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怪談 山中の精神病院
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山の怖い話とかありますよね。山じゃなくともキャンプ場や高原トレッキング中に不可思議な音を聞いたり、不思議なものを目撃するという体験をした方は多いようです。
アウトドア関係の掲示板なんかに行くと時々こんな不思議な体験や怖い体験の話が聞けます。
そう、アウトドアのベテランの人はだいたい一度や二度は怖い体験や不思議な体験をしているんですよね。これはバックパック一つで各地を旅行して回っていた、仮にAさんとしておきましょうか彼の体験談です。
それでは聞いてください。山中の精神病院。
○
俺は大学の夏休みを利用してN県に旅行に来ていた。特に目的を決めず、N県の各所をウロウロしながら、N県の豊かな山林を楽しんだり、美味い物を食ったりと気ままな旅行だった。
友人のBと共に男二人旅、できれば彼女の方が良かったが、どちらかと言うと奥手な俺には当分彼女はできそうになかった。
N県に到着してから三日目くらい、有名な国宝のお城のある市街地を観光して回り、ちょっと山が見たいよねと思った俺たち。きちんとした登山装備ではなかったものだから本格的な登山は断念して、標高のあまり高くない高原をトレッキングしていた。
市街地からバスやタクシーを使えば簡単に行ける高原だったが、お金がなく、特に時間にも縛られていない俺たちは徒歩で山道を進んでいた。
山間の道路は交通量もあまりなく、とにかく空気が綺麗で、初夏のわりにはとても涼しく、快適な旅を満喫していた。そうその時までは。
急に天候が悪くなった。
「この林の中の遊歩道を行けば一時間くらいは短縮できるな」
Bが高原の道路の分かれ道に差し掛かったところでスマホの地図を見ながらそう言った。Bの指し示す道は舗装もされていない遊歩道で高原ウォーキングコースと名付けられていたが、熊でも出そうな山道だった。
「もうすぐ暗くなりそうだし、天気も不穏だな」
辺りはうっすらと夕暮れがさし、昼頃まで青かった空には黒くて厚い雲が覆っていた。
「確かに早く宿のあるところまで行きたいな」
一応最低限の野宿くらいはできる装備を持っていたが、雨が降ったらめんどくさいことになる。雨具もあるが荷物を濡らしたくないので雨の中の移動は極力避けたかった。
しかしどうにもその山道には不吉なものを感じた。Bも同じことを思ったのか躊躇している様子だ。天気が許せば広くて明るい道をたぶん行っただろう。
「止む終えんこっちを行こう、とにかく雨の前に屋根のある所へ行きたい」
「そうだな」
俺たちは結局うっそうと両脇を草木が茂る山道を進むことを選択した。
山道を三十分くらい進んだ。辺りは原生林が茂り、時々使われていない別荘の様な建物やら樹木の伐採場があるくらいで人影はほとんど無かった。
「やべえ、降ってきやがった」
黒くて厚い雲を見た時から、嫌な予感がしていたが、それは本当に滝の様な雨だった。
「まずいな」
傘を出してさしてみるが、横殴りの雨がザックに当たるのは避けられなかった。
俺たちはとりあえず雨宿りできる場所を探して走った。
その建物は俺たちをまるで待っているかの様に立っていた。
原生林が急に途切れて、広い場所に出た。その建物は白くて大きかった。
一見清潔で綺麗な洋風建築に見えたが、窓に異様に頑丈そうな鉄格子がかけられていて、監獄の様でもあった。
不気味だな、と俺もBも思ったようだったが、その時は口に出さなかった。
辺りはもう大分暗くなっていて、この雨の中、舗装もされていない山道を進むのは危険だと判断した。
入口の白い大きなドアの前に屋根が突き出していて、何とか雨がしのげそうには見える。
とりあえず玄関に腰をおろし、入口のドアを調べてみた。
ぎいいときしんだ音をたててドアは空いた。
「空いてるな」
Bが首を突っ込んで中を見る。
「暗いけど、最悪ここで野宿できるな」
うわ、嫌だな。とっさに俺は思ったが背に腹は代えられない。
横殴りの雨が玄関の中まで濡らし始めたので俺たちはしぶしぶ中に入った。
中は真っ暗なそれこそ完全な廃墟だった。
小型のランタンに明かりを灯し中をうかがうとどうやらそこは病院の様だった。受付カウンターの様なエントランスから廊下が奥に伸びていた。
「奥はどうなってるんだろうな?」
俺たちは中を少し進んでみた。奥には食堂の様なスペースや病室と思しき小部屋がいくつかあった。
その中の病室と思しき一室で俺たちは野宿をすることに決めた。
病室の中は荒れ果ててるというほどではなかったが、ほこりが積もりベッドが置いてあったがとても使う気にはなれなかった。
部屋の中はすでに暗く、シンと静まりかえっていた。壁が白く床も白かった。何もない寂しい部屋だなと思った。
寝床用のマットをひいてそこに座る、そしてザックの中を確かめる。表面は雨にうたれていたが、中の荷物は無事だった。
ほっと一息つく、どうやらめんどくさい事態は避けられたようだ。
雨にうたれて身体が冷えていたのでクッカーとストーブでお湯を沸かしコーヒーを飲んだ。
俺はスマホで天気予報を見てみる。
「どうやらこの雨しばらく続くな」
「まいったな、今日はここで寝るのか」
Bが心配そうに辺りを見回した。
幸い食料はあったし、初夏なんで夜でもそこまで冷え込まない。
食事を済ますとすることもないので俺たちは早々に寝袋に潜り込んだ。
山の中のせいかその廃病院の闇は深かった。夜更けにはランタンの明かりがないともう何も見えないくらいになった。
俺はうつらうつらと浅い眠りを繰りかえし、時々目を覚ますというのを繰りかえしていた。
そうこうしているうちに時刻は深夜になっていた。
俺がふと目を覚まし顔を上げるとBが寝袋からごそごそと出てくるところだった。
Bは俺が起きたことに気がつくと「ちょっとションベンに行ってくる」と言ってランタンを持って病室の外へ出て行った。
Bが出ていくと辺りは深い闇に包まれた。横になっていると次第に目が慣れてくる。じっと横になっていると辺りの音がよく聞こえた。
虫の鳴き声、雨音、原生林が風に揺れる音。そんな音に聞き入っていると結構時間が経った気がした。
Bの奴どこまで行ったんだ? 俺が疑問に思った辺りで入口辺りに足音が聞えた。
最初、Bが帰って来たんだろうと思った。それにしては明かりが見えない、持って行ったランタンはどうしたんだろうか? 電池切れか? それに何故入口にじっと立っているんだろう?
いくつもの疑問が頭をよぎり、俺は入口に立つBを探して顔を上げた。
その瞬間ぞっとした。見えたのは白い足だったのだ。Bはトレーナーにジーンズ姿、真っ白い足は明らかにBのものとは違った。
脚より上は良く見えないが、着ているのは白いゆったりとした病院の患者が着るような服に見えた。
脚は入口にじっと立っていたが、そのうちひたりひたりとこちらに向かって歩いてきた。
うわぁやめてくれ、助けを呼びたくなるのだが声は少しもでなかった。呼吸も満足にできない。
わきの下を冷たい汗が流れた。そういえば身体もなぜか自由に動かなかった。
足音はひたりひたりと確実にこちらに近づいてくる。ついに俺の頭のすぐ上まで来て止まった。
俺は脂汗を流しながら固く目をつむっていた。どうか見間違いであってくれ、そしてBが早く帰って来てくれることをひたすら祈った。
ぼそぼそぼそと白い影が何かしゃべった。そこでたまらず俺は目を開けた。
女だった。真っ白い衣服にガラス細工の様な異様に黒光りする目を持った髪の長い女が俺を見下ろしていた。
叫び声を上げそうになったが、ひゅーひゅーと言う息がでるだけで声が出ない。
女がニヤリと笑った。それはすごく悪意に満ちた笑みだった。
「一緒に死んでくれる?」
そこで俺の意識は暗闇に転がり落ちた。
「おい、起きろよ」
Bに揺すられて俺は起きた。嫌な汗をかいたせいか身体が冷たい。
窓からは陽射しが差し込んで明るい、雨もあがったようだ。
「気持ち悪い所だな、早く出ようぜ」
Bがそう言ったので俺はコクコクと頷いた。
「あれ、何だろうな」
Bがドアの方を指し示す。その白い病室のドアを見たところで、俺の背筋にまた寒気が走った。
ドアにはなんと無数の手形が付いていたのだ。
赤い錆びの様な血の様にも見える手形がドア一面にびっしりと。
俺たちは逃げるようにその廃病院を後にした。
Bに昨晩のことを話すと、Bも姿こそ見なかったものの二階や奥の部屋から人が居るような物音を聞いて、すごく不気味だったと話した。
その後気になって、この廃墟のことを少し調べてみた。そこはどうやら精神病院だったそうだ。
使われていた当時の精神医療は劣悪で、実質監獄と変わらない隔離施設のようだったそうです。
あの女は病院に閉じ込められて、今もあそこで一緒に死んでくれる人を探しているんでしょうかね?
山中の精神病院 終
アウトドア関係の掲示板なんかに行くと時々こんな不思議な体験や怖い体験の話が聞けます。
そう、アウトドアのベテランの人はだいたい一度や二度は怖い体験や不思議な体験をしているんですよね。これはバックパック一つで各地を旅行して回っていた、仮にAさんとしておきましょうか彼の体験談です。
それでは聞いてください。山中の精神病院。
○
俺は大学の夏休みを利用してN県に旅行に来ていた。特に目的を決めず、N県の各所をウロウロしながら、N県の豊かな山林を楽しんだり、美味い物を食ったりと気ままな旅行だった。
友人のBと共に男二人旅、できれば彼女の方が良かったが、どちらかと言うと奥手な俺には当分彼女はできそうになかった。
N県に到着してから三日目くらい、有名な国宝のお城のある市街地を観光して回り、ちょっと山が見たいよねと思った俺たち。きちんとした登山装備ではなかったものだから本格的な登山は断念して、標高のあまり高くない高原をトレッキングしていた。
市街地からバスやタクシーを使えば簡単に行ける高原だったが、お金がなく、特に時間にも縛られていない俺たちは徒歩で山道を進んでいた。
山間の道路は交通量もあまりなく、とにかく空気が綺麗で、初夏のわりにはとても涼しく、快適な旅を満喫していた。そうその時までは。
急に天候が悪くなった。
「この林の中の遊歩道を行けば一時間くらいは短縮できるな」
Bが高原の道路の分かれ道に差し掛かったところでスマホの地図を見ながらそう言った。Bの指し示す道は舗装もされていない遊歩道で高原ウォーキングコースと名付けられていたが、熊でも出そうな山道だった。
「もうすぐ暗くなりそうだし、天気も不穏だな」
辺りはうっすらと夕暮れがさし、昼頃まで青かった空には黒くて厚い雲が覆っていた。
「確かに早く宿のあるところまで行きたいな」
一応最低限の野宿くらいはできる装備を持っていたが、雨が降ったらめんどくさいことになる。雨具もあるが荷物を濡らしたくないので雨の中の移動は極力避けたかった。
しかしどうにもその山道には不吉なものを感じた。Bも同じことを思ったのか躊躇している様子だ。天気が許せば広くて明るい道をたぶん行っただろう。
「止む終えんこっちを行こう、とにかく雨の前に屋根のある所へ行きたい」
「そうだな」
俺たちは結局うっそうと両脇を草木が茂る山道を進むことを選択した。
山道を三十分くらい進んだ。辺りは原生林が茂り、時々使われていない別荘の様な建物やら樹木の伐採場があるくらいで人影はほとんど無かった。
「やべえ、降ってきやがった」
黒くて厚い雲を見た時から、嫌な予感がしていたが、それは本当に滝の様な雨だった。
「まずいな」
傘を出してさしてみるが、横殴りの雨がザックに当たるのは避けられなかった。
俺たちはとりあえず雨宿りできる場所を探して走った。
その建物は俺たちをまるで待っているかの様に立っていた。
原生林が急に途切れて、広い場所に出た。その建物は白くて大きかった。
一見清潔で綺麗な洋風建築に見えたが、窓に異様に頑丈そうな鉄格子がかけられていて、監獄の様でもあった。
不気味だな、と俺もBも思ったようだったが、その時は口に出さなかった。
辺りはもう大分暗くなっていて、この雨の中、舗装もされていない山道を進むのは危険だと判断した。
入口の白い大きなドアの前に屋根が突き出していて、何とか雨がしのげそうには見える。
とりあえず玄関に腰をおろし、入口のドアを調べてみた。
ぎいいときしんだ音をたててドアは空いた。
「空いてるな」
Bが首を突っ込んで中を見る。
「暗いけど、最悪ここで野宿できるな」
うわ、嫌だな。とっさに俺は思ったが背に腹は代えられない。
横殴りの雨が玄関の中まで濡らし始めたので俺たちはしぶしぶ中に入った。
中は真っ暗なそれこそ完全な廃墟だった。
小型のランタンに明かりを灯し中をうかがうとどうやらそこは病院の様だった。受付カウンターの様なエントランスから廊下が奥に伸びていた。
「奥はどうなってるんだろうな?」
俺たちは中を少し進んでみた。奥には食堂の様なスペースや病室と思しき小部屋がいくつかあった。
その中の病室と思しき一室で俺たちは野宿をすることに決めた。
病室の中は荒れ果ててるというほどではなかったが、ほこりが積もりベッドが置いてあったがとても使う気にはなれなかった。
部屋の中はすでに暗く、シンと静まりかえっていた。壁が白く床も白かった。何もない寂しい部屋だなと思った。
寝床用のマットをひいてそこに座る、そしてザックの中を確かめる。表面は雨にうたれていたが、中の荷物は無事だった。
ほっと一息つく、どうやらめんどくさい事態は避けられたようだ。
雨にうたれて身体が冷えていたのでクッカーとストーブでお湯を沸かしコーヒーを飲んだ。
俺はスマホで天気予報を見てみる。
「どうやらこの雨しばらく続くな」
「まいったな、今日はここで寝るのか」
Bが心配そうに辺りを見回した。
幸い食料はあったし、初夏なんで夜でもそこまで冷え込まない。
食事を済ますとすることもないので俺たちは早々に寝袋に潜り込んだ。
山の中のせいかその廃病院の闇は深かった。夜更けにはランタンの明かりがないともう何も見えないくらいになった。
俺はうつらうつらと浅い眠りを繰りかえし、時々目を覚ますというのを繰りかえしていた。
そうこうしているうちに時刻は深夜になっていた。
俺がふと目を覚まし顔を上げるとBが寝袋からごそごそと出てくるところだった。
Bは俺が起きたことに気がつくと「ちょっとションベンに行ってくる」と言ってランタンを持って病室の外へ出て行った。
Bが出ていくと辺りは深い闇に包まれた。横になっていると次第に目が慣れてくる。じっと横になっていると辺りの音がよく聞こえた。
虫の鳴き声、雨音、原生林が風に揺れる音。そんな音に聞き入っていると結構時間が経った気がした。
Bの奴どこまで行ったんだ? 俺が疑問に思った辺りで入口辺りに足音が聞えた。
最初、Bが帰って来たんだろうと思った。それにしては明かりが見えない、持って行ったランタンはどうしたんだろうか? 電池切れか? それに何故入口にじっと立っているんだろう?
いくつもの疑問が頭をよぎり、俺は入口に立つBを探して顔を上げた。
その瞬間ぞっとした。見えたのは白い足だったのだ。Bはトレーナーにジーンズ姿、真っ白い足は明らかにBのものとは違った。
脚より上は良く見えないが、着ているのは白いゆったりとした病院の患者が着るような服に見えた。
脚は入口にじっと立っていたが、そのうちひたりひたりとこちらに向かって歩いてきた。
うわぁやめてくれ、助けを呼びたくなるのだが声は少しもでなかった。呼吸も満足にできない。
わきの下を冷たい汗が流れた。そういえば身体もなぜか自由に動かなかった。
足音はひたりひたりと確実にこちらに近づいてくる。ついに俺の頭のすぐ上まで来て止まった。
俺は脂汗を流しながら固く目をつむっていた。どうか見間違いであってくれ、そしてBが早く帰って来てくれることをひたすら祈った。
ぼそぼそぼそと白い影が何かしゃべった。そこでたまらず俺は目を開けた。
女だった。真っ白い衣服にガラス細工の様な異様に黒光りする目を持った髪の長い女が俺を見下ろしていた。
叫び声を上げそうになったが、ひゅーひゅーと言う息がでるだけで声が出ない。
女がニヤリと笑った。それはすごく悪意に満ちた笑みだった。
「一緒に死んでくれる?」
そこで俺の意識は暗闇に転がり落ちた。
「おい、起きろよ」
Bに揺すられて俺は起きた。嫌な汗をかいたせいか身体が冷たい。
窓からは陽射しが差し込んで明るい、雨もあがったようだ。
「気持ち悪い所だな、早く出ようぜ」
Bがそう言ったので俺はコクコクと頷いた。
「あれ、何だろうな」
Bがドアの方を指し示す。その白い病室のドアを見たところで、俺の背筋にまた寒気が走った。
ドアにはなんと無数の手形が付いていたのだ。
赤い錆びの様な血の様にも見える手形がドア一面にびっしりと。
俺たちは逃げるようにその廃病院を後にした。
Bに昨晩のことを話すと、Bも姿こそ見なかったものの二階や奥の部屋から人が居るような物音を聞いて、すごく不気味だったと話した。
その後気になって、この廃墟のことを少し調べてみた。そこはどうやら精神病院だったそうだ。
使われていた当時の精神医療は劣悪で、実質監獄と変わらない隔離施設のようだったそうです。
あの女は病院に閉じ込められて、今もあそこで一緒に死んでくれる人を探しているんでしょうかね?
山中の精神病院 終
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