上 下
7 / 8

アトム・ハート・ドール(及び、如何にして人形たちが自分の足で歩くようになったのか)

しおりを挟む
 ~ ??? ~

 私はその夜、突然現れた女性に人差し指の先をちょん切られた。
 切られたのは指なのに、頭が割れるように痛んで、わけもわからないうちに部屋から追い出されてしまった。
 ふらふらのまま、あてもなく夜の町をさまよった。

 足が覚えていたのか、それともただの偶然か。たどり着いたのは私が生まれた工場だった。
 ごうごうとコンプレッサやモーターの駆動音が聞こえる。
 暗い敷地内をうろうろしていると、突然頭の上から声がふってきた。

「おい、何してる」

 クーリングタワーを見上げると、一人の人形が屋根に腰かけて、足をぶらぶらさせていた。
 人形は私の顔をじっとにらんでこう言った。
「なんだお前、人形か? それにしてはえらく中途半端な奴だな」
「……え?」
 あ、そうか。私はあらためて、自分が人形だったことを思い出した。
 このところ幸せな日々が続いていたせいか、忘れかけていたのだ。
 でも――

「ねえ、中途半端ってどういうこと?」
「ん、知らねえよ。知らねえけど、なんとなくお前は人形っぽくねえなあと思ったのさ」
 思い当たるのは、指を取られてしまったこと。そうだ、部品が欠けた人形なんて、人形以下に決まっている。
 指を切られて、切られた指に家を追い出されて、自分がわからなくなって、さまよって。

「ねえ、私っていったい、何なのかしら?」
「知るかよ、バカ。人形じゃなかったのか?」
「人形、……だと思ってた。けど、わかんなくなっちゃった」
 私はここにいるけど、あの家にいるのも、私の一部だ。どっちが本当の私だろう。辻田さんにとっての私は、どっちなんだろう。

「あのね、”私”は、別の場所にいるのよ」
「はあ? 何言ってんだ、お前はばっちりここにいるじゃねえか」
「そうだけど、でも、やっぱり私は人形じゃないと思う」
 私が言うと、人形はとても嬉しそうに、にんまりと笑みを浮かべた。
「ほう、単なるプラスチックの塊のくせに、なんで自分が人形じゃないって思うんだ?」
「だって、指が欠けているし、不良品だもの。粉砕されちゃうわ」

「――そうか」
 人形は意外にも寂しそうにうつむいた。まるで何か、期待を裏切られたように見えた。
「人形じゃないってんなら、なりゃいいじゃねえか、ちゃんとしたヒトに」
「え? 人間に?」
 そいつはプラスチックの歯を見せながら、ケタケタと器用に笑った。
「お前は本当にバカだなー、俺らが人間になれるわけないじゃねえか。プラスチックでできているくせに」

 こいつの言うことはさっぱりわからなかった。人間になれって、たった今自分で言ったばかりじゃないか。
 とりあえず、バカバカと繰り返すのはやめて欲しい。人形でも人間でもいいけど、傷つくものは傷つくのだ。

「どうすれば人間になれると思う?」
「自分で、なろうと決めるんだ。そうしないと、なれないさ」
「人間はみんなそうなの?」
「救いようのないバカだな、お前。人間は最初から人間だ。なろうとしなきゃなれないのは、うちらみたいな半端ものだけさ」
 人形はそう言って、着ていたシャツをたくし上げる。見えたお腹はつぎはぎだらけだった。

「そっか」
「お前は、ここにいるべきじゃないと思うぜ」
「どこへ行けばいいと思う?」
「何回も言わせんな、自分で決めろ」
しおりを挟む

処理中です...