インディア~親蜜の香り~その一章

サーガ

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インディア~親蜜の香り~その二章 11

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 夫婦になって一年半を経る現在でも、リンゼイはアーシャを上に載せたこともなければ、四つん這いにして後ろから抱いたこともない。口で彼の欲望の塔を愛してもらうことなど、夢のまた夢だ。妻の方はどうなのだろう、退屈ではないだろうか? 性を愉悦ではなく愛のコミュニケーションの一つと思っているならば……楽しむためだけに騎乗位にしたら、怖がるかも知れない。もし四つん這いにして挿入したら、違和感に痛がるだろうか。
  それにベッドの上の後背位なら兎も角、衣を来たままスカートを捲り上げてしたら、レイプの様に感じてしまうだろうか。そんな風に思われるなら絶対にしないつもりではあるが。
  言葉だってそうだ。
  アーシャの名と、きれいだ、可愛いよ、君が好きだ、愛している、柔らかいね、好かったよ、最高だった。
  他の言葉遊びは何もしていない。これら以外の言葉をここ一年、ベッドで吐いたことがあっただろうか。こんなに行儀の良い男だったのかと、自分を褒めてやりたいくらいだ。
  酷いことをいうつもりはない。アーシャの均整の取れたプロポーションは完璧で、インド女性らしく適度に丸みを帯びた肉体はそれだけで褒め称えるに相応しい。その中に宿る慎ましく勤勉な魂も同様。リンゼイがしたいのは、ただの言葉遊びなのだ。
  しかし、アーシャにそれが理解できるだろうか。言葉……で、淫らなことをいわれるのは嫌だろうか。屈辱だと感じるだろうか。貶められている、と? そんな遊びではない、そう感じさせるならいったりなどしない。
  手を軽く拘束したりするのはどうだろうか。怖がるかも知れない。だとしたら、しても楽しめないだろう。何をされるか分からないと、そんな気持ちで受け止められても空しいだけだ。これらはすべて、信頼関係の証しなのだから。嫌ならしない、だがもし可能ならば試したい。
  恥じらうアーシャはさぞ美しく、官能的だろう。
  新郎はそこで擦れ違いに気付く。目の前にいる幻想のアーシャは実物より少し許容的であるだけではなく、身を起こし、リンゼイを熱い眼差しで射抜いている。女の顔、牝の顔をして、瞳は少しも潤んでいない。今までの経験から、リンゼイはこういった顔がどういう意味なのか知っている。
  そうか、自分はアーシャに積極的に求めて欲しいのだ。
  そこまで考えて、リンゼイはいつも頬を染める。
”欲しいの。さあ、私のカントを舐めて頂戴”
 そんなことをいわれることができるなら、何を差し出しても惜しくない。
  欧州の男の中でも成功した部類の男がそうであるように、彼は自らに宿る女性的な物を恐れない性質なのだ。巨大な機体を思うままにし、乗客の命を預かり、男女の生息域が殆ど完全に分断された空の世界に住んでいる。その上、太古からの血統によって長身、筋肉質な肉体、美貌をも享受し、もう充分男性性を満足させている。寧ろ、彼の放って置かれているアニマを満足させてくれるのは、アーシャのそういった行為に違いない。
  それから彼は我に返り、一人苦笑した。妻のことで妄想しているなんて……まるで高校生の頃に戻ってしまったようだ。今まではどんな風に恋人を抱いていただろうか?
  アーシャに恋をする前の恋人、人妻であり、性的に成熟していた年上の女と後腐れのない情事を重ねていたことも、この欲求に関係しているのだろうか。リンゼイが悪意のない男であるとその身で識ってからは、女たちは皆中々に貪欲で、性感を高めることなら何でも快く受け入れてくれた。口で直に愛することから、様々な体位やレイプごっこに至るまでありとあらゆる有意義な遊びを試したものである。
  それができないことは間違っても不満ではない。
  彼がアーシャの様々な姿を愉しみたいと思うのは宇宙飛行士に憧れるようなものであって、それがないことで妻に何かが欠けているとは思っていなかった。今もリンゼイは空を飛んでいることに変わりはない。
  しかしできるに越したこともない、そう考える貪りの心は、やはり今までの性の遍歴のせいであろう。
  ある程度官能を兼ね備える男に、簡単に身を開く奔放な恋人がこなれているのは当たり前で、貞淑な若い妻の閨が未熟だからといって、文句をたれる謂れはない。とどのつまり、リンゼイはまだ女を開発したことがなかった。いや、それは正しくない。本命の乙女を目覚めさせたことがないのだ。
  とっくに自分の妻だというのに、気を使い過ぎなのか。ベッドの上の行いはその場の雰囲気が大きい。感じている妻の躯を無言で裏返したり、うつ伏せにして、伸し掛かればいいのかも知れない。
  しかし実のところ、突然そんなことを持ち掛けられて戸惑うであろうアーシャを想像すると、それだけでリンゼイの肉体は熱くなる。いい出そう、持ち掛けよう、とシュミレーションしてみるが、もし嫌われたらと思うとできないでいた。
  パイロット休暇を愉しむ朝――一度フライトを行なう度危険手当が支給され、翌日翌々日は休暇が摂れる。今日は久し振りの日曜日に取れた休暇だから、アーシャも授業に出掛けることもない。リンゼイはまどろみから醒め、此方に背を向けて眠る彼女の背中を注視していた。菫の香りがついた髪は向こう側に寄せられ、きっとベッドの端から床へ流れているだろう。ああ、そうだ、床を掃除しないと。
  これからセックスしようか、朝食を作ろうか悩んでから、リンゼイは暖房を付け、部屋が暖まってから起き上がった。
  彼は仕事の朝は独身時代の習慣で、家では朝食を摂らずコーヒーを飲む。ジョギングに行ってシャワーを浴び、出勤してからブレックファーストカフェでトースト、ベーコン、ソーセージ、目玉焼き、トマトを焼いた朝食を新聞を読みながら食べる日課を続けている。
  そして、リンゼイは自分が休みの日は極自然に、アーシャよりも早く起き出し、朝食を作った。こういう時こそ英国男の面目躍如であろう。
  彼の得意な料理レパートリーは惨めなもので、缶詰のミートソースを使ったパスタか、オリーブオイルとペッパーとチーズとレタスを混ぜただけのサラダ、ホットケーキの種を使ったホットケーキ、ホットサンドを焼く為の機械を使ってのチーズとレタスを挟んだホットサンドイッチ……もしくはオートミールしかなかった。英国は夕食よりも朝食に力を入れる国なのだが、ブレックファーストカフェで出るような伝統的なそれは、菜食のアーシャが食べられない。
  なので、チーズとトマトとレタスのホットサンドにすることにした。結婚してからもそれしか作ったことはないが、貧相だった綺麗なキッチンには、アーシャが何所からか買って来たの数多くの香辛料が並び、鮮やかに変貌していた。妻の作るベジタリアンフードは、美味しいので不思議である。
  彼は香辛料を手にとって匂いを嗅いだりし、酒好きの英国人らしく景気付けにワインを開けて飲みながら、調理に取り掛かった。移動テーブルに紅茶とワイン、ホットサンドを載せて持って行く。
 「お早う、アーシャ」
  アーシャは夫が寝台に腰掛けた揺れで目を醒まし、起き上がった。
 「サー」
  実は彼女は起きていたのだが、寝た振りをしていれば朝食を作ってもらえるのだ。早朝、セックスしたくて摺り寄せられる髭の痛みをもう知っているが、朝食の方がずっと嬉しい。英国の食卓に欠かせないマーマイト、パンにつけるそれは口に合わないので、遠慮したいが。
  こうなって分かったが、リンゼイは本当に手の掛からない男である。過度に褒め称える手管も、甘えさせてやる工夫も、生活を面倒見てやる世話も必要ない。
  家は持ち家でリフォームされており、食器洗い機があり、洗濯乾燥機もある。彼は汚れた食器を自分で入れるし、下着類やラフな衣類も勝手に洗濯乾燥機に放り込んで置く。スーツやシャツは空港のクリーニングに預け、自分で持って帰って来る。家事は最低限しか行わないのだが、そもそも完成された生活をしていた為、過度の世話を必要としないのである。
  ただし、そのせいでリンゼイには貯金が殆どない。これだけは節制を常としてきたアーシャには意外だ――このままでは南欧に住む夢は叶わないのではないか?
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