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しおりを挟む「……ん」
甘い香り。鼻孔をつく朝食の匂いに目が覚める。
(……俺の部屋か……)
木造のベッドから降り立つ。ぎしりと年季の入ったきしむ音。二階にあるこの部屋は朝になると目覚ましのように日差しに照らされる。
カーテンはあるのだが、夜空の星を眺めながら眠りにつくのが好きだったため閉めることは滅多になかった。
床には青色の敷物。これは5歳の誕生日にウルカがプレゼントしてくれた手作りのラグだ。そして、その上に同じく誕生日プレゼントでコクエがくれた木製の机がある。お爺ちゃんに教えてもらって作ったものらしく、黒魔道士の家系らしく中央にライトになる発光魔石が設置されており魔力を流し込めば灯りがともる優れモノだ。
窓の横には8歳の誕生日にお母さんとお父さんに買ってもらったラックがある。三段あるラックの一番上に透明度の高い大きな青のクリスタルが置かれていた。村の風習で一日の終わりにこれに触れ祈りを捧げるのだが、ふとできていないことを思い出した。昨日はダンジョンでの疲れがあったせいか、ベッドに横になったとたん意識を失うように眠ってしまったのだ。
(一応いま触れておくか……)
クリスタルへと触れた時、いつも目に入る壁に掛かっている大きな絵。そこには丘から見た星空の絵が描かれていて、この村で一番見晴らしが良いとされている場所だ。
俺が星空が好きなことを知ったラッシュが10歳の誕生日に描いてくれたものだ。あいつ、絵が上手いんだよな。
目を瞑りクリスタルへ祈りを捧げていると、一階から声がした。
「リンー!まだ寝ているのー?」
「起きてるよー!」
俺のこの世界での母親だ。前世では小さなころに両親は亡くなっているので、名を呼ばれるだけでうれしさがこみ上げる。
ふと思い出す。前世での記憶。会社に勤めていたころは朝食どころか昼食もとれなかった。日付を回ったあとの夕食。たまに家へ帰っても眠りにつくだけの部屋で、誰も帰りを待ってはいない寂しく冷たい生活だった。
「あら、なーにリンその寝ぐせ!あたまに爆発魔法でもうけたの?」
「え……?ああっ!?」
「ふふっ、ほーら、はやくなおしてらっしゃい」
「うん、わかった」
心の中にあった冷たい何かが溶けて消えていく。俺の前世はこの幸せを噛みしめる為のモノにさえ思えた。
◇
朝食を済ませ家を出た。昨日のようなダンジョンでの任務は一日おきにあり、今日は休日だ。
「さて、これからどうしようか」
子供の笑い声がどこからか聞こえる。青い草と木々の匂い。背の高い樹木がレンガの歩道脇に並び、隙間から落ちてくる日差しが暖かい。……世界を構成している全て。前世の記憶が戻って改めて実感するリアルなゲーム世界に心が高揚する。
(空気が美味い……排気ガスまみれのあの世界とはまるで違う。風にも透明感があって心地いい。ほんとに俺、【LASTDREAM】の世界に存在しているんだな)
人口約800人のこの村は周囲を深い森と砦に囲まれており、いわゆる外界と隔絶された秘境の地と化していた。しかし、村にあるダンジョンでとれる希少な鉱物、クリスタルを定期的に国王軍へ卸すことで豊かな暮らしができている。
(まあ、それが仇になるんだけど)
旅立ちの日に向けてダンジョンでレベリングしたいけど、日中は任務以外で立ち入ることができない。警備の兵士が入口前にいるためこっそり侵入することも出来ない。
魔王軍がこの村を襲いに来る日は5日後。まあ正しくは魔王軍幹部の配下だけど……いずれにしろ強制イベントであるそれを免れることはできない。
襲来する魔獣のレベルは30~60。倒せなくもないが、問題はその数だ。あんまり記憶にないけど、ざっと見た感じ50体以上はいた気がする。
しかも最悪なのはそいつらを束ねている部隊長が強敵で、レベルも70という化け物。前にシーフで何度か挑んでみたがすぐに無理ゲーだとわかった。
(あの数と戦うには技のキャスト、リキャストが全然間に合わないんだよな。どんどん追い詰められてあっという間にゲームオーバーになる)
けど、もっとやりようはあったかな。ぽつりぽつり案をだしそれを思考する。しかしどう考えても不可能な展開へと想像ですら突き当たってしまう。俺は首を振った。
そうだ。このイベントで「村を守り切ることに成功した」なんて情報はどこの攻略サイトやSNSにもなかった……とてつもないプレイヤー数をほこる【LASTDREAM】では絶対に誰かは試みているはずなのに成功例はゼロ。つまり、このイベントは強制的でクリア不可能ってことなんだよな。
(覚悟しとかないと……みんなとの別れを)
「あー!いたあ!」
「!」
声のした方へ顔を向けるとコクエが遠くで手を振っていた。昨日のダンジョンで来ていた黒いローブではなく、紅い薄手のワンピース。三つ編みにしている横髪がオシャレだ。うーむ。私服も可愛いな。
「おはよ、リン」
「うん……おはよう、コクエ」
駆け寄ってきた彼女。手にはバスケットを持っていてリュックを背負っていた。どこかいく途中なのかな?
「いい天気ね。風が心地いいわ」
「そだね。コクエはどこかお出かけするの?」
「あ、これ?そうそう、あんたと丘にでもピクニック行こうと思って」
「え、俺と?」
「俺……?」
「あ、じゃなくて……私と?」
「?」
不思議そうに首を傾げるコクエ。俺はごまかすように「せっかくだし行こうかな」と笑った。一人称が油断すると前世に引っ張られるな。まあ、あっちの方がリンの倍くらい生きてるし、出やすいのか。
コクエは俺がそう答えると気を取り直したようで、「うん!」と微笑み歩き出した。
「お?」
中央通りから裏山へ抜けるため店の並ぶメインストリートを歩いていると、村の小さな子供に囲まれているラッシュに出くわした。
その4人の子供たちはずいぶん懐かれているようで、一番小さな男の子と女の子が二人彼の服の裾をつかんで歩いていて、他二人もニコニコとしながら彼の後をついて歩いている。
「よう、リン、コクエ。どこ行くんだ?」
「ちょーっと月見丘にね」
「ピクニックに」
「ああ、天気いいしな。確かにピクニック日和だ」
「いいなぁ」「ぴくにっく!」「ぼくたちもしたい」「おなかすいたぁ」
子供たちが口々にそういいラッシュが少し困った顔をする。
「あー、言うと思った。けど、お前たちの飯は家で用意してるだろ。急にピクニックしたいなんて家の人を困らせちゃうぞ。また今度な」
ぽんぽんと子供たちの頭を撫でラッシュ子供を落ち着かせる。それをみていたコクエがしゃがみ子供たちに目線を合わせこういった。
「よし、わかったわ。来週の休日にピクニックしましょう。皆の分の食事をあたしが作ってあげる」
「おおおー」「ほんとー?」「やったぁ」「たのしみ!」
彼女の提案に歓喜する子供ら。ラッシュが両手をあわせジェスチャーで謝っていた。しかしそれに対しコクエは「別にいいわよ」というように首を横へ振る。
「あ、そうだ。リン、コクエ。ピクニックはいいけど気をつけろよ。最近、丘で魔獣が目撃されたって噂があるから」
「みたいね。ま、その駆除もついでにしようと思ってたし問題ないわ」
(え、初耳なんですが……いや、いいんだけど)
「そっか。まあリンがいるなら心配ないな」
「そうそう、リンがいるし。ね?」
「え、ああ、まあ……頑張ります」
すげえ信頼されてるな。まあ、ダンジョンでの一件があるしそうなるのもわかるか。まあ、こっちとしても魔獣を狩れるのは経験値が稼げて嬉しいからいいけど。
しかしこの村で魔獣を裏山で狩るなんてイベントあったっけ?
そんなこんなでラッシュ達と別れた後、裏山の山道を抜け丘へ。ここは【月見丘】と言い、ここらで一番高い場所で、村が一望でき星が綺麗に見えるお気に入りのスポットである。
木製の椅子とテーブルがいくつかあり、食事やお茶するのに皆が利用する。昔、コクエのお爺ちゃんが魔法で木を生やして作ったものらしく、彼女のお気に入りだ。
テーブルの上へとクロスを敷き、彼女はバスケットの中身を皿へ並べる。主食はサンドイッチ、ウィンナーやナゲットのような肉類もある。ディップできるように小皿にケチャップとマヨネーズも出し、めしあがれとコクエが手を向けた。
「いただきます」
サンドイッチを一口食べる。パンが焼かれてあってざっくりとした口当たりがいい。中身はトマト、スクランブルエッグ、マッシュポテトに胡椒とオリーブで風味が付けられており、とても美味しく絶品だった。
「すごく美味しいよ、コクエ!」
「そう、それならよかった。これ今度のお祭りにも出そうかなって考えててね、感想が聞きたかったの」
「ほんとに!?絶対みんな喜ぶよ!!」
「……うん、ありがと」
少し照れくさそうに視線を外すコクエ。
村の女性陣は料理上手が多い。けれどコクエとウルカの腕は中でも別格だった。コクエがいっていたように、この村では年に数度のお祭りがあるのだが、そこでふるまわれる料理でも二人の作る物は1,2を争うほどで多くの人の笑顔を生む。
ぶっちゃけこれが食べられるだけでも魔獣を狩るに理由に足るよな、と思ったりするほどだ。
(祭り……そういえば来週だな。まあ、そんな日は来ないんだろうけど)
手に持つ食べかけのサンドイッチに視線を落とした。
「けど、最近物騒よね。今まで魔獣なんか出たことなかったのに」
「この場所のこと?」
「ええ。けどそれだけじゃないわ。村でも夜な夜な怪しい人が徘徊してるって話だし。もしかしたら魔族か悪魔かもって話しよ」
「え、嘘……」
「ほんとよ。まあ噂だし真実はわからないけどね。それに、ダンジョンの下層にはあのデビルオークのような強い魔獣もいる……こんな小さな村でも危険がいっぱいで困っちゃうわよ」
徘徊している謎の人物。もしかするとお使いクエストのような何かしらのイベントかもな。それも隠しクエストだったりして。
それとダンジョンか……そうだよな。あれが高難度ダンジョンで高レベルの魔獣がいることを知っているのはプレイヤーだけ。這い出てくるかもと不安になるのも無理はないか。
「……ラッシュの連れてたあの子たち。リンも知っていると思うけど、前にあった魔族との戦争で父親が亡くなった子たちなのよね。ラッシュもその戦いでお兄さんを失ったからその辛さが人一倍わかるんだと思う。だから休みの日は必ずあの子たちと遊んであげている……あの子らが寂しくならないようにね」
そうだな。リンとしてずっと見てきた。彼が誰よりも優しく、愛情深いことは俺も知ってる。いや、でもそれは……ラッシュだけじゃない。
「ウルカもそう。あのダンジョンの深くで、お母さんと会えた時の涙を見て思った。あたしたちの任務は死と隣り合わせだけど、死ねば悲しむ人がかならずいる……当り前よね。でも、現実に死をリアルに感じて、あたしはそれを深く理解したわ」
「うん……そうだね」
「だから、ね」
コクエはまっすぐな真剣で瞳で俺を射抜く。
「あたし、強くなりたいの。皆をそういうものから守れるように。安心して幸せに暮らせるように……だから教えて。リンの強さを」
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