7 / 10
寒い部屋
呼ばれた気がして、目を開ける。
「きょう、キヨ、起きて」
部屋の明かりが点いて、険しい顔のケンタが覗き込んでいた。
「きょう、わかる?俺」
「ケンタ。君、まだいるの」
俺が答えると、彼は表情を和らげて大きく息を吐いた。自分の声は妙に甲高く、いつもと違うところから聞こえた。
「あーびっくりした。一回起きて。熱計ろう」
仰向けになると、体の痛みが楽になっているのがわかった。すぐにぴぴっと音を立てた体温計を抜いて、「37.4度、薬効いてる」とケンタが呟いた。
「スポドリか水か、どっち飲む?お茶もあるけど」
「水」
彼は床から大きなペットボトルを持ち上げ、ローテーブルの紙コップに注いで渡してくれた。
「そういうの、全部買ってきたのか」
「用意してきて正解」
「ほんと悪かった。今何時?」
「四時過ぎかな」
ケンタは俺の手から空になった紙コップを受け取って台所に行き、冷蔵庫を開けた。
「布団かけとけよ。この部屋寒い、これは風邪ひくわ」
「暖房壊れた」
「だよな、リモコンそこで死んでた」
壁の古びて黄ばんだリモコン掛けをケンタは顎で示した。ダウンを着たままで、見ると床にタオルケットが広げてある。
「寒かったよね」
「カイロ持ってきてたから、大丈夫」
彼は俺の額からシートを剥がして新しいのを貼り、俺が冷たさにびくっとすると笑った。
「元気出てきたじゃん。さっき、しばらくわけわかんないこと喋ってたよ。焦った」
「まじか」
「女の子が縄跳びしてる、縄跳びしてる、って何度も言ってた」
ケンタが真似る自分の怯えた声で、さっき大声で喚いた記憶がうっすらよみがえった。熱が出た時に必ずみる夢だ。
ローテーブルの電気スタンドが灯り、いつも散らかった部屋がきちんと整えられているのが見える。
電気スタンドの下に腕時計が置かれ、その傍に、床に放置していたはずの箱と小さな手提げ袋があった。箱には束ねたリボンが乗っていた。
ケンタは畳に腰を下ろし、俺の視線に気づいて、「このへん片付けた」と言ってから、
「もしかして、キヨ誕生日だったりした?」
と聞いた。
俺は首を振った。タオルケットを膝掛けにして腰に巻きつけながら、ケンタは、そか、と小さな声で言った。
それからしばらく、部屋はしんと静かで、ベッドに肘をついたケンタの呼吸の音だけ聞こえた。頬杖をついた彼の横顔は半分しか見えない。
「ケンタ。いろいろありがと、ごめんな」
ケンタは頬杖の手を外して、俺の頭に置いた。
「熱が下がってよかった」
「薬とかも、ありがとう。助かった」
彼は俺をじっと見つめ、口元で笑った。
「あのな、俺、今日は朝のシフトで、そろそろ帰らないとまずい」
「あ」
「一人にしたくないけど、今朝だけは外せなくて」
急に喉元に込み上げてきた痛いほどの寂しさに驚いて、俺はうん、と返事をしながら布団を引き上げ、咳払いをしてごまかした。ケンタはゆっくりと立ち上がり、俺に断ってから部屋の蛍光灯をつけた。
「誰か他に来てくれそうな人いたら、連絡した方がいいと思う」
「大丈夫、てか誰もいない、もう大丈夫だよ」
彼は台所の大きなビニール袋を運んできて、ベッドの横に置いた。
「でもこの腕時計の人がいるっしょ。彼女か彼氏か知らんけど」
一瞬、問い詰められて全部話してしまうことを想像した。この時なら、本当のことを話せたかもしれない。君と初めて会った週に、もう一人会った人がいるんだ、と。
話したとしてどうなったかはわからないが、一瞬の想像をした俺の心は軽く沸き立っていた。
「食べ物はここだから」
ケンタは、ベッドから起き上がった俺に、袋の中身を説明した。レトルトのお粥、ゼリー飲料、飲み物。
「薬は、次、朝八時くらいに飲んだ方がいい。ここに置いてある」
小さなテーブルの上に、電気スタンドと腕時計と並んで、さっきの薬の箱があった。
「二錠だよ」
ダウンは着たままだったから、リュックを肩に掛けるとケンタはもう玄関に立っていた。ベッドから下りた俺に、いいから寝とけ、と言いながら、抱きつくと軽く抱き返してくれた。
「車で来た?」
「うん」
「いろんなお金、今度会う時でいいか」
「そのつもりだった。冷えるから早く戻れ、ああ、鍵だけ閉めて」
顔を上げると、彼はちょっとためらってから、軽く唇を合わせた。
「うつるんなら、とっくにうつってるもんな」
外はまだ暗く、軽く手を挙げたケンタが素早くドアを閉めた後で、冷たい空気が部屋に流れ込んできた。
狭い外階段を下りる足音に耳をすませて、俺は言いそびれたお礼の言葉を口の中で転がし、何も聞こえなくなってから鍵をかけた。あの時計があるなら、これからは鍵を閉めておくべきなんだ、と思いながら。
「きょう、キヨ、起きて」
部屋の明かりが点いて、険しい顔のケンタが覗き込んでいた。
「きょう、わかる?俺」
「ケンタ。君、まだいるの」
俺が答えると、彼は表情を和らげて大きく息を吐いた。自分の声は妙に甲高く、いつもと違うところから聞こえた。
「あーびっくりした。一回起きて。熱計ろう」
仰向けになると、体の痛みが楽になっているのがわかった。すぐにぴぴっと音を立てた体温計を抜いて、「37.4度、薬効いてる」とケンタが呟いた。
「スポドリか水か、どっち飲む?お茶もあるけど」
「水」
彼は床から大きなペットボトルを持ち上げ、ローテーブルの紙コップに注いで渡してくれた。
「そういうの、全部買ってきたのか」
「用意してきて正解」
「ほんと悪かった。今何時?」
「四時過ぎかな」
ケンタは俺の手から空になった紙コップを受け取って台所に行き、冷蔵庫を開けた。
「布団かけとけよ。この部屋寒い、これは風邪ひくわ」
「暖房壊れた」
「だよな、リモコンそこで死んでた」
壁の古びて黄ばんだリモコン掛けをケンタは顎で示した。ダウンを着たままで、見ると床にタオルケットが広げてある。
「寒かったよね」
「カイロ持ってきてたから、大丈夫」
彼は俺の額からシートを剥がして新しいのを貼り、俺が冷たさにびくっとすると笑った。
「元気出てきたじゃん。さっき、しばらくわけわかんないこと喋ってたよ。焦った」
「まじか」
「女の子が縄跳びしてる、縄跳びしてる、って何度も言ってた」
ケンタが真似る自分の怯えた声で、さっき大声で喚いた記憶がうっすらよみがえった。熱が出た時に必ずみる夢だ。
ローテーブルの電気スタンドが灯り、いつも散らかった部屋がきちんと整えられているのが見える。
電気スタンドの下に腕時計が置かれ、その傍に、床に放置していたはずの箱と小さな手提げ袋があった。箱には束ねたリボンが乗っていた。
ケンタは畳に腰を下ろし、俺の視線に気づいて、「このへん片付けた」と言ってから、
「もしかして、キヨ誕生日だったりした?」
と聞いた。
俺は首を振った。タオルケットを膝掛けにして腰に巻きつけながら、ケンタは、そか、と小さな声で言った。
それからしばらく、部屋はしんと静かで、ベッドに肘をついたケンタの呼吸の音だけ聞こえた。頬杖をついた彼の横顔は半分しか見えない。
「ケンタ。いろいろありがと、ごめんな」
ケンタは頬杖の手を外して、俺の頭に置いた。
「熱が下がってよかった」
「薬とかも、ありがとう。助かった」
彼は俺をじっと見つめ、口元で笑った。
「あのな、俺、今日は朝のシフトで、そろそろ帰らないとまずい」
「あ」
「一人にしたくないけど、今朝だけは外せなくて」
急に喉元に込み上げてきた痛いほどの寂しさに驚いて、俺はうん、と返事をしながら布団を引き上げ、咳払いをしてごまかした。ケンタはゆっくりと立ち上がり、俺に断ってから部屋の蛍光灯をつけた。
「誰か他に来てくれそうな人いたら、連絡した方がいいと思う」
「大丈夫、てか誰もいない、もう大丈夫だよ」
彼は台所の大きなビニール袋を運んできて、ベッドの横に置いた。
「でもこの腕時計の人がいるっしょ。彼女か彼氏か知らんけど」
一瞬、問い詰められて全部話してしまうことを想像した。この時なら、本当のことを話せたかもしれない。君と初めて会った週に、もう一人会った人がいるんだ、と。
話したとしてどうなったかはわからないが、一瞬の想像をした俺の心は軽く沸き立っていた。
「食べ物はここだから」
ケンタは、ベッドから起き上がった俺に、袋の中身を説明した。レトルトのお粥、ゼリー飲料、飲み物。
「薬は、次、朝八時くらいに飲んだ方がいい。ここに置いてある」
小さなテーブルの上に、電気スタンドと腕時計と並んで、さっきの薬の箱があった。
「二錠だよ」
ダウンは着たままだったから、リュックを肩に掛けるとケンタはもう玄関に立っていた。ベッドから下りた俺に、いいから寝とけ、と言いながら、抱きつくと軽く抱き返してくれた。
「車で来た?」
「うん」
「いろんなお金、今度会う時でいいか」
「そのつもりだった。冷えるから早く戻れ、ああ、鍵だけ閉めて」
顔を上げると、彼はちょっとためらってから、軽く唇を合わせた。
「うつるんなら、とっくにうつってるもんな」
外はまだ暗く、軽く手を挙げたケンタが素早くドアを閉めた後で、冷たい空気が部屋に流れ込んできた。
狭い外階段を下りる足音に耳をすませて、俺は言いそびれたお礼の言葉を口の中で転がし、何も聞こえなくなってから鍵をかけた。あの時計があるなら、これからは鍵を閉めておくべきなんだ、と思いながら。
あなたにおすすめの小説
あの部屋でまだ待ってる
名雪
BL
アパートの一室。
どんなに遅くなっても、帰りを待つ習慣だけが残っている。
始まりは、ほんの気まぐれ。
終わる理由もないまま、十年が過ぎた。
与え続けることも、受け取るだけでいることも、いつしか当たり前になっていく。
――あの部屋で、まだ待ってる。
魔性の男
久野字
BL
俺はとにかくモテる。学生の頃から、社会人になった今でも、異性問わずにモテてしまう。
最近、さえない同性の先輩に好意を持たれている。いつものことだろう。いい人だから、傷つけたくはないな。
そう、思っていた。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
さよなら、永遠の友達
万里
BL
高校時代、バスケットボール部のキャプテン・基樹と、副部長として彼を支える冷静な舜一。対照的な二人は親友であり、マネージャーの結子を含めた三人は分かちがたい絆で結ばれていた。しかし舜一は、基樹への決して報われない恋心を隠し続けていた。
卒業を控え、基樹との「ずっと一緒にバスケをする」という約束を破り、舜一は逃げるように東京の大学へ進学する。基樹を突き放したのは、彼が結子と結ばれる幸せを近くで見届ける自信がなかったからだ。
10年後。孤独に生きる舜一のもとに、基樹から「結子が事故で亡くなった」という絶望の電話が入る。ボロボロになった親友の悲痛な叫びを聞いた瞬間、舜一の中にあった想いが目を覚ます。仕事もキャリアも投げ出し、舜一は深夜の高速をひた走る。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL