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エピローグ 瑠璃ちゃんにありがとう

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 照り付ける真夏の太陽、VRではないれっきとした本物の太陽だ。
 八月のビーチではそこかしこにパラソルが立ち、海の家がならび、子供や若者が嬌声を上げながらはしゃぎまわっていた。
 ビーチパラソルの下に真司と加奈子がいる、二人とも水着姿で、まばゆい太陽に目を細めていた。

「真司君、良く冷えたコーラです」
「ありがとう、加奈ちゃん」
「真司君、元気になりましたね。一時期はダメかと思いました」
 真司はコーラを一口飲み、そうだねとつぶやいた。

「何度も不安で潰されそうになった。加奈ちゃんのおかげだよ。ここまでやってこれたのはさ」
「そんな、私なんて何にもしてないですよ」
「いや、何度も加奈ちゃんの優しさには救われたよ」
 真司がふと遠くを見た。加奈子もその視線の先を追う、穏やかな波が揺れていた。

「あの手術の時からもう半年以上経つんですね」
「うん、もう半年だ」
「ゲーム初めて一年半くらいたつのにまだ80まで行けませんでしたね」
「うん、ずっと目標にしてたのにね」
「あれからずっとがちゃがちゃしてたからね」

 ふと、沈黙がおちる。二人はこの半年間に想いを馳せた。
 それはつらく苦しい半年だった。
 そう……長くて、でも……実りある。

「真ちゃーん」
 遠く響いた声に顔を上げた。
 瑠璃子だった。
 水着姿の瑠璃子が脚を引きずりながらこちらに歩いてくる。
 ゆっくり、ゆっくり、でも確実に進んでくる。

 この半年の間、瑠璃子は何度も生死の境をさまよった。
 死の淵のギリギリまで落ちた後、瑠璃子はゆっくり回復していった。
 新型の治療用ナノマシンによる神経の復元が少しづつだが利きはじめ、瑠璃子はまた歩けるようになった。

 今日は瑠璃子のかねてからの夢であった本当の海での海水浴を実行する日だった。
「あ、コーラずるい」
「瑠璃ちゃんの分もありますよ」
 そう言って加奈子がクーラーボックスからコーラを取りだして瑠璃子に渡した。
 瑠璃子はそれをコクコクと飲んで、プハーと息をついた。
 以前よりもずっと良い飲みっぷりだった。

 水着姿の瑠璃子はまた可愛らしく、一時は骨と皮の様に痩せた身体も、以前の様な豊満な身体つきに戻りつつあった。
 相変わらず真っ白い肌にはしっかりと日焼け止めが施されていた。
 栗色の髪が真夏の太陽に光る、まるで妖精みたいだと真司は思った。

「海って熱いんだね」
「熱い方が泳いだとき気持ち良いだろ?」
「そうだね~」
「はい、浮き輪だよ」
 加奈子が浮き輪を渡す。
「ありがと~」
 瑠璃子と浮き輪の組み合わせはとても可愛かった。ファンシーガラの大きな浮き輪、まるで小学生みたいだったが瑠璃子によく似合った。

「泳げるかな?」
「大丈夫、瑠璃ちゃんは本当は運動神経いいからね」
「あはっ、ゲームの中ではね」
 瑠璃子が笑う、そこには死にかけの少女だった面影はもうどこにも残ってなかった。ただひたすらに元気そうな女の子がいた。
「いこッ慎ちゃん」
「ああ……行こう」

 脚を引きずりながら、ちょっとずつ海に近づく、波が瑠璃子の足先を捉えた。
「あはっ……冷たい」
 そのままゆっくり進む、膝まで水に浸かり、やがて腰まで、それでも瑠璃子は止まらない。
「うんしょ、うんしょ、うんしょ」
「いいぞ、瑠璃ちゃん」
 真司は涙が出そうになるのをぐっと堪えた。

 やがて胸まで水に浸かった。
 海の青に瑠璃子の水着姿が映える。大きな瞳に波の白が映りこんで、瞬間夏の日差しにキラリと輝いた。

「わっ! わっ! わっ! 波が凄い、真ちゃん助けて」
 真司は瑠璃子のそばまで行ってその身体を抱き留めた。
「ありがと~、やっぱり真ちゃんは頼りになる」
 真司に支えられながら、麻痺した足を一生懸命動かして水の中を進んだ。

「おおっ、私、泳いでる?」
「うん、上手だよ瑠璃ちゃん」
「やっっ! ほーーーーーー」



 もう、海は瑠璃子のものだった。
 輝くばかりの命の喜びと、ひたすら愛おしい瑠璃子。
 ありがとう神様、瑠璃ちゃんを連れていかないで、ありがとう瑠璃ちゃん、その頑張りにありがとう。
 ありがとう加奈ちゃん、その優しさにありがとう、みんなにありがとう。もう一度ありがとう。
 真司の心は喜びで満たされた。

 仮想(ゆめ)と貴方おしまい
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