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下にいる③
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☆
「それはいわゆるベッドの下の男と同様の体験をされたと?」
と僕が言うと、
「ちょっと違うところもあるんですけど」
と会田さんが答えた。
「その男の人は凶器なんかはもっていなかったんです。私たちに危害を加えるというよりむしろ私たちを怖がっている様子でした」
アメリカが発祥と言われる、ベッドの下男あるいはベッドの下の斧男と呼ばれる都市伝説には無数の類話があり、厳密にどの話が発祥なのかはわかっていない。
アメリカ発祥とも言われるが、鎌倉時代の日本の古典の怪談にも同様な話があり、ベッドの下ではないが、何らかの怪異、古典の場合は鬼が部屋に潜んでいて、見つけた人物が何か用事があるように装い部屋を出て難を逃れる、という話は近代以前から存在する。
ヨーロッパではホテルのベッドの上で寝タバコをしていたところタバコを落としてしまい、するとベッドの下から手が出てきてタバコを消した。男はトイレに行こうかなどと独り言を言いながら部屋を出て難を逃れる、等という話がある。
しまいには2001年の東京都で女子大生に付きまとっていたストーカーがベッドの下に隠れていて、発見され逮捕されるという実話さえある。
実話といえばこの都市伝説は実際に体験したという目撃談が多いのも特徴だった。
「その部屋に何かいわくがあるとか?」
「はい」
藤田さんは小さく頷く。
「以前その部屋を使っていたのは自然死で亡くなった老人の方で、特に不自然な死に方はしていなくて、ちゃんとお葬式もされたみたいなんですけど」
「その……亡くなる少し前にはちょっとボケが始まっていたようで、強盗や押し売りが来るって意味もなく怯えていたようなんです」
「実際にその姿を見たのは私だけなんですけど」
会田さんが手を上げる。
「その以前部屋に住んでいたお爺ちゃんの写真をアパートの人に見せてもらったんですけど、たぶんそのお爺ちゃんじゃないかって私は思います」
「その引っ越しの日の一件以外には特に何もなかったんですか?」
いつの間にやらカニ鍋を食べ終わった夢幻和尚がそう尋ねた。
「あっ……はい、あの日以降も部屋に帰ってくると地震もなかったのに本棚や戸棚の上の物が落ちてたり、置いてあったお菓子が食べられたようになってたり、やっぱり何かいるようなんです」
それは結構怖い体験だったのだろう、藤田さんにはっきりと恐怖の色がうかがえた。
「どうも形式的にはベッドの下の男のようですが、おじいさんが迷ってらっしゃるのかな?」
僕にはどうも判断が付きかねるが、ベッドの下の斧男ではなさそうだ。これはもっと悪意のない何かだ。
「ふむ……その可能性はありますな」
夢幻和尚が名残惜し気に鍋の残り汁をすすりながら唸る。
「世間一般でベッドの下の男の都市伝説になったものも、普通に部屋に出る死霊だったのかもしれませんな」
「だからこそ、これだけ類話や実話の目撃譚もあるんでしょうね」
「除霊というかお祓いみたいなものってお願いできるんでしょうか?」
藤田さんは心配そうな表情。
「除霊というものは拙僧にはできません、ただお経をあげて言い聞かせ御霊を仏門に就かせ成仏してもらうだけですな」
「あのっ、それでもいいんでお願いします」
「うけたまわりましょう」
夢幻和尚は手を合わせ深々とお辞儀をした。
「ところで」
ふと、夢幻和尚が子供の様な笑顔を見せた。
「もう一杯いいですかな?」
と徳利を掲げた。
藤田さんと会田さんは初めて笑顔を見せ、
「あの私たちが御酌します。あの……おごりで」
生臭坊主は実に嬉しそうだった。
「それはいわゆるベッドの下の男と同様の体験をされたと?」
と僕が言うと、
「ちょっと違うところもあるんですけど」
と会田さんが答えた。
「その男の人は凶器なんかはもっていなかったんです。私たちに危害を加えるというよりむしろ私たちを怖がっている様子でした」
アメリカが発祥と言われる、ベッドの下男あるいはベッドの下の斧男と呼ばれる都市伝説には無数の類話があり、厳密にどの話が発祥なのかはわかっていない。
アメリカ発祥とも言われるが、鎌倉時代の日本の古典の怪談にも同様な話があり、ベッドの下ではないが、何らかの怪異、古典の場合は鬼が部屋に潜んでいて、見つけた人物が何か用事があるように装い部屋を出て難を逃れる、という話は近代以前から存在する。
ヨーロッパではホテルのベッドの上で寝タバコをしていたところタバコを落としてしまい、するとベッドの下から手が出てきてタバコを消した。男はトイレに行こうかなどと独り言を言いながら部屋を出て難を逃れる、等という話がある。
しまいには2001年の東京都で女子大生に付きまとっていたストーカーがベッドの下に隠れていて、発見され逮捕されるという実話さえある。
実話といえばこの都市伝説は実際に体験したという目撃談が多いのも特徴だった。
「その部屋に何かいわくがあるとか?」
「はい」
藤田さんは小さく頷く。
「以前その部屋を使っていたのは自然死で亡くなった老人の方で、特に不自然な死に方はしていなくて、ちゃんとお葬式もされたみたいなんですけど」
「その……亡くなる少し前にはちょっとボケが始まっていたようで、強盗や押し売りが来るって意味もなく怯えていたようなんです」
「実際にその姿を見たのは私だけなんですけど」
会田さんが手を上げる。
「その以前部屋に住んでいたお爺ちゃんの写真をアパートの人に見せてもらったんですけど、たぶんそのお爺ちゃんじゃないかって私は思います」
「その引っ越しの日の一件以外には特に何もなかったんですか?」
いつの間にやらカニ鍋を食べ終わった夢幻和尚がそう尋ねた。
「あっ……はい、あの日以降も部屋に帰ってくると地震もなかったのに本棚や戸棚の上の物が落ちてたり、置いてあったお菓子が食べられたようになってたり、やっぱり何かいるようなんです」
それは結構怖い体験だったのだろう、藤田さんにはっきりと恐怖の色がうかがえた。
「どうも形式的にはベッドの下の男のようですが、おじいさんが迷ってらっしゃるのかな?」
僕にはどうも判断が付きかねるが、ベッドの下の斧男ではなさそうだ。これはもっと悪意のない何かだ。
「ふむ……その可能性はありますな」
夢幻和尚が名残惜し気に鍋の残り汁をすすりながら唸る。
「世間一般でベッドの下の男の都市伝説になったものも、普通に部屋に出る死霊だったのかもしれませんな」
「だからこそ、これだけ類話や実話の目撃譚もあるんでしょうね」
「除霊というかお祓いみたいなものってお願いできるんでしょうか?」
藤田さんは心配そうな表情。
「除霊というものは拙僧にはできません、ただお経をあげて言い聞かせ御霊を仏門に就かせ成仏してもらうだけですな」
「あのっ、それでもいいんでお願いします」
「うけたまわりましょう」
夢幻和尚は手を合わせ深々とお辞儀をした。
「ところで」
ふと、夢幻和尚が子供の様な笑顔を見せた。
「もう一杯いいですかな?」
と徳利を掲げた。
藤田さんと会田さんは初めて笑顔を見せ、
「あの私たちが御酌します。あの……おごりで」
生臭坊主は実に嬉しそうだった。
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