碧よりも青く

ハセベマサカズ

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碧よりも青く ①

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でかい手だな。
板書しながら目についた自分の手に気付き手を止める。
チャイムは鳴り休み時間に差し掛かっていた。ノートが間に合わずまだ黒板をにらんでる。
この鈍くささも問題あるよな。世の中への馴染めなさにため息が出る。
高校生活に1年と数か月を費やしたが、私にはまだ友達が出来ない。
おそらく学年でいちばん高い身長が威圧感を生んでいるのであろうか。
中学の三年間も同様に過ごしてきて、せめて女らしくはと髪だけは伸ばしてきたが。
かえってこれもメンヘラっぽく思われてるんだろうか。
人生出だしからしくじってるな。正直、死にたい。
顔を上げると女子グループの何人かと目が合った。慌てて向こうは目をそらす。
鈍くさいと笑われたかな。
居心地の悪さに席を立つ。行き先もなく教室から逃げ出した。
歩く廊下でさえも、皆に観られてるような気がして気持ちが滅入った。
何が悪い。ぼっちがそんなに珍しいか。
いけない、被害妄想入ってるなあ。反省の多い人生だ。
そんな私の居場所と言えば屋上しかなく休み時間の度に逃げ込んでいる。

孤独だ。
鉄柵の向こうを見降ろすと楽しそうな生徒たちが見えてくる。
あんな学園ドラマみたいな生活は私には楽しむ権利はないのだろうか。
人生が終わっても未練はないよな、と校庭を覗き込む。
4階の校舎だが見降ろすと意外に地面が近く見える。これで死ねるのか?
失敗して痛い思いをするのは嫌だななんて思いつつも
病室の天井を眺めながらの人生も今と変わらんだろうなんて考えてた。
しかし、まざまざと見ると本当に近くないか?
飛び降りても無事に着地できてしまいそうな。
思い切って飛び降りて、尻もちで終わるなんて笑えないぞ。
いや、思い切って頭から落ちれば…。
頭の中でシミュレートしながらフェンスを登ろうとしていた時だった。
「何してる!」
声と共に地面が回った。足元に青空が見えた。今日も快晴だ。

正確に状況を把握すると、私は胴を掴まれ思い切り投げられたようだ。
格闘ゲームで見たことあったな。投げっぱなしジャーマンてやつか。
着地の際にコンクリに擦ったらしき左頬がヒリヒリした。
「危ないじゃないか!落ちる気だったのか?」
本気ではなかったが、その通りだ。意外に鋭いじゃないか。褒めてやるぞ。
私を投げたのは昨年同じ教室だった平田だった。皆からヘイタと呼ばれてる。
ガタイの良さは私に勝るとも劣らずやはり学年でいちばんデカかった。
背の順で並ばされた時に何度こいつの顔を見た事か。
たしかにこいつなら易々と私を投げ飛ばせるだろうな。
しかもヘイタって柔道やってなかったか?
あれ?血が出てる?
抑えた頬からぬるっとした感触があった。
「痛い」
起き上がった私を見てヘイタは驚いたようだった。
怪我をさせてしまったことに。
それと、投げたのが私であったことに。
「あれ?アオ?」

この学校の生徒は私の事をアオと呼ぶ。
本当の名前はミドリだが、知性の足りない生徒が授業中に私の名前を読み間違えた事から始まる。
一部の生徒はアオと呼ばれる事を私が嫌がると思ってるらしいが、私にとっては初めてついたあだ名であって嬉しいものだった。
私の苗字も古式ゆかしい長い名前のためか呼びずらく、アオはすぐに学校で定着した。
この名前のせいで良いとこのお嬢様か著名な小説家の末裔と誤解されることも多かった。
安心しろ、うちの父はただの公務員だ。

「さっきの時間のテストが飛ばされたんだ」
とりあえずヘイタには安心させるために嘘をついた。
こいつは正義感が強くて面倒見が良いのだが、そんなのに絡まれて大事になっては困る。
第一、屋上の出入りを禁じられたら私の居場所がなくなるではないか。
「だからって危ないだろう!落ちたらどうする!」
でかい声だ。地面が震えたと思ったぞ。この声量は肺活量の違いか。大きな声が絵でない私には羨ましいものだ。
柔道で声とか出してたら、こんな風になれただろうか。羨ましくなってヘイタの顔をまじまじと見た。
と、瞬間。左足に激痛が走った。
「ぎゃーーーーーーーー!」
痛みの中でも冷静に自分の声に驚いてた。でかい声出せるなあ、と。
見ると左足の膝から下が、あらぬ方向を向いている。
どうした?そんなところに関節はないぞ。
人体の仕組みから明らかに不自然だ。
痛みも忘れて驚きで気が遠のいていきそうになった。
その後は怒涛の展開であった。人が集まり担架に乗せられ、保健室発救急車経由で病院送り。
見事な骨折で完治まで4カ月と宣告された。
そんなことで私の松葉杖生活が始まったりしたのだった。
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