1 / 1
間抜けな旅人
しおりを挟む夕暮れ時、とある旅人が街道の宿場に差し掛かっていた。
谷の底にあるため、周りには岩ばかりで何もない街道である。
旅人は宿場を見つけ、ホッとすると同時に少し逡巡した。
旅人の行く先は長い。
休むことはもちろん大切だが、夜まではまだ時間がある。
ここで立ち止まっていいものかと。
迷いながらも旅人は宿場を通り過ぎようとした。
するとふと横から声がする。
「おいおい、どこへ行く」
旅人が気が付かなかったのは、声主のその小さな風貌と岩に同化した肌色のためであった。
俗に言うドワーフという種族の男が、呆れたように旅人に目線を送る。
「なんだ、急いでいるんだが」
「そうか、そのせいで命が縮まっても知らんぞ」
妙に何かを匂わせ気味なドワーフが気がかりで、旅人は話ぐらいはと聞くことにした。
「お前も旅人だろう?なら知っていて損はない話だ。
この辺りにはな、化け物が出るんだよ」
「化け物!」
その小さなドワーフによると、化け物の名前はブフワというらしかった。
ブフワ。
そんな名前は生まれて聞いたことがない。
創作詩人なのではないかと旅人はドワーフを疑念の目で見下ろした。
「待て待て、信じないのは勝手だがな、勝手に死なれちゃこちらも気分が悪いというもんだ」
そうしてドワーフは頼んでもいないのにブフワの特徴をペラペラと喋りだす。
ブフワというのは狡猾で頭のいい化け物だ。
暗い夜の道で傍から人の声を出し、誘い込む。
人肌恋しい人間がまんまと油断したところで、その大きな口で丸呑みするという。
そこまで聞いて旅人も少しはピンときた。
似たような話なら聞いたことがある。
「この辺りは殺風景で人通りも少ねえ。ブフワに襲われたらまず助からないだろうな」
「なるほど、それもそうだ。じゃあ今日はここで休むことにするよ」
旅人は空を見る。
もう日も沈みかかっている。
そのブフワとやらに怯えて戦々恐々と進むよりは、ここで疲れを癒した方が効果的だろう。
ドワーフの男はわかってくれたか、とニカっと笑った。
「俺はガダン。もう数十年もここらを旅して回ってんだ。旅先案内なら任せとけ」
「それは頼もしいな。
ところでここの宿はどうなんだ?」
見かけは今まで見た宿場と何ら変わりない。
むしろ水や食糧に不足し、困窮してそうなほどだ。
「まあ心配すんな。飯はうまいし風呂もある。
それになんと言っても女将が美人だ」
「それは素晴らしいな」
そんな会話をして男二人は宿場に入る。
旅人を出迎えたのはドワーフのガダンが言う通り、美人でスタイルのよい女性だった。
彼女は旅人を見るとフワッと微笑む。
旅人は旅をしているだけあって経験豊富だ。
しかしそれでもこの女将の微笑みにはイチコロであった。
「クックック、これは常連客が増えそうだな」
「うるさい」
旅人はガダンをキリっと睨むと、女将にデレーとした顔を見せる。旅人はいくらか正直な奴であった。
ガダンが太鼓判を押したように、やはり宿場の飯は美味かった。どうやらガダンが食材の斡旋も行っているようで、近場の名物が揃っている。
水も風呂が沸かせるほどには井戸が潤沢であった。
旅人はすっかり宿場を満喫していた。
常連客になるのも悪くはないと思ったほどだ。
さらに旅人が食事を終え、自分の部屋へ向かおうと廊下を歩いていると、女将が旅人の裾を引っ張る。
「ねぇ、今夜空いてるかい?」
女将が体に手を這わせてくると、旅人はゾクゾクともう有頂天であった。
ここは天国か。
旅人は随分とご無沙汰だったから、言い知れぬ高揚感に包まれる。
ガダンが案内してくれたことで宿場の代金も驚くほど安い。
それにも関わらずこの満足感。
変な意地を張らずに良かったと旅人は頷く。
部屋自体も悪いものではなかった。
多少の傷みは気になるも、気分良く寝れそうである。
さて、いい感じに夜が更けてくるまでどうしようかと旅人はベッドに腰を下ろす。
それが間違いであった。
旅人は旅人。
それまでの疲れという疲れがドッと押し寄せてすっかり眠ってしまったのである。
これまた気持ちの良い風呂と、美味い食事がさらに睡眠を深くしていく。
旅人が目覚めたのはすっかり夜も更けた深夜だった。
天気が良くないのか、月の光がなく、辺りは真っ暗である。
旅人は焦った。
時間はどれぐらい経ったか。
女将との約束はどうなったか。
取り返しのつかないことをしたと頭を抱える旅人は、しかし側においてあった紙に気がついた。
そこにはこう書いてある。
「向かいの蔵に来てくださいまし」
旅人は目を見開いた。
インクはまだ乾いていない。であればまだ間に合うはずだ。
ホッとする。
たまには蔵でというのも悪くない。
むしろその方が良いかもしれないな、と旅人は頷く。
外に出ると夜風は冷たかった。
部屋から持ってきた蝋燭の光以外にはほとんど何も見えないが、それもまた情緒があって旅人にとっては良いものだった。
宿場の向かいの蔵というのはすぐにわかった。
こじんまりしていて少し寂しいが、それも旅人の気分を掻き立てる。
しかし何故か蔵の鍵は閉まっていた。
旅人は首を傾げる。
もしかして待たせすぎたのだろうか。
そんな思いが頭をよぎったところで、かすかに声が聞こえた。
「旅人さん、こちらへ......」
声が聞こえたのは蔵の背後に広がる岩場だった。
なるほど、蔵ではなく岩場というのも悪くない。
久しぶりでそれだけ高揚しているのか旅人は楽観的に、岩場へと足を向ける。
「おい待て」
すると突然旅人の背後から声がした。
驚きのあまり蝋燭を落としそうになりながら、旅人は目を見開く。
その声は間違いなくガダンのものだった。
暗くてよくわからないが、そこにいるのだろう。
「なんだガダン、羨ましいのか?」
「馬鹿いえ、何かおかしいと思わないのか」
「おかしい?」
そう言われて旅人は考える。
確かにそう言われれば。
こんなに肌寒い夜に、わざわざ岩場に誘う理由は何なのだろうか。
改めて考えれば変な話だった。
「ブフワの話を忘れたか?」
「ブフワ?」
ああ、確か人の声を真似する化け物だったな。
もしかしてガダンはあの声がブフワのモノだと言いたいのだろうか。
そう考えたところで旅人の足は止まる。
そういえば先ほどから一回も女将の姿を見ていない。
「危ない所だったな。こっちだ。こっちにブフワが嫌う花がある」
そういうガダンの声は、スーッと遠くなっていく。
旅人はガダンに感謝した。
女将ではなくブフワとかいう化け物とだなんて冗談ではない。
旅人は胸を撫で下ろしてガダンの声へついていく。
暗くてよく見えないが、付いていった先は、宿場からそれなりに離れた場所だった。
チョロチョロと足元に小さな水の流れがあり、何か独特の匂いがする。蝋燭で足元を照らすと、花ではなく紫色の雑草があちこちに生えている。
足場も悪く、何やらここも見通しの悪い岩場のようだった。
谷にある街道であるから岩場が多いのかもしれない。
「おいガダン、どこにいるんだ?」
「ここだよここ、もっとこっちに来てくれ」
ガダンの声に従って、旅人はどんどんと近づいて行く。
そして同時に、月を隠していた雲が晴れていく。
ようやく顔を出した月の、その光が谷を照らした。
「良かったよ」
旅人の目の前には、ホッと安堵したように笑う何ら変わりないガダンの姿があった。
相変わらず小さく、引き締まった筋肉質の体が月の光を受けてよく見える。
旅人はゆっくりと頷いた。
「ああ、良かった。お前が間抜けな旅人で本当に良かった」
旅人は待ちきれないとばかりにその図体を大きく変形させ、目を見開いて硬直するドワーフを丸呑みにした。
「やっぱり久しぶりの食事は最高だな」
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。
黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。
その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。
王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。
だから、泣かない。縋らない。
私は自分から婚約破棄を願い出る。
選ばれなかった人生を終わらせるために。
そして、私自身の人生を始めるために。
短いお話です。
※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
- - - - - - - - - - - - -
ただいま後日談の加筆を計画中です。
2025/06/22
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる