日常

ハセベマサカズ

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日常 ③

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 そんな廃校校舎に差し掛かった時、ひとつの教室から明かりが見えた。
 こんな時間に工事はないし、光が動かないので見回りでもなさそうだ。立入禁止とは言えどこからでも入れるこの校舎はたまり場になってる噂を良く聞いた。だけど大人数の気配もなくそれとは別のようだ。
 僕は好奇心と見知った人がいるのではとの期待感から自転車を停めた。校庭の端にある用具置き場の陰に隠れて、フェンスに大きな穴が空いていた。興味本位で立ち入る人も多いのだろう。先人達の轍で雑草が踏みつぶされ道が出来ていた。

 校舎に近付くと荒れ果て方は凄まじかった。ガラスは割られ、スプレーでの落書きが目立つ。噂通りだった。
 光が漏れているのは2階の教室からだった。わずかに揺れる影で誰かいるのが確認できた。心配するような人種ではなさそうだ。光に導かれるように入り口を探す。好奇心に突き動かされて自分の身の危険も感じてなかった。

 校舎は荒れ果てても通ってた頃のままだ。だけど懐かしさは感じなかった。廃墟を見て何事も終わりがあるのを実感するだけだった。毎朝通ってた時と同じように下駄箱を通り廊下に上がる。きっと自分以外にも出入りした人が多かったんだろう。施錠も何もなく自由に入れる様子だった。
 月明かりのせいか校舎の中は思ってた以上に暗くなく、歩き回るにも困らなかった。それと、中に入ってみると校舎の中は意外と荒らされてない状況に少し驚いた。教室内も机が後ろに片付けられてるものの、通ってた頃と然程変わりはないようだ。廊下の落書きに同級の名前を見つけて笑えたりもした。

 2階に上がると一部屋だけ過剰に思う程、板で打ち付けられ封鎖された教室がある。事故のあった現場だ。いるのは武藤の幽霊か?とも思ったけど、光の主は更に奥の教室らしい。封鎖された教室を過ぎ、光の方へと向かった。

 光の漏れた教室に入ると、目に飛び込んできたのは黒板に描かれた大きな天使の絵だった。白のチョークだけで書かれたその絵は大きな翼を広げて美術の時間に見た宗教画のように思えた。天使は小さな球体を抱え優しい表情をたたえていた。
「すごいねえ」
 絵を描いていた女子よりも黒板の絵に圧巻されて自然につぶやいてた。
「誰?」
 声をかけられて女性の方に気付いた。机に置かれたランタンの光ですぐに姿が確認できた。そこには見覚え会った顔があった。
「柚木…」間違える訳もなかった。柚木佳菜だった。
 以前から物静かな性格で、周りとは違って見えてたけど、その時よりも更に大人びて見えた。友人関係も少なかったみたいだけど、それがまた他の生徒とは違うんだって雰囲気で近寄りがたい雰囲気を前から持っていた。警戒感もあっただろうが、この時は遥か年上の女性のように見えたりした。正直言うと、ちょっと見とれるくらいに。慌てて我に返る。
「あ、俺、覚えてる?佐藤だけど。美術部で一緒だった…」
自分を指さし説明する。
「ああ…、懐かしいね」
と柚木の表情から警戒が緩んで目を細めてた。
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