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第15章 再びアサルセニア
許されざる行い
しおりを挟むようやく帰ってこれたな、アサルセニアに。
女魔術師が作り出した靄を通り抜けてたどりついたのは、王都アサルセニアの飲み屋街だった。人目につかないように、わざわざ人通りの少ない裏路地に送ってくれたあたり、彼女なりに気を遣ってくれたのだろう。
「疲れたー、やっと帰ってこれましたね」
「ああ。飲み屋街とはちょうどいい、少し飲んで帰るか」
「うひひー、待ってました。いきましょーイングウェイさん、私、たまにはサケが飲みたいですー」
ふむ、心配して待っているだろう仲間たちに報告も入れずに、酒を優先するとは。さすがレイチェル。
俺に反対する理由は何もない。
「ちょ、ちょっと、だめですよ二人とも! みんなホームで待ってるんですから、まずは一旦帰りましょうよ」
「そうは言っても、サクラ、お前も腹は減っているだろう?」
「え? そりゃあもちろん、はらぺこですが」
意識してしまったのだろう。ぐううー、とサクラの腹から切ない鳴き声が漏れた。
俺は聞いた。
「サクラ、サケを飲んだことはあるか?」
「へ? お酒? ありますよ、もちろん」
きょとんとするサクラに、にやにやと薄ら笑いを浮かべる俺とレイチェル。
「な、なんですかその笑いは……? ってゆーか、お酒くらいよく一緒にのんでるじゃないですか。レイチェルだって」
「イングウェイさぁん、これはいけませんねぇ」
「ああ、これは教えてやらねばな。そんな恰好でサケを知らんとは、まったくな酒ない」
じゃあいっきましょー! レイチェルは景気よく声を上げると、絡みつくようにしてサクラと腕を組む。そのまま俺たちは、一軒の屋台へと向かう。
「おお、いい匂い。これって何ですか、えらく茶色に特化したスープですけど?」
我々の目の前には、おでんが並んでいた。定番の大根、タマゴ、白滝に、練り物各種。
「サクラさん、やっぱり知らないんですね。これは、おでんというものです」
「でん?」
「おでんだ。おまえ、もしかしてわざと知らないふりをしていないか? 和服を着ているのに日本酒もおでんも知らないとか、無理があるぞ」
「そんなこと言われても、本当に知らないんですよー」
「まあまあ二人とも、とりあえず飲みましょ。サクラさん、まずはこれをぐいっと。ほら、ほら!」
「あ、このグラス、小さくてかわいいですね。これ、お水ですか?」
「まあ飲んでみろ。話はそれからだ」
「え、え? それじゃ少しだけ。ぐいっと」
サケを最初に口にした感想は、驚きだった。
かっこよく言うとしたら、洗練された水……、かなあ。
私が今まで飲んできたお酒の中で、一番近いのは白ワインだと思う。違いを説明するなら、白ワインは「私がお酒です!」って言ってる感じがするんだけど、サケは「おいしいに決まってるでしょ」って澄ましてる感じだ。私、お酒なんですけど?っていう自己紹介すらしていない。
余計なものをまとわないのに、味はちゃんとある。これって、なんだか懐かしい。そうだ、お米だ。白いご飯と同じなんだ。
それがわかったとき、イングウェイさんがなぜ私にサケを飲ませたのかが、わかった気がした。
レイチェルがおでんをすすめてくれた。白滝というオシャレな名前の麺類だ。レイチェルはこれが一番好きらしい。
あれ、麺にしては妙にプルプルしてる。初めて食べるけど、これってなんだろう? 噛むと束ねられた麵の中から、味わい深いスープが流れ込んでくる。
うまい!
おいしいです、これ!
私が言うと、両隣の二人は満足そうに笑った。これこれ。幸せってこういうのですよ!
サクラさんが求めていた冒険者同士のふれあいが、今ここに!
と思っていたら、さらなる幸せが喉を通り抜けた。
サケだ。イングウェイさんがいつの間にか注いでくれていたのだ。
おでんの味を軽やかにどこかへ持ち去って、熱いお鍋の前にいるのに、涼しさすら感じる。そして次のおでんを、さらにおいしくしてくれるのだ。
私がこの小さなグラスの意味を理解したのは、その時だった。
これは、おでんをおいしく飲むために、このグラスなんだ。
「違うわよ」
レイチェルが言った。
「サケをおいしく飲むために、おでんがあるのよ。片方だけではだめ」
なるほど、確かにどっちもすばらしい。うまー。
これ、のみやすくっていいですねえ、ねえ、いんぐうぇーさーん。
小さなグラスだ。少ししかのんでいないので、、酔いが、回るのも、遅い。私はあんまり酔っていないからだ。
てことは、たくさんのめるーよねー。
あはは、たのしーです、しあわせー。
「……おい、サクラ、大丈夫か?」
「えへへ、だいじょうぶですよ、いんぎーさん。ひっく。あんまりのんでらいし、ひっく。まだ酔ってませんからー。ぜんぜん、ひっく。よっれまへーん」
「サクラさんって弱いわりには、吐いたりからんだりしないんですよねー。すごいです」
「あはは、たのしー。おでーん、もっとくだしゃーい。 あれ、いんぎーさんはなに飲んでるんえすかあ?」
「俺は、おでんは焼酎派だ」
楽しい夜は更けていく。
帰ろうなんて誰一人言い出さない。これも遠征のストレスゆえだろう。
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