碧よりも青く

ハセベマサカズ

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碧よりも青く ⑨

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今日も1日の最後の授業が終わる。皆早足で部活や家路にとそれぞれ向かう。
そんな中で人より遅く板書が片付いた私はやっとの事で帰り支度を始める。
これが私のペースか。これなら人より人生の密度が薄いのも頷けるわ。
もっと要領良く生きられないものなのだろうか。
少し前の授業の話を思い出した。生物の拍動数は同じだと。
遅い時間を過ごす私は人より長生きするのかな。嫌だな。
そんな事をぼんやり考えてるとヘイタが教室に入って来た。
「悪い、遅くなった。槙野に捕まっててさ」
タイミングよく生物の教師の名前が出て、私は吹き出してしまった。

「良く授業内容なんて覚えてるよな」とヘイタは笑ってた。
今日も私の鞄を持って付き添ってくれる。
私も少しは松葉杖での歩き方に慣れて来たのか、最初に比べるとずいぶん歩く速度も早くなった。
怪我の原因とは言え、気を遣ってくれるヘイタの負担が少なくなった事に私は安心してた。
なにしろ図体がデカいので歩幅も大きい。私も人の事を言えた義理ではないが。
「ヘイタだって頭良いじゃない」
余計なことを考えていたら自然に口から出てた。しまった、と自分の言葉に慌てた。
彼は学校でヘイタで通っているが、私はその名前で呼べる程の仲ではない。
気まずさを感じながらヘイタの方を見たが、
「アオだって。アオのノート見た時にキレイ過ぎてびっくりしたぞ」
と、自然に会話は進み彼は全く気にして無いようだった。
「生物の授業が好きなのか?」
と聞かれたが、別に授業内容に然程の興味は感じてなかった。
「あの先生が独特だから」と返すと
「愉快なおっさんだよな。人使い荒いけど」
その表情と話し方から槙野先生には好意を持っているのがうかがえた。
「今日、コーヒー貰った」
ヘイタの楽しそうな感情が感染したのか、私も話したくなった。
「どうして!?」
驚く時って本当に目を見開くもんだなと相手を観察してた。
「フラスコでコーヒー沸かしてた。見つけたら口止め料って」
言い終えて、また反省した。
「しまった。口止めだった」
ヘイタは笑ってる。どっちに笑ってるんだろう。
「やりそうでウケるな」
私の約束の反故は気にしてないらしい。
「故障した時、最初に気にかけてくれたのが、あの先生だったんだよね」
ヘイタはそう話し始めた。
「顧問からも、部活の仲間からも疎遠になっちゃってさ。
 柔道取ったら何もなかったって落ち込んでたよ」
「今は…」
何か答えが聞けるかも。ほんのかけらでも。その時、私はぼんやりと思ったりした。
「今は何かみつかった?」
ヘイタは少しの間、小さくうなって
「どうなのかな。でも周りに頼りにされるのは嬉しい」と答えた。

こいつなりに大変だったんだな。悩みなんて無さそうなやつと思っていたが。
いつも外を出歩くと目に付く我が物顔で歩く人たちに恨めしささえ感じてた。
きっと、あいつらは世界の中心が自分だと信じて止まないんじゃないかって。
意外に実はそれだけでも無いのかも知れないな。
部屋に戻るとお決まりのようにベッドに倒れこむ。
あっ。私は気付いた。
今日は普通に人と話せてたな。
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