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しおりを挟む月明かり。変わらない何度目かの空を見ながら俺はダンジョンへと潜る。とりあえず、レベルを100以上にしよう。それからできる限り有用なアイテムを探す。
洞穴の縁にロープをかけ降りる。
扉を開け、下層へと進む。
(……また長い戦いが始まる。いや、続いていると言った方が正確か)
陰鬱な思いと共に一歩を踏み出そうとしたその時、遠くで微かな声がきこえた。
(!?、人の声がした……?)
警戒態勢に入った瞬間、先ほど降りてきた洞穴からロープが伸びきた。なんだ!?誰か来る!?
するするとロープを伝い降りてきた人物、それは。
「よお、リン」
「ラッシュ……なんで、君が」
「あたしたちもいるわよ!」
ラッシュに次いでコクエ、ウルカまでもが降りてきた。どういうことだ……この世界ではまだウルカにこのダンジョンを教えてはいない。なぜわかった?
「……いや、なんで来てるの?ここダンジョンだよ」
「そんなの知ってるわよ。ここあれでしょ【デビルオーク】いた場所じゃない」
三人とも、どういうつもりだ?
「とにかく、ここは危険だからすぐに帰った方が良い」
「そうだな。危険だからリンも帰ろうぜ」
「いや、私はやらなくちゃならないことがあるから」
「じゃああたし達もついていくわよ」
「……や、だから危ないんだって。私一人でいくからみんなは帰ってくれない」
「それは断る」
ウルカが聞き分けない。今朝余計なことを言ったのがまずかったか?
「君たちの目的はなんなの?」
ラッシュが俺の問いに答える。
「いやあ、なんかリンが隠し事してるみたいだからさ。腹割ってはなそうかなって……なんで一人でダンジョンに来てるんだよ?」
「それは……」
決まっている。レベルをあげて強くなって、皆を救いたいから。でも、そんなこと言えるわけがないし、言って余計な不安も与えたくない。ぜんぶ俺一人でなんとかするから、心配しないで良い……どう伝えればいい。
「ただ単に強くなりたいからだよ。それだけ」
「なんで強くなりたいの?」
コクエがいう。自分の中に苛立ちがつのっていくのがわかる。
「……皆を守るため」
「そう。あたしと同じね」
コクエはあの日、月見丘で見せたように笑った。
「だったらあたしも連れて行って。強くなりたいから」
……何を言ってるんだ?
「いや、無理だ。この先の魔獣はレベルが高い……私でも下手すれば死ぬ。それくらい強い魔獣がいる」
「ならなおさら一人でいかせられないだろ。心配だし」
分かれよ。お前らがいたら不安で仕方がないんだ。
「……わかったような事いわないでよ。私がどういう思いでここにいるのかも知らないで」
自分の声が荒くなっているのが分かった。しかし、なぜか彼らは意に介さず退かない。だから、言葉では無理だと悟りラッシュの前まで行き圧をかける。早く立ち去れと。
「ああ、知らないね。お前、なにも言わないし――うおっ!?」
「なんでわかってくれないんだ!!私は失いたくないだけなのに!!」
気が付けばラッシュへと掴みかかっていた。反射的に行った行動に自らも驚き困惑する。けれどラッシュは怯まない。それどころか言い返してくる。
「わかるわけねえだろ!!わかってほしけりゃちゃんと言葉で伝えろ!!」
流石は戦士と言ったところか上手く投げ飛ばされ地面を転がる。が、ラッシュの胸ぐらをつかんだままだったのでラッシュも必然的に倒れこむ。馬乗りになり、彼の胸を叩く。ぽたぽたと落ちる雫。自分が泣いているのだとそこで気が付いた。
「……なんで、私……」
まるで子供のように嗚咽まじりで泣いていた。堰を切ったそれはもう止めることができず雪崩出す。
「僕らはちゃんと聞くよ。君がそうまでして頑なに一人で抱え込んでいたんだ。力になれないのかもしれない……でも、それでも教えてほしい。なにがあったんだい?」
苦しみから逃げたい一心だった。皆の笑顔で緩んだ心が、すがるように言葉を紡ぎ始めた。
「……この村は、もうすぐ……魔族に攻め込まれて、皆が死ぬ」
場の凍った空気を感じた。もしかしたら頭がおかしくなってしまったのか?何を言ってるんだこいつは?と思われたのかもしれない……けれど俺は言葉を続ける。
「ラッシュ、コクエ、ウルカ……皆も死ぬんだ。何度も見てきた。救おうとあがいたけれど、どれだけ強くなっても、策を練っても、誰一人救えなかった……村は焼かれ、襲い来る魔族に蹂躙され、そのたびに……皆の最期を見てきた」
冷たくなる手を、燃えていく子供のぬいぐるみを、誰かを庇って潰れた命を。
「……だから、一人にしてくれ……もう皆が死ぬところを私は見たくない。失いたくない。だから、今までずっと一人で戦ってきた……ちゃんと私が一人で何とかするから、ついてこないでくれ」
怖くてみんなの顔が見られない。突然こんな支離滅裂なことを言われたら、俺なら距離を置きたくなる。
「なるほど。つまり、その話が本当なら、リンは未来からやってきているんだね。何かしらの力を使って過去に遡っている……そうか、なるほど」
思いのほかあっさりと受け入れてしまうウルカに俺は唖然とする。思わず涙が止まってしまった。
「……こんな話を信じるの?」
「まあ、普通は信じられないよね。それに村の皆が殺されるなんて信じたくもない。でも、それなら君のその異常な強さや性格の変化に辻褄があってくる……」
「そうね。初任務の時、リンは突然変わった。多分そこからループ状態にはいったんじゃない?」
「ああ、確かに。あの時の魔獣との戦闘、今までのリンの動きじゃなかったからね」
「いや、まてまて!お前ら普通に受け入れすぎだろ!」
ラッシュが困惑した声で言う。
「リンがずっと一人で戦ってきただって……?」
俺に馬乗りにされているラッシュ。悲しそうな、どこか怒りを秘めたような表情でこちらを見ていた。
「何度も失敗た?俺たちの最期を見た?皆を失いたくない?だから一人でやるだって?……お前、ふざけんなよ。なんで俺たちを頼らなかったんだよ!」
「……魔族を倒せたとしても、誰かが死んでいたら意味がない……」
「お前はいいのかよ」
「私は何度もやり直せる」
「もう、心が擦り切れそうになってるのにか?お前、もう壊れそうじゃねえかよ!」
言い返せない。確かに俺の精神はもう限界に来ていた。だからこそ前のトライでコンテニューを放棄しそうになったんだから。
ラッシュの言葉に何かを打ち抜かれたような気がした。
「リン。君が何度もやり直せるなら、一度だけ僕らに頼ってみてくれないか?」
「一度だけ……」
「そうね。どうせ皆死ぬのなら皆で戦ってみるのもいいわ。誰かが死んだらリンはループする。どう?」
「……でも、それは……」
「何度繰り返してきたかはわからないけど、その様子を見るにかなりの数をリトライしてきたんだろう?それでうまくいってないなら何かを変えてみた方が良い」
コクエとウルカが微笑んだ。
「もう無駄だぜ?」
ラッシュが言った。
「この話を聞いた以上、俺らも村を守るために動く。もう止められないぞ」
「リン、いくらあなたが強くても一人じゃできないことはある。わかってるんでしょ」
「僕らを頼ってくれ。皆で戦おう」「ワン!」
ラッシュが微笑む。
「もう一人で命をかけんのは止めろ。やるなら俺たちも一緒にだ……仲間だろ」
(……前にも、似たようなことがあった)
まだ『私』が『俺』でなかった頃。ある日高い木に風船が引っかかってそれをとろうと落ちて怪我をしたことがあった。
着地に失敗し、足をくじいて泣いていた。うずくまり遠くにある赤い風船を見ていた。もう絶対に届かない、そう思っていた……そんな時。
「大丈夫?リン、どうしたの」
通りかかったウルカが声をかけてくれた。
「ううん、何でもない」
「はあ?何でもないって、泣いてんじゃん。理由いいなさいよ」
ウルカの隣に居たコクエが言う。
「……別に、なにも……」
失敗。自分の油断で手放した風船。それを間抜けだと笑われそうで逃げたくなった。その場を離れようと立ち上がった時、足に痛みが走り取れこんでしまった。
「っと、あぶねえ……セーフ!」
しかし転んだ先。ラッシュが下敷きになっていて、倒れるのを防いでくれた。
「ナイス!ラッシュ、ほめてあげるわ!」
「なんでコクエが偉そうなんだよ」
ジト目で睨むラッシュ。それも意に介さず涼しげな表情のコクエ。それを笑うウルカと私を心配してか顔を舐めるカムイ。
「……なんでみんながここに」
「いや、なんか遠くで木に登ってるやついるなーって見てたらリンだったから。あぶねえと思ってきたんだよ……もしかして、あの風船とろうとしてたのか?」
ラッシュが指さす先に取ろうとして失敗した風船があった。私は頷く。笑われるのを覚悟で。遥か向こう、私の三倍以上もあろうかという樹木。客観的にみればどうしたってもうあれをとることはできないことがわかる。
けれど彼らの反応は予想とは違ったものだった。
「よし、リン。ちょっとまってろ」
ラッシュは立ち上がり木に登り始める。
「ま、まって、あんなに高い所に引っかかってるんだよ?取れないよ!」
私が慌ててそう言うとラッシュがこう返してきた。
「でもあれ、大切なんだろ?祭りでお父さんに買ってもらったやつだもんな」
「え、あ……見てたの?」
「ん?ああ、ま、まあな」
「でも危ないからいいよ。降りてきて」
「大丈夫よリン。あいつが落ちてきてもあたしの風魔法で受け止めてあげるから」
「おお、あの攻撃力皆無で吹き飛ばすしかできない風魔法かー」
「はあん?あんまり余計なこと言うと手元が狂うわよ?ラッシュ」
「あははは、怖いね。なら僕とカムイはラッシュが落ちた時に風船を受け取る役をしようかな」「ワン!」
「……あのー、不吉なこと言わないでくれるか?」
するすると登っていくラッシュ。あっという間に風船へとたどり着き、かかっていた部分をほどく。見事彼は風船を手に入れ降りようとしたその時、不運にも突風が吹き木から引きはがされた。
「うおおおおお!?やりやがったなコクエエエエエエ!!」
「は、はぁあああ!?あたしじゃないわよ!!」
大慌てでコクエは魔法を詠唱。地面ぎりぎりの地点でラッシュの体を浮かせることに成功した。が、その拍子にするりと手の中から抜けた風船。再び空へ戻っていこうとする。
「カムイ!!」
ウルカの指示を受け、木を駆け上るカムイ。宙へと跳び、風船の紐を口でキャッチする。そして落下するカムイを下にいたウルカが受け止めた。
「「やったー!!」」
「はい、リン」
「……ありがとう…‥みんな」
もう無理だと思っていた風船は私の手元に返ってきた。皆が力を貸してくれたおかげで。多分、一人じゃ諦めてた。
「ラッシュ」
「ん?」
さっき落ちた時に枝に引っ掛けたのだろう、体が擦り傷だらけだ。私は魔力を集めヒールする。
「おお、ありがと。リン」
「ううん、こっちこそ……ありがとう」
「うん。でも、もう一人で無茶すんなよ?お前が落ちた時肝が冷えたぜ」
「あたしは見ては無いけど、そうね。こんな高さの木から落ちたら命に係わるわよ」
「リン、君にもしものことがあったら悔やんでも悔やみきれないからね。もうこういうことはやめよう」
ラッシュが言った。
「仲間だろ。いつでも頼れよ、リン」
――あの時の私は、その言葉の意味を、皆の想いを理解してなかった。
そうだ……そうなんだ。
私は何度もやり直せる、けれど心配してくれる人たちがいる。
だから……私の命は自分だけのモノじゃないんだ。
ずっと俺は一人で戦ってきた。社畜時代、誰かに助けを求めたところで伸ばした手を取ってくれる人はいなかった。
なんでも一人で抱えて解決するのが当たり前だった。
人は皆弱く、自分の抱えているモノだけで精一杯で。
だから、人は一人では生きていけないなんてセリフは弱い人間の言い訳で。
自分の事は自分で、できなければそこまでなんだと……そう、ずっと思っていたんだ。
『――信じてみろよ』
ふと誰かに言われた気がした。
(……人を、信じる強さ)
ダンジョンで言われた言葉が蘇る。彼は言った。人は一人じゃ生きていけない、だから助けてもらう。それはかなりの勇気がいることだ、と。
俺は腰にあるダガーに触れる。
彼が優しく微笑んでいる気がした。
(……一人じゃ駄目だった。でも、皆となら……もしかしたら)
俺は湧いた勇気を救い取るように握りしめた。
「……わかった」
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