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№9 Bloody Hammer

Hit the Lightning

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 イングウェイはゆっくりと目を開けると、靄のかかった頭を振った。唸りながら首に刺さったコネクタを引き抜く。
 ジャックは異世界へのダイヴの入り口ではあるが、同時に悪魔の尻尾でもある。

「くそ、ひでえ頭痛だ」

 ダイヴマシンが開発されてから、半世紀が経った。世界は徐々に活気を失っていると、誰かが言っていた。奴らはしたり顔で正論を振りかざすが、誰の耳にも届かない。畑の隅で一人でしゃべらせておけばいいのだ。
 奴らとは、有識者とかいう職業の木偶人形スケアクロウだ。


 傍に置いてあったウイスキーをあおる。埃が浮いているのもかまわず、一緒に飲み干した。
 常温のアルコールがのどを焼いていき、一瞬だけ目が覚める。

 錆び付いたドアノブを開けて外に出ると、初夏のじりじりとした太陽が肌を焼いた。
 目の前には、うっとおしいくらいの新緑――。

 小銭だけを適当にポケットにねじ込むと、納屋にあるピックアップトラックに乗り込んだ。かび臭いシートは冷たくて、少しだけ気持ちがいい。
 キーを回す前に、ハンドルの下を蹴り飛ばす。エンジンを叩き起こすための、いつもの儀式。

 腹が減った。
 行き先は、数キロ先にあるデイヴの店だ。
 人っ子一人いない農道を突っ走っていると、突然遠くで破裂音が聞こえた。

 最初は雷かと思った。しかし、それは連続して轟いてくる。空は雷どころか、ろくに雲もない。
 山の影で、何かが赤く光る。

 イングウェイは車を停め、少し東の空を見た。寝ぼけてはいない。
 頭痛がひどいのだ。右目の奥がひどく痛む。プラグを刺している間は気にならなかったのに、抜くとすぐにこれだ。
 痛み止めが、アルコールが必要なのだ。

 再び、炎が舞うのが見えた。その中心にいるのは、女性。
 そして、――ドラゴン。

 頭痛はさらにひどくなる。呻きながらこめかみを押さえる。
 少しだけ治まる。

「くそったれめ、残滓か」

 それはダイヴを続けたものの代償であり、現実の中の夢。繰り広げられる劇中劇をつぶすには、脳みその中をかき混ぜて取り出すしかないそうだ。
 イングウェイはギアを入れ、幻覚の方へとハンドルを切る。
 白昼夢はまだ消えていない。ならば、確かめねばならない。
 あいつらは何者で、なぜここにいるのか。

 イングウェイは捕えられていた。ダイヴに? いいや、現実にだ。見えたからには確かめねばならない。それこそが奈落への一歩目なのに、強い強迫衝動に襲われていた。

 頭の中で囁くやつがいる。
 違うぜ、お前はまだコネクタを抜き忘れているだけだ。電脳サイバネに溺れているだけだ。

 うだるような暑さ、汗のにおい。興味もない。
 そうだ、クソ食らえだ、こんな世界なんて。

 近づくも、女とドラゴンは、まだ消えない。いまだ半信半疑の中で強く口にする。「俺は薬なんかやっちゃいない」と。


 ドラゴンは宙を舞い、女に向かって炎を吐く。
 女がなにやら手を振ると、回りに淡い光の壁が生まれ、炎は女を避けて通った。
 それを数度繰り返し、最後に、ドラゴンが青白い閃光で撃たれ、落ちた。
 ドラゴンも女も、それっきり動かなかった。

 知っている。
 イングウェイは、あの呪文を知っていた。

電撃ライトニング
 出が早い攻撃呪文の一つで、自分でも愛用していた。大振りだがある程度追尾してくれるので、使い勝手がいい。ドラゴン相手にかますにはちょうどいい呪文だ。

「クソったれ、何が≪電撃ライトニング≫だ。いつの間に刺したんだよ、俺は」

 イングウェイは汗ばむ体を鎮めるように、首筋に手をやり、撫でさする。
 こつんと、指先に金属製のジャックが当たった。冷たかった。

 クソ暑い太陽の下で、そこだけがやけに冷たく感じた。
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