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第13章 闇のとばり
思い出せないこと
しおりを挟むレイチェルは記憶がうまくつながらなかった。例えるなら、一度ばらばらにされた本のページを、無作為に読まされているような感覚だ。個別には思い出せても、それらは連続してはいない。
「ゆっくり思い出していこう」
イングウェイは繰り返した。
しかし、その言葉を本当にかけられるべきはイングウェイ自身だ。真に思い出すべきは、彼の記憶だ。
レイチェルと二人で手ごろな石に腰かけ、考え込む。
イングウェイはメタ梨花に聞いた。
「メタ梨花、そういえば君は何か覚えているか? 昨夜のことについて」
静かに輝きながら、メタ梨花は言う。
「ええ、もちろん。でもイングウェイさんが言う”昨夜”って、どっちのことですか? サルーとの戦いをやり直す前と、後と。二つあるでしょう」
イングウェイは絶句した。眉間にしわを寄せ、メタ梨花を凝視する。
青い顔をしたレイチェルが口を開こうとする。イングウェイはそれを手で制すと、メタ梨花に尋ねた。
「メタ梨花、知っていることを話してくれないか? 二つというのはどういう意味だ。俺は、サルーと二回戦ったのか?」
メタ梨花は少し声を低くして、聞き返す。
「え、もしかして覚えてないんですか? 何も? 闇のとばりも、低く響いた女の人の声も?」
「なんだそれは。覚えていない、何も。順番に聞かせてくれ」
メタ梨花は語った。襲撃からサルーを追い詰めたこと。魔族に疑われたこと。そして、闇の中で聞こえた女の声。
そして、二回目のサルー。
「にわかには信じ難いな」
軽い頭痛すら覚える。
メタ梨花は言った。
「信じられないのはこっちのほうですよ。ずっと一緒にいたのに、なんで覚えてないんですかぁ?」
イングウェイは深く思い出す。と言っても昨夜の記憶ではない。積み上げた前世の記憶。
賢者としての記憶、古い魔導書の記述。科学技術の知識、フィクションの設定。
推測し、仮説をたてる。
時間跳躍か。
時間に干渉する術の成功例はない。
次元と時間に干渉する術は、理論としてはあるのだが、実現した者はいない。肉体、つまり質量を伴う干渉を起こそうとすると、途端に必要となるエネルギーとバランスが膨大なものになるのだ。
しかし逆を言えば、それさえ解決できれば可能だということでもある。
例えば、魂のみを取り出し、移動することができるなら? 転生の術というものはある。では、魂のみの次元移動は可能なのか?
仮にあの低い声の女がその術者だったら?
記憶の混乱は関係ないだろう。魔術師としての勘だ。
記憶を操作する術がないわけではないが、自分が無抵抗でそれにかかるということは考えにくい。もっというと、対象範囲が不自然なのだ。レイチェルが曖昧に、メタ梨花がすべてを覚えていたように。
ならば、記憶の混乱はそれ自体が目的ではなく、別の術の副作用とみた方がいいだろう。
考えれば考えるほど、イングウェイは混乱していく。自分が今いる場所すらわからなくなるほどに。
イングウェイは無意識のうちに、レイチェルの腕をつかんでいた。
「そんなに強くつかまれると、少しだけ痛いです。どうしたんですか、イングウェイさん」
我に返ったイングウェイは謝る。
「すまない。考えているうちに、自分が誰でどこにいるのか、わからなくなりかけてしまって。何かにつかまっていないと、今この瞬間にも、遠くに飛ばされてしまいそうな気がしたんだ」
レイチェルはふっと笑うと、優しくイングウェイを抱きしめた。
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