113 / 170
第12章 魔獣討伐
藪からショート・ストロー
しおりを挟む
レッドドラゴンはバカみたいに大口を開け、俺を飲み込もうと上空から突っ込んできた。
このレベルのモンスターになると、肉体の強度そのものが、通常のモンスターとは段違いである。飛び込んでくるドラゴンに対し、慌てて自身の最強呪文を唱えるも、呪文ごと頭からかぶりつかれる。駆け出し冒険者のよくやる失敗だ。
やつらの面の皮の厚さはたいしたものだからな、正面から呪文をぶち当てても効き目は薄い。こういう相手にはコツがあるのだ。
俺は左手で魔法盾を展開する。術とはとても呼べないような武骨な魔力層だが、分厚く弾力はある。
ぐぎゃあー。
突進してくるドラゴンを展開した盾で受け止める。
どしん。
ずんと腹に響く地鳴りのような衝撃とともに、ドラゴンが高い声をあげてよろめく。
動きが止まったところで俺はドラゴンの懐に飛び込むと、右手にため込んでいた雷撃を一気に放出した。
「≪電撃≫っ!」
すさまじい閃光と破裂音。この感触ばかりは、何度やっても好きになれない。
放出型のライトニング・ボルトとは違う、接触型の術式。 これが本来の≪電撃≫の使い方だ。
遠距離攻撃という魔術の最大の利点を捨てるかわりに、相手の防御そのものを無視して、直接体内にダメージを叩き込むのだ。
ドラゴンは叫ぶ間もなく後方にはじけ飛び、焦げ臭いにおいをさせてよろめく。
そして、数秒の後、そのままゆっくりと体を横たえた。
どだーーん
……あれ?
「ちょっとイングウェイさん、追い払うんじゃなかったんですか?」
レイチェルが引きつった顔でツッコミを入れてくる。俺もそのつもりだったのだが、こいつ、意外とレベルが低かったのか?
さらに後方では、ホルスを始め遠征仲間たちが、ぽかんとした表情でこちらを見ていた。
仕方ない。
とりあえず、段取りを無視してしまったことを謝るか。
「すまん、ホルス。俺は追い払うつもりだったんだが、こいつが意外と貧弱だったせいで、倒してしまった」
「うおおおお、すげえええ!」
「こいつは天才か? なんだあれ、見たことが無い技だったぞ」
「やっほう、これで俺も大金持ちだ」
「ドラゴンだぜ、分け前はどうするんだ?」
浮かれる仲間たちに、ホルスがぴしゃりと言った。
「おい、お前ら。分け前も何も、こいつはインギー一人でやったんだ。あいつの手柄に決まってるだろう」
こういう合同任務の時は、分け前は平等という慣習がある。俺は別にかまわん、どうせ持ち歩けるわけでなし。そう言ったのだが、ホルスは譲らなかった。
「そりゃあ普通なら――協力して倒したならそうだろうさ。だが、今回は俺たちは逃げる準備をしていただけで、明らかにお前ひとりで倒しただろ。これで分け前をもらっちまったら、逆に俺たちの信用のほうがゼロになっちまう」
そばで聞いていたキャスリーが口を出す。
「では、こうしたらどうですの? インギーはドラゴンの死体を、この場であなたたちに売り渡す。もちろんツケでかまいませんから、皆さまは持てる範囲で素材をはぎ取っていけばよいですわ。
今回の遠征が終わった後、アサルセニアに戻ってから、各自素材売り上げの何割かを私共のギルドに返済していただくというのは」
「ああ、俺もそれでかまわん。どうせ持ちきれないんだ、格安でいいから、さっさと処理して先を急ごう」
「いいのか、俺たちにはうまみしかねえぞ」
「俺にもうまみしかないからな。荷物は増えずに金は増える。お互い得する取引なら、断る理由もないと思うが?」
実際、今の俺たちには、金よりも時間のほうが貴重なのだから。
ホルスは俺のところにやってきて、肩を抱く。耳元に口を寄せ、そっと囁いた。
「おいインギー、ドラゴンを仕留めたときのあれ、どうやったんだよ? 他の奴らは電撃系の呪文で何かやった程度にしか思ってねえが、このホルス様の目はだまされねえぜ。二つ以上の術を同時に展開してたろ?」
「教えてやってもいいのだが、できるかどうかは別問題だ」
はっはっは、とホルスが笑った。
「バカ言うな、単純に興味だよ。あんなおっかねえ真似、したくてもできねえさ」
俺はホルスの魔力の質を確かめようと思い、彼の腕を軽く触る。
筋肉質の黒く乾いた肌には、よく見ると無数の傷があった。まっすぐで強靭な魔力の流れを感じる。なるほど、よく鍛えてはあるが、あまり小細工には向かなそうな筋肉だ。
「片方は術と言えるほどのものじゃないさ、魔力自体を多層立体的に編み上げた状態で固定させ、盾代わりにして相手の攻撃を受け止めた。で、もう片方で電撃系の術を、いや、魔道具をドラゴンの腹に直接ぶち込んだ」
「ほー、器用なやつだな、お前さんは」
ところで嬢ちゃん、とホルスはキャスリーに向き直って言う。
「さっきはありがとうな、うまく収めてくれて。しかし本当にいいのか? ドラゴンの素材だぜ、金があるからってなかなか手に入るものじゃないぞ」
「別に。わたくしは先を急ぎたいだけですの。それに、お金で買えないのは父上の命だって同じですわ」
ホルスは笑いながら、「違いねえな」と言った。
その時の俺は、この何気ない戦闘がのちの火種になるとは、思いもしなかった。
このレベルのモンスターになると、肉体の強度そのものが、通常のモンスターとは段違いである。飛び込んでくるドラゴンに対し、慌てて自身の最強呪文を唱えるも、呪文ごと頭からかぶりつかれる。駆け出し冒険者のよくやる失敗だ。
やつらの面の皮の厚さはたいしたものだからな、正面から呪文をぶち当てても効き目は薄い。こういう相手にはコツがあるのだ。
俺は左手で魔法盾を展開する。術とはとても呼べないような武骨な魔力層だが、分厚く弾力はある。
ぐぎゃあー。
突進してくるドラゴンを展開した盾で受け止める。
どしん。
ずんと腹に響く地鳴りのような衝撃とともに、ドラゴンが高い声をあげてよろめく。
動きが止まったところで俺はドラゴンの懐に飛び込むと、右手にため込んでいた雷撃を一気に放出した。
「≪電撃≫っ!」
すさまじい閃光と破裂音。この感触ばかりは、何度やっても好きになれない。
放出型のライトニング・ボルトとは違う、接触型の術式。 これが本来の≪電撃≫の使い方だ。
遠距離攻撃という魔術の最大の利点を捨てるかわりに、相手の防御そのものを無視して、直接体内にダメージを叩き込むのだ。
ドラゴンは叫ぶ間もなく後方にはじけ飛び、焦げ臭いにおいをさせてよろめく。
そして、数秒の後、そのままゆっくりと体を横たえた。
どだーーん
……あれ?
「ちょっとイングウェイさん、追い払うんじゃなかったんですか?」
レイチェルが引きつった顔でツッコミを入れてくる。俺もそのつもりだったのだが、こいつ、意外とレベルが低かったのか?
さらに後方では、ホルスを始め遠征仲間たちが、ぽかんとした表情でこちらを見ていた。
仕方ない。
とりあえず、段取りを無視してしまったことを謝るか。
「すまん、ホルス。俺は追い払うつもりだったんだが、こいつが意外と貧弱だったせいで、倒してしまった」
「うおおおお、すげえええ!」
「こいつは天才か? なんだあれ、見たことが無い技だったぞ」
「やっほう、これで俺も大金持ちだ」
「ドラゴンだぜ、分け前はどうするんだ?」
浮かれる仲間たちに、ホルスがぴしゃりと言った。
「おい、お前ら。分け前も何も、こいつはインギー一人でやったんだ。あいつの手柄に決まってるだろう」
こういう合同任務の時は、分け前は平等という慣習がある。俺は別にかまわん、どうせ持ち歩けるわけでなし。そう言ったのだが、ホルスは譲らなかった。
「そりゃあ普通なら――協力して倒したならそうだろうさ。だが、今回は俺たちは逃げる準備をしていただけで、明らかにお前ひとりで倒しただろ。これで分け前をもらっちまったら、逆に俺たちの信用のほうがゼロになっちまう」
そばで聞いていたキャスリーが口を出す。
「では、こうしたらどうですの? インギーはドラゴンの死体を、この場であなたたちに売り渡す。もちろんツケでかまいませんから、皆さまは持てる範囲で素材をはぎ取っていけばよいですわ。
今回の遠征が終わった後、アサルセニアに戻ってから、各自素材売り上げの何割かを私共のギルドに返済していただくというのは」
「ああ、俺もそれでかまわん。どうせ持ちきれないんだ、格安でいいから、さっさと処理して先を急ごう」
「いいのか、俺たちにはうまみしかねえぞ」
「俺にもうまみしかないからな。荷物は増えずに金は増える。お互い得する取引なら、断る理由もないと思うが?」
実際、今の俺たちには、金よりも時間のほうが貴重なのだから。
ホルスは俺のところにやってきて、肩を抱く。耳元に口を寄せ、そっと囁いた。
「おいインギー、ドラゴンを仕留めたときのあれ、どうやったんだよ? 他の奴らは電撃系の呪文で何かやった程度にしか思ってねえが、このホルス様の目はだまされねえぜ。二つ以上の術を同時に展開してたろ?」
「教えてやってもいいのだが、できるかどうかは別問題だ」
はっはっは、とホルスが笑った。
「バカ言うな、単純に興味だよ。あんなおっかねえ真似、したくてもできねえさ」
俺はホルスの魔力の質を確かめようと思い、彼の腕を軽く触る。
筋肉質の黒く乾いた肌には、よく見ると無数の傷があった。まっすぐで強靭な魔力の流れを感じる。なるほど、よく鍛えてはあるが、あまり小細工には向かなそうな筋肉だ。
「片方は術と言えるほどのものじゃないさ、魔力自体を多層立体的に編み上げた状態で固定させ、盾代わりにして相手の攻撃を受け止めた。で、もう片方で電撃系の術を、いや、魔道具をドラゴンの腹に直接ぶち込んだ」
「ほー、器用なやつだな、お前さんは」
ところで嬢ちゃん、とホルスはキャスリーに向き直って言う。
「さっきはありがとうな、うまく収めてくれて。しかし本当にいいのか? ドラゴンの素材だぜ、金があるからってなかなか手に入るものじゃないぞ」
「別に。わたくしは先を急ぎたいだけですの。それに、お金で買えないのは父上の命だって同じですわ」
ホルスは笑いながら、「違いねえな」と言った。
その時の俺は、この何気ない戦闘がのちの火種になるとは、思いもしなかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
90
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる