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インディア~親蜜の香り~その二章 16 end
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リンゼイが彼女の目を見つめ、次に唇を見る。合図に女が目を伏せた。細指で男の顎を撫で、唇を重ねる。厚みがある口の感触を彼は舌で割ろうとし、奥まで差し入れない内に滑りの良いそれが受け止めた。円を描くように舐め返して応じ、反対に男の咥内を犯す。ぬめったそれらを絡ませ、湧き出した滴を吸い取り、お互いの味がどちらのものか分からないほど同じ味になっていく。こんな甘美なキスは久方振りである。こんなにアーシャはキスが上手かったのか――。
彼女は己の中で夫がより大きく硬くなり、自分の手の下で身を捩るのを感じて口を離した。濡れた男の唇に自分の指を近付け、薄い唇に触れる。
「この指を舐めて、しゃぶって頂戴」
リンゼイは征服され慣れていない。可憐にも赤くなって、宛がわれた細い人差し指を舐め、彼女の顔を見ながら口に含んだ。アーシャの手が男の臀部の下に回り、その窪みをなぞった。濡れそぼった細い指が尻の割れ目を上下する。
「ウッ……!」
美麗な爪先から太腿にまで力を込められて、ヴァギナもきつく締められた。リンゼイの口から呻きが漏れ、股間が真空に吸い込まれたかの如く、尻がシーツから離れる。しかし、彼が恐れながら待っていても、その指は溝を湿らせるだけで、禁断の蕾を穿ろうとはしなかった。アーシャは彼を苛めたがっているが、その手段のすべてをまだ把握してはいないのだ。もどかしい。
リンゼイという自分の男の固く閉じられた瞼、深く刻まれた眉間の皺、悩ましい顔に掛かる前髪……彼の顎を取って顔を上げさせ、アーシャから接吻する。
「貴方は私のものよ、気持ち良い?」
「ああ」
彼女は膣の内壁をざわめかせ蠢かせるだけだった。たまに細腰を起こすが、男の期待を叶えようとはせず、直ぐにまた座り込んでしまう。焦らして愉しんでいるのか。それとも、男の欲望の肉を膣で味わうだけで精一杯なのか。どちらも、正しいのだろう。ダイレクトな刺激をくれないことにリンゼイは耐え切れず、目を開けた。汗に濡れ、真珠の粉を刷いた様に光って目映いばかりのアーシャを抱き竦め、腰を上げた。
「サー……」
私に任せて下さらないの。アーシャの無言の抗議に、顔を合わせてその瞳を覗き込む。
「ダメだ、もう、耐えられない……!」
噛み付くように接吻を浴びせ、体位を入れ換えて女の背をシーツに投げ下ろす。膝立ちのままアーシャの腰を己の膝の上に抱え込み、その半身を眺めながら腰を動かし始めた。
眼下にはアーシャの黒い茂みの中から小さな雌蕊と、その下に殆ど同じ色合いの自分のペニスが見える。腰を掴み、そこに視線を集中させて、長く引き出し、また入れる。それを何度か遣って、下から伸ばされ、胸板を撫でる手を取った。
彼女も程なく識ることになるだろう。男も女も関係ない、支配者と従者の官能的な関係は必ず鍵を従者が握ることを。もし支配の仕方が気に喰わなければ、従者は遵わない。彼女はもっと自分の感性を磨いて、上手に従者を管制しなければならないのだ。
自分のしたかった通りにならず、面白くなさそうに男を見、主権を乱暴に奪われて涙ぐむアーシャを見ながら、彼は手の甲に接吻した。せめてものお詫びでもある。瞳に責められ、陵辱しているみたいで、堪らない。焦らされいい様にされ、いい気味だと思う支配欲と、いうなりになって遣れない済まなさがあった。
だが、重要なのはそれではない。二人の間に横たわる溝、そして幾重にも重なったベールに気が違いそうだ。
捲っても捲ってもベールを引き剥がせそうもない、恋い焦がれたアーシャから。
だが構うものか、今は。
「君を、捕まえた」
リンゼイが身を伏せ、彼女は腱の浮き上がった男の首に巻きつけた。彼は自分勝手に情熱を押し付けてくる。荒々しい息使い、擦れ合う濡れた肌、男の力強い腰使いに女はいい成りになるしかない――睦み合いではなく強奪の被虐にも女の性感は芽生え、結ばれた部分の色濃い花蜜が流れ出した。びしょびしょに濡れそぼった結合部分が、熱くてたまらない。抽出を妨げようとする襞の淫奔な粘着音に、男がその濡れ具合を感じ取る。打ち付け、尻で音がすることに益々リンゼイが猛った。こんなに激しくしたことは一度もない。アーシャは彼の耳に唇を押し付け怒って見せた。
「我慢できないなんて、何ていやらしい人なの。もう、後で罰してやるんだから」
リンゼイの脳髄に、尾骶骨から背骨を伝って電撃が奔った。全身の産毛が総毛だち、腰が撥ねる。
「ああ、喜んで、アーシャ、アーシャ……ウウッ、もう」
常にない早さで、リンゼイの射精感が腰を貫いた。いけない、このままでは。「もうしたくない、コンドームをして」……そういい放たれた言葉と、心が痛んで泣きたくなった気持ちが思い出された。襲い来る甘い波に逆らうように逡巡する。
その時、アーシャが耳朶を咬んだ。
「いいの、リンゼイ」
「え?」
「いいの」
その途端、アーシャの背が力強い腕で交差し羽交い絞められる。女の身に耐えられるギリギリの腕力は、加減されたものだ。腰が大きく打ち付けられて、繋がっている肉の筒が倍ほども膨れ上がる。自分を串刺しにした男の肉がとうとう熱を吐き出し、断続的に彼女に注がれていった。
「アア……ッ!」
身の裡で精液が飛び散る生々しい感触に、彼女は大きく仰け反る。中に、熱い解放感が広がっていく。こうして、もう幾度も欲望を注ぎ込まれた。男はこれが大好きなのだろう、私の膣が。アーシャはその熱情を己が身で汲み取った。
リンゼイの余韻は、長かった。余韻の中で、彼は新しく妻について、何かを既知とした。彼女のセックスの仕方、愛撫その拙さから悟った気がしたのだ。いつも一歩引いた佇まいの美しい花の如き人、君が望めば何でも与えよう。こんな吸収の方法があったとは、自分が思っていたよりも餓えていたのか。
この第六感は、正しくアジアの産物だろう。錯覚かもしれないが。
アーシャを手に入れた快感は鋭く迫り上がって、胸が快楽ではちきれんばかりになる。大きな波が過ぎ去ってからも、項にちりちりとした快感の残滓がずっと残った。絶頂に息を止めていたので、息をし始めてやっと腰全体が重くだるくなり、全身の汗が冷え始める。
「ハァ……」
目を開け、アーシャが視界に入る。彼女は目を瞑っておらず、リンゼイをじっと見ていた。思わずぎょっとしたが、その表情は今までの奪われた女の趣はない。その瞳は彼が没頭していくまでを具さに見ていたらしい。思い掛けないものを見てうっとりした色もあった。
アーシャは――男があの聖なる汚いものを吐き出すことを、手伝って受け取るのが女の役目だと思っていた。受けるだけ、求められたら随うだけ――「それ」は実際は惨めなものだ、白人の夫は彼女にそう思い込ませようとする。
そんな風には思ってはいけない、だがリンゼイのオーガズムに震える金色の睫毛は深く心に染み入るほど麗しく、彼女の中の悪魔を悦びで満たした。穢れていなかった、処女だった自分なら寒心を覚えただろう。だが、彼を嬉しく思った、そして己を誇らしいとも……。
「凄く、好かったよ、嬉しかった」
リンゼイは彼女に何度もキスをし、それから退き、ベッドに背を預けて沈んだ。
「何回かに一回は、僕がしても良いのかな」
騎乗位は、不完全ではあったが非常に満足する形で叶えられたので、リンゼイが思い起こしたのは、とりあえず違うことだった。アーシャが唇を開けたり閉めたりし、小さな声で聞こうとする。
「ぐちゃぐちゃに……」
リンゼイは項垂れ、油断したことを心底羞じた。
「もし良かったら、あれは忘れてくれ。ずっといい続けて、僕を苛めても構わないが」
不覚を取った。結果を受け止める心構えもないのに、わざわざ自分の一番恥ずかしいところを暴露しないでも良かった。だが、こうなってからまた彼女の肉体を自由にするところを考え、初恋の如き胸の高ぶりを感じて、思い直す。
「それで、罰のことなんだが僕のリクエストは聞いてもらえるのかな?」
リンゼイの声は冗談めいた声音を何とか取り戻そうとしていた。深刻なのが嫌なのだ、彼には何も分かっていない。どうしてこんなに短絡的なのだろう。アーシャは起き上がってリンゼイに後ろを向けてしまった。彼は慌てて起き、その背を引き寄せる。
「どうしたんだ? 僕が大人しくしていなかったから怒ったのか?」
「恥ずかしいのです、貴方を罰するなんていって。どうかしていました」
何故この男はこんなに心が広いのか、こんな葛藤を抱えた女を面倒臭いと思っている筈なのに。
「そんなこといわないでくれ」
夫の言葉にアーシャは首を小さく振り、立てた膝に顔を突っ伏する。こんなことで妻が夫に腹を立てて良い理由など、彼女の辞書には載っていない。リンゼイは知らない、彼女の故郷で彼が一度もアーシャに手を挙げていないことが、大騒ぎを巻き起こすほどの驚愕を持って迎えられる僥倖だと。
リンゼイがその肩に触れ、振り向いた彼女の瞳には羞恥心と罪深さから潤んでいた。冷たい北欧の雨に打たれた鮮やかな南国花の淑やかさに思わず息を呑み、はっとして慰める。
「今度は、大人しくしてるよ……抱いてもいい?」
細い肩が冷えているのを知って、彼が躊躇いながら背中から抱き締める。その小ささにリンゼイは胸が締め付けられるようで、たまらなくなった。アーシャは自分の頭に植え付けられたヒンドゥーの男女関係と、自分の性感との隔たりに怯えている。可愛らしい……何と可愛いのだろうか。痴れてしまいそうなこの気持ちは、どうやったら通じるのだろう。こうして世も末のように身を震わせる妻が好きなのも事実だが、リンゼイは今宵が一夜の夢でないようにと、本心から祈っている。
「素敵だったし、また電話の時みたいに近づけた気がするんだ」
「私も……そう思いました」
怯えながら振り向いて、アーシャの混乱は彼を見て嘘のように収まっていった。リンゼイが心配そうな表情で自分を見ていたから。
「君を愛してる、アーシャ」
彼女も程なく識ることになるだろう。夫自身もまた、間違いなく好みの女を見付けたことになる事実を。元々、リンゼイも意志の強さと女らしさを兼ね備えた女が、好きだった。正しい選択の恩恵として、今もアーシャのギャップに彼は結婚して一年経っていながら、未だ強い欲望と狼狽を感じている。尤も、そんな理由は結局は後付であり、お互いに惹かれ合った訳は誰にも分からないのだが。
彼女は己の中で夫がより大きく硬くなり、自分の手の下で身を捩るのを感じて口を離した。濡れた男の唇に自分の指を近付け、薄い唇に触れる。
「この指を舐めて、しゃぶって頂戴」
リンゼイは征服され慣れていない。可憐にも赤くなって、宛がわれた細い人差し指を舐め、彼女の顔を見ながら口に含んだ。アーシャの手が男の臀部の下に回り、その窪みをなぞった。濡れそぼった細い指が尻の割れ目を上下する。
「ウッ……!」
美麗な爪先から太腿にまで力を込められて、ヴァギナもきつく締められた。リンゼイの口から呻きが漏れ、股間が真空に吸い込まれたかの如く、尻がシーツから離れる。しかし、彼が恐れながら待っていても、その指は溝を湿らせるだけで、禁断の蕾を穿ろうとはしなかった。アーシャは彼を苛めたがっているが、その手段のすべてをまだ把握してはいないのだ。もどかしい。
リンゼイという自分の男の固く閉じられた瞼、深く刻まれた眉間の皺、悩ましい顔に掛かる前髪……彼の顎を取って顔を上げさせ、アーシャから接吻する。
「貴方は私のものよ、気持ち良い?」
「ああ」
彼女は膣の内壁をざわめかせ蠢かせるだけだった。たまに細腰を起こすが、男の期待を叶えようとはせず、直ぐにまた座り込んでしまう。焦らして愉しんでいるのか。それとも、男の欲望の肉を膣で味わうだけで精一杯なのか。どちらも、正しいのだろう。ダイレクトな刺激をくれないことにリンゼイは耐え切れず、目を開けた。汗に濡れ、真珠の粉を刷いた様に光って目映いばかりのアーシャを抱き竦め、腰を上げた。
「サー……」
私に任せて下さらないの。アーシャの無言の抗議に、顔を合わせてその瞳を覗き込む。
「ダメだ、もう、耐えられない……!」
噛み付くように接吻を浴びせ、体位を入れ換えて女の背をシーツに投げ下ろす。膝立ちのままアーシャの腰を己の膝の上に抱え込み、その半身を眺めながら腰を動かし始めた。
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彼女も程なく識ることになるだろう。男も女も関係ない、支配者と従者の官能的な関係は必ず鍵を従者が握ることを。もし支配の仕方が気に喰わなければ、従者は遵わない。彼女はもっと自分の感性を磨いて、上手に従者を管制しなければならないのだ。
自分のしたかった通りにならず、面白くなさそうに男を見、主権を乱暴に奪われて涙ぐむアーシャを見ながら、彼は手の甲に接吻した。せめてものお詫びでもある。瞳に責められ、陵辱しているみたいで、堪らない。焦らされいい様にされ、いい気味だと思う支配欲と、いうなりになって遣れない済まなさがあった。
だが、重要なのはそれではない。二人の間に横たわる溝、そして幾重にも重なったベールに気が違いそうだ。
捲っても捲ってもベールを引き剥がせそうもない、恋い焦がれたアーシャから。
だが構うものか、今は。
「君を、捕まえた」
リンゼイが身を伏せ、彼女は腱の浮き上がった男の首に巻きつけた。彼は自分勝手に情熱を押し付けてくる。荒々しい息使い、擦れ合う濡れた肌、男の力強い腰使いに女はいい成りになるしかない――睦み合いではなく強奪の被虐にも女の性感は芽生え、結ばれた部分の色濃い花蜜が流れ出した。びしょびしょに濡れそぼった結合部分が、熱くてたまらない。抽出を妨げようとする襞の淫奔な粘着音に、男がその濡れ具合を感じ取る。打ち付け、尻で音がすることに益々リンゼイが猛った。こんなに激しくしたことは一度もない。アーシャは彼の耳に唇を押し付け怒って見せた。
「我慢できないなんて、何ていやらしい人なの。もう、後で罰してやるんだから」
リンゼイの脳髄に、尾骶骨から背骨を伝って電撃が奔った。全身の産毛が総毛だち、腰が撥ねる。
「ああ、喜んで、アーシャ、アーシャ……ウウッ、もう」
常にない早さで、リンゼイの射精感が腰を貫いた。いけない、このままでは。「もうしたくない、コンドームをして」……そういい放たれた言葉と、心が痛んで泣きたくなった気持ちが思い出された。襲い来る甘い波に逆らうように逡巡する。
その時、アーシャが耳朶を咬んだ。
「いいの、リンゼイ」
「え?」
「いいの」
その途端、アーシャの背が力強い腕で交差し羽交い絞められる。女の身に耐えられるギリギリの腕力は、加減されたものだ。腰が大きく打ち付けられて、繋がっている肉の筒が倍ほども膨れ上がる。自分を串刺しにした男の肉がとうとう熱を吐き出し、断続的に彼女に注がれていった。
「アア……ッ!」
身の裡で精液が飛び散る生々しい感触に、彼女は大きく仰け反る。中に、熱い解放感が広がっていく。こうして、もう幾度も欲望を注ぎ込まれた。男はこれが大好きなのだろう、私の膣が。アーシャはその熱情を己が身で汲み取った。
リンゼイの余韻は、長かった。余韻の中で、彼は新しく妻について、何かを既知とした。彼女のセックスの仕方、愛撫その拙さから悟った気がしたのだ。いつも一歩引いた佇まいの美しい花の如き人、君が望めば何でも与えよう。こんな吸収の方法があったとは、自分が思っていたよりも餓えていたのか。
この第六感は、正しくアジアの産物だろう。錯覚かもしれないが。
アーシャを手に入れた快感は鋭く迫り上がって、胸が快楽ではちきれんばかりになる。大きな波が過ぎ去ってからも、項にちりちりとした快感の残滓がずっと残った。絶頂に息を止めていたので、息をし始めてやっと腰全体が重くだるくなり、全身の汗が冷え始める。
「ハァ……」
目を開け、アーシャが視界に入る。彼女は目を瞑っておらず、リンゼイをじっと見ていた。思わずぎょっとしたが、その表情は今までの奪われた女の趣はない。その瞳は彼が没頭していくまでを具さに見ていたらしい。思い掛けないものを見てうっとりした色もあった。
アーシャは――男があの聖なる汚いものを吐き出すことを、手伝って受け取るのが女の役目だと思っていた。受けるだけ、求められたら随うだけ――「それ」は実際は惨めなものだ、白人の夫は彼女にそう思い込ませようとする。
そんな風には思ってはいけない、だがリンゼイのオーガズムに震える金色の睫毛は深く心に染み入るほど麗しく、彼女の中の悪魔を悦びで満たした。穢れていなかった、処女だった自分なら寒心を覚えただろう。だが、彼を嬉しく思った、そして己を誇らしいとも……。
「凄く、好かったよ、嬉しかった」
リンゼイは彼女に何度もキスをし、それから退き、ベッドに背を預けて沈んだ。
「何回かに一回は、僕がしても良いのかな」
騎乗位は、不完全ではあったが非常に満足する形で叶えられたので、リンゼイが思い起こしたのは、とりあえず違うことだった。アーシャが唇を開けたり閉めたりし、小さな声で聞こうとする。
「ぐちゃぐちゃに……」
リンゼイは項垂れ、油断したことを心底羞じた。
「もし良かったら、あれは忘れてくれ。ずっといい続けて、僕を苛めても構わないが」
不覚を取った。結果を受け止める心構えもないのに、わざわざ自分の一番恥ずかしいところを暴露しないでも良かった。だが、こうなってからまた彼女の肉体を自由にするところを考え、初恋の如き胸の高ぶりを感じて、思い直す。
「それで、罰のことなんだが僕のリクエストは聞いてもらえるのかな?」
リンゼイの声は冗談めいた声音を何とか取り戻そうとしていた。深刻なのが嫌なのだ、彼には何も分かっていない。どうしてこんなに短絡的なのだろう。アーシャは起き上がってリンゼイに後ろを向けてしまった。彼は慌てて起き、その背を引き寄せる。
「どうしたんだ? 僕が大人しくしていなかったから怒ったのか?」
「恥ずかしいのです、貴方を罰するなんていって。どうかしていました」
何故この男はこんなに心が広いのか、こんな葛藤を抱えた女を面倒臭いと思っている筈なのに。
「そんなこといわないでくれ」
夫の言葉にアーシャは首を小さく振り、立てた膝に顔を突っ伏する。こんなことで妻が夫に腹を立てて良い理由など、彼女の辞書には載っていない。リンゼイは知らない、彼女の故郷で彼が一度もアーシャに手を挙げていないことが、大騒ぎを巻き起こすほどの驚愕を持って迎えられる僥倖だと。
リンゼイがその肩に触れ、振り向いた彼女の瞳には羞恥心と罪深さから潤んでいた。冷たい北欧の雨に打たれた鮮やかな南国花の淑やかさに思わず息を呑み、はっとして慰める。
「今度は、大人しくしてるよ……抱いてもいい?」
細い肩が冷えているのを知って、彼が躊躇いながら背中から抱き締める。その小ささにリンゼイは胸が締め付けられるようで、たまらなくなった。アーシャは自分の頭に植え付けられたヒンドゥーの男女関係と、自分の性感との隔たりに怯えている。可愛らしい……何と可愛いのだろうか。痴れてしまいそうなこの気持ちは、どうやったら通じるのだろう。こうして世も末のように身を震わせる妻が好きなのも事実だが、リンゼイは今宵が一夜の夢でないようにと、本心から祈っている。
「素敵だったし、また電話の時みたいに近づけた気がするんだ」
「私も……そう思いました」
怯えながら振り向いて、アーシャの混乱は彼を見て嘘のように収まっていった。リンゼイが心配そうな表情で自分を見ていたから。
「君を愛してる、アーシャ」
彼女も程なく識ることになるだろう。夫自身もまた、間違いなく好みの女を見付けたことになる事実を。元々、リンゼイも意志の強さと女らしさを兼ね備えた女が、好きだった。正しい選択の恩恵として、今もアーシャのギャップに彼は結婚して一年経っていながら、未だ強い欲望と狼狽を感じている。尤も、そんな理由は結局は後付であり、お互いに惹かれ合った訳は誰にも分からないのだが。
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