インディア~親蜜の香り~その一章

サーガ

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インディア~親蜜の香り~その二章 10

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3.

  欧州が、踏み躙りながらも常にアジアの神秘に心惹かれ惑乱され続けたように、銀幕にアラブ人の男から陵辱されても愛してしまう金髪の女が出て来た時代から、アジアの艶やかな女性性に欧州は抵抗する術を持たない。
  今のリンゼイのように。
  優秀極まりない副操縦士の変化は、傍から見ていても明らかとなった。仕事にも熱心になり幅が出て、しかし独身仲間には距離を置き、パブで馬鹿騒ぎに興じることもなくなった。特に留守が続いた仕事帰りなど、鼻歌を歌いながら、そそくさと家に帰って行くのが常である。
  欧州では建前ではあるのだが、男と女という別種族と財産の交換が結婚なのではなく、違う身体に宿る同じ魂の交歓を愛と呼ぶ。そのせいもあって一応はアジアよりも、同性愛を愛の価値として肯定している。
  アジアでは性の役割分担が厳然として存在する。女は奉仕、愛らしさが重要であり、男に真意を探らせず、女らしい秘めた花を想像させ、男心を意のままするしたたか者の手弱女が好まれる。男はそんな女を手中に治め、どこか覚めながら女を性的に、精神的に「モノ」にしていく。こういった背景ゆえアーシャの耽美があるのだが、そんな自意識が彼女にある限り、すっかり解放された性、お互いの容姿、性格、魂、肉体にただただ惹かれ合うというような、どちらかが醒めているということはない絶対の陶酔を味わうのは難しい。
  こういった男女の仲に限定していえば、真と美と善を信奉する大雑把な欧の価値観は、秘するアジアとぶつかるばかりであろう。それはリンゼイとアーシャの間にも、いつの間にか蟠るようになった。
  本よりアーシャが晩熟だったので、二人は必然的に性愛を特別神聖視していた。
  セックスするのは決まった儀式のように火曜か休日の前夜で、いつも二十二時過ぎの寝台の上、お互いへの想いを改まって告白し、貞節と永遠の愛を誓い合いながら結ばれる。リンゼイもそれを大切にすることが夫婦関係良好の秘訣として、暗黙の了解があるような気がした。あの時、寝台の端っこでリンゼイがシャツを一枚着たまま、アーシャに圧し掛かって性交したのが二人のした最も先進的なセックスだった。
  これまでアーシャとはずっと、セックスできるだけで充分だった。あと二、三言葉お互いの仕事について報告し、起きてシャワーを浴び、食事をして眠る。翌朝、時間さえあれば再び抱き合って、どちらかが出勤する。アーシャが残る時、彼女はいつもベッド上で再び眠りに落ちていた。リンゼイが残される時は朝食を一緒に摂りに出て、またホテルに戻るが、いい様のない寂しさに襲われて悲しくなるのが常だった。セックスは在り来たりな物であっても、肌を合わせて会話しているだけで充分だった――だが、今は。

  彼女は留学生や再入学を目指す労働者が通う、大学付属の講座に現在通っている。
  入ろうとしたときが十二月で、大抵十月の入学時期を逃したので、一年猶予ができた為である。サリーで通うのは流石に目立つと思ったらしく、分厚い生地のジュリエット風ドレスを着て、毎日勉学に励んでいる。どこから見ても生粋のインド人であり、内気でミステリアスなアーシャは遠巻きにされて孤立しているようだが、シュードラとして冷遇されてきた彼女には痛くも痒くもないらしい。
  彼女は片っ端から講義を取って、合間には小さな新聞社にタイピスト兼稀にヒンドゥー語の翻訳係として薄給で雇われ、家族への送金と寄付を続けていた。英国は大きな新聞社があるわけではなく、小さな会社が独自で記者を雇っている。職歴と履歴書、自分の書いた記事を持って売り込みに行くのが主流であるが、彼女の行動力には目を見張るものがある。
  それでもアーシャはパイロットの夫が帰って来る日には、必ず学校や仕事から帰宅している。玄関には花が飾られ、英国では医療として認められているアロマが焚かれ、菫の匂いが微かに漂う。香やアロマに関しプロとしてやって行けるほど長けている彼女は、妻として夕食を作って待っており、夫が帰宅して着替え、食事に舌鼓を打つのを待っている。
  それから二人はテレビを見たり、勉強のことを話したりして、二十一時にはシャワーを浴び、バスローブのまま寝台に移る。風呂にも一緒に入りたいと思っていたので、遠慮がちに迫ってみてもアーシャは首を縦には振らない。かつて恋人の脚の毛を剃ってやるのが案外好きだったリンゼイにも、古風で若い妻の羞恥心を考えると無理はいえなかった。
  まだ新婚、しかも一緒に住み始めて数週間しか経っていないというのに、アーシャは会えばすぐに寝台に飛び込みたい心持ちに成る夫を介そうとはしない。リンゼイは今や一分の間に一回は新妻を思い起こすのだが、シャワーを浴びて出てくると、いつも彼女はソファで必死に宿題を解いている。
  夫は隣に腰掛けるが、今日もアーシャはしばらく気付かずに没頭し、リンゼイが控え目に咳払いするに行き着いて、彼女は微笑んで振り向く。
 「サー」
  アーシャは尻まである髪を一纏めに縛って背中に長し、床上がりが五センチもない白のナイトドレスを着ている。白は彼女の肌に思いの外映える。しかし彼女は夫の頬に接吻した後は、抱き寄せようとしたリンゼイを尻目にまた宿題に掛かった。彼がその髪を手の甲で撫でる。
 「僕が書いてあげようか」
 「そんなことしたら、分かってしまいます。私の文章は上手くありませんから」
  片膝をソファに上げて立て、リンゼイは彼女の背に真向かった。両肩に手を当てて緩やかに力を込めず揉みしだく。マッサージに心引かれたのか、アーシャが体から力を抜いた。
 「じゃあ、教えてあげるよ」
  髪を前に流し、現れた細首の後ろを親指で押す。続ける振りをして襟足にキスし、腰に手を回して開脚した足の間に引き寄せる。彼女はリンゼイの股間の硬さを、その骨盤で感じて、宿題を手から下した。男が後頭部に接吻し、もっと手を伸ばしてアーシャの秘所を押さえる。胸に寄り掛かった柔らかい肉が強張り、反った。
 「ン……」
  女の頬に熱い唇を押し付け、片腕で抱擁する。忙しくなくドレスをたくし上げるリンゼイの手に、アーシャの手が重なった。
 「ベッドに、連れて行って下さい、サー」
 「アーシャ、ソファは君のものだよ……だから」
  ここで愛し合ってはいけないのか?
  僕は君がこの家に来てからというもの家の様々なところ、例えばキッチンでも君としたいと思ってる。
  いや、やはりいえない。アーシャが燃えて、……己自身も盛り上がっている。
  しかし、ソファでと求めたら彼女が我に返って、ここで愛し合う理由を問い質すかも知れない。水を差して、あたら貴重な機会を無駄にするなんて考えられない。ベッドに行くのが一番良いだろう。リンゼイが固く手を握り締めてきたのを合図に、二人は立ち上がり見つめ合って、ベッドルームへと急ぐ。
  新妻は手を引かれながら、酷く真剣な夫の横顔を見て、知らず知らず口許を綻ばせた。可愛い、本当にそれしか頭に無いのだから。
  寝台に着き、リンゼイは彼女のドレスの広く開いた襟元から手を入れ、引っ掛かっていた肩から外す。シルクのドレスはそのまま下へとするする落ちていった。小さなパンティだけになったアーシャは乳房を隠し、心細げに下を向く。だからといって、もう怖くはないだろう。少し上向いて、横目でちらりとリンゼイを窺う。大きく息を吸い、その姿を食い入る様に眺め続ける男に、流し目をくれるかのように。そして己の肉体が齎す効果の程を確かめると、自分からベッドの上掛けを取って潜り込んだ。
  リンゼイはバスローブを解き、素裸になって彼女を追う。
 「何て柔らかいんだろう……可愛いよ」
  乳房を撫で擦り、口に含んで吸う。咥内の尖らせた舌の先で、勃ち上がった蕾を玩ぶ。リンゼイは下へと愛撫を移動させていった。シーツに潜って施される丁寧で優しい、創意的だか素朴な愛撫を受け、アーシャが鼻を鳴らした。ベッドカバーを浮き上がらせる硬い線、腕を真っ直ぐに伸ばされて、乳房を掴んでいる。頭の形は女の下腹の辺りで留まって舌を這わせ、立てた膝の間で水音を立てている。隠されている方が女の快感を高めるのか、喘ぎが喉から漏れた。その踵がシーツ上で突っ張り、切ない悲鳴が途切れて弛緩する頃、リンゼイが上掛けから顔を出して、唇にちょこんとキスした。
 「好かった……?」
 「はい」
  そろそろだ。リンゼイがぐったりと倒れている風のアーシャに伸し掛かり、脚を大きく広げさせた。
 「愛してるよ」
 「私も……私も愛しています」
  頬と唇に接吻し、耳にも愛を吹き込む。首筋を舐め、胸と乳房をもう一頻り愛撫し、暫らく啼かせ、ヴァギナに指を入れて馴染ませる。
 「ア、……アン」
  小さく愛らしい喘ぎで自分を奮い立たせ、再び肩口に顔を埋め、ヴァギナにペニスを入れる――。彼女が、ジュリーに薦められてピルを飲み始めたこともあって、もうコンドームをする必要はなかった。直に柔らかくて気持ちの良い膣の触感を味わいながら、深い交接で、未だ男を覚えたばかりの膣を煽り立てる。
 「好いよ、気持ち好い、アーシャ、君は?」
  重なる突き上げにも答えはない、彼女はただ抱きついて来るだけだ。
  アーシャとリンゼイの両親と兄弟姉妹、伯父と叔母、そして新郎側の極僅かな航空会社の知人の前で永遠の愛を宣誓したのは、既に一年前のこととなっていた。恋しい妻と安定した夜を過ごし、仕事も乗りに乗って、リンゼイに不服を感じる謂れはない。だが、もし不満があるとするなら夫婦関係について、であるとリンゼイは微かに感じ始めていた。
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