって、表でも裏でもわりと長い間お互いに二人で過ごすことが出来た。でも、今は別々の高校なので会える時間にも限界がある。それがかえって、神奈木の心にいつも一定の寂しさを孕ませていた。本音を言えば優刃の方もそうだったのだが、神奈木を困らせたくない一心で顔には決して出さなかった。
ただその代わりに、優刃は足を止めていた神奈木の頬を掴み、彼女の唇を優しく塞いだ。いつも別れ際に行う、触れ合うだけの軽いキスだ。しかし、夜の住宅街とはいえ場所はそこそこ開けた道の途中である。場合によっては、どこかの家の窓からキスをしている姿を見られてしまう。
そのため、神奈木は途端に顔を赤く染めながら、慌てて優刃の胸元を叩いた。いつもならこうするだけですぐに離れてくれるのだが、今日はいつもより少しだけ強い寂しさを感じていたらしい。神奈木がどれだけ強く胸元を叩いても、優刃は彼女の頬を掴んだままなかなか離れようとしなかった。むしろ、半開きになった神奈木の口腔に舌を滑らせようとした。さすがにこのまま流されるのはまずいと、神奈木は強引に優刃の足を蹴って彼の体を軽く突き飛ばした。
「ん、んっ!?ふ……ちょ、ばか!誰かに、見らたら、どうすんのよ……!」
「……悪い。でも、先に誘ってきたのはお前の方だろ?周りが男だらけなのに、正門前であんなに存在をアピールして……」
「ち、ちが……!あの時はただ、レンに会いたく……あ、あんたを呼ぼうとしただけよ!いつもみたいに“決着”をつけるために!」
若干よろけつつもすぐに体勢を立て直した優刃は、今日の放課後の時のことを思い出しながら苦笑混じりに眉をひそめた。危うく外でも下の名前で呼びかけた神奈木が、口元を拭いつつわざと咳払いをして必死に誤魔化す。
たしかにあの時は大声で優刃の名を呼んだが、神奈木としてはいつも通りのことをしただけだ。“決着”と言う合言葉を使った、行為へのお誘いをするために。
優刃もそのことはちゃんと分かっているはずだが、今日はなんだか様子がおかしい。いつもならこの時点でお互いにさよならを告げているのだが、優刃が神奈木の傍を離れる気配はあまりなかった。一転して怪訝そうな表情を浮かべる神奈木に対して、優刃は警戒気味に周りを見渡しながら小声でこう呟いた。
「少し前に、他校の女子高生が強姦されかけたってニュースがあっただろ?どうやらその犯人が、俺の学校に所属している生徒だって噂されてるみたいでな。」
「は……はぁ!?なによそれ、初耳なんだけど!?」
優刃から唐突に告げられた衝撃的な発言を前に、流石の神奈木もひどく驚いた様子でギョッと目を丸くした。優刃が小さく息を吐きながら、戸惑い続ける神奈木のためにより詳しい情報を続けて明かした。
―――女子高生の強姦未遂事件。
それは、今からほんの数日ほど前に起きた、あわや悲惨な事態にもなりかねなかった事件だった。
狙われた女子高生は、神奈木の通う女子校とはまた別の高校に通っていた子らしい。彼女は塾に通っていて、その日は塾での授業を終えて徒歩で帰宅している最中だった。しかし、その時に突然三人ほどの男子高校生たちに絡まれて、誰もいない路地裏に連れ去られそうになったのだ。女子高生側は胸や尻などを無造作に触られたせいで、ほとんど抵抗出来なかったとのことだった。とはいえ、偶然近くを歩いていた別の男子高校生が大声を上げたことで、犯人たちはすぐに女子高生を置いてその場から退散したらしい。彼がいなければ彼女は路地裏へ連れ込まれていたし、強姦自体も未遂で終わらなかったことだろう。
しかし、当時は夜でなおかつ現場周辺が薄暗かったために、犯人たちの顔などについてはまだよく判明していなかった。男子高校生側の視点ではフードを被っていたうえに、女子高生側も混乱していたので顔までは覚えていなかったのだ。唯一の手がかりは、背丈的に全員が男子高校生であることと、顔がほぼ見えないぐらいにパーカーを深く被っていたことぐらいだった。
そんな状況下で、優刃の通う男子校の生徒の中に犯人がいると言われているのだ。学校の方でも、生徒たち一人一人に事情聴取が行われているらしい。とはいえ優刃自身は、目撃証言にある犯人たちよりもずっと背が高いという理由で、事情聴取のリストからも勝手に除外されたとのことだった。
たしかに優刃は、他の同年代と比べても背が異様に高い。それに、彼自身は恋人の神奈木にゾッコンなので、強姦とかいう卑劣な犯行に手を染めるはずもなかった。優刃の話に最初こそ不安を覚えていた神奈木が、途中で安心したようにホッと安堵の息を吐く。
しかし、優刃が明らかに犯人じゃないからと言って、諸々の問題が解決した訳では無い。むしろまだ続いているのだ。肝心の犯人はまだ捕まっていないし、元の犯人像すら明らかになっていないのだから。
「いつもならここで解散するべきなのは分かってる。でも、例の犯人がまだ捕まってない限り、お前をここで一人にするのが怖いんだ。家までの距離はここからわりと近いけど、もしそのあいだに、どこかに隠れていた犯人たちに襲われたりしたら……」
「だ、大丈夫よレ……優刃!そう簡単に男に襲われるほど、あたしは馬鹿じゃないわ。仮にあんたの言う通りに狙われたとしても、すぐに走って遠くに逃げれば良いだけじゃない。心配し過ぎよ、全く。」
相も変わらず不安そうに眉をしかめる優刃の前で、神奈木は困ったように肩を竦めながら優刃の胸元を手でポンッと軽く叩いた。すかさずハッと目を見開く優刃の前で、鞄を持ち直しながら神奈木が朗らかにニコッと微笑む。優刃の好きな、二人きりの時にしか見せない綺麗な笑顔だ。危うくそれに見蕩れかけた優刃が、慌てて頭を振って神奈木の手を引こうとする。
どれだけ神奈木自身が大丈夫だと言っても、やはりこの強い不安を拭うことは出来ない。今は大丈夫だとしても、もし今後例の事件と似たような事態に、愛おしい神奈木が巻き込まれてしまったら。そんなことを想像するだけで、優刃の背筋は恐怖でゾッと震え上がり、無意識のうちに神奈木の方へ手を伸ばしていたのだった。
しかし、神奈木は優刃の伸ばした手こそ掴んだものの、首を小さく振って彼の手を優しく押し返した。そして、すぐに優刃の手を振りほどくと、彼が神奈木を呼び止めてもなお振り返ることなく走り出した。周りの者に、これ以上この場で二人きりになっている姿を見られたくなかったのだ。神奈木にとっては強姦未遂関連の話よりも、今の二人の関係性がバレてしまう方がずっと嫌だったのである。
結局その場で一人残された優刃は、拒絶された手をグッと握りしめて深く息を吐いた。神奈木の姿は数秒も経たないうちに、街灯の元を離れて薄暗い夜の道へと消えていた。優刃は心の奥底で不安感を燻らせていたが、このまま残っていても仕方が無いので、大人しく踵を返して帰路に着いた。神奈木が無事に家まで帰れていることを願いながら、優刃の足が夜の色に染まった住宅街の中をとぼとぼと進んでいく。
そんな彼の姿を、少し離れた電柱の隙間から覗き込んでいた、三人分の人影。全員がパーカーのフードを深く被っており、街灯などの明かりもないので顔の判別をつけることは出来ない。スマートフォンで何かを撮影していたらしい彼らは、とある画像が映し出された液晶画面を見つめながらニヤニヤと怪しげな笑みを浮かべた。
そこには―――街灯の下でキスをしている優刃と神奈木の姿が、とてもはっきりと撮影されていたのだった。
***
翌日―――
「神奈木さん……神奈木さーん?起きてますかー?お待ちかねの放課後ですよー」
「……あー、織橋ぃ……うん、起きてるよー……」
とある町にあるとある女子校校舎内。
一日の授業が終わり、教室の中が放課後の空気に飲まれて騒がしくなり始めた頃のこと。
机の上に顔を突っ伏していた神奈木の目の前で、荷物を整えていた織橋結衣が声をかけてきた。彼女は神奈木と同じクラスに所属しており、黒髪に丸眼鏡と見るからに地味な格好をしている。性格も真面目で勉強熱心と、神奈木とはもはや見た目も性格も正反対だ。
しかし、実を言うと織橋は神奈木とは幼稚園時代からの仲で、優刃よりもずっと長い付き合いにある。先に神奈木がこの町に引っ越して、それからしばらく経った後に織橋の家族もこちらに引っ越してきたのだ。お互いの縁の強さがもたらした奇跡なのか、ただの偶然なのかはよく分からない。だが、旧友と思わぬ再会を果たした神奈木は、優刃に会えない寂しさを埋めるためにも、女子校にいる最中は織橋とばかり交流を深めていたのだった。
ちなみに、織橋は神奈木と優刃の関係性をちゃんと知っている、数少ない人間の一人でもある。
「今日はいつも以上に元気が無いですね……放課後だって言ってるのに、全然飛び起きないじゃないですか。いつもなら私そっちのけで教室から駆け出すのに。」
「いや、ごめん。ちょっと寝てただけよ……あーだめだめ。こんな体たらくじゃだめだわ、もっとしっかりしないと。」
神奈木はそう言って頭を机から起こすと、ブンブンと首を振りながら己の頬をパンパンと叩いた。実は神奈木は優刃が近くにいないと、先ほどまでのようにすっかり意気消沈して、すぐに活力を失ってしまうのだ。女子校にいる間だけは、ほぼずっとその状態を維持していた。織橋が放課後のタイミングで神奈木を起こしているのは、すっかりくたびれている彼女に、優刃に会うための時間を教えるためでもあった。平日だと優刃に会えるのがどうしても放課後以降になるので、そのタイミングを教えてくれる織橋の存在は意外と貴重かつ重要だった。
しかし、いつもの神奈木ならば織橋が放課後を告げた途端に跳ね起きて、別れの挨拶もそこそこに素早く移動しているはずである。引越しで離れていた期間中も電話などで交流していたので、織橋はすぐに神奈木に対して小さな違和感を抱いた。そして、未だにノロノロと動いている神奈木に向けておもむろにこう尋ねた。
「昨日、あの人となにかあったんですか?お楽しみ中に本気で喧嘩したとか?」
「……相変わらず、あんたは勘が鋭いわね。まぁ、お楽しみとかは特に関係無いんだけど……」
神奈木が途端にピタッと動きを止めて、鞄の手持ち部分を握りしめながら短く息を吐く。織橋はそんな彼女の前でいそいそと立ち上がりながら、淡々と「そうですか」とだけ答えた。聞くだけ聞いておきながら、自分はすぐに帰るつもりらしい。普段の織橋らしい対応だなと、神奈木がもう一度ため息を吐いて彼女に釣られるように立ち上がる。
真面目な性格の織橋の言葉遣いは、時々冷淡すぎて少しぶっきらぼうにすらなる。だが、そういう時は必ず、こちらの隠していることを見抜くかのような発言をしてくるのだ。加えて、何があったんだとか詳しく聞かせろとか、無闇矢鱈に深く追及してくることもない。本人曰く、他人のプライベートに首を突っ込むほど馬鹿ではないとのことだった。なんにせよ、神奈木にとっては下手に掘り返されてからかわれる方が嫌なので、織橋の判断もあながち間違いではなかった。
しかし、今の神奈木は正直、今回ばかりはあまり見逃して欲しくないと考えていた。昨日の帰り際に優刃が話していた、例の強姦未遂事件のことが頭によぎっていたからだ。
帰宅後に改めて事件のことを調べてみた結果、例の女子高生が予想以上に激しく襲われていたことを神奈木は知った。ニュースによれば、女子高生は男子高校生たちに囲まれた直後に、無理やり服を破かれていたのだ。当時着ていた服装が、ガーディガンにワイシャツ一枚だったのも悪手だったのだろう。危うくスカートも捲られて、パンツも脱がされそうになっていたらしい。偶然とはいえ、ここまで来たらその瞬間を目撃した別の男子高校生が偉大すぎる。
しかし、今回こそ運良く助けが来たものの、毎回都合良く幸運の女神が微笑んでくれるとは限らない。例の事件の犯人はまだ捕まっていないし、昨日の優刃が話していたように、もしかしたら今もどこかに隠れて潜んでいるかもしれないのだ。新たな獲物を見つけて、今度こそ誰にも邪魔されずに相手を襲うために。
何はともあれ、事件のことを知れば知るほど、神奈木は自身の家の中で純粋な恐怖に襲われてしまった。昨日は見栄を張って優刃相手に大丈夫だとか言ったが、残念なことに走って逃げる以外の護身術は一切持ち合わせていない。優刃のように喧嘩に強ければ暴力での抵抗も可能だろう。だが、今の神奈木に出来るのは軽い口喧嘩ぐらいだ。そのため、仮にもし自分が強姦の獲物に狙われても全然抵抗出来ないじゃないか、ということにようやく気づいたのである。放課後なのにいつも以上に元気がなかったのも、無力な自分一人だけで行動するのが怖かったからだった。
そのため、教室をいそいそと立ち去ろうとした織橋の後を追いかけつつ、神奈木はいつも通りな様を装って彼女に声をかけた。
「お、織橋!あの……良かったら、正門前まで一緒に帰らない?正門前まででいいからさ、ね?」
「……えぇ、良いですよ。なんなら今日は塾もおやすみなので、何処まででも同伴できますけど。」
廊下の途中で立ち止まった織橋はそう呟くと、神奈木が隣に来たタイミングで再びスタスタと歩き始めた。そう言えば件の女子高生と同じ塾に通ってたんだっけと、ひそかにホッと安堵しながら神奈木が、頭の片隅でそんなことをふと思い出す。
関連しているのは同じ塾に通ってることぐらいだが、真面目な織橋のことなので例の事件のことはちゃんと知っているのだろう。もしかしたら、こちらが例の事件に怯えて、一人で行動するのを避けたがっていることにも気づいているのかもしれない。そうでなければ、わざわざ“何処までも同伴できる”なんて言わないはずなのだから。
しかし、親友が隣にいるからと言って、こんな人前でいつもの気丈な振る舞いを崩す訳にはいかない。神奈木はブンブンと首を振りながら、必死に明るい笑顔を保ち続けて織橋に言った。
「い、いいのいいの!本当に、正門までで大丈夫だから!そこからは、一人でも帰れるから……」
「遠慮は無用ですよ、神奈木さん。私の塾でも、強姦事件の犯人には気をつけてくださいって、先生たちの方からお知らせされたんですから。」
神奈木と共に階段を降りながら、淡々とそう返した織橋が片手で眼鏡をクイッとかけ直す。だが、己の思考が見透かされてると察した神奈木は、心臓をドキッと高鳴らせながらその場で思わずたじろいだ。
やはり、織橋は気づいていたのだ。神奈木がひそかに、例の事件に対して怯えていることに。
おまけに、被害者である女子高生が通っていた塾でも、例の事件に関する注意喚起がなされていたようだ。今日は塾も休みだと織橋は言っていたが、もしかしたらあの事件が間接的な原因となって、臨時的に休みになったのかもしれない。なんにせよ、織橋は神奈木が相手ならば、他と比べてもやけに真摯に接してくれる優しい子でもある。神奈木がこれから織橋の支援を拒もうとしても、彼女ならばそう簡単には食い下がらないだろう。
でも、このまま素直に織橋に頼って良いのだろうか。あの事件に対して怯えているのは自分だけだし、何より優刃のいる男子校はここからもそんなに遠くない。徒歩数分程度の距離感だ。少し独り善がりになりがちな神奈木としては、わざわざ織橋一人を付き合わせる気にはあまりなれないのだった。
すると、お互いに靴箱に到着したタイミングで、織橋は不意に神奈木の方にくるっと顔を向けた。そして、相変わらず淡々とした声音で、それでいてどこか優しさを孕んだ口調で神奈木にこう言った。
「安心してください、神奈木さん。あなたがいつも通りあの人と会えたタイミングで、私勝手に帰りますから。校舎の方にも近寄りません、しばらく近くで待機しておきます。その方が、あなたにとっても好都合なのでしょ?不良少女であるあなたの傍に私がいても、周りから見れば不自然でしかないんですから。」
「……織橋……」
靴を取り出そうとした手と共に、ハッと目を見開いた神奈木の体の動きが全てピタッと止まる。神奈木の身も心も、織橋による予想以上に手厚い介抱を前に驚いたからだ。当の織橋本人は、何か変なこと言いましたか、といわんばかりにいそいそと靴を取り出している。さっき述べた言葉にも、今まで神奈木に伝えた言葉にも、嘘偽りは全くないようだ。そもそも根が真面目過ぎるので、織橋本人が嘘をつくことなんて全然無いのだが。
神奈木は一転して諦めたようにため息を吐くと、大人しく織橋の与えてくれた好意に甘えることにした。長い付き合いがあったがゆえに、これ以上織橋の提案を拒んでも無駄だと悟ったからだ。織橋の隣に座りながら、彼女と一緒に外靴を履きつつ神奈木は少し安心したように呟いた。
「ごめんね、織橋。でも、ありがとう……一緒に、来てくれる?本当に、途中まででいいから。」
「えぇ、もちろん。」
神奈木に対して短く淡々と答えながら、顔を下げたことで少しズレてしまった眼鏡を織橋がかけ直す。彼女の横顔はいつも通り凛々しかったが、心做しか安堵したように微笑んでいる気もした。
その後、神奈木と織橋は共に女子校の校舎を後にした。他愛もない会話を挟みつつ、正門を抜けてようやく優刃の通う男子校へと向かう。
だが、二人は気づいていなかった。
二人の背後から、神奈木の恐れていた魔の手が静かに忍び寄っていたことに。
***
数分後 とある男子校付近―――
「……では、私はここで。後はお願いします。」
織橋はそう呟いてペコッと頭を下げると、神奈木から距離を開けて近くにある電柱の裏に隠れた。そこからまさに家政婦の如く、あるいはストーカーの如く織橋が外をチラッと覗き込む。傍から見れば少し怪しくすらあったものの、神奈木は特に突っ込むことなく『行ってくる』と伝えるように織橋に会釈をした。織橋がグッと親指を立てて、正門前に向かった神奈木の背中を静かに見送る。
学校を出る時間が少し遅かったからか、今日の正門前における男子生徒たちの行き交いは、いつもよりやや少なめだった。いつもならグラウンドにいる陸上部の面子も見当たらない。とにかく人気が少ないのもあって、正門前に到着した神奈木は途端に緊張して固まってしまった。いつものように大声を張り上げたくても、逆に違和感を覚えて喉が途中でつっかえてしまう。
時間帯が遅いせいで、もしかしたら優刃も先に帰っているかもしれない。恋仲だと周りに悟られたくないために、携帯などによる連絡のやり取りも今は最低限控えている。ゆえに、神奈木視点では優刃がまだ校舎の方に居るかどうかすら分からなかった。
こんなことになるなら、変にうだうだと悩むことなく、いつも通り早く学校を出ていればよかった。
そんな後悔を胸に秘めつつも、ついに覚悟を決めた神奈木は大声をあげるために深呼吸をした。足の震えを誤魔化すために、腰に手を当てて一思いに優刃の名前を叫ぼうと身構える。
だが、優刃の名を叫ぶ神奈木の声が、彼女の口から出ることは無かった。
その瞬間に、どこからともなく現れた謎の男たちが、一斉に神奈木の周りを取り囲んだからだ。
「えっ……ちょ、なに―――ん、う!?んー、んー!!!」
驚いた神奈木が慌てて周りを見渡そうとしたが、男たちの手で自身の口を塞がれる方がずっと早かった。神奈木は必死に抵抗しようともがいたが、男たちは彼女の胸を強引に触るなどして行動を阻害した。そのせいで身動きが取れなくなった神奈木の体が、謎の三人組によってズルズルと引きずられていく。
それは、周りにおける人の通りがちょうどゼロになったタイミングで行われた犯行だった。ゆえに、目ざとくそれに気づく者はほとんどいなかった。
それまで電柱の裏に隠れていた、一人の女子高生を除いて。
「…………!!!神奈木さん!!!」
織橋は咄嗟に電柱から離れると、どこかに運ばれていく神奈木の後を追いかけようと走り出した。すると、男たちはチッと舌打ちをして、全員で神奈木の体を足ごと持ち上げた。そのせいで神奈木はいよいよ逃げ場を失ってしまい、織橋との距離もみるみるうちに離されてしまった。男たちによる予想以上の腕力と、織橋自身の体力の無さが祟って、神奈木たちの姿が徐々に遠くに消えてしまう。
「はぁ、はぁ、はぁ……か、神奈木、さん……!!」
織橋は諦めることなく必死に走り続けたが、目の前で赤に変わった歩行者信号と、素早く前を横切った車たちにことごとく道をさえぎられてしまった。車の行き来が途切れた時点で、神奈木を担いでいた男たちの姿はすっかり消えていた。それまでほぼ無表情だった織橋の顔が、強い不安と恐怖でゾッと青白くなる。
まずい、神奈木さんが連れていかれた。おそらく、あの強姦未遂事件と同じ犯人たちに。あのフードを深く被っていた姿、間違いない。背丈的にも男子高校生の雰囲気があった。このままじゃ神奈木さんが危ない。でも、犯人たちはみんな男だ。同じ女性の私がいっても、きっと返り討ちに遭うだけ―――
織橋はギリッと歯を食いしばると、元来た道を引き返して男子校の校舎側へ駆け足で戻った。悠長に警察に通報している暇はない。確実に神奈木のことを助けられるのは、彼女を愛してやまない“彼”しかいないのだから。
次第に薄暗くなりかけた夕暮れ時の道を、地味な服装の女子高生がひたすら駆け抜ける。
かねてより片想いをしていた、ひそかな憧れでもある彼女を救うために。
***
一方その頃
男子校校舎裏 廃棄物処理場付近―――
「ごめんねぇ、君ねぇ。この老いぼれじゃあ運びきれん量だったから、助かったよぉ。」
「いえ、気にしないでください。たまたま近くを通っただけなんで……」
恐ろしいほどに腰が曲がった用務員の老人と会話を交わしつつ、優刃は大きなゴミ袋を片手にしきりに後ろを振り返っていた。時折腕時計に目を向けて、今が何時なのかを何度も何度も確かめる。
ここはこの男子校に配置された、あらゆるゴミを収集し保存しておくためのスペース。優刃がここに来たのは、老いぼれの用務員が運ぼうとしていたゴミ袋の運搬を手伝うためだった。普段ならばもう一人若い用務員が居るはずなのだが、今日はあいにく休んでいるらしい。そのため、老人の用務員は老体に鞭を打って、一人でこの校舎全体から生まれた全てのゴミを処理しようとしていたのだ。とはいえ流石に単独では無理がある量だったので、彼の近くを偶然通りかかった優刃が手伝うことになったのである。
しかし、そんな優刃はせっせとゴミを仕分けしつつも、さっきからソワソワと落ち着きがなかった。それも無理はない、いつもの時間になっても神奈木の声が聞こえてこなかったからだ。
改めて腕時計に刻まれた時刻を確認する。いつもなら神奈木が来るはずの放課後が始まってから、今の時点でもうだいぶ経っている。それなのに、今日この時ばかりは一度も神奈木の声を聞くことが出来ずにいた。毎日正門から響き渡る神奈木の怒声は、この校舎裏に居ても少しは届くはずなのに。
こちらが気づいていないと考えて、いつの間にか帰ってしまったのだろうか。いや、だとてしても一度も神奈木の怒声が聞こえないのはおかしい。彼女の声は本当に大きいので、校舎の中にいてもある程度聞くことが出来るのだ。ならば、こちらが来るのを今か今かと待っているのだろうか。二人にしか伝わらない合図として、いつものように怒鳴ることも無く。
ひそかに悶々と考えを巡らせながら、途中で不安そうに眉をひそめた優刃がポイッとゴミ袋を遠くに放り投げる。すでに山積みとなっていた場所に投げたので、途端に山が崩れ落ちてガラガラと盛大な音を奏でた。ハッと我に返った優刃が慌てて耳を澄ます。その騒音に紛れて、神奈木の声が聞こえたら聞き逃してしまうと考えたからだ。しかし、当然だがそれは杞憂でしかなかった。相変わらず神奈木の声は聞こえないし、校舎などを通して反響してる気配もない。諦めたようにため息を吐いた優刃は、残りのゴミ袋を片付けるために足を一歩前に踏み出した。
しかし、その時だった。優刃の耳に、ひそかに馴染みのある声が聞こえてきたのは。
「優刃さん!!!」
「……織橋?」
その声の主は、神奈木の友の一人である織橋のものだった。しかも、普段の冷静な彼女にしては珍しく、どこか焦りを抑えきれていない声音でもあった。ハッと目を見開いた優刃が、慌てて顔を上げつつ織橋の方に顔を向ける。
どうしてこんなタイミングで、なおかつこの場に織橋がいるのだろうか。普段の彼女ならば、この男子校なんぞに立ち寄ることなく、真っ直ぐ帰宅しているはずなのに。
何となく嫌な予感を察した優刃は、足を大きくもつれさせながらも、懸命にこちらに駆け寄ってきた織橋の体を受け止めつつ彼女に尋ねた。
「織橋、どうした!?何があった!?何でそんなに慌ててるんだ!?」
「し、仔細は、後で……とにかく、大変なんです!神奈木さんが、あの強姦未遂事件の、犯人たちに……!!」
織橋がゼェゼェと激しく息を切らしながら、額に溜まった汗を拭って優刃相手に必死に伝える。自分の目の前で、神奈木が三人の男子高校生たちに攫われたことを。そして、その外見から察するに、彼らこそが例の事件の真犯人であるということを。
織橋から諸々の話を聞いた途端、優刃はギクリと肩を震わせながら表情を強ばらせた。昨日自身が危惧していたとおりに、神奈木が連れ去られてしまったのだ。同い年近くの女子高生を狙った、若いながらも卑劣極まりない強姦魔たちによって。
「織橋、これを使え。電話帳の中にある、俺と同じ苗字の人に電話をしろ。そして、その人に何が起きたのかを全て話せ。警察には伝えなくていいから……俺は、神奈木のところに行ってくる。」
織橋が知っている情報を一通り聞き終えるや否や、優刃は低く唸るようにそう呟いて彼女に何かを渡した。それは、優刃自身が使っているごく普通のスマートフォンだった。優刃によれば、その中にある前述の連絡先に電話をすればいいらしい。なぜ警察ではないのかはよく分からないが、優刃の表情にもあまり余裕はなかった。今は一刻を争う状態にあるのだ。神奈木を攫ったのが、未遂とはいえ立派な犯罪者である以上、悠長に過ごしている暇はもちろんなかった。
とはいえ、神奈木たちが最終的に何処まで行ったのかは、犯人を追いかけていた織橋でも把握出来ていなかった。諸々の不運が重なった結果、追跡の途中で見失ってしまったからだ。本当は優刃に伝えた後で、警察にも通報しようと織橋は考えていた。しかし、この様子だと優刃は自分たちだけで事を解決しようと考えているらしい。素早くそう察した織橋は、ズカズカと歩き始めた優刃の手を慌てて引っ張りながら必死に彼を呼び止めようとした。
「あの、ちょっと、待ってください!いきなりこれで電話しろとか、そんなことを言われても困ります!私も途中で見失ってしまったから、神奈木さんたちがどこに行ったかまでは、分からないんですよ!?それに、いきなり別の誰かに伝えるよりは、警察に通報した方が―――」
「大丈夫。俺がさっき言った人は普通に信用していい人だ。何が起きたのかちゃんと話せば、その人が必ず助けてくれる……あと、行った方向がある程度分かるのなら、今はそれだけでいい。あとは目星をつけて、余すことなく探し回るだけだ。」
優刃はやけに冷静にそう答えると、織橋の手を振り払って強引に走り出した。織橋はそれでも優刃を止めようとしたが、走ろうとした矢先につまづいてその場で転んでしまう。
それまで別の場所にいた老人の用務員が、ようやく周りの異変に気づいてのそのそと顔を覗かせにに来た。だが、彼が来た時には既に、優刃は正門を抜けて織橋が教えてくれたルートに沿って走っていた。
その心の中で、神奈木が無事であることをひたすら祈りながら。
***
とある町のとある路地裏 行き止まりにて―――
「ん、ん……!!ちょっと、も、離して……きゃ!!」
それまで終始男たちに担がれていた神奈木の体が、不意にアスファルト舗装の地面の上に乱暴に投げ捨てられる。ようやく自由になった神奈木は、男たちが離れた一瞬の隙にその場から逃げ出そうとした。しかし、三人いる男たちのうち一人が、すかさず神奈木の手を掴んで彼女の背後に回り込んだ。そのまま両手が男によって背中の方に固定される。
残りの男たちのうち、一人がおもむろに神奈木の着ていたワイシャツに手をかけた。そしてボタンが四方に飛び散るのも構わず、彼女のワイシャツを強引に左右に引き裂いた。ブチブチッと凄惨な音が響くと共に、白いインナーシャツとその下に隠れたブラジャーとがそれぞれ露わになる。突然の暴挙に驚いた神奈木は、悲鳴をあげながらも男たちから逃れたい一心で必死に身を捩った。
「や、あぁあ!!?や、やめて!離してってば……や、んんっ……!!」
「はは。やっぱ素の声も大きいなぁ、あんた。これならたしかに、優刃の奴も校舎の中からすぐに来れるな。」
先ほどワイシャツを引き裂いた男がそう言いながら、腕の力だけで件のインナーシャツすらも強引にビリビリと引き裂く。それによってついにオシャレな装飾のブラジャーも露わになったが、男は躊躇うことなくブラジャーの前についていたホックをパチッと外した。あっという間に神奈木の豊満な乳房が外気に晒され、神奈木が絶望したように目を見開きながらヒュッと息を飲む。パーカーのフードを深く被っていた男たちは、顔こそあまり見えなかったものの、みながニヤニヤと愉快そうに笑っていた。
顔の見えない、男子高校生たち。強姦未遂事件の、犯人たちと同じような格好。
あぁ、嘘だ。まさか本当に、あたしが、襲われるなんて。だめだ、早く、抵抗しないと。早く、逃げないと。
頭の中では必死に『逃げろ』と命令が出されていたが、恥ずかしいところをさらけ出された体は、純粋な恐怖に打ち負けてほとんど動かなかった。優刃以外に見せたことの無い裸体を、全く見ず知らずの男たちに見られているのだ。今の神奈木には声を上げる勇気すら生まれず、羞恥と恐怖でガタガタと体を震わせることしか出来なかった。
最後に残った男が、スマートフォンのカメラを神奈木の方に向けながら飄々とした口調で呟く。
「おー、意外と胸でかいな。Dぐらいあんじゃねーの、これ?……つーか、俺たちが触ってすらないのに、もう乳首ビンビンに勃ってんじゃん。俺たちに見られただけで興奮したの?やっらしー」
「や、だ……やめて、撮らないで……ぁ、あっ!?あぁあっ!!」
撮影されていると察した神奈木は慌てて首を振ったが、その直後、諸々の服を引き裂きた男が神奈木の乳房を容赦なく掴んだ。そのまま乳首ごとムニムニと揉みしだかれ、ピリピリとした甘い電流に耐えかねた神奈木が妖艶に身をくねらせる。
「は、あっ♡いや、ぁ……!だめ、だめ、おねがっ……もう、離して……!!」
「俺たちがそう簡単に、あんたのことを離すわけがないだろ?イケメンな彼氏持ちのあんたをさぁ。」
「ぁ、う……え……?」
不意に紡がれた『彼氏』という言葉を前に、それまで羞恥で赤く染まっていた神奈木の顔が、絶望したように一気にサァッと青ざめる。自分にとっての彼氏と言われたら、もは優刃しか心当たりがなかったからだ。しかし、優刃との関係性は今の今まで、親友の織橋や優刃の親族の者などしか知らないはずである。そのため、今回が初対面である男子高校生たちが、当然のようにそのことを知っているわけがない。
どこかのタイミングで気づかれてしまったのだろうか。やはり、昨日のあの時だろうか。いつもより少し長く外にいたせいで、気づかないうちに彼らに見られてしまったのだろうか。
一転して顔色を真っ青に染めた神奈木に対して、スマートフォンを構えていた男子高校生がニヤニヤと笑いながら、ついに彼女に真実を告げた。彼ら全員が、優刃と神奈木が恋仲であると知った、そこに至るまでの経緯を。
「昨日な……警察の取り調べを受けて帰ってる途中で、たまたまあんたと優刃を見かけたんだよ。あんなに仲悪い二人が、あの時は逆に仲良く隣合って歩いてたからよぉ。何してんだろうって思って、みんなでこっそり後をつけてみたんだ。そしたら『これ』だぜ?正直俺たち全員でびっくりしちまったよ。でも、同時にいいことも知れたんだ……あんたが本当は、優刃の奴と付き合ってるってことをな。」
「……!!あ……あぁ……!!」
おもむろにスマートフォンを操作した男子高校生が、拘束もあって動けない神奈木の前にその液晶画面を見せつけた。そこに映し出されていた画像を見た瞬間、神奈木が表情を引き攣らせながら愕然とした様子で目を見開いた。
そこには、街灯の下で熱い口付けを交わしている優刃と神奈木二人の姿が、まさかの高画質ではっきりと撮影されていたのだ。そこそこ遠くから撮影したのか、かなりズームされた状態で撮られた写真らしい。だが、当時は街灯という光源が真上にあったので、離れた場所からでも十分に撮影することができたようだった。
やはり、あの時は優刃に構わず早く立ち去るべきだった。いや、犯人はすでに自分たちの近くにいたから、もしかしたらあの日に襲われていた可能性だってあったかもしれない。いずれにせよ、自分も優刃も浅はかな考えを抱いていた。優刃の方は警戒していたのでまだしも、こちらは早々狙われないだろうと勝手に高を括っていたのだ。事件のことを調べて怯えていたとはいえ、優刃の言う通りもっと警戒心を高めていれば。今となっては後の祭りでしかない後悔ばかりが、苦しげに歯を食いしばる神奈木の心の中でむくむくと湧き上がっていた。
すると、不意に男子高校生の一人が片手を神奈木の下腹部に移動させた。最初にワイシャツを引き裂き、なおかつこの場では唯一自由に動くことが出来ている男だ。彼の手は素早く神奈木の履いていたスカートの裏側に回り、柔らかな神奈木の腹の皮膚を艶めかしく撫で回した。かと思えば、間髪入れずにパンツを少しだけずり下げて、すでに軽く濡れていた蜜壷に指を滑り込ませた。ある程度表面を擦ったのちに、驚く神奈木をしりめに指を中へズプッと埋め込む。男の指は容易に腟内へと侵入し、快楽を上回る恐怖心と不快感を覚えた神奈木が堪らず悲鳴をあげた。
「ひっ!?ふ、あっ!?ん、あっ!だめ……!そこは、本当に、だめ……!!あ、あぁあっ!!」
「おーすげぇ……初っ端でま〇こに指、二本も入っちまった。しかもすっげーびっちゃびちゃ。なぁ、これ撮れてる?指入ってるの見える?」
「もちろん、ばっちり撮れてるぜ。その指、動かしてみろよ。すっげーえろい音聞こえるんじゃねぇの?」
「ま、待って……おねがい、お願いだか、ら……あ、ん、あぁあああっ!!!」
片手でスカートを捲られ、パンツも膝の下までおろされ、指が埋め込まれた蜜壷の卑猥な様が堂々と撮影される。シャッター音などは聞こえないので、おそらく現在進行形で録画しているのだろう。神奈木は必死に身を捩って抵抗を試みたが、それよりも先に男の指が腟内を乱暴にぐちゃぐちゃと掻き回した。本能的に溢れていた愛液が男の指と絡み合い、録画中のスマートフォンの前で神奈木が無意識のうちに腰をガクガクと揺らす。
今男の指が入っているここは、これまで優刃によって何度も何度も嬲られた場所だ。指だけではなく、優刃自身の昂りでも散々虐められた。そのせいで神奈木の心自体は強い不快感を覚えていたものの、肉体は本能的に快感を拾ってビクビクと痙攣しながら喜んでいた。今自分を虐めているのは、優刃でもなんでもない、ただの強姦魔たちだというのに。
次第に神奈木の体にも限界が訪れ、腹の奥からゾワゾワとした奇妙な疼きが走り始める。今は望んでいない快楽の波が、神奈木のこのロを差し置いて勢いよく押し寄せようとしているのだ。生理的な快感のため、避けることも耐えることも出来ない。優刃以外の前で、卑猥かつはしたない姿を見せたくない。心は、そう、願っているのに。
「や、あっ!は、ん、あぁあっ!!だめ、だめっ!!イく、イくイく、あぁっ……~~~~~~!!!!」
神奈木が悲痛な悲鳴をあげながら、腰をガクガクと揺らしつつ自然と股を大きく開く。途端に神奈木の蜜壷からは勢いよくブシュッと透明な体液が吹き出た。その体液は、男の指や腕はもちろんのこと、神奈木の立っているアスファルト舗装の地面もことごとくビシャビシャと濡らした。流石にこれは予想外だったのか、神奈木の体を嬉々として虐めていた男子高校生たち全員が思わずハッと息を飲む。
「うっわ、やっば……マジかよこいつ、指だけで潮まで吹きやがった。ガニ股になって腰ヘコヘコ動かしてるし。」
「マジでやばいなこいつ、くっそエロいじゃん。つーかこれ、もうお漏らしのレベルだろ。蜜壷ちょっと擦るだけでもめちゃくちゃ出てるし……ほら!」
「あ、あんっ!ひ、ぁああっ!!や、やめて、もう……ぃ、イってる、からぁ……!!」
神奈木の背後で彼女の手を拘束していた男が、おもむろに後ろから手を伸ばして神奈木の蜜壷を手でぐちゅぐちゅと擦り始めた。愛液などですっかり濡れていたにもかかわらず、神奈木の蜜壷は男の言う通り擦るだけでもプシュップシュッと断続的に潮を吹いた。他人に見られていると認識したことで、体が余計に興奮してしまったからだろうか。己の心は、下品な男たちによって強引に絶頂させられたという、強い絶望感に苛まれているというのに。
快楽の波によって体力が減らされたからか、背後にいた男が手を離しても、神奈木は彼の方にもたれたまま全身をガクガクと震わせていた。その隙に背後の男から胸を無尽蔵に揉まれ、もう一人の男に再び蜜壷を指で掻き回される。もはやされるがままの状態となった神奈木の前で、撮影用にスマートフォンを構えていた最後の一人が不意にこう尋ねてきた。
「なぁ、あんた……本当は優刃と付き合ってるんだろ?んで、優刃とセックスもしたんだろ?処女だったら初手で、こんなに指がすんなり入るわけねぇもんなぁ?俺たちの前で、こんなにま〇こがビクビクひくついたりしねぇよなぁ?」
「ち、ちが……!ちが、ぅ……つきあって、なんか……ひ、う……!」
ぐちゃぐちゃに濡れた蜜壷を至近距離から撮影されても、神奈木は懸命に理性を奮い立てながら弱々しく首を左右に振った。あらゆる証拠を突きつけられてもなお、優刃と恋仲であることを認めたくなかったのだ。簡単に認めてしまったら、のちのち優刃側にも迷惑がかかると考えたからである。
もしここで素直に“はいそうです”と言ってしまえば、卑劣な強姦魔たちに弱みを握られて良いように扱われてしまう。もしかしたら自分を餌に利用されて、優刃側が男たちから脅迫などを受けるかもしれない。仮にそうでないとしても、声に出して認めたところを録画されて、周囲の人間にバラされてしまう恐れもあった。女子高生が相手ならばどこまでも下劣になる彼らのことだ、それぐらいの悪事は平然とこなすことだろう。
そのため、物理的にも精神的にも苦しい思いをしながらも、神奈木は必死に涙混じりに否定し続けた。自分の『周りにバレたくない』というわがままに、今の今まで付き合ってくれた優しい優刃のために。
撮影担当の男は途端に深いため息を吐くと、何故か片手でカチャカチャと自身のズボンのベルトを外しながら、呆れたと言わんばかりの口調で神奈木に言った。
「なぁーあー、この期に及んで下手な嘘つくなよ。優刃と付き合ってるって、優刃の奴とセックスしましたって、いつもみたいにおっきく声に出して言えよ。言わねぇと……ほら、あんたのま〇こに生ち〇こぶち込むぞ。」
「ま、あっ……!?待って、本当に、許して……!生は、だめ……!!」
おもむろにずるりと引きずり出された男の昂りを前に、神奈木の背筋が再び恐怖でゾワッと震え上がる。優刃のよりも一回り小さい昂りが、指を抜かれた神奈木の蜜壷の近くにピトッと押し当てられたからだ。指を抜かれた感覚に喘ぐ暇もなく、顔をさらに真っ青に染めた神奈木が慌てていやいやと被りを振る。
優刃と性行為をする時、彼は事前に必ずコンドームを多めに用意してくる。当然だが、神奈木が孕んで妊娠してしまうのを防ぐためだ。優刃曰く、神奈木も自分もまだ高校生なのだから、妊娠して退学なんて悲惨な結末は迎えたくないとのことだった。神奈木のことを心から愛している、なんとも優刃らしい考えだった。神奈木も優刃の優しさが純粋に嬉しかったので、コンドーム有りでの性行為にすっかり慣れていた。
だが、この男たちも高校生と言えども、こちらは優刃とは違って卑劣極まりない犯罪者たちばかりだ。手元にコンドームが無くても、彼らならばいつだって嫌がる相手に平気で生の昂りを挿入してくる。そしておそらく、相手の許可も得ずに腟内で熱も放つのだ。彼らならば、それが出来る。出来てしまうのである。
途端に慌てふためいて抗おうとする神奈木を、三人全員で無理やり押さえながら高校生たちはそれぞれ言葉を紡いだ。その口元に、人を人だと思っていない残酷な笑顔を浮かべながら。
「んだよ、もしかしてお前、ずっとゴム有りでヤってたのか?マジかよ!じゃあ生は今回が初めてってか……そんなの知ったら、余計に興奮しちまうじゃねぇか。だったら中出しの瞬間も、ばっちり余すことなく撮影してやるよ。喜べよ、なぁ?」
「ほらほら、いいのかー?さっさとさっきのこと言わないと、先っぽが中に入っちまうぞー?あんたにとってマジの初めてが奪われまうぞー?」
「あっはは!お前の言い方、普通に気色悪ぃ!AVでもそんな気持ち悪いこと言わねぇっての!」
泣きじゃくる神奈木を無視しながら、男たちが下品にゲラゲラと笑い合う。蜜壷の周りを、男の粗末な肉棒で軽くペチペチとはたかれる。その度に神奈木の体は反射的にビクビクと跳ね上がったが、心は恐怖と絶望感に満たされてすっかり凍りついていた。
強姦未遂事件の時のように、今ここに都合よく助けが来る気配はない。周りは日が沈んで薄暗くなってきたし、何より場所が誰も来なさそうな路地裏の奥なのだ。行き止まりなので、当然だが背後に道はない。前方向は余すことなく男たちの体で塞がれている。どこまでも嫌がる神奈木の目に映っていたのは、そんな男たちの醜さしかない不気味な笑顔ばかりだった。
耐えかねた神奈木は思い切って叫ぼうとしたが、それを素早く察した撮影担当の男が、拘束担当の男に指示を出して口を封じた。驚いた神奈木がビクッと体を震わせる中、ついに撮影担当の男の昂り、その先端が蜜壷の入り口にツプッと埋め込まれた。先端の中の先端ではあったが、他人の生の肉棒で腟内を掻き回される未来を想像した神奈木は、ボロボロと悔しさに満ちた涙を零しつつ目を閉じた。もう助からないと察したからだ。
ごめん、ごめんね、レン。あたし、レンのこと、心の底から好きなのに。レンのこと、裏切ろうとしてる。あたしの心は嫌がってるのに、体が、言うことを聞いてくれないの。
本当に、ごめんなさい。ごめんなさい、レン―――
「歌っ!!!!」
「「「!!!??」」」
その怒声は、唐突に路地裏の奥で盛大に響き渡った。
流石に驚いてビクッと体を震わせた高校生たちは、一人は昂りを引き抜いて、残りの二人は神奈木から手を離して背後を振り返った。意図せずして自由の身となった神奈木の体が、支えを失ったことでガクンッと膝から崩れ落ちる。
外の道路と繋がっている、路地裏の先。その場所に、異様に背の高い男、優刃が堂々と立っていた。よほど慌てて走ってきたのだろう、汗を全身から垂らしつつゼェゼェと肩で息をしている。だが、ボロボロになった神奈木の姿を見た瞬間、優刃は強い怒りで目を血走らせながら男たちの元にズカズカと歩み寄った。
鬼と見間違うほどの威圧感を前に、一転して追い詰められた男子高校生たちは一斉にザワッとどよめいた。が、神奈木という名の人質がいることを瞬時に思い出した一人が、果敢にも神奈木の体をもう一度己の両手で拘束する。残りの二人も恐怖で顔こそ引きつってはいたが、優刃に邪魔されたのが原因でどちらもひどく苛立たしげな声を上げた。
「おい、マジかよ……なんで優刃の奴が、ここにいんだよ!?誰にも見つからないように、わざわざ遠回りでここに移動してきたってのに……!!」
「あーもー、クソが!せっかくこれから面白くなるところだったのによぉ!邪魔してんじゃねぇよ!!」
「そうだぜ、優刃!お前の女寝取られたくなかったら、それ以上そっから動くなよ!?せっかくだしお前にも見せてやるぜ、人前で淫らに喘ぐこいつの―――」
神奈木を拘束していた男が、彼女の胸を無尽蔵に揉みながら優刃相手に脅しをかける。油断していた神奈木は、情けない痴態を優刃に見られてしまうと考えて、ボロボロと泣きながら悲鳴をあげた。だが、男相手に抵抗する力はもうすっかり無くなっていた。今の神奈木には、震える手で男の手を弱々しく掴むことしか出来なかった。
すると、男たちの脅しが効いたのか、優刃は言われた通りに道の途中でピタッと静止した。すかさず勝ちを確信した男たちがニヤリと微笑む。
だが―――彼らの抱いたその慢心は、優刃がおもむろに地面を殴りつけたことで、あっという間に霧散して消えた。
ここで改めて補足しておくが、今優刃たちがいる路地裏、ここにある地面は全てがアスファルトで舗装されている。つまり、単純に力強く殴ったところで、本来ならば土の地面などのように細かい欠片などが飛び散ったりしないのだ。
しかし、全身が怒りに満たされた優刃の場合は違った。
優刃が拳を握りしめて地面を殴った瞬間、その箇所を中心に、半径50センチほどの範囲の地面が陥没したのだ。ドゴォッとかいう、アニメの中でしか聞いたことの無い爆音が、優刃による力強い殴打と同時に鳴り響いた。また、殴られたことで生まれたコンクリートの欠片が、もくもくとした土煙を孕みながらバラバラと四方に飛散した。
時間にすればほんの数秒、だが体感的には数分ほどの沈黙が、狭い路地裏全体を重たく包み込む。
本気でブチ切れた優刃のおぞましさを目の当たりにした男子高校生たちは、しばらく何も出来ないまま、凹んだアスファルトの地面を見つめつつ素っ頓狂な声しか出せなかったのだった。
「「「…………え…………?」」」
「………………何も言わなくても………………分かるよな………………?」
わざと長い沈黙を途中で挟みながら、男子高校生たち相手に言い聞かせるように、逆に彼らへ脅しをかけるように優刃はそう呟いた。地面を殴って凹ませた彼の左手はすっかり血だらけで、流石に無傷では済んでいなかった。とはいえ、おそらく利き手ではない左手であの陥没具合なので、もし右手で顔などを殴られたらひとたまりもないだろう。
犯人として捕まって警察のお世話になるのが先か、優刃に顔などを殴られて病院送りになるのが先か。
どちらに転んでも得をしない状況だと理解した男子高校生たちは、途端にチッと舌打ちをしてついに神奈木の元を離れた。最後まで神奈木を拘束していた男が、こちらと同じく愕然として固まっていた彼女の体を乱暴に突き飛ばす。そして、各々が微動だにしない優刃の横を通り抜けながら、捨て台詞を吐いて慌ただしくその場を立ち去ったのだった。
「ち、畜生が!!離れたらいいんだろ、離れたらよぉ!!」
「周りの奴らに仲悪いとか、馬鹿みてぇな嘘つきやがって!!覚えとけよ、このクソどもが!!」
「言っとくけど、その女の卑猥なところはもう撮影したからな!!お前らがよろしくヤってる隙に、学校の連中たちにばらまいてやるからな!!」
「………………」
優刃は何も言わない。男子高校生たちを追いかけることもしない。ただひたすら、顔を俯かせたままゆっくりと、神奈木の元に向かうだけだ。数秒ほど間を置いてからハッと我に返った神奈木は、異様な雰囲気を放つ優刃を前に思わずジリッと後退りをした。後ろが壁なので、貴重な逃げ道は直ぐに絶たれてしまったのだが。
こんな怖い顔を見せる優刃は今まで一度も見たことがない。極道一家の次男坊だとは聞いていたが、まさかここでその本性を垣間見ることになるとは。
だが、きっと優刃は怒っているのだ。あの男子高校生たちに対してだけでなく、彼らに好き放題に嬲られかけた自分に対しても。
「ご、ごめ……ごめん、なさい、優刃……あたし、あた、し―――ん、う!?」
優刃に助けてもらえたことに喜ぶ反面、彼に怒られるのが怖くて慌てて謝罪の言葉を述べようとした神奈木。だが、神奈木のすぐ目の前まで来た瞬間、優刃は素早く身をかがめて彼女の唇を塞いだ。半開きだった神奈木の口腔に、優刃の熱くて分厚い舌がにゅるりと滑り込む。神奈木の体は思わずビクッと跳ね上がったが、優刃の舌と舌が触れ合った途端に、全身がビリビリとした甘い電流に支配されてしまった。
男たちの前ではあんなに怯えて強ばっていたのに、どんどん力が抜けて勝手に壁にもたれかかってしまう。優刃と離れたくないという切実な思いが胸を覆い尽くす。そのせいで、息を吸うために離れかけた彼の舌を自然と追いかけてしまう。
「ん、ぅ、ふっ……ん、は……♡す、ぐるば……」
「……ごめんな、歌。助けに来るのが遅くなって、本当にごめん。」
優刃は一転して悲しそうな声でそう呟くと、惚けた顔でキョトンとした神奈木の体をギュッと抱きしめた。優刃の鍛えられた胸筋に乳房が挟まれ、乳首も擦れたことで神奈木の背筋がゾクッと震え上がる。しかし、今のは恐怖などの負の感情によるものではない。単純な気持ちよさと、優刃が近くにいるという安堵による震えだった。神奈木もおずおずと優刃の背中に手を回して抱きしめ返す。優刃のにおいが、涙でぐしゃぐしゃになった神奈木の鼻腔を優しくくすぐっていた。
とはいえ、本当に謝るべきなのはこっちの方だ。優刃の警告を無視して、警戒すべきタイミングを間違えてしまったのは自分の方なのだから。
そう考えた神奈木は、甘えるように優刃の体にもたれながら震える声で改めて謝罪の言葉を述べた。
「あ、あの……あたしの方こそ、ごめんなさい。昨日、あんなに気をつけろって、レンが言ってくれたのに……こんなに、あっさり捕まったりして……」
「……そのことはもう気にするな。それよりも、あいつらにどこを、どんな風に触られたんだ?全部、余すことなく、俺の手で消毒してやる。」
優刃は一瞬だけ小さな苦笑いを浮かべると、すぐに表情を真剣なものに変えて、右手で神奈木の露わになっていた乳房を優しく掴んだ。左手の方は怪我をしている上に、力もあまり入らないようでぶら下がったままになっていた。しかし、片手だけにもかかわらず、男たちの時とは違って激しさと優しさを孕んだ心地良い揉み方をされる。尖ったままの乳首を指で弾かれたり摘まれるだけで、神奈木の口から出る吐息は熱くなり腰も甘く砕けそうになった。だが、そうなる直前に優刃は神奈木の胸元に顔を寄せて、お留守になっていた方の淡い桃色の尖りを口の中に招き入れた。キスの時と同じ要領で敏感な箇所をジュルッと吸われ、神奈木が地面の上に膝をつきながら優刃の髪をくしゃりと掻き乱す。
「あ、あっ♡れ、レン……!乳首、舐めちゃ、だめ……あ、んっ!ああぁ……!!」
「ん……ここも、ぐちゃぐちゃに濡れてるな。あいつらに、乱暴にされたんだろ?あぁ、あのクソ野郎共が……俺の歌に、なんてことを……!」
「はっひっ……!!れ、レン、待って……ま、あっ♡あぁ、んぁああっ!!」
優刃は間髪入れずに神奈木の下腹部に手を添えると、微かに涎を垂らしていた蜜壷の中に指を挿入した。そのまま男たちがしたように、ぐちゃぐちゃと愛液ごと中身を掻き回される。しかし、男たちの時と違ってこちらは純粋に気持ちがいい。自分の信頼している相手が、こちらの弱い箇所を熟知している彼が愛撫してくれているからだろう。加えて優刃の指はそこそこ長いので、男たちのよりもずっと奥をぐりぐりと抉ることも可能だった。胸と乳首は交互に口と舌で引き続き愛撫されたので、久しぶりに純粋な快感を覚えた神奈木は優刃の前で妖艶に身をくねらせた。
「レン、レンっ♡まって、イく、イッちゃう!だめだめ、だめ……!!っ~~~~~~!!!!」
「……っ……歌……少し、立てるか?壁に手をついて、こっちに背中を、向けてくれるか?」
優刃が腟内で指を曲げた瞬間、蜜壷の隙間から透明な液体が再びブシュッと吹き出る。しばらくそれをかき混ぜてぐちゅぐちゅという音を奏でたのちに、優刃はゆっくりと指を引き抜きながら神奈木の手を優しく掴んだ。すぐに大人しくコクリと頷いた神奈木は、優刃に支えられながら彼に言われた通りの姿勢を取った。後ろの壁に手をついて、優刃に背中を向けながら自然と尻を突き出す。
すると、優刃はフゥーと深く息を吐いてから、両手で神奈木の腰をそっと掴んだ。そして、彼女の足を少し左右に開いてから、その隙間に己の昂りをニュルリと挟んだ。いつの間にかズボンを下ろして引きずり出していたらしい。硬度のある生々しい肉棒が蜜壷と花芯を擦りながら、神奈木が履いたままだったスカートの下で彼女腹の肉と触れ合う。いわゆる素股の状態だ。いつもならばすぐにコンドームをつけて挿入するのだが、今はゴムが無いという理由で素股で我慢しているらしい。
心の中で密かに物足りなさを覚えつつも、神奈木がそれを口に出す前に優刃の腰がゆっくりと前後に動き始めた。彼の両の手で足をぴっちりと閉ざされ、柔らかな太ももで肉棒を挟んで静かに擦る。蜜壷の入り口と花芯がほぼ常に刺激されるせいで、神奈木はここが路地裏なのも忘れて甘い嬌声を上げ続けた。挿入の時とは異なる微弱な電流を全身に感じつつ、優刃の方を振り向きながら神奈木が尋ねる。
「れ、レン……気持ち、いい?レンのおち〇ちん、あたしのおま〇こと足で、硬くなってる……♡」
「あぁ……すごく、気持ちいい。歌は、気持ちいいか?苦しいとか、ないか?」
「ううん、平気。あたしも、気持ちいいよ……でも……」
神奈木は途中で自身の手を下腹部に滑り込ませると、股の間に挟まれていた優刃の昂りを優しく掴んだ。それをグッと後方に押し出しつつ、脚を少し左右に開いて片手で蜜壷をくぱっと広げる。それにより、神奈木のしようとしていることを素早く悟った優刃は、すぐに彼女の手を昂りから離して前方にずるりと押し戻した。同時に股も再び閉ざされ、神奈木が小さく不満を訴えるように眉をひそめる。
―――ゴムを使わず、生で挿入する―――
端的に言えば、それが先ほどまで神奈木がしようとしていたことだった。男子高校生たちに襲われた時には、生で昂りを挿入されることに強い嫌悪感と恐怖を抱いていた。だが、その一番の原因は、挿入しようとしてきた相手が優刃以外の男だったからだ。愛してやまない優刃であれば、たとえゴム無しの生で挿入されてもあまり怖くなかったのである。むしろ神奈木は、男たちに襲われたことによる心の傷を優刃に埋めて欲しいと望んでいた。今すぐにでも、優刃の燃えたぎるような熱を直接的感じたいと考えていたのである。
しかし、優刃は無傷な右手で神奈木の腰を撫でながら静かに首を振った。神奈木が上目遣いで肩越しに訴えかけても、優刃は屈することなく彼女を宥めるような声音で囁いた。
「歌、だめだ。お前の頼みでも、それだけはだめだ。」
「ど、うして……どうして、駄目なの……?優刃のなら、怖くないのに……」
「……本当はお前も、分かってるんだろ?俺たちはまだ、高校生なんだ。もし子供が出来ても、今の俺たちじゃ、まともに育てることすら出来ない……俺は、お前自身の人生を、壊したくはない。お前自身の心を、俺の手で傷つけたくはないんだ。」
優刃は悲痛な顔で眉をしかめながらそう言うと、血まみれの左手も使いつつ神奈木の体を背後からギュッと抱きしめた。大柄な優刃らしく力強くて、それでいてちゃんとした優しさもある暖かい抱擁だった。男たちに襲われかけた恐怖心が一気に霧散し、優刃の優しさに感極まった神奈木の目頭が自然と熱くなる。
優刃の言うことももちろん正しい。自分も妊娠などの危険性があることは、ちゃんと把握している。
だがーーーそれでも神奈木の体は、心は、頑なに優刃本人の熱を求めていた。
男たちに襲われて傷ついていた今この時ばかりは、どうしても優刃と直接繋がりたかったのだ。たとえゴムが無かろうが、妊娠する危険性があろうが。
「……ごめん、レン。おねがい……生で、挿入れて……?一回だけで、良いから……ね?」
「……歌……」
神奈木が優刃の右手をそっと掴んで、その指先を自身の口元に近づける。そのまま甘えるようにチュッと指に吸い付けば、優刃は心苦しそうに神奈木の顔を見つめつつグッと唇を噛んだ。そして、神奈木の口から指と体を離すと、少し慌ただしい動きで彼女の体の向きを反転させた。ようやくお互いに正面を向き合った体勢となり、多幸感に満ちた表情を浮かべながら、神奈木が優刃の首周りに手を回す。
「中には、絶対に出さないから……それでも、いいな?」
「うん……♡レン……あたしの腟内で、気持ちよく、なって……?」
神奈木が熱の篭った声でそう呟くと、優刃は小さくコクリと頷いて片手で神奈木の足を軽く左右に開いた。そうして明るみになった蜜壷の入り口に、未だに硬度を保ったままの屹立をグッと押し付ける。男にされた時とは違って、恐怖ではなく強い期待感が神奈木の心を一気に覆い尽くした。そのまま優刃がゆっくりと腰を沈め、神奈木の望み通り生の肉棒が腟内へと埋め込まれていく。奥に進めば進むほど、内壁に挟まれた肉棒は興奮して余計に膨らんだ。念願の熱が与えられると勘違いした子宮も、歓喜に満ちた様子でゾクゾクと震え上がっていた。
神奈木はぎゅうっと優刃の首に強く抱きつくと、ひどく嬉しそうに微笑みながら優刃の耳元で吐息混じりに呟いた。
「は、あっ♡あぁ……!!すご、ぃ……♡レンのおち〇ちん、すごく、どくどくしてる……いつもより、すごく、あついよ……!!」
「あぁ……ゴムが無いだけで、こんなに感覚が変わるんだな。俺のものに、お前の腟が、強く吸い付いてる……歌、動くぞ。」
優刃が短く宣言すると共に、彼の腰が前後にゆっくりと動き始める。神奈木は優刃のために必死に足を開きながら、優刃の顔を引き寄せて彼の唇を塞いだ。優刃も神奈木とのキスに応えながら、次第に腰の動きを加速させていった。生々しくて凄まじい熱量が、少しずつ愛液と絡んでぐちゅぐちゅと卑猥な水音を奏でるようになる。
「ん、あぁっ!ひゃ、んっ♡れ、ん……!は、う♡あ、ああぁあっ!!」
「歌……歌……!!」
徐々に会話をする余裕すら無くなった神奈木と優刃は、お互いの熱に浮かされた目を見つめながら何度も熱い口付けを交わした。神奈木の体は倒れないように壁にぐっと押し付けられ、優刃の右手は彼女の柔らかな胸を堪能するように激しく愛撫していた。お互いに必死過ぎて、アパートで行為をする時のように声を押さえる暇もない。いや、その必要も今は無いだろう。ここは普段ならば誰も来ない路地裏の、行き止まりでもある一番奥にあたる場所なのだから。
「れ、レン、レン……!ぃ、イッちゃう♡もぉ、イッちゃう、よぉお……!!」
「っ……俺もだ……一緒に、イこうな、歌……!!」
激しく乱れ合ううちに、神奈木の腰と太ももが無意識のうちにガクガクと震え始める。激しく収縮する内壁に擦られた優刃の昂りも、熱を外に放ちたい一心でドクドクと脈打っていた。両者共に限界が近いのだ。人が誰も来ないのをいいことに、お互いの体を強く抱きしめて口付けも挟みながら、優刃が腰の動きをさらに加速させる。途端にバチュンバチュンという淫らな水音が響き渡り、腰が甘く砕けかけた神奈木は必死に優刃の首にしがみついた。
「ん、んっんぅうっ♡レン、れっ、ぇ……あ、あっ!ぁ……っ~~~~~~!!!!」
「…………っは…………!!!!ぐ、あぁっあっ……!!」
神奈木が絶頂を迎える寸前、優刃がすかさず身を離して昂りを腟内から引き抜いた。その抜かれた衝撃が逆に決定打となり、神奈木は無色透明の体液を吹き出しながら背筋を反らして盛大に達した。優刃の方も、抜いた直後に昂りから大量の熱がドクンと吐き出された。白濁の大部分がアスファルト舗装の地面にボトボトと落下したが、それ以外はパタパタと飛散して神奈木の腹周りに付着した。一度達したにしては明らかに量が多い。
これだけの量の熱を、もし子宮の中に注がれていたら。
そう考えるだけでも、神奈木の背筋はこの上ない背徳感と期待感とでゾクゾクと震え上がったのだった。
「ふ、う、うっ……♡レン、好き……好きだよ、レン……♡」
「……俺もだ、歌。愛してる。」
絶頂の波が少し静まったタイミングで、ありふれた愛の言葉を囁き合いながら、両者の顔を見つめた神奈木と優刃は共に優しく微笑んだ。流れるように熱い口付けを交わし合い、多くの者には語れない二人だけの愛を深めていく。
一方その頃。
優刃の圧によって現場から逃走した男子高校生たちは、近くにいた黒ずくめの服を着た謎の男たちにすぐさま捕まり、とある場所へと連れて行かれた。
それから数時間後、彼らは顔などをボコボコに殴られた状態で、警察署の近くで倒れていたところを保護された。全員が意識不明の重体ではあるが、命に別状は無いらしい。
のちにこの話が広まった町では、どこかのヤクザの一味が彼らを捕まえて、手痛い仕打ちを施したなどと噂されるようになった。だが、それはあくまで噂であり、諸々の事件の真相を知る者はほとんどいない。
唯一、極道一家の生まれである一人の青年を除いて。
***
神奈木が強姦魔に襲われてから、早くも数日が経過した頃―――
真っ黒なコートを着た背の高い一人の男が、鼻歌混じりに平凡なアパートの階段をいそいそとのぼる。そして、目的地である部屋の前にたどり着くと、男は躊躇いなくインターホンを押して背後の柵にもたれかかった。その瞬間、扉の向こうが微かにドタバタと慌ただしくなり、誰かが慌てふためくような声も聞こえてきた。
そして、数分ほどで扉がガチャリと開かれた瞬間―――優刃葉太は、パンツ一丁で飛び出てきた弟の蓮治相手に、小さく苦笑いを浮かべてポツリと呟いた。
「あーそっかー……今日は学校、休みか。悪ぃな。彼女ちゃんとのお楽しみ中に。」
「……いや、別に……何の用だ、兄貴?」
優刃はいつも通り冷静にそう答えつつも、真っ赤な顔や今の格好などを誤魔化すように、わざとらしくゴホゴホと咳払いをした。それによって、左手にぐるぐると巻かれた包帯が垣間見えるようになる。
優刃と“彼女”の関係性を知っていた葉太は、すでに大体のことを何となく察したので、特に追及することもなくズイッと一つのビニール袋を差し出した。真っ白な表面に円形の模様が散らばっており、真ん中には英語の筆記体で“ドーナツ”などと文字が記されている。
「ほいこれ、母ちゃんからの差し入れ。つまらない物だけどどうぞ、だとよ。あとで彼女ちゃんと仲良く食べな。」
「……ありがとう、兄貴。」
「あ、あと現状報告。うちの組員総出でボコした強姦魔たち、あのあとで警察に対して素直に自白ったんだとよ。あとは警察の仕事になると思うけど……彼女ちゃんの方は大丈夫そ?」
「兄貴たちのお陰で、なんとかな……あの時は、急に電話かけたりして、本当にごめん。迷惑だっただろ?」
葉太からビニール袋を受け取りつつ、申し訳無さそうに眉をひそめながら優刃がそう尋ねる。数日前の“彼女”、神奈木が強姦魔に襲われかけた時のことを思い出していたからだ。
―――当時の優刃は藁にもすがる思いで、犯人を見つけて捕まえるための“切り札”を使っていた。それが、自身の兄でもあり極道一家の組長として活動している葉太だった。
葉太は多数の組員を利用した情報収集が得意だったので、彼に頼れば仮に遠くに逃げられても、確実に犯人を捕まえられると考えたのだ。実際に彼に電話をしたのは神奈木の親友である織橋だったが、彼女曰く葉太は二つ返事で支援を了承したらしい。ちなみに、優刃が神奈木のいる場所を鋭く特定したのも、葉太が従えている組員の集めた情報を参考にしていたからだった。
とはいえ優刃の中では、毎日多忙な兄にあんなに気軽に頼って良かったのかという、多少の罪悪感が心の中で燻っていた。それを完全に払拭したい思いで謝罪の言葉を述べたのだが、葉太は一瞬だけキョトンとしたのちに、陽気にヘラヘラと笑いながら優刃に言った。
「いんやぁ?むしろ久々に仕事した感があって楽しかったぜ。組員の奴らもわりと満足してたし……それに、弟の彼女ちゃんが襲われてるってなったら、俺も組員の奴らもそう簡単には黙ってられねぇっての。頭でっかちで頑固な親父はもう居ねぇんだ。現組長のこの兄貴に、遠慮なんかしないでいつでも頼れっての。」
「……本当にありがとう、兄貴……ごめん、そろそろ戻らないと。」
不意に、部屋の奥から神奈木の視線を感じたのか、優刃が少しだけ己の背後を一瞥してそう呟く。葉太もこれ以上長居するつもりは無かったようで、「分かった。んじゃ、またな」とだけ返して部屋の前からそそくさと立ち去った。自分よりも大きい兄の背中をしばらく見届けたのちに、安堵の表情を浮かべた優刃が扉を閉めてリビングに引き返す。
早く彼女の、神奈木の元に戻らなければならない。今は昼とはいえ、神奈木との愛の時間はまだ始まったばかりなのだから。
優刃の暮らすアパートから離れて、付近に止めていた黒塗りの高級車の中に葉太がいそいそと入り込む。
真っ黒なスーツを着た数人の男たちが、出発のためにキビキビと準備を進める中―――普通の高校生のような青春を送れなかった哀れな男は、車内で盛大に煙草をふかしながら独り言を呟いたのだった。
「っはぁ~!やっぱいいなぁ~青春ってのは~!正直ちょいと羨ましいけど……お前はお前で、自由に、かつ幸せに暮らしてくれよ。兄貴との約束だぞ?」
―――終幕―――
「優刃ぁあああっ!!!居んのは分かってんだぞ、出て来いやぁぁああっ!!!」
とある町のとある男子校、正門前にて。
腰まで伸びた金色の長髪をなびかせながら、一人の女子高生がガンガンと正門を蹴り飛ばした。何気なく歩いていた周りの男子高校生たちが、途端にビクッと体を震わせて彼女の方に目を向ける。彼女の凄まじい怒声は校舎のグラウンド内にも響いていたようで、活動中だった陸上部の面子が数人ほど驚いたように目を丸くしていた。
そんな周囲の視線を気にすることなく、執拗にガンガンと正門を蹴りあげる謎の女子高生。すると、ものの数分ほどで校舎の奥から誰かが走り出してきた。大きめのショルダーバッグを肩にかけたその男子高校生は、周りがザワザワとどよめく中で躊躇うことなく女子高生の元に駆け寄った。そして、分かりやすく不快感を露わにした表情を見せながら、こちらを睨む女子高生相手に声をかけた。
「神奈木……また性懲りも無く来やがって。んな猿みたいに叫ぶなっつってんだろ。」
「だぁれが猿だごらぁっ!!良いからツラ貸せよ、クソが!!今日こそ“決着”をつけてやるからよぉ!!」
女子高生―――神奈木歌は苛立たしげにそう言葉を返すと、間髪入れずに男子高校生―――優刃蓮治の足をゲシッと蹴り上げた。正門を蹴っていた時より力は軽いものの、弁慶の泣き所近くを蹴られたことで優刃が途端に眉をひそめる。
しかし、神奈木はすぐにクルッと体の向きを変えると、優刃に『来い』と手招きしながらスタスタと歩き始めた。そのまま優刃を置いていくかと思えば、数歩進む度に後ろを振り返って優刃が着いてきているかどうかを確認している。優刃と“決着”をつけたいという意思に変わりはないらしい。優刃は小さく息を吐くと、鞄を持ち直しながら大人しく神奈木の後を追いかけた。とはいえ、お互いの隣に並び合った瞬間から、二人の間で怒涛の如く口喧嘩が繰り広げられる。
「おいてめぇ、飼い犬みてぇに、普通に隣歩いてんじゃねぇよ!!てめぇの体、無駄にでけぇから邪魔なんだよ、退け!!」
「お前こそ声のボリュームを抑えろ。猿みたいにキーキー喚くな、周りに迷惑だ。」
「てめぇがあたしの隣を歩かなきゃ良いだけの話だろーが!!つーか、てめぇマジで汗くせぇんだよ!!においが移るだーが、気安く近づくんじゃねぇ!!」
「俺にとっては、お前の付けてる香水のにおいの方がずっときつい。」
「て、てめぇえ……!!!」
まさに売り言葉に買い言葉。両者の怒りと冷静さを孕んだ口喧嘩は、正門前からの距離がどれだけあいても全く終わる気配が無かった。流石に遠く離れたことで声量自体は収まったものの、たまたま両者を目撃していた男子高校生たちの多くは、何が起きたのか分からないまま呆然と立ち尽くしていたのだった。
そんな彼らの姿を遠目に見つめながら、のそのそと校舎の外に出た三人の男子高校生たちがヒソヒソと囁き合う。
「優刃の奴、まーた正門前であの人に待ち伏せされたんだな。声が聞こえた瞬間に、犬みたいに猛ダッシュで走り出してたぜ。」
「あの女、三丁目にある女子校に通ってる奴だろ?その女子校の中じゃ、一番有名な不良だって聞いたことがあるぜ。」
「あーなるほど。不良だからあんなに血気盛んなのか。優刃も、あんな荒々しい奴相手によく付き合えるよな。」
「だよなー……でも、あの二人いっつもどこに向かってるんだ?女の方から“決着つけようぜ”っていつも言われてるけど、それ言った瞬間にどっちもすぐ正門前から居なくなるんだよなぁ。」
「あれじゃね?不良漫画とかでよくある、人気のない路地裏とか。そこでぼっこぼこに殴り合って、誰にも止められない大喧嘩でも繰り広げてんだろ。」
「……その割には、二人ともそんなに怪我とかしてなくねぇか?」
当初は神奈木たちの口喧嘩により騒がしかった正門前も、しばらくすれば落ち着きを取り戻して、いつも通りの景色が広がるようになった。件の男子高校生たちの会話も次第に神奈木たちのことから外れて、いつしか記憶の中からも丸々すっぽ抜けてしまった。自分たちには無関係な、どうでもいい話題だと判断したからだろう。仮に肉体での喧嘩が本当だとしたら、無闇矢鱈に深入りしない方がずっとマシだった。
しかし、暗黙の了解でそういった判断をしてしまったからこそ、彼らはもちろん他の者たちも気づいていなかった。
まさに『犬猿の仲』と称されるほど仲が悪い優刃と神奈木。その二人がひそかに行っている“決着”とやらの真相を。
***
とある町のどこかにある、小さなアパート内一室―――
「……いつも、正門前であんまり大声を出すなって言ってるだろ。俺たちの関係がバレたら、どうするんだ?」
「やっ♡んっ♡だ、だって……だってぇ……あ、あぁあっ……!!」
六畳ほどの広さに棚やローテーブルなどが置かれた、ごく普通のアパートの部屋の中。
優刃と神奈木は、お互いに全裸になりながら、壁際にあるシングルベッドの上で激しく乱れていた。すでに両者共に何度か達しているらしく、ベッド近くの床の上には白濁で満たされたコンドームが何個か捨てられていた。ベッドのシーツも、体液や汗などですっかりぐちゃぐちゃになっていた。
優刃の極太な肉棒が、コンドーム越しに神奈木の蜜壷にねっとりと絡みつく。それを子宮の奥に勢いよく叩き込めば、それだけで神奈木の体はビクンッと跳ね上がり、蜜壷の隙間から無色透明の体液がプシュッと吹き出た。それでも優刃は腰の動きを止めず、本能のままに神奈木の腟内でゴム越しに熱を放つ。
「だって……何だって?ちゃんと口に出して言わないと、ここでおしまいにするぞ。」
「あ、うっ……!れ、レンに、あいたかったの……!レンに、はやく、おかされたくて……!!」
一度昂りを抜いてコンドームを外しながら、優刃が意地悪そうに微笑んで神奈木に尋ねる。途端に神奈木はモノ欲しげに目を潤ませながら、立ち上がりかけた優刃の手を引いて必死に言葉を返した。その口から紡がれた優刃の名も、今は下の『蓮治』が由来の愛称になっている。繰り返された絶頂のせいでかなりたどたどしかったものの、神奈木の素直な声を聞いた優刃はすかさず満足気にニヤリと微笑んだ。
「そうか。なら……お前の望み通りに、たくさん犯してやるよ。覚悟しとけよ、歌?」
「ぁ、あ……♡れ、ん……あっ!?あ、ん、ぁああっ!!」
神奈木の下の名を呟きながら、新しくコンドームをつけた優刃はすぐに神奈木の腟内へ肉棒を挿入した。愛液などで解されたそこは、未だに硬度を保っていた優刃のそれをスムーズに飲み込んだ。そのまま優刃が神奈木の手を掴み、彼女の逃げ場を封じながら激しく腰を揺する。神奈木の悲鳴とぐちゅぐちゅという卑猥な水音が、ある程度の家具で満たされた部屋の中で延々と響き渡っていたのだった。
***
男子校に通う優刃と、女子校に通う神奈木。
表では『犬猿の仲』として有名な二人だが、その実は―――若い頃より両想いだった、立派な恋人同士である。
二人が最初に出会ったのは小学生の頃だった。当時転校生だった神奈木が、優刃の所属する教室に配属されたのがきっかけだった。
幼かった上に転校生ということもあって、右も左も分からなかった神奈木を優刃が積極的に支えたのである。クラス委員だったからというのもあったが、これを機に二人は次第に交流を深めるようになった。そして、中学生になって間もないタイミングで、二人はついに立派な恋仲となったのだ。
神奈木は元々、こことは別の町で産まれて育った。だが、両親が共働きで毎日多忙だったがゆえに、若くして祖父母の元に引越しをしたのである。ちなみに現時点で祖父母はどちらも他界済みらしく、今は実質一人暮らしに近い生活を送っている。親からの仕送りはちゃんとあるので、あまり寂しい思いなどはしていないようだ。
対して優刃は、幼い頃からこの町で暮らしている、極道一家の息子だった。とはいえ今は長男が家を継いでおり、優刃自身は実家近くにあるアパートの一室で一人暮らしをしている。極道一家の息子ゆえか、特に小学生時代には周りの教師などからそこそこ優遇されていた。神奈木との出会いのきっかけになったクラス委員にも、教師たちからの熱烈な推薦で流れるように選ばれたのだ。しかし、逆にそれが原因で同級生たちからはしばしば距離を置かれていた。だからこそ、優刃は唯一の友となった神奈木に対して、歳を重ねる度に異性として意識しそして惚れていったのである。それは転校生ゆえに若干孤立していた神奈木の方でも同じだった。
だが、そんな彼らにも“思春期”というものはすべからく訪れる。
中学生になってお互いに告白して、ようやくちゃんとした恋仲にはなれた。だが、神奈木はそれが周りにバレてしまうことを恐れていた。バレるのが嫌だった、と言う方が正しいかもしれない。小学生からの付き合いとはいえ、周りの者に自分たちが恋仲だと知られたら、必ずからかわれたりすると神奈木は考えたのだ。その一方で優刃はあまり気にしていなかったものの、愛おしい恋人である神奈木の意思を蔑ろにする訳にはいかなかった。彼女がどうしても嫌だと言うならば、無理に周囲に『自分たちは恋仲だ』と主張する必要は無いと考え直したのだ。
恋人同士であると周りに知られるのは嫌。でも、これからもお互いに恋人としてもっと仲良くなりたい。周りの人にバレることなく二人の愛を深めるためには、一体どうしたらいいのだろう。
中学生ゆえの未熟な頭をフル回転させつつ、優刃と神奈木は毎日お互いに悶々と考え続けた。そしてある時―――ついに神奈木は思いついたのだ。
周りに向けて"わざと"仲の悪いアピールをすることで、自分たちが恋仲だと気づかれないようにすればいい、と。
元より血気盛んな性格の神奈木が思いついた、なんとも破天荒で、それでいてわりと合理的な提案だった。とはいえ、最初は流石の優刃も驚いて動揺した。お互いにこんなに愛し合っているのに、それを隠すためにわざわざ対立しなければならないのか、と考えたのである。
優刃は寡黙ながらも、根はとても優しい男だった。そのため、関係性を隠すための演技とはいえ、自分から神奈木相手にわざと喧嘩を売るような真似はしたくなかったのだ。もはや“出来なかった”という方が正しい気もした。極道一家の息子なので、優刃自身は喧嘩に慣れているし、実際に殴り合いの喧嘩をして負けたこともほとんどない。だが、神奈木が相手である限り、上辺だけであっても自分から喧嘩を売ることは出来なかった。神奈木を傷つけたくないという切実な思いが、優刃の心をひそかに苦しめていたのだった。
すると、神奈木は続けざまにこう提案した。
なら、あたしから喧嘩を売る、と。
自分から優刃相手に喧嘩を売って、優刃はそれを買うフリをすればいいだけだ、と。
要は、傍から見れば『寡黙な青年が一方的に短気な不良少女に絡まれる』としか思えない、そんな構図を神奈木自身が作ろうとしたのだ。たしかにそれならば優刃から嘘の喧嘩をふっかける必要は無いし、優刃側も神奈木の放つ言葉に淡々と応答するだけで済む。だが、神奈木はたしかに口こそ荒いものの、実際に喧嘩をした経験は皆無だ。元は普通の女の子なのだから、男相手に上手く喧嘩を売れるのかという不安が優刃の中で新たに過ぎったのだった。
しかし―――結論から言えば、優刃の心配は杞憂に終わった。
神奈木の圧に負けて、渋々件の提案を受け入れた、その日の翌日。
神奈木は宣言通り、学校で優刃と会うや否や、不良も顔負けの罵詈雑言を優刃に浴びせてきたのだ。
当時周りにいた生徒たちは、もちろんだが何事だと言わんばかりに驚いていた。ほんの少し前まで優刃と仲が良さそうだった神奈木が、彼に出会った瞬間いきなり暴言を吐いたのだから。
しかし、ちゃんと事情を知っていた優刃は動じることなく、神奈木が受け答えに困らぬよう言葉を選びながら上辺だけの口喧嘩を繰り広げた。神奈木は優刃と比べると頭があまり良くなく、こちらから下手に小難しい会話をすると、すぐに語彙力が不足して黙り込んでしまうのだ。そのため、優刃にとってある意味、神奈木との口喧嘩は高度な心理戦の一つでもあった。神奈木自身にそのつもりはもちろんなかったのだが。
そんなこんなで、表で会う度に大声で怒鳴るようになった神奈木と、冷静ながらも素早くそれに応答するようになった優刃。
二人の努力(?)もあってか、次第に周りの者は両者の関係性を『犬猿の仲』だと信じるようになった。神奈木の想定通り、優刃と恋仲であることを周りに勘づかれずに済んだのだ。
それから月日が経って高校生となった二人は、さらに仲が悪いことを示すために、わざと別々の高校に通うこととなった。優刃は男子校で神奈木は女子校と、ご丁寧にも絶対に同じ場所にならないようにしたのだ。
とはいえ、わざわざこうしたのにもちゃんと理由があった。
普通の男女共学の高校だと、神奈木も優刃もお互いに同じクラスになる可能性があった。同じクラスということは、それすなわち、同じ教室の中で毎日顔を合わせるということでもある。その度に喧嘩となれば二人の体力と気力がとことん枯れてしまうし、周りの者も流石に不快感を覚えてしまうと考えたのだ。ちなみにこれは優刃による提案で、通っていた場所が男女共学だった中学生時代、その時に感じた苦労を基に考えられたものだった。神奈木も優刃と同じく疲労感を覚えていたようで、彼の提案を二つ返事ですぐに了承したのだった。
こうして神奈木と優刃は、ちゃんとした恋人でありながら仲が極めて悪いという、矛盾に満ちたなんとも不思議な関係性を築き上げることとなった。
両者が隠している、本当の真実に気づいている者は、優刃の親族などを除けばほとんどいない。
多くの周りの者にとって二人の関係性は、どう足掻いても喧嘩の絶えない不仲でしかなかったのだから。
***
お互いに満足するまで行為をし続けた結果、すっかり夜も更けてしまったころ―――
「……じゃあ、そろそろ……また明日、放課後に。」
それまでとぼとぼと道を歩いていた神奈木が、道の途中で不意にそう呟きながらピタッと立ち止まる。すぐ隣を歩いていた優刃も足を止めて、神奈木の方をチラッと一瞥した。自身よりもずっと背が低い神奈木の金髪が、背後から来た風に乗ってふわっと舞い踊る。だが、煌々と照らされた街灯の下に見える彼女の顔は、どこか寂しそうに目を伏せて項垂れていたのだった。
ここは、ごく平凡な家々が建ち並ぶ住宅街の一角。今二人が立っているこの近くに、神奈木が住んでいる家があるのだ。二人による性行為自体は、ほぼ毎日夜まで絶え間なく続く。そのため一人で夜道は危険だと考えている優刃は、常に神奈木を家の近くまで送り届けているのである。
ただし、優刃が実際に神奈木の家の手前まで向かうことは決してない。そんなところを周りの人に見られてしまえば、優刃たちが本当は付き合っているのではないかと思われてしまうからだ。恋仲であることがバレるのを防ぐために、優刃はいつも神奈木の家から少し離れた場所で彼女と別れていたのだった。
とはいえ、神奈木も前述の危険性はちゃんと熟知していたものの、愛おしい優刃と離れ離れになるのはいつだって嫌だった。今この場でひどく寂しそうな表情を浮かべているのも、優刃と別れて行動することに深い悲しみを覚えていたからだった。
本当は昔のように、二人で一緒に仲良く過ごしたかった。でも、下手に二人で行動してしまえば、いつかは周りに恋人同士だということがバレてしまう。休日ならば優刃の暮らす部屋に一日だけ泊まれるのだが、あいにく明日は平日で学校も普通にある日だ。仮に泊まれたとしても、途中まで共に登下校をしている姿を見られる訳にはいかなかった。
自分たちで決めた掟とはいえ、ここに来てそれにこんなに苦しめられてしまうとは。
中学生の時は男女共学なのもあって、表でも裏でもわりと長い間お互いに二人で過ごすことが出来た。でも、今は別々の高校なので会える時間にも限界がある。それがかえって、神奈木の心にいつも一定の寂しさを孕ませていた。本音を言えば優刃の方もそうだったのだが、神奈木を困らせたくない一心で顔には決して出さなかった。
ただその代わりに、優刃は足を止めていた神奈木の頬を掴み、彼女の唇を優しく塞いだ。いつも別れ際に行う、触れ合うだけの軽いキスだ。しかし、夜の住宅街とはいえ場所はそこそこ開けた道の途中である。場合によっては、どこかの家の窓からキスをしている姿を見られてしまう。
そのため、神奈木は途端に顔を赤く染めながら、慌てて優刃の胸元を叩いた。いつもならこうするだけですぐに離れてくれるのだが、今日はいつもより少しだけ強い寂しさを感じていたらしい。神奈木がどれだけ強く胸元を叩いても、優刃は彼女の頬を掴んだままなかなか離れようとしなかった。むしろ、半開きになった神奈木の口腔に舌を滑らせようとした。さすがにこのまま流されるのはまずいと、神奈木は強引に優刃の足を蹴って彼の体を軽く突き飛ばした。
「ん、んっ!?ふ……ちょ、ばか!誰かに、見らたら、どうすんのよ……!」
「……悪い。でも、先に誘ってきたのはお前の方だろ?周りが男だらけなのに、正門前であんなに存在をアピールして……」
「ち、ちが……!あの時はただ、レンに会いたく……あ、あんたを呼ぼうとしただけよ!いつもみたいに“決着”をつけるために!」
若干よろけつつもすぐに体勢を立て直した優刃は、今日の放課後の時のことを思い出しながら苦笑混じりに眉をひそめた。危うく外でも下の名前で呼びかけた神奈木が、口元を拭いつつわざと咳払いをして必死に誤魔化す。
たしかにあの時は大声で優刃の名を呼んだが、神奈木としてはいつも通りのことをしただけだ。“決着”と言う合言葉を使った、行為へのお誘いをするために。
優刃もそのことはちゃんと分かっているはずだが、今日はなんだか様子がおかしい。いつもならこの時点でお互いにさよならを告げているのだが、優刃が神奈木の傍を離れる気配はあまりなかった。一転して怪訝そうな表情を浮かべる神奈木に対して、優刃は警戒気味に周りを見渡しながら小声でこう呟いた。
「少し前に、他校の女子高生が強姦されかけたってニュースがあっただろ?どうやらその犯人が、俺の学校に所属している生徒だって噂されてるみたいでな。」
「は……はぁ!?なによそれ、初耳なんだけど!?」
優刃から唐突に告げられた衝撃的な発言を前に、流石の神奈木もひどく驚いた様子でギョッと目を丸くした。優刃が小さく息を吐きながら、戸惑い続ける神奈木のためにより詳しい情報を続けて明かした。
―――女子高生の強姦未遂事件。
それは、今からほんの数日ほど前に起きた、あわや悲惨な事態にもなりかねなかった事件だった。
狙われた女子高生は、神奈木の通う女子校とはまた別の高校に通っていた子らしい。彼女は塾に通っていて、その日は塾での授業を終えて徒歩で帰宅している最中だった。しかし、その時に突然三人ほどの男子高校生たちに絡まれて、誰もいない路地裏に連れ去られそうになったのだ。女子高生側は胸や尻などを無造作に触られたせいで、ほとんど抵抗出来なかったとのことだった。とはいえ、偶然近くを歩いていた別の男子高校生が大声を上げたことで、犯人たちはすぐに女子高生を置いてその場から退散したらしい。彼がいなければ彼女は路地裏へ連れ込まれていたし、強姦自体も未遂で終わらなかったことだろう。
しかし、当時は夜でなおかつ現場周辺が薄暗かったために、犯人たちの顔などについてはまだよく判明していなかった。男子高校生側の視点ではフードを被っていたうえに、女子高生側も混乱していたので顔までは覚えていなかったのだ。唯一の手がかりは、背丈的に全員が男子高校生であることと、顔がほぼ見えないぐらいにパーカーを深く被っていたことぐらいだった。
そんな状況下で、優刃の通う男子校の生徒の中に犯人がいると言われているのだ。学校の方でも、生徒たち一人一人に事情聴取が行われているらしい。とはいえ優刃自身は、目撃証言にある犯人たちよりもずっと背が高いという理由で、事情聴取のリストからも勝手に除外されたとのことだった。
たしかに優刃は、他の同年代と比べても背が異様に高い。それに、彼自身は恋人の神奈木にゾッコンなので、強姦とかいう卑劣な犯行に手を染めるはずもなかった。優刃の話に最初こそ不安を覚えていた神奈木が、途中で安心したようにホッと安堵の息を吐く。
しかし、優刃が明らかに犯人じゃないからと言って、諸々の問題が解決した訳では無い。むしろまだ続いているのだ。肝心の犯人はまだ捕まっていないし、元の犯人像すら明らかになっていないのだから。
「いつもならここで解散するべきなのは分かってる。でも、例の犯人がまだ捕まってない限り、お前をここで一人にするのが怖いんだ。家までの距離はここからわりと近いけど、もしそのあいだに、どこかに隠れていた犯人たちに襲われたりしたら……」
「だ、大丈夫よレ……優刃!そう簡単に男に襲われるほど、あたしは馬鹿じゃないわ。仮にあんたの言う通りに狙われたとしても、すぐに走って遠くに逃げれば良いだけじゃない。心配し過ぎよ、全く。」
相も変わらず不安そうに眉をしかめる優刃の前で、神奈木は困ったように肩を竦めながら優刃の胸元を手でポンッと軽く叩いた。すかさずハッと目を見開く優刃の前で、鞄を持ち直しながら神奈木が朗らかにニコッと微笑む。優刃の好きな、二人きりの時にしか見せない綺麗な笑顔だ。危うくそれに見蕩れかけた優刃が、慌てて頭を振って神奈木の手を引こうとする。
どれだけ神奈木自身が大丈夫だと言っても、やはりこの強い不安を拭うことは出来ない。今は大丈夫だとしても、もし今後例の事件と似たような事態に、愛おしい神奈木が巻き込まれてしまったら。そんなことを想像するだけで、優刃の背筋は恐怖でゾッと震え上がり、無意識のうちに神奈木の方へ手を伸ばしていたのだった。
しかし、神奈木は優刃の伸ばした手こそ掴んだものの、首を小さく振って彼の手を優しく押し返した。そして、すぐに優刃の手を振りほどくと、彼が神奈木を呼び止めてもなお振り返ることなく走り出した。周りの者に、これ以上この場で二人きりになっている姿を見られたくなかったのだ。神奈木にとっては強姦未遂関連の話よりも、今の二人の関係性がバレてしまう方がずっと嫌だったのである。
結局その場で一人残された優刃は、拒絶された手をグッと握りしめて深く息を吐いた。神奈木の姿は数秒も経たないうちに、街灯の元を離れて薄暗い夜の道へと消えていた。優刃は心の奥底で不安感を燻らせていたが、このまま残っていても仕方が無いので、大人しく踵を返して帰路に着いた。神奈木が無事に家まで帰れていることを願いながら、優刃の足が夜の色に染まった住宅街の中をとぼとぼと進んでいく。
そんな彼の姿を、少し離れた電柱の隙間から覗き込んでいた、三人分の人影。全員がパーカーのフードを深く被っており、街灯などの明かりもないので顔の判別をつけることは出来ない。スマートフォンで何かを撮影していたらしい彼らは、とある画像が映し出された液晶画面を見つめながらニヤニヤと怪しげな笑みを浮かべた。
そこには―――街灯の下でキスをしている優刃と神奈木の姿が、とてもはっきりと撮影されていたのだった。
***
翌日―――
「神奈木さん……神奈木さーん?起きてますかー?お待ちかねの放課後ですよー」
「……あー、織橋ぃ……うん、起きてるよー……」
とある町にあるとある女子校校舎内。
一日の授業が終わり、教室の中が放課後の空気に飲まれて騒がしくなり始めた頃のこと。
机の上に顔を突っ伏していた神奈木の目の前で、荷物を整えていた織橋結衣が声をかけてきた。彼女は神奈木と同じクラスに所属しており、黒髪に丸眼鏡と見るからに地味な格好をしている。性格も真面目で勉強熱心と、神奈木とはもはや見た目も性格も正反対だ。
しかし、実を言うと織橋は神奈木とは幼稚園時代からの仲で、優刃よりもずっと長い付き合いにある。先に神奈木がこの町に引っ越して、それからしばらく経った後に織橋の家族もこちらに引っ越してきたのだ。お互いの縁の強さがもたらした奇跡なのか、ただの偶然なのかはよく分からない。だが、旧友と思わぬ再会を果たした神奈木は、優刃に会えない寂しさを埋めるためにも、女子校にいる最中は織橋とばかり交流を深めていたのだった。
ちなみに、織橋は神奈木と優刃の関係性をちゃんと知っている、数少ない人間の一人でもある。
「今日はいつも以上に元気が無いですね……放課後だって言ってるのに、全然飛び起きないじゃないですか。いつもなら私そっちのけで教室から駆け出すのに。」
「いや、ごめん。ちょっと寝てただけよ……あーだめだめ。こんな体たらくじゃだめだわ、もっとしっかりしないと。」
神奈木はそう言って頭を机から起こすと、ブンブンと首を振りながら己の頬をパンパンと叩いた。実は神奈木は優刃が近くにいないと、先ほどまでのようにすっかり意気消沈して、すぐに活力を失ってしまうのだ。女子校にいる間だけは、ほぼずっとその状態を維持していた。織橋が放課後のタイミングで神奈木を起こしているのは、すっかりくたびれている彼女に、優刃に会うための時間を教えるためでもあった。平日だと優刃に会えるのがどうしても放課後以降になるので、そのタイミングを教えてくれる織橋の存在は意外と貴重かつ重要だった。
しかし、いつもの神奈木ならば織橋が放課後を告げた途端に跳ね起きて、別れの挨拶もそこそこに素早く移動しているはずである。引越しで離れていた期間中も電話などで交流していたので、織橋はすぐに神奈木に対して小さな違和感を抱いた。そして、未だにノロノロと動いている神奈木に向けておもむろにこう尋ねた。
「昨日、あの人となにかあったんですか?お楽しみ中に本気で喧嘩したとか?」
「……相変わらず、あんたは勘が鋭いわね。まぁ、お楽しみとかは特に関係無いんだけど……」
神奈木が途端にピタッと動きを止めて、鞄の手持ち部分を握りしめながら短く息を吐く。織橋はそんな彼女の前でいそいそと立ち上がりながら、淡々と「そうですか」とだけ答えた。聞くだけ聞いておきながら、自分はすぐに帰るつもりらしい。普段の織橋らしい対応だなと、神奈木がもう一度ため息を吐いて彼女に釣られるように立ち上がる。
真面目な性格の織橋の言葉遣いは、時々冷淡すぎて少しぶっきらぼうにすらなる。だが、そういう時は必ず、こちらの隠していることを見抜くかのような発言をしてくるのだ。加えて、何があったんだとか詳しく聞かせろとか、無闇矢鱈に深く追及してくることもない。本人曰く、他人のプライベートに首を突っ込むほど馬鹿ではないとのことだった。なんにせよ、神奈木にとっては下手に掘り返されてからかわれる方が嫌なので、織橋の判断もあながち間違いではなかった。
しかし、今の神奈木は正直、今回ばかりはあまり見逃して欲しくないと考えていた。昨日の帰り際に優刃が話していた、例の強姦未遂事件のことが頭によぎっていたからだ。
帰宅後に改めて事件のことを調べてみた結果、例の女子高生が予想以上に激しく襲われていたことを神奈木は知った。ニュースによれば、女子高生は男子高校生たちに囲まれた直後に、無理やり服を破かれていたのだ。当時着ていた服装が、ガーディガンにワイシャツ一枚だったのも悪手だったのだろう。危うくスカートも捲られて、パンツも脱がされそうになっていたらしい。偶然とはいえ、ここまで来たらその瞬間を目撃した別の男子高校生が偉大すぎる。
しかし、今回こそ運良く助けが来たものの、毎回都合良く幸運の女神が微笑んでくれるとは限らない。例の事件の犯人はまだ捕まっていないし、昨日の優刃が話していたように、もしかしたら今もどこかに隠れて潜んでいるかもしれないのだ。新たな獲物を見つけて、今度こそ誰にも邪魔されずに相手を襲うために。
何はともあれ、事件のことを知れば知るほど、神奈木は自身の家の中で純粋な恐怖に襲われてしまった。昨日は見栄を張って優刃相手に大丈夫だとか言ったが、残念なことに走って逃げる以外の護身術は一切持ち合わせていない。優刃のように喧嘩に強ければ暴力での抵抗も可能だろう。だが、今の神奈木に出来るのは軽い口喧嘩ぐらいだ。そのため、仮にもし自分が強姦の獲物に狙われても全然抵抗出来ないじゃないか、ということにようやく気づいたのである。放課後なのにいつも以上に元気がなかったのも、無力な自分一人だけで行動するのが怖かったからだった。
そのため、教室をいそいそと立ち去ろうとした織橋の後を追いかけつつ、神奈木はいつも通りな様を装って彼女に声をかけた。
「お、織橋!あの……良かったら、正門前まで一緒に帰らない?正門前まででいいからさ、ね?」
「……えぇ、良いですよ。なんなら今日は塾もおやすみなので、何処まででも同伴できますけど。」
廊下の途中で立ち止まった織橋はそう呟くと、神奈木が隣に来たタイミングで再びスタスタと歩き始めた。そう言えば件の女子高生と同じ塾に通ってたんだっけと、ひそかにホッと安堵しながら神奈木が、頭の片隅でそんなことをふと思い出す。
関連しているのは同じ塾に通ってることぐらいだが、真面目な織橋のことなので例の事件のことはちゃんと知っているのだろう。もしかしたら、こちらが例の事件に怯えて、一人で行動するのを避けたがっていることにも気づいているのかもしれない。そうでなければ、わざわざ“何処までも同伴できる”なんて言わないはずなのだから。
しかし、親友が隣にいるからと言って、こんな人前でいつもの気丈な振る舞いを崩す訳にはいかない。神奈木はブンブンと首を振りながら、必死に明るい笑顔を保ち続けて織橋に言った。
「い、いいのいいの!本当に、正門までで大丈夫だから!そこからは、一人でも帰れるから……」
「遠慮は無用ですよ、神奈木さん。私の塾でも、強姦事件の犯人には気をつけてくださいって、先生たちの方からお知らせされたんですから。」
神奈木と共に階段を降りながら、淡々とそう返した織橋が片手で眼鏡をクイッとかけ直す。だが、己の思考が見透かされてると察した神奈木は、心臓をドキッと高鳴らせながらその場で思わずたじろいだ。
やはり、織橋は気づいていたのだ。神奈木がひそかに、例の事件に対して怯えていることに。
おまけに、被害者である女子高生が通っていた塾でも、例の事件に関する注意喚起がなされていたようだ。今日は塾も休みだと織橋は言っていたが、もしかしたらあの事件が間接的な原因となって、臨時的に休みになったのかもしれない。なんにせよ、織橋は神奈木が相手ならば、他と比べてもやけに真摯に接してくれる優しい子でもある。神奈木がこれから織橋の支援を拒もうとしても、彼女ならばそう簡単には食い下がらないだろう。
でも、このまま素直に織橋に頼って良いのだろうか。あの事件に対して怯えているのは自分だけだし、何より優刃のいる男子校はここからもそんなに遠くない。徒歩数分程度の距離感だ。少し独り善がりになりがちな神奈木としては、わざわざ織橋一人を付き合わせる気にはあまりなれないのだった。
すると、お互いに靴箱に到着したタイミングで、織橋は不意に神奈木の方にくるっと顔を向けた。そして、相変わらず淡々とした声音で、それでいてどこか優しさを孕んだ口調で神奈木にこう言った。
「安心してください、神奈木さん。あなたがいつも通りあの人と会えたタイミングで、私勝手に帰りますから。校舎の方にも近寄りません、しばらく近くで待機しておきます。その方が、あなたにとっても好都合なのでしょ?不良少女であるあなたの傍に私がいても、周りから見れば不自然でしかないんですから。」
「……織橋……」
靴を取り出そうとした手と共に、ハッと目を見開いた神奈木の体の動きが全てピタッと止まる。神奈木の身も心も、織橋による予想以上に手厚い介抱を前に驚いたからだ。当の織橋本人は、何か変なこと言いましたか、といわんばかりにいそいそと靴を取り出している。さっき述べた言葉にも、今まで神奈木に伝えた言葉にも、嘘偽りは全くないようだ。そもそも根が真面目過ぎるので、織橋本人が嘘をつくことなんて全然無いのだが。
神奈木は一転して諦めたようにため息を吐くと、大人しく織橋の与えてくれた好意に甘えることにした。長い付き合いがあったがゆえに、これ以上織橋の提案を拒んでも無駄だと悟ったからだ。織橋の隣に座りながら、彼女と一緒に外靴を履きつつ神奈木は少し安心したように呟いた。
「ごめんね、織橋。でも、ありがとう……一緒に、来てくれる?本当に、途中まででいいから。」
「えぇ、もちろん。」
神奈木に対して短く淡々と答えながら、顔を下げたことで少しズレてしまった眼鏡を織橋がかけ直す。彼女の横顔はいつも通り凛々しかったが、心做しか安堵したように微笑んでいる気もした。
その後、神奈木と織橋は共に女子校の校舎を後にした。他愛もない会話を挟みつつ、正門を抜けてようやく優刃の通う男子校へと向かう。
だが、二人は気づいていなかった。
二人の背後から、神奈木の恐れていた魔の手が静かに忍び寄っていたことに。
***
数分後 とある男子校付近―――
「……では、私はここで。後はお願いします。」
織橋はそう呟いてペコッと頭を下げると、神奈木から距離を開けて近くにある電柱の裏に隠れた。そこからまさに家政婦の如く、あるいはストーカーの如く織橋が外をチラッと覗き込む。傍から見れば少し怪しくすらあったものの、神奈木は特に突っ込むことなく『行ってくる』と伝えるように織橋に会釈をした。織橋がグッと親指を立てて、正門前に向かった神奈木の背中を静かに見送る。
学校を出る時間が少し遅かったからか、今日の正門前における男子生徒たちの行き交いは、いつもよりやや少なめだった。いつもならグラウンドにいる陸上部の面子も見当たらない。とにかく人気が少ないのもあって、正門前に到着した神奈木は途端に緊張して固まってしまった。いつものように大声を張り上げたくても、逆に違和感を覚えて喉が途中でつっかえてしまう。
時間帯が遅いせいで、もしかしたら優刃も先に帰っているかもしれない。恋仲だと周りに悟られたくないために、携帯などによる連絡のやり取りも今は最低限控えている。ゆえに、神奈木視点では優刃がまだ校舎の方に居るかどうかすら分からなかった。
こんなことになるなら、変にうだうだと悩むことなく、いつも通り早く学校を出ていればよかった。
そんな後悔を胸に秘めつつも、ついに覚悟を決めた神奈木は大声をあげるために深呼吸をした。足の震えを誤魔化すために、腰に手を当てて一思いに優刃の名前を叫ぼうと身構える。
だが、優刃の名を叫ぶ神奈木の声が、彼女の口から出ることは無かった。
その瞬間に、どこからともなく現れた謎の男たちが、一斉に神奈木の周りを取り囲んだからだ。
「えっ……ちょ、なに―――ん、う!?んー、んー!!!」
驚いた神奈木が慌てて周りを見渡そうとしたが、男たちの手で自身の口を塞がれる方がずっと早かった。神奈木は必死に抵抗しようともがいたが、男たちは彼女の胸を強引に触るなどして行動を阻害した。そのせいで身動きが取れなくなった神奈木の体が、謎の三人組によってズルズルと引きずられていく。
それは、周りにおける人の通りがちょうどゼロになったタイミングで行われた犯行だった。ゆえに、目ざとくそれに気づく者はほとんどいなかった。
それまで電柱の裏に隠れていた、一人の女子高生を除いて。
「…………!!!神奈木さん!!!」
織橋は咄嗟に電柱から離れると、どこかに運ばれていく神奈木の後を追いかけようと走り出した。すると、男たちはチッと舌打ちをして、全員で神奈木の体を足ごと持ち上げた。そのせいで神奈木はいよいよ逃げ場を失ってしまい、織橋との距離もみるみるうちに離されてしまった。男たちによる予想以上の腕力と、織橋自身の体力の無さが祟って、神奈木たちの姿が徐々に遠くに消えてしまう。
「はぁ、はぁ、はぁ……か、神奈木、さん……!!」
織橋は諦めることなく必死に走り続けたが、目の前で赤に変わった歩行者信号と、素早く前を横切った車たちにことごとく道をさえぎられてしまった。車の行き来が途切れた時点で、神奈木を担いでいた男たちの姿はすっかり消えていた。それまでほぼ無表情だった織橋の顔が、強い不安と恐怖でゾッと青白くなる。
まずい、神奈木さんが連れていかれた。おそらく、あの強姦未遂事件と同じ犯人たちに。あのフードを深く被っていた姿、間違いない。背丈的にも男子高校生の雰囲気があった。このままじゃ神奈木さんが危ない。でも、犯人たちはみんな男だ。同じ女性の私がいっても、きっと返り討ちに遭うだけ―――
織橋はギリッと歯を食いしばると、元来た道を引き返して男子校の校舎側へ駆け足で戻った。悠長に警察に通報している暇はない。確実に神奈木のことを助けられるのは、彼女を愛してやまない“彼”しかいないのだから。
次第に薄暗くなりかけた夕暮れ時の道を、地味な服装の女子高生がひたすら駆け抜ける。
かねてより片想いをしていた、ひそかな憧れでもある彼女を救うために。
***
一方その頃
男子校校舎裏 廃棄物処理場付近―――
「ごめんねぇ、君ねぇ。この老いぼれじゃあ運びきれん量だったから、助かったよぉ。」
「いえ、気にしないでください。たまたま近くを通っただけなんで……」
恐ろしいほどに腰が曲がった用務員の老人と会話を交わしつつ、優刃は大きなゴミ袋を片手にしきりに後ろを振り返っていた。時折腕時計に目を向けて、今が何時なのかを何度も何度も確かめる。
ここはこの男子校に配置された、あらゆるゴミを収集し保存しておくためのスペース。優刃がここに来たのは、老いぼれの用務員が運ぼうとしていたゴミ袋の運搬を手伝うためだった。普段ならばもう一人若い用務員が居るはずなのだが、今日はあいにく休んでいるらしい。そのため、老人の用務員は老体に鞭を打って、一人でこの校舎全体から生まれた全てのゴミを処理しようとしていたのだ。とはいえ流石に単独では無理がある量だったので、彼の近くを偶然通りかかった優刃が手伝うことになったのである。
しかし、そんな優刃はせっせとゴミを仕分けしつつも、さっきからソワソワと落ち着きがなかった。それも無理はない、いつもの時間になっても神奈木の声が聞こえてこなかったからだ。
改めて腕時計に刻まれた時刻を確認する。いつもなら神奈木が来るはずの放課後が始まってから、今の時点でもうだいぶ経っている。それなのに、今日この時ばかりは一度も神奈木の声を聞くことが出来ずにいた。毎日正門から響き渡る神奈木の怒声は、この校舎裏に居ても少しは届くはずなのに。
こちらが気づいていないと考えて、いつの間にか帰ってしまったのだろうか。いや、だとてしても一度も神奈木の怒声が聞こえないのはおかしい。彼女の声は本当に大きいので、校舎の中にいてもある程度聞くことが出来るのだ。ならば、こちらが来るのを今か今かと待っているのだろうか。二人にしか伝わらない合図として、いつものように怒鳴ることも無く。
ひそかに悶々と考えを巡らせながら、途中で不安そうに眉をひそめた優刃がポイッとゴミ袋を遠くに放り投げる。すでに山積みとなっていた場所に投げたので、途端に山が崩れ落ちてガラガラと盛大な音を奏でた。ハッと我に返った優刃が慌てて耳を澄ます。その騒音に紛れて、神奈木の声が聞こえたら聞き逃してしまうと考えたからだ。しかし、当然だがそれは杞憂でしかなかった。相変わらず神奈木の声は聞こえないし、校舎などを通して反響してる気配もない。諦めたようにため息を吐いた優刃は、残りのゴミ袋を片付けるために足を一歩前に踏み出した。
しかし、その時だった。優刃の耳に、ひそかに馴染みのある声が聞こえてきたのは。
「優刃さん!!!」
「……織橋?」
その声の主は、神奈木の友の一人である織橋のものだった。しかも、普段の冷静な彼女にしては珍しく、どこか焦りを抑えきれていない声音でもあった。ハッと目を見開いた優刃が、慌てて顔を上げつつ織橋の方に顔を向ける。
どうしてこんなタイミングで、なおかつこの場に織橋がいるのだろうか。普段の彼女ならば、この男子校なんぞに立ち寄ることなく、真っ直ぐ帰宅しているはずなのに。
何となく嫌な予感を察した優刃は、足を大きくもつれさせながらも、懸命にこちらに駆け寄ってきた織橋の体を受け止めつつ彼女に尋ねた。
「織橋、どうした!?何があった!?何でそんなに慌ててるんだ!?」
「し、仔細は、後で……とにかく、大変なんです!神奈木さんが、あの強姦未遂事件の、犯人たちに……!!」
織橋がゼェゼェと激しく息を切らしながら、額に溜まった汗を拭って優刃相手に必死に伝える。自分の目の前で、神奈木が三人の男子高校生たちに攫われたことを。そして、その外見から察するに、彼らこそが例の事件の真犯人であるということを。
織橋から諸々の話を聞いた途端、優刃はギクリと肩を震わせながら表情を強ばらせた。昨日自身が危惧していたとおりに、神奈木が連れ去られてしまったのだ。同い年近くの女子高生を狙った、若いながらも卑劣極まりない強姦魔たちによって。
「織橋、これを使え。電話帳の中にある、俺と同じ苗字の人に電話をしろ。そして、その人に何が起きたのかを全て話せ。警察には伝えなくていいから……俺は、神奈木のところに行ってくる。」
織橋が知っている情報を一通り聞き終えるや否や、優刃は低く唸るようにそう呟いて彼女に何かを渡した。それは、優刃自身が使っているごく普通のスマートフォンだった。優刃によれば、その中にある前述の連絡先に電話をすればいいらしい。なぜ警察ではないのかはよく分からないが、優刃の表情にもあまり余裕はなかった。今は一刻を争う状態にあるのだ。神奈木を攫ったのが、未遂とはいえ立派な犯罪者である以上、悠長に過ごしている暇はもちろんなかった。
とはいえ、神奈木たちが最終的に何処まで行ったのかは、犯人を追いかけていた織橋でも把握出来ていなかった。諸々の不運が重なった結果、追跡の途中で見失ってしまったからだ。本当は優刃に伝えた後で、警察にも通報しようと織橋は考えていた。しかし、この様子だと優刃は自分たちだけで事を解決しようと考えているらしい。素早くそう察した織橋は、ズカズカと歩き始めた優刃の手を慌てて引っ張りながら必死に彼を呼び止めようとした。
「あの、ちょっと、待ってください!いきなりこれで電話しろとか、そんなことを言われても困ります!私も途中で見失ってしまったから、神奈木さんたちがどこに行ったかまでは、分からないんですよ!?それに、いきなり別の誰かに伝えるよりは、警察に通報した方が―――」
「大丈夫。俺がさっき言った人は普通に信用していい人だ。何が起きたのかちゃんと話せば、その人が必ず助けてくれる……あと、行った方向がある程度分かるのなら、今はそれだけでいい。あとは目星をつけて、余すことなく探し回るだけだ。」
優刃はやけに冷静にそう答えると、織橋の手を振り払って強引に走り出した。織橋はそれでも優刃を止めようとしたが、走ろうとした矢先につまづいてその場で転んでしまう。
それまで別の場所にいた老人の用務員が、ようやく周りの異変に気づいてのそのそと顔を覗かせにに来た。だが、彼が来た時には既に、優刃は正門を抜けて織橋が教えてくれたルートに沿って走っていた。
その心の中で、神奈木が無事であることをひたすら祈りながら。
***
とある町のとある路地裏 行き止まりにて―――
「ん、ん……!!ちょっと、も、離して……きゃ!!」
それまで終始男たちに担がれていた神奈木の体が、不意にアスファルト舗装の地面の上に乱暴に投げ捨てられる。ようやく自由になった神奈木は、男たちが離れた一瞬の隙にその場から逃げ出そうとした。しかし、三人いる男たちのうち一人が、すかさず神奈木の手を掴んで彼女の背後に回り込んだ。そのまま両手が男によって背中の方に固定される。
残りの男たちのうち、一人がおもむろに神奈木の着ていたワイシャツに手をかけた。そしてボタンが四方に飛び散るのも構わず、彼女のワイシャツを強引に左右に引き裂いた。ブチブチッと凄惨な音が響くと共に、白いインナーシャツとその下に隠れたブラジャーとがそれぞれ露わになる。突然の暴挙に驚いた神奈木は、悲鳴をあげながらも男たちから逃れたい一心で必死に身を捩った。
「や、あぁあ!!?や、やめて!離してってば……や、んんっ……!!」
「はは。やっぱ素の声も大きいなぁ、あんた。これならたしかに、優刃の奴も校舎の中からすぐに来れるな。」
先ほどワイシャツを引き裂いた男がそう言いながら、腕の力だけで件のインナーシャツすらも強引にビリビリと引き裂く。それによってついにオシャレな装飾のブラジャーも露わになったが、男は躊躇うことなくブラジャーの前についていたホックをパチッと外した。あっという間に神奈木の豊満な乳房が外気に晒され、神奈木が絶望したように目を見開きながらヒュッと息を飲む。パーカーのフードを深く被っていた男たちは、顔こそあまり見えなかったものの、みながニヤニヤと愉快そうに笑っていた。
顔の見えない、男子高校生たち。強姦未遂事件の、犯人たちと同じような格好。
あぁ、嘘だ。まさか本当に、あたしが、襲われるなんて。だめだ、早く、抵抗しないと。早く、逃げないと。
頭の中では必死に『逃げろ』と命令が出されていたが、恥ずかしいところをさらけ出された体は、純粋な恐怖に打ち負けてほとんど動かなかった。優刃以外に見せたことの無い裸体を、全く見ず知らずの男たちに見られているのだ。今の神奈木には声を上げる勇気すら生まれず、羞恥と恐怖でガタガタと体を震わせることしか出来なかった。
最後に残った男が、スマートフォンのカメラを神奈木の方に向けながら飄々とした口調で呟く。
「おー、意外と胸でかいな。Dぐらいあんじゃねーの、これ?……つーか、俺たちが触ってすらないのに、もう乳首ビンビンに勃ってんじゃん。俺たちに見られただけで興奮したの?やっらしー」
「や、だ……やめて、撮らないで……ぁ、あっ!?あぁあっ!!」
撮影されていると察した神奈木は慌てて首を振ったが、その直後、諸々の服を引き裂きた男が神奈木の乳房を容赦なく掴んだ。そのまま乳首ごとムニムニと揉みしだかれ、ピリピリとした甘い電流に耐えかねた神奈木が妖艶に身をくねらせる。
「は、あっ♡いや、ぁ……!だめ、だめ、おねがっ……もう、離して……!!」
「俺たちがそう簡単に、あんたのことを離すわけがないだろ?イケメンな彼氏持ちのあんたをさぁ。」
「ぁ、う……え……?」
不意に紡がれた『彼氏』という言葉を前に、それまで羞恥で赤く染まっていた神奈木の顔が、絶望したように一気にサァッと青ざめる。自分にとっての彼氏と言われたら、もは優刃しか心当たりがなかったからだ。しかし、優刃との関係性は今の今まで、親友の織橋や優刃の親族の者などしか知らないはずである。そのため、今回が初対面である男子高校生たちが、当然のようにそのことを知っているわけがない。
どこかのタイミングで気づかれてしまったのだろうか。やはり、昨日のあの時だろうか。いつもより少し長く外にいたせいで、気づかないうちに彼らに見られてしまったのだろうか。
一転して顔色を真っ青に染めた神奈木に対して、スマートフォンを構えていた男子高校生がニヤニヤと笑いながら、ついに彼女に真実を告げた。彼ら全員が、優刃と神奈木が恋仲であると知った、そこに至るまでの経緯を。
「昨日な……警察の取り調べを受けて帰ってる途中で、たまたまあんたと優刃を見かけたんだよ。あんなに仲悪い二人が、あの時は逆に仲良く隣合って歩いてたからよぉ。何してんだろうって思って、みんなでこっそり後をつけてみたんだ。そしたら『これ』だぜ?正直俺たち全員でびっくりしちまったよ。でも、同時にいいことも知れたんだ……あんたが本当は、優刃の奴と付き合ってるってことをな。」
「……!!あ……あぁ……!!」
おもむろにスマートフォンを操作した男子高校生が、拘束もあって動けない神奈木の前にその液晶画面を見せつけた。そこに映し出されていた画像を見た瞬間、神奈木が表情を引き攣らせながら愕然とした様子で目を見開いた。
そこには、街灯の下で熱い口付けを交わしている優刃と神奈木二人の姿が、まさかの高画質ではっきりと撮影されていたのだ。そこそこ遠くから撮影したのか、かなりズームされた状態で撮られた写真らしい。だが、当時は街灯という光源が真上にあったので、離れた場所からでも十分に撮影することができたようだった。
やはり、あの時は優刃に構わず早く立ち去るべきだった。いや、犯人はすでに自分たちの近くにいたから、もしかしたらあの日に襲われていた可能性だってあったかもしれない。いずれにせよ、自分も優刃も浅はかな考えを抱いていた。優刃の方は警戒していたのでまだしも、こちらは早々狙われないだろうと勝手に高を括っていたのだ。事件のことを調べて怯えていたとはいえ、優刃の言う通りもっと警戒心を高めていれば。今となっては後の祭りでしかない後悔ばかりが、苦しげに歯を食いしばる神奈木の心の中でむくむくと湧き上がっていた。
すると、不意に男子高校生の一人が片手を神奈木の下腹部に移動させた。最初にワイシャツを引き裂き、なおかつこの場では唯一自由に動くことが出来ている男だ。彼の手は素早く神奈木の履いていたスカートの裏側に回り、柔らかな神奈木の腹の皮膚を艶めかしく撫で回した。かと思えば、間髪入れずにパンツを少しだけずり下げて、すでに軽く濡れていた蜜壷に指を滑り込ませた。ある程度表面を擦ったのちに、驚く神奈木をしりめに指を中へズプッと埋め込む。男の指は容易に腟内へと侵入し、快楽を上回る恐怖心と不快感を覚えた神奈木が堪らず悲鳴をあげた。
「ひっ!?ふ、あっ!?ん、あっ!だめ……!そこは、本当に、だめ……!!あ、あぁあっ!!」
「おーすげぇ……初っ端でま〇こに指、二本も入っちまった。しかもすっげーびっちゃびちゃ。なぁ、これ撮れてる?指入ってるの見える?」
「もちろん、ばっちり撮れてるぜ。その指、動かしてみろよ。すっげーえろい音聞こえるんじゃねぇの?」
「ま、待って……おねがい、お願いだか、ら……あ、ん、あぁあああっ!!!」
片手でスカートを捲られ、パンツも膝の下までおろされ、指が埋め込まれた蜜壷の卑猥な様が堂々と撮影される。シャッター音などは聞こえないので、おそらく現在進行形で録画しているのだろう。神奈木は必死に身を捩って抵抗を試みたが、それよりも先に男の指が腟内を乱暴にぐちゃぐちゃと掻き回した。本能的に溢れていた愛液が男の指と絡み合い、録画中のスマートフォンの前で神奈木が無意識のうちに腰をガクガクと揺らす。
今男の指が入っているここは、これまで優刃によって何度も何度も嬲られた場所だ。指だけではなく、優刃自身の昂りでも散々虐められた。そのせいで神奈木の心自体は強い不快感を覚えていたものの、肉体は本能的に快感を拾ってビクビクと痙攣しながら喜んでいた。今自分を虐めているのは、優刃でもなんでもない、ただの強姦魔たちだというのに。
次第に神奈木の体にも限界が訪れ、腹の奥からゾワゾワとした奇妙な疼きが走り始める。今は望んでいない快楽の波が、神奈木のこのロを差し置いて勢いよく押し寄せようとしているのだ。生理的な快感のため、避けることも耐えることも出来ない。優刃以外の前で、卑猥かつはしたない姿を見せたくない。心は、そう、願っているのに。
「や、あっ!は、ん、あぁあっ!!だめ、だめっ!!イく、イくイく、あぁっ……~~~~~~!!!!」
神奈木が悲痛な悲鳴をあげながら、腰をガクガクと揺らしつつ自然と股を大きく開く。途端に神奈木の蜜壷からは勢いよくブシュッと透明な体液が吹き出た。その体液は、男の指や腕はもちろんのこと、神奈木の立っているアスファルト舗装の地面もことごとくビシャビシャと濡らした。流石にこれは予想外だったのか、神奈木の体を嬉々として虐めていた男子高校生たち全員が思わずハッと息を飲む。
「うっわ、やっば……マジかよこいつ、指だけで潮まで吹きやがった。ガニ股になって腰ヘコヘコ動かしてるし。」
「マジでやばいなこいつ、くっそエロいじゃん。つーかこれ、もうお漏らしのレベルだろ。蜜壷ちょっと擦るだけでもめちゃくちゃ出てるし……ほら!」
「あ、あんっ!ひ、ぁああっ!!や、やめて、もう……ぃ、イってる、からぁ……!!」
神奈木の背後で彼女の手を拘束していた男が、おもむろに後ろから手を伸ばして神奈木の蜜壷を手でぐちゅぐちゅと擦り始めた。愛液などですっかり濡れていたにもかかわらず、神奈木の蜜壷は男の言う通り擦るだけでもプシュップシュッと断続的に潮を吹いた。他人に見られていると認識したことで、体が余計に興奮してしまったからだろうか。己の心は、下品な男たちによって強引に絶頂させられたという、強い絶望感に苛まれているというのに。
快楽の波によって体力が減らされたからか、背後にいた男が手を離しても、神奈木は彼の方にもたれたまま全身をガクガクと震わせていた。その隙に背後の男から胸を無尽蔵に揉まれ、もう一人の男に再び蜜壷を指で掻き回される。もはやされるがままの状態となった神奈木の前で、撮影用にスマートフォンを構えていた最後の一人が不意にこう尋ねてきた。
「なぁ、あんた……本当は優刃と付き合ってるんだろ?んで、優刃とセックスもしたんだろ?処女だったら初手で、こんなに指がすんなり入るわけねぇもんなぁ?俺たちの前で、こんなにま〇こがビクビクひくついたりしねぇよなぁ?」
「ち、ちが……!ちが、ぅ……つきあって、なんか……ひ、う……!」
ぐちゃぐちゃに濡れた蜜壷を至近距離から撮影されても、神奈木は懸命に理性を奮い立てながら弱々しく首を左右に振った。あらゆる証拠を突きつけられてもなお、優刃と恋仲であることを認めたくなかったのだ。簡単に認めてしまったら、のちのち優刃側にも迷惑がかかると考えたからである。
もしここで素直に“はいそうです”と言ってしまえば、卑劣な強姦魔たちに弱みを握られて良いように扱われてしまう。もしかしたら自分を餌に利用されて、優刃側が男たちから脅迫などを受けるかもしれない。仮にそうでないとしても、声に出して認めたところを録画されて、周囲の人間にバラされてしまう恐れもあった。女子高生が相手ならばどこまでも下劣になる彼らのことだ、それぐらいの悪事は平然とこなすことだろう。
そのため、物理的にも精神的にも苦しい思いをしながらも、神奈木は必死に涙混じりに否定し続けた。自分の『周りにバレたくない』というわがままに、今の今まで付き合ってくれた優しい優刃のために。
撮影担当の男は途端に深いため息を吐くと、何故か片手でカチャカチャと自身のズボンのベルトを外しながら、呆れたと言わんばかりの口調で神奈木に言った。
「なぁーあー、この期に及んで下手な嘘つくなよ。優刃と付き合ってるって、優刃の奴とセックスしましたって、いつもみたいにおっきく声に出して言えよ。言わねぇと……ほら、あんたのま〇こに生ち〇こぶち込むぞ。」
「ま、あっ……!?待って、本当に、許して……!生は、だめ……!!」
おもむろにずるりと引きずり出された男の昂りを前に、神奈木の背筋が再び恐怖でゾワッと震え上がる。優刃のよりも一回り小さい昂りが、指を抜かれた神奈木の蜜壷の近くにピトッと押し当てられたからだ。指を抜かれた感覚に喘ぐ暇もなく、顔をさらに真っ青に染めた神奈木が慌てていやいやと被りを振る。
優刃と性行為をする時、彼は事前に必ずコンドームを多めに用意してくる。当然だが、神奈木が孕んで妊娠してしまうのを防ぐためだ。優刃曰く、神奈木も自分もまだ高校生なのだから、妊娠して退学なんて悲惨な結末は迎えたくないとのことだった。神奈木のことを心から愛している、なんとも優刃らしい考えだった。神奈木も優刃の優しさが純粋に嬉しかったので、コンドーム有りでの性行為にすっかり慣れていた。
だが、この男たちも高校生と言えども、こちらは優刃とは違って卑劣極まりない犯罪者たちばかりだ。手元にコンドームが無くても、彼らならばいつだって嫌がる相手に平気で生の昂りを挿入してくる。そしておそらく、相手の許可も得ずに腟内で熱も放つのだ。彼らならば、それが出来る。出来てしまうのである。
途端に慌てふためいて抗おうとする神奈木を、三人全員で無理やり押さえながら高校生たちはそれぞれ言葉を紡いだ。その口元に、人を人だと思っていない残酷な笑顔を浮かべながら。
「んだよ、もしかしてお前、ずっとゴム有りでヤってたのか?マジかよ!じゃあ生は今回が初めてってか……そんなの知ったら、余計に興奮しちまうじゃねぇか。だったら中出しの瞬間も、ばっちり余すことなく撮影してやるよ。喜べよ、なぁ?」
「ほらほら、いいのかー?さっさとさっきのこと言わないと、先っぽが中に入っちまうぞー?あんたにとってマジの初めてが奪われまうぞー?」
「あっはは!お前の言い方、普通に気色悪ぃ!AVでもそんな気持ち悪いこと言わねぇっての!」
泣きじゃくる神奈木を無視しながら、男たちが下品にゲラゲラと笑い合う。蜜壷の周りを、男の粗末な肉棒で軽くペチペチとはたかれる。その度に神奈木の体は反射的にビクビクと跳ね上がったが、心は恐怖と絶望感に満たされてすっかり凍りついていた。
強姦未遂事件の時のように、今ここに都合よく助けが来る気配はない。周りは日が沈んで薄暗くなってきたし、何より場所が誰も来なさそうな路地裏の奥なのだ。行き止まりなので、当然だが背後に道はない。前方向は余すことなく男たちの体で塞がれている。どこまでも嫌がる神奈木の目に映っていたのは、そんな男たちの醜さしかない不気味な笑顔ばかりだった。
耐えかねた神奈木は思い切って叫ぼうとしたが、それを素早く察した撮影担当の男が、拘束担当の男に指示を出して口を封じた。驚いた神奈木がビクッと体を震わせる中、ついに撮影担当の男の昂り、その先端が蜜壷の入り口にツプッと埋め込まれた。先端の中の先端ではあったが、他人の生の肉棒で腟内を掻き回される未来を想像した神奈木は、ボロボロと悔しさに満ちた涙を零しつつ目を閉じた。もう助からないと察したからだ。
ごめん、ごめんね、レン。あたし、レンのこと、心の底から好きなのに。レンのこと、裏切ろうとしてる。あたしの心は嫌がってるのに、体が、言うことを聞いてくれないの。
本当に、ごめんなさい。ごめんなさい、レン―――
「歌っ!!!!」
「「「!!!??」」」
その怒声は、唐突に路地裏の奥で盛大に響き渡った。
流石に驚いてビクッと体を震わせた高校生たちは、一人は昂りを引き抜いて、残りの二人は神奈木から手を離して背後を振り返った。意図せずして自由の身となった神奈木の体が、支えを失ったことでガクンッと膝から崩れ落ちる。
外の道路と繋がっている、路地裏の先。その場所に、異様に背の高い男、優刃が堂々と立っていた。よほど慌てて走ってきたのだろう、汗を全身から垂らしつつゼェゼェと肩で息をしている。だが、ボロボロになった神奈木の姿を見た瞬間、優刃は強い怒りで目を血走らせながら男たちの元にズカズカと歩み寄った。
鬼と見間違うほどの威圧感を前に、一転して追い詰められた男子高校生たちは一斉にザワッとどよめいた。が、神奈木という名の人質がいることを瞬時に思い出した一人が、果敢にも神奈木の体をもう一度己の両手で拘束する。残りの二人も恐怖で顔こそ引きつってはいたが、優刃に邪魔されたのが原因でどちらもひどく苛立たしげな声を上げた。
「おい、マジかよ……なんで優刃の奴が、ここにいんだよ!?誰にも見つからないように、わざわざ遠回りでここに移動してきたってのに……!!」
「あーもー、クソが!せっかくこれから面白くなるところだったのによぉ!邪魔してんじゃねぇよ!!」
「そうだぜ、優刃!お前の女寝取られたくなかったら、それ以上そっから動くなよ!?せっかくだしお前にも見せてやるぜ、人前で淫らに喘ぐこいつの―――」
神奈木を拘束していた男が、彼女の胸を無尽蔵に揉みながら優刃相手に脅しをかける。油断していた神奈木は、情けない痴態を優刃に見られてしまうと考えて、ボロボロと泣きながら悲鳴をあげた。だが、男相手に抵抗する力はもうすっかり無くなっていた。今の神奈木には、震える手で男の手を弱々しく掴むことしか出来なかった。
すると、男たちの脅しが効いたのか、優刃は言われた通りに道の途中でピタッと静止した。すかさず勝ちを確信した男たちがニヤリと微笑む。
だが―――彼らの抱いたその慢心は、優刃がおもむろに地面を殴りつけたことで、あっという間に霧散して消えた。
ここで改めて補足しておくが、今優刃たちがいる路地裏、ここにある地面は全てがアスファルトで舗装されている。つまり、単純に力強く殴ったところで、本来ならば土の地面などのように細かい欠片などが飛び散ったりしないのだ。
しかし、全身が怒りに満たされた優刃の場合は違った。
優刃が拳を握りしめて地面を殴った瞬間、その箇所を中心に、半径50センチほどの範囲の地面が陥没したのだ。ドゴォッとかいう、アニメの中でしか聞いたことの無い爆音が、優刃による力強い殴打と同時に鳴り響いた。また、殴られたことで生まれたコンクリートの欠片が、もくもくとした土煙を孕みながらバラバラと四方に飛散した。
時間にすればほんの数秒、だが体感的には数分ほどの沈黙が、狭い路地裏全体を重たく包み込む。
本気でブチ切れた優刃のおぞましさを目の当たりにした男子高校生たちは、しばらく何も出来ないまま、凹んだアスファルトの地面を見つめつつ素っ頓狂な声しか出せなかったのだった。
「「「…………え…………?」」」
「………………何も言わなくても………………分かるよな………………?」
わざと長い沈黙を途中で挟みながら、男子高校生たち相手に言い聞かせるように、逆に彼らへ脅しをかけるように優刃はそう呟いた。地面を殴って凹ませた彼の左手はすっかり血だらけで、流石に無傷では済んでいなかった。とはいえ、おそらく利き手ではない左手であの陥没具合なので、もし右手で顔などを殴られたらひとたまりもないだろう。
犯人として捕まって警察のお世話になるのが先か、優刃に顔などを殴られて病院送りになるのが先か。
どちらに転んでも得をしない状況だと理解した男子高校生たちは、途端にチッと舌打ちをしてついに神奈木の元を離れた。最後まで神奈木を拘束していた男が、こちらと同じく愕然として固まっていた彼女の体を乱暴に突き飛ばす。そして、各々が微動だにしない優刃の横を通り抜けながら、捨て台詞を吐いて慌ただしくその場を立ち去ったのだった。
「ち、畜生が!!離れたらいいんだろ、離れたらよぉ!!」
「周りの奴らに仲悪いとか、馬鹿みてぇな嘘つきやがって!!覚えとけよ、このクソどもが!!」
「言っとくけど、その女の卑猥なところはもう撮影したからな!!お前らがよろしくヤってる隙に、学校の連中たちにばらまいてやるからな!!」
「………………」
優刃は何も言わない。男子高校生たちを追いかけることもしない。ただひたすら、顔を俯かせたままゆっくりと、神奈木の元に向かうだけだ。数秒ほど間を置いてからハッと我に返った神奈木は、異様な雰囲気を放つ優刃を前に思わずジリッと後退りをした。後ろが壁なので、貴重な逃げ道は直ぐに絶たれてしまったのだが。
こんな怖い顔を見せる優刃は今まで一度も見たことがない。極道一家の次男坊だとは聞いていたが、まさかここでその本性を垣間見ることになるとは。
だが、きっと優刃は怒っているのだ。あの男子高校生たちに対してだけでなく、彼らに好き放題に嬲られかけた自分に対しても。
「ご、ごめ……ごめん、なさい、優刃……あたし、あた、し―――ん、う!?」
優刃に助けてもらえたことに喜ぶ反面、彼に怒られるのが怖くて慌てて謝罪の言葉を述べようとした神奈木。だが、神奈木のすぐ目の前まで来た瞬間、優刃は素早く身をかがめて彼女の唇を塞いだ。半開きだった神奈木の口腔に、優刃の熱くて分厚い舌がにゅるりと滑り込む。神奈木の体は思わずビクッと跳ね上がったが、優刃の舌と舌が触れ合った途端に、全身がビリビリとした甘い電流に支配されてしまった。
男たちの前ではあんなに怯えて強ばっていたのに、どんどん力が抜けて勝手に壁にもたれかかってしまう。優刃と離れたくないという切実な思いが胸を覆い尽くす。そのせいで、息を吸うために離れかけた彼の舌を自然と追いかけてしまう。
「ん、ぅ、ふっ……ん、は……♡す、ぐるば……」
「……ごめんな、歌。助けに来るのが遅くなって、本当にごめん。」
優刃は一転して悲しそうな声でそう呟くと、惚けた顔でキョトンとした神奈木の体をギュッと抱きしめた。優刃の鍛えられた胸筋に乳房が挟まれ、乳首も擦れたことで神奈木の背筋がゾクッと震え上がる。しかし、今のは恐怖などの負の感情によるものではない。単純な気持ちよさと、優刃が近くにいるという安堵による震えだった。神奈木もおずおずと優刃の背中に手を回して抱きしめ返す。優刃のにおいが、涙でぐしゃぐしゃになった神奈木の鼻腔を優しくくすぐっていた。
とはいえ、本当に謝るべきなのはこっちの方だ。優刃の警告を無視して、警戒すべきタイミングを間違えてしまったのは自分の方なのだから。
そう考えた神奈木は、甘えるように優刃の体にもたれながら震える声で改めて謝罪の言葉を述べた。
「あ、あの……あたしの方こそ、ごめんなさい。昨日、あんなに気をつけろって、レンが言ってくれたのに……こんなに、あっさり捕まったりして……」
「……そのことはもう気にするな。それよりも、あいつらにどこを、どんな風に触られたんだ?全部、余すことなく、俺の手で消毒してやる。」
優刃は一瞬だけ小さな苦笑いを浮かべると、すぐに表情を真剣なものに変えて、右手で神奈木の露わになっていた乳房を優しく掴んだ。左手の方は怪我をしている上に、力もあまり入らないようでぶら下がったままになっていた。しかし、片手だけにもかかわらず、男たちの時とは違って激しさと優しさを孕んだ心地良い揉み方をされる。尖ったままの乳首を指で弾かれたり摘まれるだけで、神奈木の口から出る吐息は熱くなり腰も甘く砕けそうになった。だが、そうなる直前に優刃は神奈木の胸元に顔を寄せて、お留守になっていた方の淡い桃色の尖りを口の中に招き入れた。キスの時と同じ要領で敏感な箇所をジュルッと吸われ、神奈木が地面の上に膝をつきながら優刃の髪をくしゃりと掻き乱す。
「あ、あっ♡れ、レン……!乳首、舐めちゃ、だめ……あ、んっ!ああぁ……!!」
「ん……ここも、ぐちゃぐちゃに濡れてるな。あいつらに、乱暴にされたんだろ?あぁ、あのクソ野郎共が……俺の歌に、なんてことを……!」
「はっひっ……!!れ、レン、待って……ま、あっ♡あぁ、んぁああっ!!」
優刃は間髪入れずに神奈木の下腹部に手を添えると、微かに涎を垂らしていた蜜壷の中に指を挿入した。そのまま男たちがしたように、ぐちゃぐちゃと愛液ごと中身を掻き回される。しかし、男たちの時と違ってこちらは純粋に気持ちがいい。自分の信頼している相手が、こちらの弱い箇所を熟知している彼が愛撫してくれているからだろう。加えて優刃の指はそこそこ長いので、男たちのよりもずっと奥をぐりぐりと抉ることも可能だった。胸と乳首は交互に口と舌で引き続き愛撫されたので、久しぶりに純粋な快感を覚えた神奈木は優刃の前で妖艶に身をくねらせた。
「レン、レンっ♡まって、イく、イッちゃう!だめだめ、だめ……!!っ~~~~~~!!!!」
「……っ……歌……少し、立てるか?壁に手をついて、こっちに背中を、向けてくれるか?」
優刃が腟内で指を曲げた瞬間、蜜壷の隙間から透明な液体が再びブシュッと吹き出る。しばらくそれをかき混ぜてぐちゅぐちゅという音を奏でたのちに、優刃はゆっくりと指を引き抜きながら神奈木の手を優しく掴んだ。すぐに大人しくコクリと頷いた神奈木は、優刃に支えられながら彼に言われた通りの姿勢を取った。後ろの壁に手をついて、優刃に背中を向けながら自然と尻を突き出す。
すると、優刃はフゥーと深く息を吐いてから、両手で神奈木の腰をそっと掴んだ。そして、彼女の足を少し左右に開いてから、その隙間に己の昂りをニュルリと挟んだ。いつの間にかズボンを下ろして引きずり出していたらしい。硬度のある生々しい肉棒が蜜壷と花芯を擦りながら、神奈木が履いたままだったスカートの下で彼女腹の肉と触れ合う。いわゆる素股の状態だ。いつもならばすぐにコンドームをつけて挿入するのだが、今はゴムが無いという理由で素股で我慢しているらしい。
心の中で密かに物足りなさを覚えつつも、神奈木がそれを口に出す前に優刃の腰がゆっくりと前後に動き始めた。彼の両の手で足をぴっちりと閉ざされ、柔らかな太ももで肉棒を挟んで静かに擦る。蜜壷の入り口と花芯がほぼ常に刺激されるせいで、神奈木はここが路地裏なのも忘れて甘い嬌声を上げ続けた。挿入の時とは異なる微弱な電流を全身に感じつつ、優刃の方を振り向きながら神奈木が尋ねる。
「れ、レン……気持ち、いい?レンのおち〇ちん、あたしのおま〇こと足で、硬くなってる……♡」
「あぁ……すごく、気持ちいい。歌は、気持ちいいか?苦しいとか、ないか?」
「ううん、平気。あたしも、気持ちいいよ……でも……」
神奈木は途中で自身の手を下腹部に滑り込ませると、股の間に挟まれていた優刃の昂りを優しく掴んだ。それをグッと後方に押し出しつつ、脚を少し左右に開いて片手で蜜壷をくぱっと広げる。それにより、神奈木のしようとしていることを素早く悟った優刃は、すぐに彼女の手を昂りから離して前方にずるりと押し戻した。同時に股も再び閉ざされ、神奈木が小さく不満を訴えるように眉をひそめる。
―――ゴムを使わず、生で挿入する―――
端的に言えば、それが先ほどまで神奈木がしようとしていたことだった。男子高校生たちに襲われた時には、生で昂りを挿入されることに強い嫌悪感と恐怖を抱いていた。だが、その一番の原因は、挿入しようとしてきた相手が優刃以外の男だったからだ。愛してやまない優刃であれば、たとえゴム無しの生で挿入されてもあまり怖くなかったのである。むしろ神奈木は、男たちに襲われたことによる心の傷を優刃に埋めて欲しいと望んでいた。今すぐにでも、優刃の燃えたぎるような熱を直接的感じたいと考えていたのである。
しかし、優刃は無傷な右手で神奈木の腰を撫でながら静かに首を振った。神奈木が上目遣いで肩越しに訴えかけても、優刃は屈することなく彼女を宥めるような声音で囁いた。
「歌、だめだ。お前の頼みでも、それだけはだめだ。」
「ど、うして……どうして、駄目なの……?優刃のなら、怖くないのに……」
「……本当はお前も、分かってるんだろ?俺たちはまだ、高校生なんだ。もし子供が出来ても、今の俺たちじゃ、まともに育てることすら出来ない……俺は、お前自身の人生を、壊したくはない。お前自身の心を、俺の手で傷つけたくはないんだ。」
優刃は悲痛な顔で眉をしかめながらそう言うと、血まみれの左手も使いつつ神奈木の体を背後からギュッと抱きしめた。大柄な優刃らしく力強くて、それでいてちゃんとした優しさもある暖かい抱擁だった。男たちに襲われかけた恐怖心が一気に霧散し、優刃の優しさに感極まった神奈木の目頭が自然と熱くなる。
優刃の言うことももちろん正しい。自分も妊娠などの危険性があることは、ちゃんと把握している。
だがーーーそれでも神奈木の体は、心は、頑なに優刃本人の熱を求めていた。
男たちに襲われて傷ついていた今この時ばかりは、どうしても優刃と直接繋がりたかったのだ。たとえゴムが無かろうが、妊娠する危険性があろうが。
「……ごめん、レン。おねがい……生で、挿入れて……?一回だけで、良いから……ね?」
「……歌……」
神奈木が優刃の右手をそっと掴んで、その指先を自身の口元に近づける。そのまま甘えるようにチュッと指に吸い付けば、優刃は心苦しそうに神奈木の顔を見つめつつグッと唇を噛んだ。そして、神奈木の口から指と体を離すと、少し慌ただしい動きで彼女の体の向きを反転させた。ようやくお互いに正面を向き合った体勢となり、多幸感に満ちた表情を浮かべながら、神奈木が優刃の首周りに手を回す。
「中には、絶対に出さないから……それでも、いいな?」
「うん……♡レン……あたしの腟内で、気持ちよく、なって……?」
神奈木が熱の篭った声でそう呟くと、優刃は小さくコクリと頷いて片手で神奈木の足を軽く左右に開いた。そうして明るみになった蜜壷の入り口に、未だに硬度を保ったままの屹立をグッと押し付ける。男にされた時とは違って、恐怖ではなく強い期待感が神奈木の心を一気に覆い尽くした。そのまま優刃がゆっくりと腰を沈め、神奈木の望み通り生の肉棒が腟内へと埋め込まれていく。奥に進めば進むほど、内壁に挟まれた肉棒は興奮して余計に膨らんだ。念願の熱が与えられると勘違いした子宮も、歓喜に満ちた様子でゾクゾクと震え上がっていた。
神奈木はぎゅうっと優刃の首に強く抱きつくと、ひどく嬉しそうに微笑みながら優刃の耳元で吐息混じりに呟いた。
「は、あっ♡あぁ……!!すご、ぃ……♡レンのおち〇ちん、すごく、どくどくしてる……いつもより、すごく、あついよ……!!」
「あぁ……ゴムが無いだけで、こんなに感覚が変わるんだな。俺のものに、お前の腟が、強く吸い付いてる……歌、動くぞ。」
優刃が短く宣言すると共に、彼の腰が前後にゆっくりと動き始める。神奈木は優刃のために必死に足を開きながら、優刃の顔を引き寄せて彼の唇を塞いだ。優刃も神奈木とのキスに応えながら、次第に腰の動きを加速させていった。生々しくて凄まじい熱量が、少しずつ愛液と絡んでぐちゅぐちゅと卑猥な水音を奏でるようになる。
「ん、あぁっ!ひゃ、んっ♡れ、ん……!は、う♡あ、ああぁあっ!!」
「歌……歌……!!」
徐々に会話をする余裕すら無くなった神奈木と優刃は、お互いの熱に浮かされた目を見つめながら何度も熱い口付けを交わした。神奈木の体は倒れないように壁にぐっと押し付けられ、優刃の右手は彼女の柔らかな胸を堪能するように激しく愛撫していた。お互いに必死過ぎて、アパートで行為をする時のように声を押さえる暇もない。いや、その必要も今は無いだろう。ここは普段ならば誰も来ない路地裏の、行き止まりでもある一番奥にあたる場所なのだから。
「れ、レン、レン……!ぃ、イッちゃう♡もぉ、イッちゃう、よぉお……!!」
「っ……俺もだ……一緒に、イこうな、歌……!!」
激しく乱れ合ううちに、神奈木の腰と太ももが無意識のうちにガクガクと震え始める。激しく収縮する内壁に擦られた優刃の昂りも、熱を外に放ちたい一心でドクドクと脈打っていた。両者共に限界が近いのだ。人が誰も来ないのをいいことに、お互いの体を強く抱きしめて口付けも挟みながら、優刃が腰の動きをさらに加速させる。途端にバチュンバチュンという淫らな水音が響き渡り、腰が甘く砕けかけた神奈木は必死に優刃の首にしがみついた。
「ん、んっんぅうっ♡レン、れっ、ぇ……あ、あっ!ぁ……っ~~~~~~!!!!」
「…………っは…………!!!!ぐ、あぁっあっ……!!」
神奈木が絶頂を迎える寸前、優刃がすかさず身を離して昂りを腟内から引き抜いた。その抜かれた衝撃が逆に決定打となり、神奈木は無色透明の体液を吹き出しながら背筋を反らして盛大に達した。優刃の方も、抜いた直後に昂りから大量の熱がドクンと吐き出された。白濁の大部分がアスファルト舗装の地面にボトボトと落下したが、それ以外はパタパタと飛散して神奈木の腹周りに付着した。一度達したにしては明らかに量が多い。
これだけの量の熱を、もし子宮の中に注がれていたら。
そう考えるだけでも、神奈木の背筋はこの上ない背徳感と期待感とでゾクゾクと震え上がったのだった。
「ふ、う、うっ……♡レン、好き……好きだよ、レン……♡」
「……俺もだ、歌。愛してる。」
絶頂の波が少し静まったタイミングで、ありふれた愛の言葉を囁き合いながら、両者の顔を見つめた神奈木と優刃は共に優しく微笑んだ。流れるように熱い口付けを交わし合い、多くの者には語れない二人だけの愛を深めていく。
一方その頃。
優刃の圧によって現場から逃走した男子高校生たちは、近くにいた黒ずくめの服を着た謎の男たちにすぐさま捕まり、とある場所へと連れて行かれた。
それから数時間後、彼らは顔などをボコボコに殴られた状態で、警察署の近くで倒れていたところを保護された。全員が意識不明の重体ではあるが、命に別状は無いらしい。
のちにこの話が広まった町では、どこかのヤクザの一味が彼らを捕まえて、手痛い仕打ちを施したなどと噂されるようになった。だが、それはあくまで噂であり、諸々の事件の真相を知る者はほとんどいない。
唯一、極道一家の生まれである一人の青年を除いて。
***
神奈木が強姦魔に襲われてから、早くも数日が経過した頃―――
真っ黒なコートを着た背の高い一人の男が、鼻歌混じりに平凡なアパートの階段をいそいそとのぼる。そして、目的地である部屋の前にたどり着くと、男は躊躇いなくインターホンを押して背後の柵にもたれかかった。その瞬間、扉の向こうが微かにドタバタと慌ただしくなり、誰かが慌てふためくような声も聞こえてきた。
そして、数分ほどで扉がガチャリと開かれた瞬間―――優刃葉太は、パンツ一丁で飛び出てきた弟の蓮治相手に、小さく苦笑いを浮かべてポツリと呟いた。
「あーそっかー……今日は学校、休みか。悪ぃな。彼女ちゃんとのお楽しみ中に。」
「……いや、別に……何の用だ、兄貴?」
優刃はいつも通り冷静にそう答えつつも、真っ赤な顔や今の格好などを誤魔化すように、わざとらしくゴホゴホと咳払いをした。それによって、左手にぐるぐると巻かれた包帯が垣間見えるようになる。
優刃と“彼女”の関係性を知っていた葉太は、すでに大体のことを何となく察したので、特に追及することもなくズイッと一つのビニール袋を差し出した。真っ白な表面に円形の模様が散らばっており、真ん中には英語の筆記体で“ドーナツ”などと文字が記されている。
「ほいこれ、母ちゃんからの差し入れ。つまらない物だけどどうぞ、だとよ。あとで彼女ちゃんと仲良く食べな。」
「……ありがとう、兄貴。」
「あ、あと現状報告。うちの組員総出でボコした強姦魔たち、あのあとで警察に対して素直に自白ったんだとよ。あとは警察の仕事になると思うけど……彼女ちゃんの方は大丈夫そ?」
「兄貴たちのお陰で、なんとかな……あの時は、急に電話かけたりして、本当にごめん。迷惑だっただろ?」
葉太からビニール袋を受け取りつつ、申し訳無さそうに眉をひそめながら優刃がそう尋ねる。数日前の“彼女”、神奈木が強姦魔に襲われかけた時のことを思い出していたからだ。
―――当時の優刃は藁にもすがる思いで、犯人を見つけて捕まえるための“切り札”を使っていた。それが、自身の兄でもあり極道一家の組長として活動している葉太だった。
葉太は多数の組員を利用した情報収集が得意だったので、彼に頼れば仮に遠くに逃げられても、確実に犯人を捕まえられると考えたのだ。実際に彼に電話をしたのは神奈木の親友である織橋だったが、彼女曰く葉太は二つ返事で支援を了承したらしい。ちなみに、優刃が神奈木のいる場所を鋭く特定したのも、葉太が従えている組員の集めた情報を参考にしていたからだった。
とはいえ優刃の中では、毎日多忙な兄にあんなに気軽に頼って良かったのかという、多少の罪悪感が心の中で燻っていた。それを完全に払拭したい思いで謝罪の言葉を述べたのだが、葉太は一瞬だけキョトンとしたのちに、陽気にヘラヘラと笑いながら優刃に言った。
「いんやぁ?むしろ久々に仕事した感があって楽しかったぜ。組員の奴らもわりと満足してたし……それに、弟の彼女ちゃんが襲われてるってなったら、俺も組員の奴らもそう簡単には黙ってられねぇっての。頭でっかちで頑固な親父はもう居ねぇんだ。現組長のこの兄貴に、遠慮なんかしないでいつでも頼れっての。」
「……本当にありがとう、兄貴……ごめん、そろそろ戻らないと。」
不意に、部屋の奥から神奈木の視線を感じたのか、優刃が少しだけ己の背後を一瞥してそう呟く。葉太もこれ以上長居するつもりは無かったようで、「分かった。んじゃ、またな」とだけ返して部屋の前からそそくさと立ち去った。自分よりも大きい兄の背中をしばらく見届けたのちに、安堵の表情を浮かべた優刃が扉を閉めてリビングに引き返す。
早く彼女の、神奈木の元に戻らなければならない。今は昼とはいえ、神奈木との愛の時間はまだ始まったばかりなのだから。
優刃の暮らすアパートから離れて、付近に止めていた黒塗りの高級車の中に葉太がいそいそと入り込む。
真っ黒なスーツを着た数人の男たちが、出発のためにキビキビと準備を進める中―――普通の高校生のような青春を送れなかった哀れな男は、車内で盛大に煙草をふかしながら独り言を呟いたのだった。
「っはぁ~!やっぱいいなぁ~青春ってのは~!正直ちょいと羨ましいけど……お前はお前で、自由に、かつ幸せに暮らしてくれよ。兄貴との約束だぞ?」
―――終幕―――
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