碧よりも青く

ハセベマサカズ

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碧よりも青く ⑧

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松葉杖にも慣れて少しは器用に歩けるようになってきた。
理由として足をついた時の痛みがだいぶ楽になって来たことが大きいが。
ぐにゃりと自分の足は曲がった時を思い出して寒くなった。
痛みより自分の体がおかしな状態になってることが、ただただ怖かった。
体は大切にしないといけないな。ヘイタのアホたれめ。
リハビリもかねて久しぶりに屋上への階段を上ってみた。が、閉鎖されてる。
ロープが張られ机や椅子で作られたバリケードが行く先を阻んでる。
模造紙に立入禁止の文字がでかでかと書かれ掲げられていた。
まあ、あんな事件があった後では当たり前か。落ちてたら屋上も無くなってたかな。
しかしこれは由々しき問題である。今後私はどこへ行けば良いのか。
居場所を無くした。ショックでめまいがする。お腹が痛い。まるで葬式みたいな気分だ。
悲しいと言うよりも衝撃で何も考えられなくなる。成程、これが絶望か。死に至る病と言うやつだ。
いっその事、もう一度自殺でも試みてみようか。しかし電車は金がかかりそうだしなあ。
いくつかアイデアをひねり出してみたが痛そうなものばかりで、浮かんでは片端から却下の文字を貼り付けてた。
生きて行く事は厳しいと聞くが、こう言う事か。私は無力だ。
生まれ変わったら次の人生の転職先は、他者との関わりのない野生動物が良いな。
それはそれで生存競争が厳しいかな。いっそ草にでもなろうか。
花もつかず、名前もなく。なかなか私に相応しいのではないか。
そんな事を考えてるとアオと呼ばれてるのは救いのように思えて来た。今の私はまだマシなのかもと。

思案に耽りながら階段を引き返していると、煎ったような苦みと酸味を含んだ香りが鼻についた。
香りの元は理科の実験室からだ。犯人は例の教師だ。
三角フラスコでコーヒー作っていやがる。マンガで良く見るが本当に作るやつがいるとは。
「先生」と声をかけると悪びれもせず「どうだ、備品の有効活用だ」と胸を張って豪語した。
「安心しろ、豆は実費だ。お前たちの貴重な授業料は勝手には使わん」
相変わらず屈託なく笑う。これだと誰も怒れないだろう。
「一緒に飲んで買収されていけ」
と、差し出されたマグカップだけは普通のものだった。
この先生はいつも集団に中にいる訳じゃない。だけど独りでも楽しそう。羨ましく思った。
「平田とつきあってるんだって?」
突然のアホな質問に、飲み込もうとしたコーヒーが気管という誤った方向に入った。
誤った認識を正そうと全力で説明すると「そうか、まだかあ」と誤解解けぬまま話を進んだ。
「噂になってるぞ。大型カップルだってな」と笑った。どうせデカいですけどね。
そんな話は聞いたことがないと言うと、冷やかしずらいんだろうと返ってくる。
確かに、どちらも長身のツートップだ。本人らを目の前にしたら威圧感が凄かろう。
「そうでなかったにしても、話し相手が出来て良かったじゃないか」
安心した表情で話す。この時私は気付いた。先生は表情が素直だ。
遠慮なくずけずけと話すのに嫌悪感を抱かないのは、きっとそのせいなんだろう。
私もそうなりたいが長らく動いてない表情筋が硬直しまくってるからなあ。
「いつも独りでいるから心配はしてたんだ」
いつもの軽い感じで先生は言う。
「意外に見てるんですね」
私は少し驚いた。普段の私は誰にも見られてないと思っていたから。
「俺の授業を聞かないやつは監視してるんだよ」と先生は笑ってた。
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