日常

ハセベマサカズ

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日常 ②

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 線路側に明かりが増えてくる。駅が近付いた証拠だ。それと母校だった中学校舎が見えてくる。一昨年まで通っていた木造校舎。広い校庭の向こうにひっそりと建っている。周囲にはロープが張られて立入禁止の文字が所々に見えた。

 通っていた中学校は在学中に廃校になった。死亡事故が起きたから。
 校舎は僕の親の代から使われる古い木造校舎だった。老朽化が進み倒壊の可能性も言われてた。その為、すでに取り壊しも決まり新校舎の建築も進んでいる最中の事だった。出窓に寄り掛かった生徒が2階から落下した。武藤里香。隣の教室の女子だった。

 現場には居合わせなかったが、その後の騒ぎだった感じは良く覚えてる。集まる野次馬と先生との攻防。近く感じた救急車のサイレン。事故があったと言うよりドラマでも見ているような現実感のなさだった。何かがあった際に自分を遠くに置いてしまうのは現実逃避か自己防衛なんだろうか。まあ、今の状況も同じなんだろうが。

 人の死がこんなにも身近とは思わなかった。誰でも死ぬ。当たり前の事を気付かされた。怖いからじゃない。いつまでも続くと思ったことも終わりがある。悲しみより諦めみたいな気持ちだった。日常は毎日の食事みたく当たり前に続くと思ってた。だけど、どんなものにも終わりはあるんだ。

 それからの授業は全て中断され、僕達の学年は自宅待機となった。もう年末も近い時期だったので授業が終わるのが少し早まったが、僕達には大きな変化はなかった。学校側は父兄への説明会を繰り返し大変だったらしい。

 傍から見ればそれも意味のないセレモニーに見えた。だけど、やらないと気持ちの整理はつかない。きっと葬儀も同じようなものなんだろう。本当は死者のためじゃない。残された人たちの心の平安のためだ。なんて自己満足。子供心にどこかそういうものがグロテスクに見えたのは、そんな所が垣間見えたからなんだろう。純粋に死者を思うなら何が出来るんだろう。考えたけど僕には何も答えは浮かばなかった。

 事故の詳細は友人からの噂話から入ってくる程度なので知ってることは少ない。校舎は翌日から立入禁止となり、建築中の新校舎が急遽繰り上げて使われることになった。体育館が卒業式に間に合わず、各クラスで校長の声が放送されると言う間抜けな終わり方だった。
 あの中学校に通った時間で何があった訳でもない。成長出来たなんて、嘘でも思わない。制服の丈は短くなったけれども。あの時間は何を与えてくれたんだろう。それが今でもまだ分からないままだ。
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