碧よりも青く

ハセベマサカズ

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碧よりも青く ⑤

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「まだいたのか」
授業を終えた先生が準備室から片付けに戻って来た。
その足じゃ仕方ないよな。ゆっくり帰れ、と先生は言う。

移動教室で理科室に取り残される。
松葉杖のハンデはあっても友人がいないマイナスは大きい。
気楽さと引き換えの人付き合いの薄さなのだろうが、意外に代償を感じる瞬間は多い。
「ひとりで残されて、いじめられたりしてないだろな?」
からかうような口調であったが親身に心配してくれる感じが伝わった。きっと良い先生なんだろう。
「大丈夫です」
素直に言葉が出た。いつもこんな調子なら友達も普通に出来てたかも。そう思った。
「目立つから、そういうこともあるかなってな。割りに心配してたんだ」
目立つとは。先生の言葉に頭が疑問符だらけになった。
まあ、これだけの身長だ。どこにいても目に付くだろう。
しかし、いじめの対象になる程には弱そうにも映らないだろう。
生徒に直接いじめを聞くとか場合によって発言にやや問題はありそうだが
屈託ないこの性格のせいだろうか。返って愛嬌すら感じる。
この先生の授業が嫌いじゃなかったのは共感だけじゃなく憧れもあったかも知れない。
「先生は授業退屈じゃないんですか?」
いつもの自分と思えないくらい自然に質問を投げていた。
「おっ、何か悩み事か?」
ぎょっとした表情を一瞬見せたが、目を輝かせて身を乗り出してきた。
「他人に投げる質問なんてほとんど自分の悩みだ。それとも俺の授業が退屈か?」
聞かれていつもの授業風景が頭に浮かんだ。
「先生、いつもつまんなそうに授業してるから」
私の答えに笑いながら返した。
「それは仕事だからな」
好きなことだけやってる訳じゃないし、責任と義務もあるしな。そう続けた。
「嫌なことを同じ様に続けて飽きませんか」
ややむきになってしまったようだ。声の中に感情の昂ぶりを自身でも感じた。
感情を落ち着けるように息を吐き先生の方を見た。
「同じでもないさ」
そう笑ってた。嫌なこともあるけどね、と付け加えて。
「少しづつ違ってくから、大きく変わらないと気付かないだけだ」
その後に突然名前を呼ばれてどきっとした。苗字で呼ばれる機会などないと思ってたから。
「今がつまらないんだろ」
俺もそうだったけどな、と先生は笑ってる。
「大人になると楽しいぞ。自分で稼いで好きに使えるお金が増えるだけでもな」
先生はチャイムに気付いて私を廊下に押し出した。
「ほら、次の授業始まるぞ。今の内に絶望しとけ。ぬきぬく出来るのは今だけだからな」
放り出された私は振り返り閉じた入り口に向け軽く頭を下げた。
それから、自分の教室へと重い足を引きずって行った。
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