怪談居酒屋~幽へようこそ~

文字の大きさ
6 / 12

下にいる③

しおりを挟む


「それはいわゆるベッドの下の男と同様の体験をされたと?」
 と僕が言うと、
「ちょっと違うところもあるんですけど」
 と会田さんが答えた。
「その男の人は凶器なんかはもっていなかったんです。私たちに危害を加えるというよりむしろ私たちを怖がっている様子でした」

 アメリカが発祥と言われる、ベッドの下男あるいはベッドの下の斧男と呼ばれる都市伝説には無数の類話があり、厳密にどの話が発祥なのかはわかっていない。
 アメリカ発祥とも言われるが、鎌倉時代の日本の古典の怪談にも同様な話があり、ベッドの下ではないが、何らかの怪異、古典の場合は鬼が部屋に潜んでいて、見つけた人物が何か用事があるように装い部屋を出て難を逃れる、という話は近代以前から存在する。
 ヨーロッパではホテルのベッドの上で寝タバコをしていたところタバコを落としてしまい、するとベッドの下から手が出てきてタバコを消した。男はトイレに行こうかなどと独り言を言いながら部屋を出て難を逃れる、等という話がある。
 しまいには2001年の東京都で女子大生に付きまとっていたストーカーがベッドの下に隠れていて、発見され逮捕されるという実話さえある。
 実話といえばこの都市伝説は実際に体験したという目撃談が多いのも特徴だった。

「その部屋に何かいわくがあるとか?」
「はい」
 藤田さんは小さく頷く。
「以前その部屋を使っていたのは自然死で亡くなった老人の方で、特に不自然な死に方はしていなくて、ちゃんとお葬式もされたみたいなんですけど」
「その……亡くなる少し前にはちょっとボケが始まっていたようで、強盗や押し売りが来るって意味もなく怯えていたようなんです」
 
「実際にその姿を見たのは私だけなんですけど」
 会田さんが手を上げる。
「その以前部屋に住んでいたお爺ちゃんの写真をアパートの人に見せてもらったんですけど、たぶんそのお爺ちゃんじゃないかって私は思います」

「その引っ越しの日の一件以外には特に何もなかったんですか?」
 いつの間にやらカニ鍋を食べ終わった夢幻和尚がそう尋ねた。
「あっ……はい、あの日以降も部屋に帰ってくると地震もなかったのに本棚や戸棚の上の物が落ちてたり、置いてあったお菓子が食べられたようになってたり、やっぱり何かいるようなんです」
 それは結構怖い体験だったのだろう、藤田さんにはっきりと恐怖の色がうかがえた。

「どうも形式的にはベッドの下の男のようですが、おじいさんが迷ってらっしゃるのかな?」
 僕にはどうも判断が付きかねるが、ベッドの下の斧男ではなさそうだ。これはもっと悪意のない何かだ。
「ふむ……その可能性はありますな」
 夢幻和尚が名残惜し気に鍋の残り汁をすすりながら唸る。

「世間一般でベッドの下の男の都市伝説になったものも、普通に部屋に出る死霊だったのかもしれませんな」
「だからこそ、これだけ類話や実話の目撃譚もあるんでしょうね」

「除霊というかお祓いみたいなものってお願いできるんでしょうか?」
 藤田さんは心配そうな表情。
「除霊というものは拙僧にはできません、ただお経をあげて言い聞かせ御霊を仏門に就かせ成仏してもらうだけですな」
「あのっ、それでもいいんでお願いします」
「うけたまわりましょう」
 夢幻和尚は手を合わせ深々とお辞儀をした。

「ところで」
 ふと、夢幻和尚が子供の様な笑顔を見せた。
「もう一杯いいですかな?」
 と徳利を掲げた。
 藤田さんと会田さんは初めて笑顔を見せ、
「あの私たちが御酌します。あの……おごりで」
 生臭坊主は実に嬉しそうだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/13:『ものおと』の章を追加。2025/12/20の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/8:『そうちょう』の章を追加。2025/12/15の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

隣人意識調査の結果について

三嶋トウカ
ホラー
「隣人意識調査を行います。ご協力お願いいたします」 隣人意識調査の結果が出ましたので、担当者はご確認ください。 一部、確認の必要な点がございます。 今後も引き続き、調査をお願いいたします。 伊佐鷺裏市役所 防犯推進課 ※ ・モキュメンタリー調を意識しています。  書体や口調が話によって異なる場合があります。 ・この話は、別サイトでも公開しています。 ※ 【更新について】 既に完結済みのお話を、 ・投稿初日は5話 ・翌日から一週間毎日1話 ・その後は二日に一回1話 の更新予定で進めていきます。

どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?

鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。 先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

短い怖い話 (怖い話、ホラー、短編集)

本野汐梨 Honno Siori
ホラー
 あなたの身近にも訪れるかもしれない恐怖を集めました。 全て一話完結ですのでどこから読んでもらっても構いません。 短くて詳しい概要がよくわからないと思われるかもしれません。しかし、その分、なぜ本文の様な恐怖の事象が起こったのか、あなた自身で考えてみてください。 たくさんの短いお話の中から、是非お気に入りの恐怖を見つけてください。

視える僕らのシェアハウス

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

処理中です...